受付嬢になれるまで・6
入学して早五年。
私は十七歳になっていた。
「どうしよう、眠れない」
「いいから寝なさい。寝不足で明日足引っ張ったら承知しないわよ」
「うっ、いでっ」
ベッドの上で髪をグシャグシャかき回している私に、ベンジャミンが枕を投げてくる。寝られないと言っているのに、何も枕を投げなくとも。
しかもその枕はけっこう固めな奴。けっこう駄目なやつ。
もともと、寮にある柔らかい枕は『寝心地がすっごい悪い』と散々文句を言っていたベンジャミン。挙げ句には、二年生のときに自分のお気に入りの枕を家から寮に持ってきて、どう?どう?と私とニケに自慢していた。でもそれはどう見ても、いや触っても人が寝るにはキツい固さで、思わず唇がひきつったのは今でも忘れない。
あとでニケと、あれは枕と呼んで良いのか、と三日三晩議論を交わした記憶が色濃く残っている。
そう、だから、けっこう痛い。枕投げにこれで参戦したら確実に一人殺ってしまいそうな気がする。しかもその角が目頭に直撃した私は、おでこ辺りを撫でて一人悶えた。
自分の枕の殺傷性をもう少し理解していただきたい。
「でもまさか、この寮で同室の者同士が一緒の班になるなんて」
ニケが仰向けになりながら、寝台の上で腕を宙に伸ばした。ベンジャミンも、そうねぇ、と横にしていた体勢を仰向けにする。
うずくまって悶えていた私も、それを見てなんとなく上を向きたくなって、おでこを押さえたままゴロンと天井を向いた。
窓側にある私の寝台からは、ガラス越しに星空が良く見えた。
この学年になると、攻守専攻技術対戦という名の授業参観が待っている。
攻守専攻技術対戦とは、生徒同士が魔法を使い実力を競いあう戦いの舞台の総称。
授業、というよりは一種の大会のようなものだった。
場所は私達がよく実践授業で使っている、校舎横にある競技場で行われることになっていて、五年生全員がそこで戦いあう。
来賓が沢山来る予定となっており、ドーラン王国の王様とお妃様、王国の騎士団長や貴族の重鎮、なんとハーレのお偉いさんまでやって来るらしい。
先生いわく、これは就職先に自分を売り込むための絶好の機会。学校側もそれを目的として、この大会を行っているのだと聞いている。
そしてここで良い所を見せれば、もしかしたら六年生時に希望先から推薦が来て『ぜひ働かないか』とお声を掛けられるとのことだった。
こんなまたとない見せ場、絶対に逃してたまるか!
「最初からそういうつもりで寮の部屋割りを決めたのかしら?」
「えー、なんか怖いな」
ニケがベンジャミンの言葉を聞いて大袈裟に両腕を擦る。
明日に控えたその大会。
二段階構成で、最初は班ごとに分かれて違う班と戦い、そこを通ったところだけが次の個人戦に出られることになっている。そしてその班は、寮の部屋が一緒の生徒同士で組むらしい。つまり、私とニケとベンジャミンが一つの班になっている、ということ。
「でも魔法についてはやれるだけやったんだから、明日にならないと分からないわよ」
「ベンジャミン……そうねぇ」
当然それに万全で臨むため、五学年に進級してからは三人でずっと特訓をしていた。放課後はほぼ五年生全員が競技場で魔法を練習していたし、図書館で缶詰めになっていたりもした。誰よりも有効な魔法を覚えようとそろって躍起になっていて、ここ最近の皆の眼光は恐ろしくギラついていたくらい。
特訓の相手をしていたニケの水の魔法には何度も濡らされたし、ベンジャミンの炎には髪の毛を燃やされた。あ、ゴメン、と言われたけれどそのまた数秒後にも燃やされたので、だんだん何かの罰ゲームを受けている気分になっていった。
そして文字通り、身を削るような特訓だったことには間違いない。
「でもニケぇ、私ロックマン達とは戦いたくないわ」
「私も嫌よ。……ナナリーは違うでしょうけど」
「なに、なんか言った?」
嫌よ、のあとに何かモゴモゴ言ったので聞き返したら、うるさい!とニケに枕を投げられた。
私はいつから枕当て機に……。
「もー!痛い。……あ、でもロックマンと戦うのは私楽しみ。ウッヒャッヒャ」
「ほらやっぱり」
「本当だわ」
あぁそれに、五年間ずっと隣の席であるアイツとは、もちろん変わらず対立している。この前も女と男の殴り合いをしたばかりで、あれももはや一種の特訓みたいなものだと思えてきた。こう言ってはなんだがロックマンは私に容赦がないので、ある意味やり易い。むかつくが。
しかも特訓に乗じて、アイツは疲れているところをわざわざ襲撃してくるし、私の鬱憤は溜まるというものではない。爆発寸前である。
だから、とこちらも不意討ちを狙って、この前なんか罠仕掛け専用の魔法道具で落とし穴を作って嵌めてやった。
突如視界から消えた奴の姿に私の鬱憤は凄い勢いでしぼんだので、これで差し引き零。これでまたやり返されたら、今度は十倍返しにしてやると心に決めている。
先日の試験でも、……あぁもう言うのも嫌になってきた。
私はこの前に受けた魔術中間試験で見事二位をとった。そう、見事にとった。
こう考えてみよう。二位を取る才能が私にはあるのかもしれない。この一位でも最下位でもない、あと一歩に及ばない位置を見事守り抜いている二位の守護神。将来は信者がついて『二位の神・ヘル様、万歳!!』とか死後祭り上げられるかもしれないし。
でもそれを言ったら一位のほうがやっぱ凄くね、と思うので、やっぱりどうしても二位は嫌だ。二番手なんて悔しい。何が良くて二位の神様の信者になろうと思うんだ。それに私は死ぬまで二位に留まっていたくない。
それにアイツに、また一位になったアイツに、今生の世でいつか敗北というものを真正面から叩きつけてやる。ハーレの受付のお姉さんになるついでに、奴よりも優秀な魔法使いになって、今までの雪辱を晴らす。
しかし万年二位とは言え上位に入っているわけだけど、一度足りとて一位を取れていない現実。上には常にロックマンがいるから……違う違う、自分より上だと認めたらそこで試合は終了だ。
とにかく、ハーレの職員になるためには、なにも成績だけが必要じゃないのは分かってる。受付のお姉さんを目指しているわけだし、事務仕事や人との付き合いだって大事だ。魔法が使えるというのは就職の前提条件であって、その後に必要になってくるのは魔法以外の所。
一番を目指すことは絶対に諦めていないけど、この大会が終わったら、少し視野を広げてみるのも良いかもしれない。事務系に役立つ本とか、初対面の人との付き合い方、とか図書室を調べればいくらでも出てきそうだ。
だからその前に見ていろ、今に明日の課題を一瞬で突破し、頂上で戦って負かしてやる!!
「早く寝ましょ」
「そうね」
ベンジャミンは私の所に投げつけた枕を取ると、寝台に戻った。ニケも同じく枕を自分の寝台に戻して、おやすみ、と二人は眠りにつく。
私も寝台横の照明具を消して、おやすみ、と言った。
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競技場の真ん中には、五年生150人が集まっている。
そしてそれを囲む競技場の座席には、保護者や来賓の姿があった。ざっと見れば約三、四百人が来ている。もちろん私の両親も。他の学年も見学に来ていた。
競技場は校舎の半分くらいの大きさで、屋根は無かった。
もし雨などが降った時には、校長先生が競技場の上に防御の透明な屋根を作ってくれるので、雨天時でも利用可。
あの校長先生の魔法、私にもいつか教えてほしい。
「マリス様、緊張しますわね」
「あら、緊張? そんなものをしていたら相手になめられてしまうわ。いつどんな時でも、堂々としていなくてはいけませんわよ」
後ろからそんな会話が耳に入ってくる。
今は班ごとに縦一列で整列して、先生の説明を待っている状態。
貴族の子達は来賓や保護者の前だからか、いつも以上に格好が極っていた。でも派手とかじゃなく、洗練された美しさを取り入れていて、一年生時に着ていたブリブリのドレスとかコートではない。見ていて動きにくそうでもなく、かつ高貴な色を放ち、機能性も重視しているような……。
とりあえず、皆本気だっていうのがヒシヒシと伝わってきた。
対して私達庶民は、普段と何も変わらない服装に身を包んでいる。普段から動きやすさ重視だし。練習は本番のように、本番は練習のようにということで、服も練習で着ていたものを着ているだけで、服がないんじゃない。いたって真面目。
でもマリス嬢に『それ、ただの言い訳ですわね』と言われた。貴族達には私達のやる気がいまいち伝わらない。
「あ」
後ろをチラッと向くと、後方にいた憎きアイツの顔と目を合わせてしまった。
髪の毛が今じゃ肩を越えて胸まで伸びているロックマン。別に似合ってるから良いんだけど、なんか悔しくてこの前ボソッと『女男め』と言ったら髪の毛を燃やされた。
なんでか私の髪はよく燃やされる運命にあるらしい。
「べー」
私はとりあえず何かやってやろう、と長年の癖が反射的に出てきて、アイツに向かいあっかんべをした。
でも反応は思いのほか薄く、一瞬冷めた目をしたあとにニヤッと笑われて終わる。
なんだその笑いは。
「じゃあお前たち、これより攻守専攻技術対戦を行う」
五年生全員の前に教師の一人が立つ。
私は慌てて前を向いた。
「内容は先日に話した通り、最初は班になって課題を受ける。そしてその次からが、個人個人の戦いになる。だが150人をそれぞれ戦わせていたら時間がないから、最初の課題を通れなかった班は個人戦に出さないことにする。分かってるな?」
先生は台の上から私達生徒を見渡す。
「いいか、もう一度言うぞ? 通れなかった班は出られない」
また念をおして先生が言った。
人差し指を立てて真剣に二度言うってことは、何かよほど重大な言葉だったりするのだろうか?
「さて、男女に分かれて課題をしてもらう。まずは女子からいこうか。男は見学だ」
寮別に男女分かれて並んでいた私達。
それから先生の言葉通り、男子は競技場の座席に移動させられ、75人の女子が25組その場に残された。
広い競技場では75人なんてちっぽけな集団に見える。
「庶民女子!頑張れー!」
「ヘル、意地でも負けるなよ!」
「貴族の力を見せてやれ!」
「女の戦いって見物だよな~」
席に着いた男子達は、楽しそうな顔で私達を見ている。
見学者は気が楽でいいな。
「?」
呑気に席を見ていると、立ったままの自分の身体が少し揺れた。
揺れた?違うかも。
これは私が揺れているのではなくて、地面が揺れているような。
「ねぇ、ニケ――――」
「じゃあ、女子の最初の課題は……」
「「きゃあ!」」
先生が言い終わらない内に、私を抜いた仲間二人、ニケとベンジャミンが悲鳴を上げる。
「ニケ、ベンジャミン!?」
地面から炎の蔓が出現した。蔓はこちらが動く間もないまま二人の手をあっという間に吊るす。
さっきの微少な地面の揺れは、これが出てくる前兆だったのか。
「大丈夫?!」
どちらも両手を捕まれていて、身動きがとれていない。しかもニケは熱いのが苦手なので、顔がひきつるっていう以上に酷いことになっている。熱いはずなのに顔色が青くて、血の気が引いていた。ベンジャミンは火の魔法型だからか、いくらか耐性を持っているようだけど、熱いのには変わりないので表情が思わしくなかった。
他の班も同様に、三人の内二人が炎の蔓に捕らわれて宙にぶら下げられている。
「おー、宙ぶらりんだな」
先生はその状況を、どこに隠していたんだか本を手に持って楽しそうに見ていた。
というか笑ってる。あいつ鬼畜だ!
「先生!どういうことですの!?」
マリスが吊るされて泣きそうになっている仲間を見ながら叫ぶ。
「コレが一つ目の課題だ」
「コレが課題!?」
皆はわけが分からない、と先生を見た。
「目の前には捕らわれた仲間が二人いる。炎の蔓を魔法で切れば助けられるが、無事に助けられるのは一人だけだ。もし二人を助けたなら自分にしっぺ返しが来て、その体が燃えるように細工してある。死にはしないが、かなり熱いぞ。制限時間は5分だ。その間に魔法を使って仲間を助け出せ。あぁ、捕まってる子達、魔法で炎から脱出しようとしても無駄だぞ。これには王の強力な魔法がかかっているからな」
皆が王族の席がある方をバッと見ると、にこやかに私達へ手を振っている王様の姿が見えた。
あのゼノン王子のお父さん、ドーラン国王がかけた火の魔法か。手強い。王様の魔法は見たことないけど、国一の魔法使いとも聞いたことがある。簡単に切れはしないだろう。
「一人助けて、もう片方残った子達は?」
「暫く熱い炎の中で耐えてもらうが、命に支障はない。もしかしたら皮膚がちょっと焦げるかもしれないが……。解放できたら、あそこの場所へ移動しろ」
先生が指したのは空。
見ればいつの間にか、競技場の上空にガラスの大きな板が浮いていた。
「その場所まで来られたら合格とみなし、個人戦をやってもらう。
……ほら皆、そんな顔するな。五分経てば炎から解放されるし、安心しろ」
いや安心しろって、さっき皮膚が焦げるかもとか言ったよね。
「なによ簡単じゃないの」
「蔓を切るだけなんて……、でも早くしないと皆焦げちゃう」
「あの蔓は王様がかけたんでしょう?それに……あら?焦げるって言っていましたっけ?」
聞き間違えじゃない。さっき言っていましたよ。
けれどはたして、五分も炎にあたっていて焦げるだけで済むのかな。
蔓に捕まっていない子達は、自分の班の仲間を見る。
私はしょっちゅうロックマンの火を撃ち込まれて火傷しているが、たいていは治癒魔法専門の先生に治してもらっていたので、どうってことはなかった。
いつも完璧に傷を無きものにしてくれる先生には感謝しか無い。
一度ちょっとした大怪我をしたときに『もう!ナナリーさん!?女の子なんだから落ち着きなさい!』とこっ酷く怒られたのは良い思い出だ。
だから皆、多少怪我をしても大丈夫だとは思うのだけれど。
「じゃあ皆、五分間頑張れよ」
先生は手に持っていた本を上にあげて、私達に開いて見せる。
よく見ると、そこには5・10と大きく書いてあった。10の部分は9、8、と段々数字が下がり逆走していく。
これはもしかして、時間?あれで残り時間を見るということ?
そしてその10の数字が1になった時、本が宙に浮いて丸い時計の形をとる。
短い針は無く、長い針だけの時計だった。
「始め」
私達の五分間が始まった。