受付嬢二年目編・3-2
仕事終わり。
ゾゾさんに外食に誘われたけど、今日は寮の部屋で大人しく手料理を作ろうと決めていたので断った。そしてそこでじゃあ一緒に作って部屋で食べよう! とならないのが私達で、ゾゾさんは元気に草食狼の店へ向かった。外食主義である彼女の趣向を変えようとは思わないし本人も変える気は更々ないので、ゾゾさんが頼むであろう食べ物を想像しながら私は料理の支度をする。
「何にしようかな。野菜炒めるだけとか?」
しかし一人暮らしを始めてからというもの、独り言が増えた気がしなくもない。癖になったらどうしよう。
「適当にちゃちゃっと作ろうっと」
ハーレの寮へ来る際に母からお下がりで貰った前掛けは大切に使っている。
一人立ちするからと母に料理の基礎を叩き込まれたが、正直料理は嫌いだ。いや苦手だ。魔法で手軽にホイホイ出せたらいいのに。
でも作っていく内に身体や感覚が味や手順を覚えていくもので、最近では試しに味を変えてみたり材料もふだん使わないものを手にしてみたりと、順調に手料理が上手くなってきているのを感じる。あくまで自己評価だが。
「まーぜて焼ーいて香辛料ー、あっやばい入れすぎた」
苦手なものでも、いかに楽しくなるように工夫できるかが重要である。けれどなかなか難しい。
「ララー、できた~」
一人では寂しいので、ララと夕飯をとる。
ララはふだん使い魔の空間にいて、他の知り合いの使い魔と遊んだりしているらしい。私達人間は行けない空間なのでどんな空間なのかは全く分からないけれど、いつも楽しそうにしているので良いところなんだろうなと思っている。
しかも家みたいなところがしっかりとあって、ララの住みかは氷で出来ているのだと聞いた。
群れ暮らしに身体が慣れていた最初の頃は、使い魔の空間が至りに尽くせりで吃驚だったと本人も語っている。
「わぁ! 冷たそうですね!」
「氷なんだから当たり前~」
使い魔の空間は人間が干渉できるものではなく、さらに空間にいる間は主に関しての話しをすることは出来ない。のらしい。また空間にいた間の記憶は一、二分で鍵がかかりこちらでも話せなくなる。あちらの空間に行けば記憶の鍵は外れるそうだが、世界が分かれていることは確かだった。以前ララを召喚したときに、よほど楽しかったのか直ぐに誰と誰と一緒に遊んでいたのだと話してくれたが、たちまち話があやふやになり思い出せなくなっていたので、こちらから聞くことはあまりしないほうが良い。
「恵み抱いて、いただきます。ララもどうぞ」
「いただきます」
だから悪い魔法使い、良い魔法使いに限らず、彼らは彼らで純粋にそちらの世界で暮らしているそうだ。平和でなにより。
ララはどちらかというとこちらの空間で過ごすのが好きなようで、なるべく出すようにはしている。ただ部屋の中は暖かいので、彼女の回りには常に冷たい風を纏わせていた。
「ナナリー様」
「なぁに?」
鼻歌を歌いながら野菜を口に運んでいると、ブランリュコス用に用意した氷の塊を噛み砕きながらララが喉を鳴らす。
「あの開けっぱなしの箱はなんですか?」
「あれは空離れの季節用の服とか小物とかを仕舞おうと思って。片付けてる最中なの」
「窓辺のあれは仕舞わないので?」
ララが鼻で指すのは、部屋にしては大きい窓の縁に置いてある緑色の小さな小箱だった。
「いーのいーの。隙間風に吹かれた寒いところに晒しておけばいーの」
そんなもの。と口にもぐもぐと食べ物を詰め込む。
食事が終われば食器を下げて、洗い物が終われば湯浴みに行き、暖かいお湯に浸かったあとは茶色い寝巻きに着替えて、早々に寝台へと入った。
ララは部屋に出したままで、朝仕事に行くまでの間は一緒に寝ることにしている。寝台へはさすがに入れないので(私は寒いし、ララは暑い)、ララは床で寝ていた。
私は直ぐに目を閉じず天井を見つめる。
あのオルキニスの騒動からけっこう経ったが、今では何事もなかったように毎日を過ごしていた。その代わりニケとゼノン王子は管轄がソレーユ地のほうになったので、近くで見かけることはなくなった。けれどニケとはマリスやベンジャミンと変わらず文のやり取りをしているし、今度は旅行にも行くのでそこのところは変わりない。
それにあの魔物の話も一切聞かなく、というか私が聞けるはずもないのだが、マリスから欠かさず送られてくる手紙には必ず最後に、
『あと三日』
『あと二日、いえ十日』
『一ヶ月……?』
『ホホホ、二ヶ月なんて序の口よ』
『三、四ヶ月で白髪が一本見つかりましたの』
『あぁああぁぁあ』
など狂気的な文章が送られてくる。
苦情の手紙を書くと返しが怖いので、私はその手紙をただただ受け取り「我慢は美徳だ」という言葉を真っ白い紙に書いて送りかえしている。
「あの女泣かせめ……」
昨日は夜更ししたので今日は早く寝よう。
頭に浮かんだ顔は即効消去する。
掛け布をしていない窓から見える夜空を眺めて、私は瞼を閉じた。




