受付嬢二年目編・3
「おい変な髪!」
受付台に小さな手を伸ばし、背伸びをしてこちらを覗き込む黒髪の男の子。
「よく来たね。今日もお父さんと?」
チラッと横を見れば、その子の父親がハリス姉さんの受付台で仕事を選んでいるのが見えた。
「俺は今しかたなくとーちゃんと来てるけどな! いまに俺だけで仕事して見せるんだからな!」
「うん、頑張ってね。ずっとここにいるから」
「い、い、いまに見てろよヘンテコ魔女!」
「はい」
この男の子は破魔士である父親によくくっついて仕事先まで行っている。昔の私のようだとのほほんとした気分になるけれど、私と違って魔物関連の依頼までついて行ったりするのだから大したものだ。父親がキングス級だから多少安心なものの、いつも大丈夫だろうかと心配になりながら見送っている。
町の学舎に通っているみたいだが、あと三年したら王の島の学校に通う予定らしい。
楽しみだねと言ったら、うるせぇ! と言われたのであまり首はつっこまないようにしているけれど、たまに仕事先で拾ったという石を貰うので、そこまで嫌われてはいないのだろうと自分には言い聞かせている。子供は好きだけれど、扱いが上手いかと聞かれたらそうでもない。妹も弟も姉も兄もいない一人っ子だし、まぁただのいいわけなのだが、とにかく小さい子は可愛いと思う。
「じゃあな!」
男の子、ベック君は今日もまた父親のあとを付いてハーレから出発していった。
他人だけれど彼が大きくなるのが凄く楽しみな今日この頃である。良い魔法使いになれ、少年よ。
「罪な女ねぇ」
「確かにベック君、好きな女の子に自分が破魔士になった姿を見せたいんだって、いつもお父さんに言ってるそうですしね。健気ですよね」
「いやその女の子ってそれ」
「受付の姉ちゃん、頼むよ」
「はい」
間も無くして私のところにも破魔士が来た。
そしていつも来てくれる破魔士の男性にいつものように仕事を紹介するため依頼書の束を机下から出そうと下を向いたとき、欠伸がでそうになった私は歯をクッと噛み締める。じわりと涙が溜まった。
眠い。いいや仕事中だ起きろ私。
私は高速で瞬きを繰り返して、欠伸したことがバレないようにサッと上体を起こす。
「では掲示板に貼ってあるものからですね」
てきぱきといつもの要領で紹介し、希望されたものに調印をしてもらったあと仕事に行く破魔士を手を振って見送る。
危ない危ない、欠伸しているところなんて見られたら私の受付生命は終わりだ。
*
「はい交代」
「行って来ます!」
昼休憩で交代の時間になり、席から素早く立つ。
その急ぎように交代で来た先輩にお手洗い? なんて心配をされたが、休憩行って来ますね! と元気に返事を返して早々に資料室へと足を運んだ。
……しかし目的はお手洗いではないけれど、そう言われたらお手洗いに行きたくなったので私は方向を変えて手洗い場を目指す。なんて単純なんだ。
歩いていると前からゾゾさんがやって来たので軽く会釈をしようとすれば、あ! と声を出したのでビックリして思わず歩みを止めた。
「見ーちゃったー見ーちゃったー。さっきあくびしてたでしょう。チーナに言っておこーっと」
「……うう」
隣の受付台に座っていたゾゾさんに私に似てきたわねぇと可笑しそうに嬉しそうにニヤニヤして言われる。
欠伸するのが嬉しいとはどんな了見なんだ。
「寝不足?」
「……今度友達と旅行にいくんですけど、楽しみ過ぎて色々想像してたら寝れなくて」
「予想外の理由だわ」
そう、私は今度ニケとベンジャミンと三人で国外旅行に行く。
しかもその目的の国には海があるらしく、まだ絵や本でしか見たことのないそれが実際に見られるということもあり、ただでさえ旅行というものに気分が上がっている私の興奮は治まることを知らない。
「旅行なんて初めてで、浮かれてしまって」
それに旅行は初めてだ。
家族旅行とかはしたことがないし、王国から一歩も出たことがない。貴族やお金持ちはきっと行ったことがあるのだろうけれど、うちはお世辞にも裕福とは言えない家庭であるし贅沢なことなのである。
けれどそこまで憧れがあるものでもなく、実家の近くには観光名所に勝るにも劣らぬ綺麗な川辺や虹の橋という観光客がよく来る場所があるので、散歩のついででそういうところには行けたりしていた。お母さんなんかはもっともっとそういう名所を見てきていると思うし、お父さんも仕事で何だかんだ楽しんで来たりしているようで、今日はあそこへ行った、ここに行ったと自慢げに話していた覚えがある。
いいなぁ行きたいなぁと零していた私に近所のあそこと変わらないわよとその都度言われていたせいか、なんだそうなんだと好奇心を潰されていたけれど、今思えば軽くあしらわれていたのかもしれない。
「てっきり魔法陣の作成に悩んでるとか、新しい魔法の勉強だとか、休日なのに資料室に篭ったりしてたからそういうのかと」
「それもあるんですけど、旅行の日が近づいてくるにつれてワクワクしてしまって」
「若い~」
ゾゾさんは色んな国に友人が散らばっているようで、休日になると隣国へ行ったり遠くの国へ行ったりしている。
それゆえ旅慣れているのか、昼休憩の間にも旅行時の注意事項など色々ためになる話をしてくれた。
あそこが楽しかった、あれは危なかった、でもあそこは良かったなどと矢継ぎ早に出てくる彼女の話を聞きながら、私は今日もまた夜更ししそうだと覚悟を決めた。