受付嬢二年目編・1
「イーバルですと、ここにある三つですね」
向かいにいる男性の前に、薄茶色い三枚の用紙を並べて置く。
「五つ子さん家の寝る前の本読みです。夜に依頼人であるご夫婦が出掛けなくてはいけない用事があるそうで、子守りという感じですね。三日以内で引き受けてくれる破魔士がいなければ破棄の案件になりますが」
「魔法全く関係ないじゃないすか! それ専門の人に頼めば良いんじゃないですか?!」
「マクディさん、まずは『お仕事』に慣れていただくということだと思ってください。それにこの依頼ですが、お子さん達が眠りについたあとは肉食獣バンピーのお散歩もしてもらいたいそうです。暴れて空を飛んでしまうので風の魔法使いが良いと仰ってまして、初見で失礼しますがお見受けする限りマクディさんとてもお優しそうですし、子守は他の血気盛んな破魔士より安心してお仕事をやっていただけるかなと思ったのですが」
「……」
「そうしましたらこちらの別の依頼を」
「……いや、その」
破魔士の男性は、下に向けていた視線をゆっくりと上げた。
*
「行ってらっしゃい」
破魔士の男性を笑顔で見送る。
花の季節はあっという間に過ぎ去り、空離れの季節もついに来たかと思えばこれまた直ぐに過ぎて行った。
空離れの季節では誕生日も迎えて十九歳になったけれど、これと言って成長した部分は特にない。自分で自分に「成長しましたね貴女」なんて言える方が稀というか、とにかく自分ではなかなか評価は出来ないことである。自己評価というのは案外難しい。
年に一度光の季節を迎えるにあたってロクティス所長が評価に伴い特別給金を出してくれるそうなのだが、その評価がいかなるものなのか、貰える給金はどのくらいなのかまだ未知な私はワクワクしている。
どうか人並みには、せめて中から上に行かないまでも最低は中で。破魔士で言えばクェーツ級かキングス級かという所である。
「あの依頼女の人じゃ駄目なんだったっけ?」
「五つ子が全員女の子みたいで、若くてちょっとカッコいい男の人じゃないと家族以外の言うことを聞かないそうです。カッコいいかは別にして若い男性なら良いということですけど、この間ちっちゃいのが五人来てましたよ。そりゃもう凄かったです」
「なんてマセガキっ」
横で私と破魔士のやり取りを聞いていたハリス姉さんが、口に手を当てながら依頼書を見た。
「破魔士になって一番最初に受ける依頼としては、仕事の流れも覚えていただける軽いものからが良いと教わりましたので、いいかな? なんて。軽いと言っても子守りは楽じゃないと思うんですけど、他の二つの依頼は本当に掃除だけとかだったので。マクディさんの自己分析書類によれば、下に小さな弟妹がいるとのことで、近所でも評判の面倒見のいいお兄さんだそうですよ」
「あらまぁ、顔も含めて確かに適任ね」
「ハリス姉さんも好きです? ああいう爽やかそうな顔が」
「範疇には入るわよ」
魔導所で働き始めて一年が経ち、二年目に突入している。
依頼人受付で鍛えられたのち見事破魔士の受付に進出した私だったけれど、この席に座り始めて早半年、優しさや思いやり、根性だけでは到底やってはいけないということを身をもって知る日々。
そしてその三つ、優しさ思いやり根性に新たに加わったのは、思いやるうえでの厳しさと、何を言われても動じない難聴力(聞こえるけれど)。
「危ないって言ってるの。キングスなめんじゃないわよ」
「テメェ破魔士にそんな口きいて良いのか!」
「言っておくけど私達は対等な立場なんですからね。あなた需要と供給って言葉ご存じ? あらもしかして知らない? まぁよくそんなんで破魔士になれたわねおめでとう」
「受付嬢風情が生意気言いやがってっ」
隣の隣にある受付では、ゾゾさんと破魔士が揉めている。
勧められた依頼内容に納得いかない、不満がある人は多い。
キングスの人はまったくないけれど、イーバルから上がりたてのクェーツの人や、クェーツなのにキングス級の仕事をやりたがる人など、主に中経未満やなりたての人にその傾向がみられていた。
なめてんのかこの野郎と言われることがあるが、お前こそなめてんのかこの野郎と言いたくなることも度々ある。喉に突っかかるどころか「お」とまで言いかけてしまったことはあれど流石にそれは言えない。言うつもりもないが、そんな自分にあせったことは何回もあった。
ゾゾさんはもうあれは神の領域に達しているというか、なんかもうああいう感じなので所長をはじめ誰も何も口出しはしていない。寧ろよく言ってくれたという羨望の眼差しが彼女には集まる。
「――ふぅ。私も言い方がきつくなってしまったけど、けして貴方を馬鹿にしているワケじゃないのよ。仕事ぶりは依頼人からも好評をいただいているし、評価されているわ。だから順調にしっかりとキングスまで行ってもらいたいの」
「な、なんだよ急に」
男がたじろいだ。
「貴方にはキングスになる素質が十分にあります。とは言っても急ぎすぎは危ないし、こんなところで焦ってほしくはないのよ。分かってもらえる?」
「……」
ゾゾさんの必殺奥義、その名も「飴と鞭」。
さっきまでキングスの仕事をやらせろと息巻いていたクェーツの破魔士は、ゾゾさんの慈しみに満ちた瞳に完全に陥落した。
「相変わらず凄いわアレ」
「私には到底真似できません」
「皆それぞれその人良さがあるんだから、真似はしなくていいのよ。ただあんなふうに破魔士をしっかり軌道修正していかなきゃいけないっていうのも辛い所だわ」
資料にも載っていなかった、私達の役割。
仕方がないけれどああやってまだ右も左も分からない破魔士を導いていくのは私達の仕事なわけで、しっかりとした心持で仕事に送り出すのがここに座るうえで最も重要なことなのだと先輩方からは教わった。
ともあれ皆アレを乗り越えて今に至る。
私も弱音を吐かず穏便に交渉できるかが今後も、いや永遠の課題だ。
「ヘルこれ頼むな」
手元には新たな依頼書が受付に届く。
「はい!」
今日も一日頑張っていこう。
次話更新→22時




