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ハーレ就業編・8-6


「僕はこれから海の国までの調査で長い時間王国を出るよ。君も知っての通り城を襲った魔物を」

「待って待って、そんなこと私に話したら駄目でしょうが。いち、国民なんだから」

「今夜には部下二人とヴェスタヌの騎士とで旅立つから」

「いやちょっと話聞いてる?」


 騎士服とは少し違う黒い旅装に着替えたロックマンと、目がまだ少し腫れたままの私は、天幕の中にしばらく居てくれと騎士団長に言われたので大人しくそこに二人でいた。

 魔法で出した炎の明りが、ゆらゆらと天幕の四隅に佇んでいる。


「はぁ、サリーにもマリスにもタリーナにもディミティにもナーラにもバジスタにもハニスにもシリィにも会えないのが心苦しいんだけど。君に分かる? この気持ち」

「知るかこの浮気者が」


 ……何故だ、げせぬ。

 私としてはさっき早口にだがお礼も言ったし早々に離れたいというか、泣き顔をさらした手前居心地が悪いというか、とにかく同じ場所にいたくない。

 ロックマンに抱き着いていたウェルディさんは奴に付いて行くとのことで、今は宿舎に戻り張り切って旅支度をしている。仕方がないから隊長との時間を許してあげるわ、私は今心が凄く広いからと言って天幕から出て行ったのはついさっきのこと。居てくれてもいいのだが、心が広い彼女がそうしろと言うのなら仕方がない。


 とりあえず使いパシりの件は一度心に決めた以上やらないと言う選択はないのでロックマンに言ってみたが、泣き虫な使いパシりはいらないと正面切って言われたのでもうその考えはよした。泣き虫と言われた点については張り手をかましたいと思ったものの、不可抗力であるが命の恩人であるこいつにそんな態度では当たれない。それに目の前で不様な姿を見せた私が「泣き虫」を否定できるわけもない。


 というかこの件で一つ気づいたことがある。アルウェス・ロックマンは人間的に、案外『良い奴』の部類に入るのだということを。それに人によれば案外というよりも、かなり良い奴となることを。

 でもそれを認めるのもやっぱり悔しくて、あいつから視線をそらした。


「ああごめん、泣き虫にはちょっと難しかったよね」

「それ泣き虫関係ないんだけど!」


 前言撤回、やっぱ良い奴じゃなかったわ。


 くそう、なんで泣いてしまったんだ私。

 あんなに酷い怪我を負っていたロックマンは今では何事もなかったようにピンピンとしているし、色々損をした気分というか、あんなことがあったのに直ぐに仕事で王国を立つというこいつの活力、意欲、生気がとてつもないことをただたんに思い知らされている気分である。


 海の国は5つの国を超えた先にある海のその向こう、下手すれば世界の反対側にあるようなところだ。海の国は海底にあり、住んでいるのは人魚や珍しい海洋魔法生物。海の近くの国に旅行へ行く人は多いみたいだけれど、海の国は本当に遠いので行ったことがあるという人はなかなか見ない。友人のカーラ・ヤックリンは海の国に憧れを持っていてよく行きたいと話はしていた。考古学者になった今、もしかしたら彼女は海の国にいたりするのかもしれない。


「まぁまぁ二人とも、素敵なおまじないでもしてみる?」


 天幕の入り口でニケとお喋りしていた所長が、中で険悪な雰囲気となっている私達の前にやって来た。

 見れば所長の両手には小さな緑色の箱が一つずつ握られていて、それぞれを私とロックマンに渡してくる。


 おまじない?


「この二つの箱にはね、貴方達の未来が入っているの。二人に一個ずつあげるけど、どちらともこの蓋を開けちゃったら、この先二人が出会えることはないわ。でも開けなければ必ず会えるってやつ。どう?」


 所長は嬉々として私とロックマンを交互に見てきた。

 なんだかゾゾさんが好きそうなやつだ。メラキッソ様を崇拝している彼女は――この前は占いに逆らったけれど、この手のおまじないには目がなさそうである。もしかしてこういう類いに興味を持ったのは所長の影響もあるんじゃ……。

 渡された小箱には装飾はないけれど、蓋の縁に「後ろを向くか前を向くか、でも目ん玉はどこにも行けないのさ」と赤字で書かれているのに気づいた。

 正直、意味は分からない。勉強には自信があるが、こういう謎解きはまぁまぁいやかなり苦手である。


「へぇ、こうなってるんだ」


 その一方。


 見てからだよ、とロックマンは手にしたそれをパカッと何食わぬ顔で開けやがった。ほらと見せびらかしてくる小箱の中は、確かに空っぽのようである。


 こいつ……。

 なんと心配りの欠片もない男だろうか。肩に垂れるその質のよさそうな金髪をもいでむしってやろうか。

 別に心配りをしてくれなくても構わないが、せっかく所長が開けないでみたいなことを言っているのに本人の前で開けてしまうとはなんて情緒のない奴。暗に会いたくないと言われているも同然なのだけれど、直接言われるより腹が立つのは何故だろう。


 ロックマンは赤い瞳を陽気に揺らして、私の持つ小さな箱を見てきた。


「あっそう。じゃあ私は寮に帰ったら開けるから」


 開けても別に構わないけど、時と場所というものがあるだろう。何を一秒足らずで開けているんだ。

 ロックマンに向けてイーっと歯を噛み締めていると、所長が苦笑いをする。素敵なおまじないと言って差し出した物を堂々と目の前で開けられたばかりか、もう片方も開けると宣言しているのだから無理もない。

 ごめんなさい所長。


「そうだ、君にはこれを渡そうと思って」

「何?」


 ロックマンは茶色い外套からごそごそと何かを取り出す。


「首飾りに魔法をかけた時に、熱で枯らしてしまったから」


 誰かにあげるつもりだったんだろう? と言われて渡されたのは一輪のキュピレットの花だった。


「でもこれ」

「王の『お気遣い』で、騎士には毎年一輪ずつ用意してくれているんだよ。それは僕が胸に挿してたやつ。言うなれば、仕事で花神祭を満足に過ごせない騎士の為にね」


 なるほど、だから街で会った時にああ言ってたのか。

 お気遣いとは何のことだと思っていたけれど、忙しい騎士の為にキュピレットの花を与えて、束の間の時間でも騎士の人間が大切な人に会えたら渡せるようにということなのだろう。


 でもそのお気遣いをこんなところで手離すなんて勿体ないと一度突き返せば、君の貧相な身体を見たお詫びだと言われた。……ので、ブンと音を立ててロックマンから花を遠ざける。人がせっかく考えないようにしていたことを自らほじくりかえすとは、阿呆め。

 マリスにあげるのは自分で買った物にしたかったけれど、この際橋渡しでロックマンから弁償して貰ったキュピレットだと言って渡せば喜んでくれるだろうか。


「ふん。お気遣いどうも」

「おまじないの効力、期待してるよ」


 私はキュピレットの花を手にロックマンを睨み、ロックマンは小さな空箱を手に笑って片目を閉じた。

 






 その晩、ロックマン率いるドーランの騎士一行とヴェスタヌら一行は王国から旅立った。

 騎士団の第一小隊隊長にはゼノン王子が臨時でつき、ニケも人数の空きを埋めるためそこに入ることとなる。表向きは騎士制度の見直しについての他国への留学となっているので、社交界では美しき公爵家の王子の不在が嘆かれているのだ、と後日マリスからは悲しみ満ちた手紙が一日に三通も送られてきた。難儀なものである。


 ロックマンには結局、今年も卒業してからは何だかんだで勝てなかった。勝ち負けを決めたこれという決定的なものはないけれど、まだまだあいつの上には行けそうもない。

 でも必ずいつか行ってみせる。魔法だって仕事だって、私はこれから更に精進していくのだ。





 そうして私は花の季節二月目。

 憧れていた受付嬢の席に、無事つくことができた。





 部屋の窓際に置いた小箱の蓋は、しっかりと閉めたまま。

次回からは「受付嬢二年目編」となります。

更新再開は二月の中旬となりますが、よろしくお願いします。

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