ハーレ就業編・8-4
王の島へは使い魔に乗って行く。
魔法陣で急いで行こうとした私だったけれど、弾かれてしまう恐れがあるから危険だということで大人しく諦めた。なんて物騒な。
この騒動のため警備は以前より厳重になったのも理由のひとつらしいが、なにより騎士団が、あの騎士団長とロックマンが手こずったと言うのだから、相当な事だと思う。
*
「テオドラ来……連れて来たのか」
「予想はしてたんでしょう?」
王の島に着くと着地場には天馬に乗った騎士団長がいた。所長と一緒に降り立った私はララを肩に乗せられるほど小さくして、騎士団長にお辞儀をする。騎士団長にも散々迷惑をかけただろうに彼は天馬からわざわざ降りて、よく来てくれた、大丈夫だったかと所長との話を渡って心配をしてくれた。
でも私は見ての通り大丈夫だし、怪我はもちろんどこも悪くはない。大変だったのは自分達のほうなのにそれをおくびにも出さないのはさすがと言うべきか、感謝の気持ちを込めて大丈夫だったと首を縦に振った。それに私は所長から話を聞くまで自分の身に何が起きているのかさえ知らなかった阿呆である。心配など皆無。
それより私は、あの身代わりになったという騎士のことが気掛かりで仕方がない。
「これが首飾りよ」
「じゃあ二人とも来てくれ」
騎士団長に案内されて、騎士の宿舎がある方へと連れていかれる。
その間所長は騎士団長と色々話をしていたが、私は終始無言で酷い怪我を負った騎士のことだけを考えていた。ひとまず首飾りに込められていたという力を返したら全力でお礼を言おうと思うし、なんなら一ヶ月くらいその人の使いパシりにならせてもらおう。人を扱き使うのは慣れていないけれど、扱き使われるのなら家の手伝いとかで色々慣れてはいるから役に立てる。
王の島の空には騎士が乗った天馬が行ったり来たりと忙しなく動いている様子で、黒い騎士服とは違う緑色の騎士服を着ている人がちらほらと目に入る。
二人の会話から聞こえてくる単語で、たぶんあれはヴェスタヌかシーラの騎士の人なんだと分かった。協力していたというし、今もまだやることがたくさんあるのだろう。大変だ。
しかしこんな中、ニケは怪我なくやっているだろうかと友達心に心配になる。怪我をしても治癒魔法で多少は治るけれど、痛さを感じないわけではないし、その魔法で必ず治るという保証もない。治癒魔法はその人の治癒力を最大限に引き出す魔法なので、足が無くなったり、手が無くなったりしたら生やすことはまず難しい。
学校にいた治癒の先生は治癒魔法の上をいく完全再生術を習得していると本人から聞いたことがあるので、もし完全な状態に治したいのなら、そういう魔法を得意分野としている人に頼るのが一番だ。
私もこれは得意としたい魔法の一つだったのだけれど、どうしても先生のように綺麗で完璧な治癒魔法にはならなくて泣きべそをかいたものである。気力が足りないのだと自分の骨を折ってまで魔法を習得しようとしていた私をたまたま学校の中庭で見つけた治癒の先生には、それはもうこっぴどくお叱りを受けた。お母さんみたいで怖かった。
「ナナリー、中に入りなさい」
「はい」
宿舎らしき建物(灰色の要塞みたいだった)の横にある、簡易的な骨組みで作られた大きな天幕の前に来た。入り口になっている薄黄色の布はピラピラと風に揺れている。もう夕方で辺りもすっかり暗くなってきており、天幕の中の明かりが布越しに光っているのが見えて中からは「まだなのか」「早くして!」「治癒が……」など焦っているような声が聞こえる。
「団長遅いです!」
「まてまて、持ってきたから安心しろ」
「ああナナリー! 無事だったのね!」
ニケの声が聞こえたかと思えば、勢いよく抱きつかれた。良かったニケも無事だったんだとニケの背中に手を回そうとした私だったけれど、彼女の背中越しに見えた光景に固まった。
「私……?」
天幕の中心で、治癒魔法を受けている私の姿。
……いいや違う、あれは私の姿をした騎士の誰かなのだとすぐに分かる。彼女(変身しているので男か女かは分からないがたぶん女だろう)の傍にはウェルディさんが涙ながらに手を組んで声をかけていた。
見れば私(騎士の人)の左腕は、肘から下が失くなっている。
肩は血だらけで、水色の髪の毛は血が付いているせいか、ところどころ紫色に変色していた。
目を背けたいくらいの、酷い怪我。
他の騎士達はそこまでの怪我を負った様子は見られなくて――いるかもしれないけれど、やっぱりその人だけが異常な程に身体への損傷を受けていた。
「あなた!」
ウェルディさんが中に入って来た私に気づいて立ち上がる。ツカツカと目の前までやって来たウェルディさんの顔は涙でぐちゃぐちゃで、目の腫れが酷かった。もしかしたら貴女のせいでこんなことになったと怒られるのかもしれない。そりゃそうだ。私の身代わりなんかにならなければ、あんなひどい状態に、ましてや力の半分を私に預けなければ軽症で済んだのかもしれない。
けれどウェルディさんは私の頭から足の先までじろじろと観察し始めると、しばらく何の言葉も発しなかった。じっくり見られている。
なのでつい小さく、ごめんなさいと言ってしまった。その視線や無言に、色々耐えられなかったからかもしれない。
それが聞こえたのか彼女はハッと表情を動かすと、また私の顔を見てこう言った。
「なんだ無事ね……良かった」
そう言うと、ウェルディさんは天幕から出て行く。
「力が弱くなっているから、なかなか元の姿に戻れないみたいです」
「治癒魔法ごくろうさん。やっぱり回復も遅いか」
私は団長と共にその人が横たわっている場所まで近づいて、その人の横に座り込む。目を閉じていた騎士の人は、周りがまた騒がしくなったせいなのか薄らと目を開けた。
自分が倒れている姿は異様で、不思議というか奇妙な感覚になる。
目をパチパチと瞬きさせたその人は、首を動かして騎士団長の姿を確認したあと、隣にいた私を見た。
自分の姿をした人と目が合った私は、不思議な感覚に襲われながらもお礼の言葉を口にしようとしたのだが、私と同じ碧色の目が信じられないものでも見るようにカッと見開いたので、何かやらかしてしまったかとつい言葉を飲み込んでしまう。
「連れて……来ないでくださいと、あれだけ言ったでしょう」
私の声が、そう言った。けれどそれは私の物ではない。
声まで完璧に私に変身しているこの騎士の人の声だった。
「アルウェス、言われた通りに術を解いて首飾りを持ってきた。力を戻すにはどうやればいい」
「すぐには戻せませんから、しばらく胸の上に置いてもらえませんか。そうすれば、じきにもどりますから」
何気なく会話を耳にしていたけれど、今騎士団長は騎士の人になんて声をかけたか。耳が遠くなったわけでもないし、幻聴を聞くほど気が動転しているワケでもないし、
「……ロックマン?」
私は『私』を見た。
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