受付嬢になれるまで・5
現在四年生。年齢は十六歳になっていた。
私の身長も一年生の時に比べれば大分伸びて、入学時にペタンコだった胸も些か大きくなった気がする。
けれどニケには慎ましいと言われ、ベンジャミンには『断崖絶壁』と嘲笑われた。
自分が少々ボインだからって、人のものをけなしてはいけないと思う。だって自分が一番知っている。人の傷口に塩を塗るようなことをしてはいけない。
「ね。マリスそれ、なにしてるの」
「アルウェス様に休暇に誘っていただけるよう、お化粧を念入りにしているのよ」
「ふ~ん。アイツにねぇ」
この学校に来て、もうそろそろ四学年を終え五年目に入ろうとしている。
でも私たちには、新しい年に入る前の長期休暇が待っていた。
「わたくし達女はね、男がいるから綺麗になれるのよ。あなたも綺麗な顔立ちをしているのだから、少しぐらい恋愛に興味を持ったら良いわ。その水色の髪と翠の瞳だって宝の持ち腐れよ」
「う~ん」
マリス嬢が手鏡を持って私のベッドに座る。
あれだけお互いに仲良くしようとも思っていなかった貴族の令嬢達と私だけれど、やはりなるようになるのか、今では軽口をたたく仲になっていた。
まぁ三、四年もいがみ合うなんてまず同じ教室内で疲れると思うし、こうなって良かった。本当。
きっかけはほんの些細なことで、確かある日、同じ教室のロックマンに振られたっぽい貴族の子がいて。
その子が寮に帰る時間になっても全く帰る気配がなかったものだから、アイツを目の敵にしている私にとっては、あんな奴の為にそんなクヨクヨとしてほしくない、なんて思って。
声をかけたのが始まりだった。
『あのさ』
『なっなによ! 笑いに来たの?』
『いや、そうじゃなくて……これなんだけど』
私はカラザ(霰玉)、と呪文を唱えた。すると女の子の目の前に氷の球体が現れる。
次第にその中には雪が降って、幻影の魔法で内側に花を咲かせた。ミュズラムという花で、花言葉は笑顔が素敵、という。
『アストロフェーギャ(星明り)』
最後の仕上げにと、微量の光を球体の中に加えた。
『綺麗……』
『無理して笑わなくても良いと思うけど、笑ってる顔の方が可愛いと思う。私はアイツのこと苦手だし、そこらへんよく分からないんだけどさ』
女の子はジッと球体を見つめる。
『これ、ここに置いてくね。どうせ明日には消えちゃうから』
『えっ?』
『皆きっと寮で心配してるよ。じゃあまた明日』
それだけ言ってその子を連れずに置いて行った。
連れ帰られるほど仲良くはなかったし、連れ帰れば他の貴族の子になんか言われるだろうし、そもそもの話あの子が一緒についてくることがまず頭になかったので、仕方ない。見回りの先生もいるから、じきに帰るだろうというのもあったのだけれど。
『ねぇ、へルさん』
でも翌日にその子から近づいてきてくれて、なんとお礼の言葉を言われてしまった。
ありがとう、ヘルさん。って。
私は『え?あ、うん、別に』とか平然を装っていたが、内心狂気乱舞していた。あまり素直になれない自分が、この時ほどもどかしかったことはない。
それからは次第に女の子達の中に馴染んでいく形になって、今に落ち着いている。
たまに嫌味も言われるけれど、それは以前の嫌味とは違って親しさのある嫌味に変わっていた。
「それに休暇の間は王宮でのパーティもあるのよ。あの方はミハエル・ロックマン公爵のご子息様なの」
その中でも、マリス嬢は一番私と話すようになっていた。人生というものは何が起きるのか本当に分からない。
「ふ~ん」
私の寮の部屋にちゃっかり遊びに来て、ちゃっかりお化粧をしているマリス嬢。これから帰省するというのに、人の部屋で何を呑気にやっているのやら。
キャラメル色の腰まである髪の毛、赤茶色の瞳、バサバサの人形みたいなまつ毛、真白い肌、桃色の頬。間近で見てもいつも凄いと思う。綺麗とか可愛いとか、もうそういう類いではなくて、お人形さん、という感じ。
彼女の勝負服の赤いドレスは、もはやトレードマークと言ってもいい。魔法型も火だし、本当に情熱の赤がお似合いだ。
「ベンジャミンー、荷物整理できたー?」
「待って!あともう少しで終わるわー」
ニケの声にベンジャミンが急いで衣装箪笥の所に行く。
また長期休暇が終われば寮に戻ってくるので、荷物はそんなに持って帰らない。持って帰る物があるとすれば私は教科書くらいで、軽いものだ。新しい魔法陣を作る課題も出ているので、帰ったら早速取り掛からないと。
今洗面台にいるニケのほうも荷物はそんなに無いようで、手提げに入れられるくらいの量だった。
ベンジャミンは服を変えたいとかで、荷物の山を部屋に作っているけれど。服ならいっぱいあるんだから変えなくたって良いのに、何をそこまで変える必要があるのか。私から見れば十分過ぎるくらい着回し出来る量だ。
「お家はお兄様のビル・ロックマン様が継ぐようですし、長女のわたくしとしては是非ともお婿さんに来ていただきたいわ!」
「は~ん」
マリス嬢の荷物もなぜかここにあり、量が半端ない。ベンジャミンより山が二つも多かった。ドレスや化粧道具がほとんどなのだろうが、よくこんな量が部屋に収まっていたものだ。三人部屋で他の二人も貴族だから同じくらいの量を持っているんだろうに。
ああ、でも三年の時に空間を操る魔法を習ったから、それを使って収納場所を広げてたりしているのかもしれない。
「学校を卒業したら王国の騎士団に入るそうですし、ますます競争率が高くなってしまいますのよ?」
「へ~」
「あなたもうちょっと真剣にきいたらどうですの!?だからいつまでもペチャパイのままなのですわ!!」
「うるさいよ!」
私が適当に聞き流していたのが気に食わないマリス嬢が、傷口に塩を塗ってきた。まったく、と自慢気に胸を張って私を見てくる彼女に、その点では言い返す言葉がないため、不貞腐れることしか出来ない。
この部屋には敵しかいないのか。
「ほらマリスさん、ナナリーももうすぐ帰省の時間になるわよ。早く校門に集まらなきゃ」
「あら、もうそんな時間ですの?」
支度が済んだのか、ニケが洗面台のほうから顔を出す。
マリス嬢は手鏡を伏せると、ベッドから降りて化粧道具やハンカチーフを荷物の中に差し込んだ。ベンジャミンはまだ荷物を纏めきれていないのか、衣装箪笥があるほうから出てこない。
もう帰省の時間になるのか。早いなぁ。
今年もあっという間に学校での時間が過ぎていった。楽しいと時間が経つのを早く感じるとはよく言うが、本当にその通りだと思う。勉強も楽しいけれど、何より皆といることがとても楽しい。憂いなんて無いくらい。
「………………」
けれど。
ひとつだけ何か悔やんでいることがあるか、と聞かれたら、それは『また二位』をとったということだろう。絶対これ。もうこれしかない。考えても考えてもコレしか出てこない。
私の全努力と根性を総動員させた、学年末に行われた攻守魔術進級試験。
これに受からないと次の学年には進めないというもので、皆必死になって臨んでいた。普段の技量を測る試験とは違ったので、私としてはやりがいがあって実に楽しかった。
魔法陣は全て書けたし、難しい空間移動の魔法もなんなくこなせた。魔法型による氷を使った魔法も規定通り十個習得して、試験官の前で見事課題を成功させた。問題に詰まるところは無かったし、手応えはあったはず。
しかし試験結果はいつもの通り。一位の成績は取れなかった。
いったい何がいけなかったのか。やっぱり力不足だったのだろうか。
どうしても悪かった点を知りたくて、何がいけなかったのかを先生に聞いたのだけれど、
『え?あー……んー…、ヘルは頑張ってると思うぞ?』
『そうじゃなくてですね!悪い点を教えてください!克復しますから!』
『お前はいつも百点満点だよ。大丈夫だ』
『でも二位です!百点満点じゃないです!』
それでも先生はハッハッハと笑って答えてくれなかった。悪いところは自分で見つけろ、ということなのかもしれない。
私には確実にまだまだ足りない何かがある。
そして『また一位』になったアイツには、私には足りない何かがあるのだということ。
200点満点だと思っていた試験の点数は、いつも205とか202点満点みたいだったようだし、その200を超えた点数を取れるアイツと取れない私の違い。
くそう、なんなんだ。私には何が足りないの?
一位を取れないのはアイツのせいじゃない。それはもちろん分かっているし、お門違いな文句はそれこそ言わない。
でも。
「あ゛ぁ~もうっ、次こそは!次こそは一番になってやる!!」
「はいはい、来年も頑張りなさいよ」
荷物を持ったニケが肩越しに私を見て部屋を出ていく。
気がつけば私以外に部屋には誰もいなかった。
はて。いつの間に?
●●●●●●●●●●●●●●
ドーラン王国魔法学校・校門前。
「では皆さん、使い魔を召喚しなさい」
白髪の黒いローブを羽織った校長先生が、台の上に乗って手を挙げた。
校門の前に四年生から六年生が集まる。一年生から三年生は、それぞれ昔私が使っていた馬車のように、空を飛べる魔法道具を使って前刻に帰省していた。
私も入学した時はお母さんお手製の馬車で学校まで来たけれど、四年生の授業の中で使い魔を召喚する儀式があり、私や皆はその使い魔を利用して帰ることになっていた。
「ごめんマリス、もうちょっと離れてもらっていい?」
「分かりましたわ」
隣にいたマリス嬢に距離を取るようにお願いした。彼女は嫌がることなく、数歩移動して離れてくれる。
教室ごとに並んでいた私達は、荷物を一旦置いて、召喚のためにお互いぶつからないよう幅を空けていた。
「カロマギア・ゾーオン(魔法動物召喚術)」
あちこちでその呪文が唱えられる。
そして次第にボンッ、ボンッと音を立てては、生徒達の前に姿形が様々な生き物が出現した。
「ご主人様」
「ララ、元気?」
私の前にも、白い狼が現れる。
狼は私に近づいて頭を垂れると、クンと首元に顔を寄せてきた。ふわふわで気持ちいい。
私の使い魔はブラン・リュコスという寒い地方にいる魔法動物で、白い毛を持つ狼である。吐息で物体を凍らせたり、全身をクリスタルに変えて身を守る能力を持っていた。
使い魔になった魔法動物は空を飛ぶ術を持ち、伸縮自在に大きさを変えることが出来る。主人の魔法使いによっては、訓練次第で使い魔にも色々な魔法を覚えさせることもできた。
また使い魔に選ばれた者は人間と意志疎通を交わすことが出来て、言葉を話せるようになる。
そしてその私の使い魔が、このブラン・リュコスというわけだ。性別は女の子で、名前はララと言う。
捻りのない名前だとマリスには言われたけど、彼女が自分の使い魔につけた『マドルディージャ・リバイン・スフィッシュカルト二世』という名前よりかは数段良いと思っている。
いや、別に馬鹿にはしていない。
「ララ、お家までお願い」
ララの背を撫で付ける。彼女は鼻でクゥンと鳴くと、もう一回り身体を大きくさせてから、私が背中に乗れるように上体を低くした。
私は荷物から白い外套を取り出して身を包む。風避けのために一応フードも被って、準備はバッチリ。
「ナナリーさま。もう帰られるのですか?」
「うん?」
今にも乗ろうと足を上げたところで、後ろから声をかけられる。
聞き覚えのある声に振り返れば、ロックマンの使い魔が私とララを見下ろしていた。
黒くて大きくて、牙の鋭い猫。猫と言えど私のララより通常状態がデカい。背は私よりあって、もちろんロックマンよりも高かった。金持ちは何でもかんでもでかいな、としみじみ思う。
火山近くに生息している、マヴロ・リュンクスというこの魔法動物。
長い尾は伸縮性があり、学校の周りを一周させられるくらい伸ばすことが出来る。また咆哮で炎を噴射させたり、毛皮は炎で焼かれず、それに触れているものは恩恵を受けて炎をものともしないとする能力を持っていた。
ドラゴンの鱗は硬く火も通さないと言うけれど、それに関してはこのマヴロ・リュンクスのほうが上手だと思う。
「ニケは早々に帰っちゃたし、そろそろかなって」
「そうですか」
「貴方の主人は?」
隣にアイツがいないので彼に主人はどうしたと問えば、あそこです、と顎を後ろへシャクって視線を誘導させられる。
「ロックマン様、休暇中は私と過ごしてくださいませんか?」
「この間の休暇は私と島に行ってくださって嬉しかったわ。また行きません?」
「パーティもそうですわね」
視線の先には色とりどりのドレスの群れ。あそこから甘い匂いが漂ってくる。いや、これ本当に香ってきている。香水だよこれ。
ふと隣を見れば、ララが屈んだまま前足で鼻を抑えている。そうか、狼の嗅覚が仇になったか。じゃあ、とロックマンの使い魔を見れば、彼はピンピンしていて全く動じる様子がなかった。
「鼻は大丈夫なの?」
「はい。慣れてますので」
「っユーリちゃん!」
アイツの使い魔だけど、無性に抱き締めたくなった。ちなみにユーリとはこの使い魔の名前である。
「良いね。ゼルタには手紙を送るよ。サリアの島にはこの前行ったから、別の所にしないか?」
「いやですわロックマン様!私だけにしてくださいませ」
そして奴は私のそんな気も知らず、ニコニコと貴族の令嬢達に囲まれて談笑している。
また背が伸びたのか、令嬢達から頭二つ分くらいの高さで、アイツの憎たらしい顔が集団から飛び出ていた。見たくもないのによく見える。縮めば良いのに。
視界に入れまいと視線をずらすと、マリスも集団に入ってもみくちゃになっているのが見えた。
女の子達の使い魔はその中に入れないのか、まわりを取り囲んで見ている。なかなか非現実的な光景だった。
「アルウェス様!」
「一人にだけ、はできない。女の子は皆可愛いから大事にしなきゃね」
おい誰だアイツ。
「でもロックマン様」
「駄目だよ」
すり寄る女の子のおでこを、指でなぞる。
今じゃ社交界の鼻といわれ……あ、間違えた華だ華。ごほん。
「休暇は楽しいものにしよう」
今では社交界の華と持て囃されている、公爵家の次男アルウェス・ロックマン。
艶めく金色の髪、情熱の赤を瞳に宿し、それとは反対に肌は陶器のように白く輝いて、薄い形のよい唇は女を誘う。
その美貌には数々の女達が酔いしれ、我が先にと彼が自分の巣へ来てくれるのを待っていた。年は上から下までと年齢は関係なく、ただその蝶に気に入られたい花の蜜たちは、なんとか目に留まりたいと身を飾り立て奮起している。
隣国の姫君も熱い視線を送っており、この休暇中にドーランへやって来るとか、来ないとか。
というのが、マリス嬢から散々聞かされたロックマンの貴族間での評判だった。あーもう、耳にタコが出来るくらい聞かされた。
こんな時は自分の記憶力の良さに頭が痛くなる。嫌だな、都合の悪いものだけ忘れられればいいのに。
ロックマンは確かに、まぁ、見た目はそうだと思う。
それに帰省で屋敷に帰るからなのか、今日はいつもより服装がかしこまっていた。普段はほぼ黒で統一されていたけれど、この日は白に金の刺繍を張り巡らせたロングコートを着て、いかにもな雰囲気を醸し出している。
そりゃ女の子達もウハウハになるわ。
「きゃあっ」
おお。今手の甲にキスされた女の子が、顔を真っ赤にして倒れた。
そうだね、絵本の中の王子様みたいだもんね。
「ええい!おどきなさい!」
そしてマリス嬢は倒れた女の子に蹴りを入れていた。
「相変わらずだな、アルウェスは」
「あ、ゼノン王子」
その光景を呆れながら見ていると、ゼノン王子がやれやれと首を振って近づいてくる。本物の王子様がやって来た。
帰省の日でも彼の服装に抜かりはなく、今日も紺色の軍服のようなものを着ていた。そういえば私、王子の服装で一度も気を抜いた格好を見たことがない。シャツ姿を見たことはあるが、あれも黒いベストを着用していたし数には入らないだろう。もうこれが普通ってことなのだろうか。
「ナナリー様、ララ殿」
「ドルド」
王子の隣にはフェニクスという大きな鳥がいる。これは彼の使い魔で、名前はドルド。性別は男の子だ。王家の紋章も確か鳥で、王子にはぴったしの使い魔である。
「ゼノン王子と飛ぶの?」
「はい。ご主人様は皆さんが帰られるまで見てられるそうです」
ここは王の島であり、王子は空を飛んで国に降りる必要はないのだけれど、皆が帰るまで見守っていたい、ということで一緒に校門に残っているらしい。
さすが王子様、言うことやることが格好いい。
ゼノン王子は身長こそロックマンにまだ届かないものの、私よりいくらか背が高いので、こちらが見上げる形となっている。凛々しいお顔はロックマンに負けず劣らず、美貌でひけをとることはない。
今だって遠巻きにゼノン王子を見ている令嬢や、一般庶民の女の子達の姿が見える。王子を好きな子達はいつもひっそりと彼を見守っていて、けして彼に話かけようとはしない。ただただ見ている。
代わりに突き刺さる視線を私が浴びることはあるけれど。
「おーい黒焦げとナナリー、お前ら休暇中どーすんの?」
二人と二匹で和んでいると、上からサタナースの声が聞こえる。
ん?と王子とお互いに顔を見あって空を仰げば、使い魔のフェニクスに乗って浮遊しているサタナースの姿が目に入った。
銀髪が気持ちよさげに揺れている。
「そこの癖毛。いい加減名前で呼べといっているよな」
不機嫌な顔を隠そうともせず、ゼノン王子は上を見て眉を顰める。
サタナースと王子の使い魔の種類は同じで、彼もまた色違いのフェニクスである。王子が茶色で、サタナースが黒。
いやはや、授業で召還の儀式をやった時、使い魔が同じだと分かった瞬間の二人の反応は実に面白かった。他にも使い魔がフェニクスの子もいたのに、お互い睨み合って苦虫を噛み潰したような顔をしていたのを今でも私は覚えてる。
やっぱり喧嘩するほど仲が良いんだよね。うん。
「堅いなぁお前」
サタナースが使い魔と共にゆっくり降りてくる。
彼が地面に足を着けると、大きなフェニクスは小さく収縮してサタナースの肩にピョンと乗った。一見すれば小鳥と変わらない。可愛いなぁ。
「それで、休暇中がどうした。知ってどうする」
サタナースのさっきの質問にゼノン王子が答える。答えた、って言っても答えは言ってないけど。
「え? いやーさ、ほら課題あるじゃん?あれ皆でやったら早く終わるよなーって」
「絶対人任せにするつもりだろお前」
「なんだよ良いじゃねーかよー」
皆でやったら早く終わる……。
皆で……ピーン!!
「サタナース、やろう課題」
「えっ、いいのか? やっりー!ナナリーがついてりゃ百人力だぜ!」
「手紙送るから家の場所教えて。皆でパーっとやっちゃおう!」
「よっしゃ!」
私はサタナースに紙を渡したあと、ベンジャミンを探した。
変わらず露出の高い服を着ていた彼女。さっき目の端で見かけた気がしたんだけど………いた!
今にも使い魔で飛び立とうとしてる。
「ベンジャミン!」
「ナナリー! 休暇中遊びに来てね」
「それより、それより」
行ってしまいそうな彼女の足をつかんで、用件だけでも伝えておこうとサタナースとのことを話す。
どうせやるならばベンジャミンを呼んだほうが良いだろう。彼女はいつも重要なところで引っ込み思案になってしまうようで、長期休暇の間も会う約束はしていなかったらしい。一回でもいいから遊びにくらい誘えば良いのに。サタナースのほうもベンジャミンの好意には気づいているそうだが、こういう時にはきまって彼女の態度が退いていってしまうので、距離の取り方がいまいち掴めていないようだった。
けれど、それが恋心ってやつなのか?と首を捻る。
私は経験がないので分からない。
「本当!?」
「嘘つくわけないでしょ。それに一緒に出来て課題もできてお得じゃん。どう?」
「やだもうっ、そんなのやるに決まってるじゃない!」
バシバシ背中を叩かれる。滅茶苦茶痛いけど嬉しそうでなにより。そうだ、あとでニケも誘っておこう。皆でやれば楽しいし。
「じゃあまた連絡ちょうだい!」
ベンジャミンは私の頬にチュッと口付けると、使い魔と共に空高く舞い上がる。
「えっ、ベッ、ベンジャ」
「あのねーっ言っとくけどー!もし彼がいなくても、ナナリーと会えるのは嬉しいんだからねー!じゃあねー!」
そして手を振って王国の空へと消えていった。赤い髪が見えなくなるまで、私は後ろ姿を見送る。
な、なんなんだ。あねさん。格好いいじゃないか。ときめいちゃったよ。一瞬彼女がハンサムな紳士に見えてしまった私は、同じ女なのに……いけない。名前的にもしかして男……はないか。ないない。それはない。
でも私、……あら、もしかしてこれが恋?と左胸に手を当てて考える。
そんなベンジャミンの言葉に、心を鷲掴みにされていた私。
だからか、背後から迫っている気配に気づかなかった。
「ねぇちょっと」
「? ァブッ!!」
脇腹辺りに衝撃を加えられ、校舎の壁に背中を叩きつけられる。
声に反応した時には既に遅し。まったく躊躇の無い掻き殴り攻撃を受けた私は、学校側に吹っ飛ばされていた。建物は壊したりしなかったけど、背中が痛かった。
帰省で気が緩んでいたので油断していた。この野郎、鳩尾狙いやがって。
「油断した?」
よろけながらお腹を押さえて起き上がった私の前に、私を吹っ飛ばした張本人、ロックマンが立ちはだかる。
身長差のため、見下ろされている感が半端ない。片眉を上げた挑戦的な目つきも腹立つし、風に揺れる白いコートさえ憎らしく思えてきた。
成績にとどまらず、身長までコイツに負けるなんぞ!
「きっせい前くらい大人しくしろォォ!」
叫ぶと共に拳に氷を纏わせて奴の頬を殴り飛ばす。例えこれでロックマンの綺麗な顔がパンパンに腫れても、例え顎が外れて胡桃割り人形みたいになったとしても構わない。だって私、さっき殴られたもん。やられたら十倍にしてやり返すと決めている。
私は魔法ももちろん、体力面も鍛えていた。
いつコイツの襲撃に会うか分からないし、男ごときに負けてはいられない。
「何が社交界の華だ!『社交界の馬鹿』の間違いなんじゃないの?!」
「んーいてて、力また強くなった? それに折角の正装なのに何するんだ」
「そっちが先でしょうが!」
三年生になりての頃、身体能力を一時的に高める魔法が載っている本を図書室で見つけた。あの時は嬉しさのあまり、一日中鼻歌を歌っていたものだ。先生にも協力してもらって、休み時間とかに良く練習していたのは良い思い出。
先生からは練習中に『あまり男相手にムキになるな?』と言われたけど、ただ協力してくださいと言っただけなのに目的がいつの間にかバレていた。
なんでだろう。
「どうしようかアホ氷。帰る前に勝負する?」
「それより!女の子達はどうした!」
「あそこで応援してくれてる」
ロックマンが指差した方向を見れば令嬢達が『馬鹿氷空気読みなさ~い、早く負けなさ~い』と手を振ってこっちを遠くから傍観している。
はぁるぁあたぁつぅぁ!!(訳・腹立つ)
周りの先生達は私とロックマンのやり合いをいつも見ているせいか、暗くならない内に帰りなさい、と、まるで公園で遊ぶ子供達にでも言うかのようにして、学校の中へと入って行った。
先生達はまだやることが残っているから大変だ。
あ、校長先生がゼノン王子に耳打ちしている姿が見える。そしてこっちをチラッと見たあとに、ゼノン王子が校長に向かってグッと親指を立てると、校長は彼から離れて校舎へと入っていった。
多分あれ、
『大丈夫だ。見張ってる』
かな。
ちょっと待って。王子がそんなことをしていていいのだろうか。いや、そんな会話をしていたのかは分からないけど、それでなくともこの場で王子の手を煩わせるようなことはしちゃいけない。
というかいつまでもここに残ってないで、家に帰らなきゃ。きりがない。
「ふん、この続きは長期休暇明けにしとく」
「そういう面では馬鹿じゃないよね、お前。ここでノッてきていたら、本物の馬鹿だと認識するところだ」
両手を上げて鼻で笑われた。
ちょっと待ってくれない。元はと言えばコイツが仕掛けてきたんだけど。最初に殴られたの私なんですけど。
「ララ!」
使い魔のララを呼んで、背にまたがる。
私は今度こそフードを深く被って、いち、にの、さん、とララと共に空へと舞い上がった。
「じゃあ馬鹿炎。休暇明けまでに首を洗って、次いでに首を長~くして待ってるがいい! 成績も次こそ絶対に一番をとってやるんだから!」
そうして、もう小さく見えるロックマンにアッハッハ!と笑い捨てた私は、魔法学校を背に懐かしの我が家へと帰っていった。
また来年、頑張っていこう。