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ハーレ就業編・8

 鳥の鳴き声で目が覚める。


 しょぼついた目を擦ってあくびをして、いつもどおり洗面台へ行って歯を磨き、口内を水で濯いで、手拭きで唇を拭いた。

 ああそうだ顔を洗うのを忘れていたと思い、また水を出して顔面をさっぱりさせる。


 あとは朝食を作るだけだと台所に立ったところで、私は天井を向いて暫く考え込んだ。


「あれ?」


 私はいつ寮に帰って来たんだ。











「ああもう花神際なんて、所詮は恋人たちのための祭りなのよ。こ、い、び、と、た、ち、の!」

「荒れてますね」

「あら荒れてなんかいないわ。皆幸せそうでなによりね~ってことよ」


 私から見れば荒れているようにしか見えないのだが、本人がそう言うのなら荒れてはいないのだろうと頷く。

 まだ依頼人が来ない受付でゾゾさんの愚痴を聞いていた私は、窓の外に見える王の島を見つめた。天馬が飛んでいるのが見える。



 昨日は王の島のシュゼルク城にいて、途中で誰かの魔法にかかり倒れてしまった私(たぶんではなく確実に)。それからの記憶が無くいつの間にかに寮の部屋で寝ていたわけだが、どうやらマリスが私を寮まで送ってくれたらしく、寮母さんが部屋まで案内してくれたのだと置き手紙に書いてあった。

 

『体調に気を付けてくださいね。また会いましょう?』


 せっかく花をあげようと息巻いていたのに、結局渡すことができなかった。首飾りの中にあった花は日の光を浴びていなかったせいか、それとも狭い場所に閉じ込めていたせいか、茶色く萎んで枯れてしまっていた。なんて勿体ないことをしてしまったのだろうと、膝を抱えて顔を真っ赤にしていたのは出勤前のこと。キュピレットの花を元に戻すことはできないので、なおのこと絶望感が凄まじい。

 

「こんにちは。どうぞかけてください」

「やぁ、ヘルさん」


 受付に依頼人がやって来たので、姿勢を正す。


 仕事に集中、集中、と頭を振って笑顔を向けた先には、いつか前に依頼をしに来た薬師のペトロスさんがいた。ペトロスさんは町へ買い物に行くとよく見かけることがあり、あちらも私に気づいて挨拶をしてくれたりと、仲を深めないまでも浅い知り合いのような関係である。たまに野菜を貰ったりするので、感覚としては近所に住んでいるお兄さんみたいなものだった。

 実際住んでいるのは西側のほうらしいけれど、お仕事の都合上こちらに出てきているのだという。


「今日はどのような依頼ですか?」

「実は、ちょっと困ったことがあってね」


 ペトロスさんがそう言って私達に見せたのは、一枚の……硝子?


「硝子ですか?」

「いいや、これは竜の鱗なんだ」

「竜? 竜ってあの竜ですか?」


 硝子のような透明度の高い、一枚の鱗。角はなく丸みを帯びていて、厚さは人間の指の第一間接ぐらいだった。現物は初めて見たが、竜自体この王国にいるかいないかだ。二十年前に南のマーグレル地方で黄色い竜の目撃情報があったきりで、存在は確認できていないのだという。

 けれどそんな希少生物の鱗を何故彼が持っているのだろうか。


「これは父の物でして」


 その疑問を私達が問う前に、ペトロスさんは経緯を教えてくれる。


 なんでもこの鱗は昔、破魔士であり薬師であったペトロスさんの父親が保管していたもので、治癒魔法で直せない怪我や病気を助ける薬に必要な材料として扱っていたらしく、ペトロスさんの父親はわざわざ王国を出てまで竜を探しに旅をしていたのだと言った。


「けれど残りがこの一枚になってしまって」

「薬が作れない、ということですね」


 確かにそれは困る。


「はい。私も自分で行けるものなら行きたいのですが、魔法に長けているわけでもなく、魔物……ましてや竜に対峙するなどできなくて。恥ずかしい話なんですが」

「でもその分、ペトロスさんの薬は効果抜群で町の人達に評判ですし、向き不向きというものがありますから。恥ずかしいなんてことはないです」


 竜の鱗であればなんでもいいそうなので、依頼書には『竜の鱗探し』と大きく書く。ちなみに、この危険な生物にあたり「探す」となった場合、私達の事前調査は行われないので、破魔士にはどんな危険が待っているかは分からない。火を吐く竜なのか、皮膚が刺々しい竜なのか、毒針を持つ竜なのか、予測はできないのだ。

 なのでこの依頼を任せられるのは、階級が上の破魔士になってくる。

 破魔士の階級はイーバル、クェーツ、キングスと三つに段階が分かれているのだが、イーバルがまだ破魔士を始めたばかりの未熟者で、クェーツはある一定の危ない依頼(魔物退治など)を受けられる中経、キングスはどんな依頼でも制限なく任せられる破魔士として称号が与えられていた。それにキングスは食事免除付き。


 階級を上げるにはハーレが定めた依頼の数をこなし、また魔物退治などの危険な依頼を十以上は受けなければいけないという決まりがあった。

 ベンジャミンとサタナースはいつの間にかクェーツになっていたようで、以前のように魔物の依頼も受けられるようになっている。


 今回の依頼はキングスのみにしたほうがいいでしょうかと、私はゾゾさんに紙を渡した。


「そうね。……ペトロスさん、キングス向けに出しますが、よろしいですか?」

「ええ。危険というのは私も承知ですから、無事に帰ってきていただけそうな方に任せたいです」


 報酬額は倍にしても良いというので、だいたいこれぐらいでいいかと提示すると、彼は嬉しそうに頷く。


「これでやっと心臓に効く薬が作れます」

「心臓に?」

「魔法ではどうにもならない傷や病気がありますが、その中でも特に厄介なのが心臓でして。薬を飲んで直接心臓に行き着くまえに体内の血、魔力が大概の薬の効果を消してしまうのですが、竜の鱗に含まれる強力な結晶を薬に含ませることにより効果を消されずにできるんですよ」

 

 早く作れたらいいなと言う彼の薬は町一番、いいや国一番だと思う。

 飲みに行くときは必ず持っていく酔い止めの薬も、実はペトロスさんのところで買っていたものだった。何度それで職場の同僚たちが救われたことか。部屋にはまだ五袋の予備がある。また飲みに行くことがあるだろうから、近いうちに買いに行かなければ。


「それではよろしくお願いしますね、お二人とも」

「はい」

「また」


 一連の作業を終えた私達は、書類を破魔士の受付に送ると、ペトロスさんが来る前の状態に戻る。

 魔物の依頼は多少落ち着いてきて、花の季節もあと少し。窓の外をふと見てみれば、また天馬が飛んでいるのが見えた。

 ゾゾさんはさっきの話の続きをしたいのか、所長たちと三人で~と口を開いたけれど、長くなりそうだから今日終わったら食べに付き合ってと言われたので話は就業後に持ち越されたようである。


「そういえばナナリー、おしゃれでも始めたの?」

「何がです?」

「首飾りよ。綺麗ね、それ」


 ゾゾさんがそう言って指すのは、私の首に下がっている銀の首飾りのことだった。

 

「これ、何故か取れなくなってしまって」

「え?」

「こう……引っ張ってもですね、ぜんぜん取れないんですよ」


 切れもしないし、時おり熱をもったように熱くなるので困っている。

 母が得体の知れないところで買った物なので、一度つけたら外せないとか、厄介なものなのかもしれない。


「なら留め具を外せば?」

「留め具も外れないんです。母がどこかの国で買ってきたものなんで、そういう物なのかもしれないんですけど」

「あとでお母様に聞いたほうがいいわね。ずっとは流石にねぇ……。寝るときもあまり気持ちよくないでしょうし」


 彼女の言う通り、明日あたり母に連絡して聞いてみよう。分からないなんて言われた暁には、母の大事な花瓶に落書きをする覚悟だ。

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