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ハーレ就業編・7-12


 球体が消えて、広間は静まり返る。

 意味深な言葉を残して消えたその残像を追うかのように周りの人間は辺りを見渡すけれど、どこを探しても、もうあの黒い球体はいなかった。


 デアラブドスで陣を出していた私は、床から棒の先を離す。

 陣の模様は巻き戻されるかのように、シュルシュルと私のもとに集まって消えていった。

 マリスは直ぐに両親の所へと行き、彼らの安否を確認している。彼女の両親に限らず、この場にいる人間は誰も怪我をしていないようなので、とりあえず皆無事で良かった。


 倒れた卓上台や椅子、中身が零れて転がった杯は、使用人らしき人達が魔法を駆使して直しに入っている。


「第七小隊は修復にかかれ。通路もだ!」

「団長、一応探知もしてみようかと思います」

「ああ。やるにこしたことはない」


 騎士団の人達も城の内部の修正に手をかし、騎士団長の指示のもとに動いていた。

 おかげさまで荒れていた広間は、ものの数分足らずで元通りになった。


「お前のそれ何?」


 少し離れた所にいたサタナースは使い魔のフェニクスを小さくして肩に乗せると、デアラブドスを縮めている私の目の前にやってくる。


「これ? なんだろう、支給品みたいな」

「支給品?」

「そう支給品」


 私の物かと言われたらはいそうですと即答はできるが、なにせ働き始め初日に頂いた物なので、感覚としたら支給品という言葉が一番近い。それにこれを生み出したハーレにあるギグネスタイ・ネロについては口外禁止なので、あまり詳しくも言えない。

 私は手持無沙汰げに、短くしたその棒を手のひらでクルリと回した。


 言葉少なに会話を途切らせた私を見て何か思うところがあったのか、まぁいっかなんかスゲーの見れたし、と彼はデアラブドスについての話を終わらせた。


 サタナースの良いところはこういう所なのだと、たまに心底羨ましく思う。


「それより見てたかナナリー。俺かっこよかっただろ」


 しかし親指を自分に向けて得意気な顔をしたサタナースを、私はジト目で眺める。


 お前を見ている暇なんかあるか。


「勇姿だけはベンジャミンに伝えておいてあげる」

「ちぇ、つまんねーの。……けど、王はどう説明すんだろうな。あの黒い奴の話を聞く限り、王と騎士団は知ってたっぽいじゃん」


 俺アルウェス君に聞いてないけど、とサタナースは壇上にいるロックマンを見た。


「さぁ……」


 私は私で、壇上にいる国王を見る。

 ロックマンが張っていた膜はすでに解かれていて、国王はその場で立ったまま、広間でざわつく私達を険しい表情で眺めていた。

 貴族達は今しがた起きていた事態に戸惑いながらも、国王が何か言葉を発するのを待っているのか「どういうことだ!」と声を荒げる人間はいなかった。


 また修復に入っていた騎士達はゼノン王子と共にいる騎士団長の元へと集まると、すぐに散りぢりになり広間の大扉から出ていく。

 騎士団長は残るのか、その場から動かなかった。一方でゼノン王子はミスリナ王女が座る椅子の傍へと壇上にあがって行く。

 ここに来た騎士の中にニケはいなかったが、城の周囲の守りにでも入っているのかもしれない。

 

「あれロックマンの父ちゃんだろ? いたんだな」

「サタナース知ってるの?」

「この前あいつん家に遊びに行ったとき、チラッと」


 そしてアルウェス・ロックマンの父親であるミハエル・ロックマン公爵はいつの間にか宰相の横に立ち、なにやら話でもしているのか口を動かしていた。

 サタナースもそれが目に入ったのか、さらりとアイツの家に遊びに行ったことがあるなどと聞かされる。


「遊び!?」

「んまぁ遊びっつうか、ただ今日の予定聞きに行っただけだけど。けどうまい料理食わしてくれてさ。肉はまだしも野菜が口の中で溶けるって、俺人生で初めて体験したわ」


 相当その料理が美味しかったのか、まだ何も食べていないのにサタナースの頬がとろけて落ちそうになっていた。


 私はペシペシと彼の頬を叩いて正気に戻させる。

 こんなときにそんなだらけた顔をする奴があるか。


 そういえばこういう時にこそアリスト博士ことヒューイ伯爵はいないのかと遠目で広間を見渡したが、あの小太りの優しそうな紳士の姿は見えなかった。


 一方ここにいる者達の視線が己に向いていると分かり切っているのか、国王は一度しばらく目を瞑ったあと、何も言葉を発さずに待っている貴族達をぐるりと上から見回す。


「この王国を守る其方達に」


 重くて厚い扉を開けるように、国王はゆっくりと口を開いた。


「伝えなくてはならぬことがある」


 王族の傍にいたロックマンは端へと寄り、ゼノン王子の隣に並んだ。


 国王は自分の後ろを振り返り、王太子殿下あたりに目配せをすると、すぐに私達のほうへと顔を向けてコホンと咳払いをする。


「あの魔物について――」



 国王が語るに――黒い球体はここ二ヶ月シーラ、ナラグル、ドグニス、ウェルウィディ、今のところこの四つの国で確認されているらしく、それはいずれも国の権力者達が集まるとき、つまりはこういう場に現れていたのだという。

 友好のためにと称して隣接する国の王だけでの話し合いの場、王流論議会バッチェスと言うものがあるのだが、国王はそこで今回の事態を知ったのだそうだ。

 そしてその四つの国に被害は無いにも等しく、球体は脅すような言葉だけを残して去るので、民を混乱させないためにと他国で連携し、それを目撃した貴族達には血の守りで口を封じさせているのだと国王は言った。


 確かにあの球体が言っていたように本当に「遊び」に来ただけのようで、怪我をした人間もいなくただ単に脅しに来たようにも思える。

 魔力の痕跡を辿ろうと他国の騎士団や魔法使いが躍起になっているらしいが、未だ火元には辿り着けていないようだ。

 それにあの球体はその四つの国でも同じく「シュテーダル」という言葉を残しているのだという。だがその「シュテーダル」の意味もまだ分かってはいないそうで、親玉みたいなものだろうとの見解がなされてはいるらしいが……。


 現在は調査中だと言うが、ということは……今日それを目撃した私達はもしかして。


「今日この夜に起きたことを、けして……国民に漏らしてはならない。いずれ知ることになる日が来るかもしれないが、これまで以上に国境の警備は厳しくすることになる。どんな防御を施しても、するりと掻い潜るあの正体不明の魔力、あの実態が掴めるまでは、いいや掴めたとしようが領地の守りはこれまで以上に徹底せよ。領地外は騎士団が守る。……そしてすまないが、血の守りはすでに君達にかけさせてもらった」


 血の守りをしなければならないのかもしれない、と予想していた私は、その斜め上を行く話にサタナースの腕を叩いてエッと声を出す。しまったと慌てて口を閉じたが、その私の声など気にならないくらい、よりいっそう広間がざわついたとき、王太子殿下が国王の隣に立ち、静粛にと言葉を放つ。


「騎士団第一小隊隊長、魔術師長に先ほど魔法をかけさせた。彼に命を下したのはこの私だ。今回はなにも伝えずにいたこちらの非だと十分理解はしているが、もし反論があるならば大人しく私が聞こう」


 血の守りは、本来血の契約として、約束する相手と一対一で行うものである。誓いの言葉のようなものがあり、『この血をもってして、その誓いを破るとき、私は己の身を絞り枯らせよう』みたいな一文がある。

 つまりは約束を破ったら私は死にます。ということだ。


 しかしこれには些か語弊があり、血の守りでされた口封じのための魔法契約の場合は、その人間は許された人物にしか口を割ることができない。それ以外の人間に話そうとすれば、口は縫い付けられるように塞がれる。

 サタナースやマリスとは会話できるが、ベンジャミンやゾゾさんには口が開かず話せないということだ。


 けれどそれは双方の同意があって成されるものであり――。


「しかしどうやって……」


 私の心の言葉を代弁したように、貴族からそんな声が上がった。

 けれどそれについての説明はないのか、第一小隊隊長であるロックマンはゼノン王子の横で一礼すると、落ち着いているような真剣な表情を私達に向ける。


「……あ、もしかして」

「なんだ?」

「ううん」


 ロックマンがかけた血の守りの魔法。もしかすると、あの金色の魔法陣はそのための魔法だったのかもしれなかった。そんな魔法陣は見たことも聞いたこともないが、アイツなら自分で作るなどしてやりかねない。



 国王の言うことに、逆らう者はいなかった。


 しかし国王が怖いから逆らえないのではないのだ、と私は思っている。

 少なくとも貴族の人達は良識ある人間だとは思うので(性格うんぬんは抜きにしろ)、国王の話を聞いてその意図が理解できない人間はそうそういないのだろうと勝手にだが思ったのだ。

 それに「王太子殿下とアルウェス様がやられたのなら、文句はない」などという会話も周りでなされているので、個人的にはあまりその理由に賛同したくはないのだが、そう皆が思っているのならそれ以上はないのだろうとも思う。


 マリスやゼノン王子に非常識だと言われているサタナースでも、まぁしょうがねーよな、と小指を鼻の穴に突っ込みながら王様を見ている。

 ……こいつの場合は非常識の程度が計り知れないので、もはや論外なのかもしれない。


 しかしこの場にいる平民の私達も知られてはいけない国民の一人なのではないのかと疑問には思ったが、血の守りを受けた身ではもはや誰もそのことについて異論を唱える人はいなかった。









「皆の切り替えの早さが怖い」


 何事もなかったように、周囲は談笑を楽しんでいる。


 晩餐とのことだったが、その予定が急に変わることはなく、今は広間の端から端まで届くほどの長いテーブルに向かい、月と太陽と星の装飾が施された白い椅子に腰を落ち着かせていた。


 談笑とは言うが、実際耳に聞こえてくるのは領地の守りはどうするか、周囲の国は大丈夫なのか、帰ったらやることが山積みだ、など先ほどの出来事に対してそれぞれ近くにいる者同士で相談をしているようである。

 血の守りの魔法をかけられた同士なので口が開けるからか、どことなく早口で話していた。


 私はそんな会話には当然入れないので、目の前にある豪華なご馳走をひたすら……はできないので、ちょこちょこと手を伸ばして食べていた。後ろにいる使用人の人が時折食べ物を取るのを手伝ってくれるが、後ろに人がいるとけっこう食べにくい。見られていなければいいのだが、ずっと見られていて、平民なのがわかっているせいかお皿が開いたらすぐに気づいて声をかけてくれる。


 ありがたいが、とても恥ずかしい。


「当たり前ですわ。慌てるようでは、領地の王としてやっては行けませんのよ。……あらなんです? ハルマージ侯爵」


 マリスが隣にいてくれるのでまだ良いが、彼女も彼女で周りとの話もあるので邪魔しないようにと飲み物に口を付ける。


「ねぇそこの貴女……ええと、水色髪のお嬢さん? マリス様とは学生で?」

「はい、そうですね。仲良くさせていただきました」

「まぁ! そうなのね」


 けれど私にもたまに声がかかるので、その辺も気を付けて耳を澄ませていた。


「やだ嘘よ~お母様。ヘルは最初ね、私達に獰猛なリュンクスのように牙を向いてきたのよ?」

「あらそうなの?」

「……それについては」

「あらあら嘘よ嘘よ~、私達ヘルとは最初から凄く仲が良かったわよ? ねぇ?」


 同じ教室で六年間を過ごした貴族の令嬢が、圧力を感じさせる笑みで私を見てくる。

 ……出たな貴族女子。


 私がいる場所は比較的階級が高い人達の席らしく、マリスの連れということで私も同じ場所に同席させられていた。作法など色々自分の知識を引き出して、迷惑をかけないようにと気を張る。


 しかし私なんかはまだ良いほうだ。

 知り合いもちらほらいるので、幾分か緊張しない。

 むしろ軽い嫌味も圧力も懐かしい感じがする。


 サタナースなんて。


「おお、君がアルウェスの友人か」

「はいそうです」

「君は息子のゼノンとも仲が良いようだと、先ほどアルウェスから聞いたが」

「はいそうです」

「破魔士だとも聞いているが最近は……」

「はいそうです」


 おそれ多くも、あいつは公爵や王族に一番近い席につかされていた。

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