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ハーレ就業編・7-11

 この列に並んで体感的に三十分が経った。私達はやっとのことで、列の中間辺りに差し掛かる。

 いやビックリした。こんなにも進まないものなのかと。

 もう少し効率よくいかないのかとマリスに聞けば、花神祭の日に行われる王との対話は特別らしく、普段からあまり王家と関わりの薄い貴族も来ていることから丁寧に時間を割り振っているのだと言う。

 

 普段から行列のできる飲食店などを避ける傾向にある私にとって、この順番待ちは人生で初と言っていいほど気の遠くなるような長さだった。


「晩餐って言うけど、食べ物出るの?」

「出ますわよ。これが終わったらですけど。舞踏会もかねていますから、食べ過ぎないでくださいね」

「おっせー」

「……サタナース貴方ねぇ、その心の声をすこしは押さえることができなくて?」


 周囲を気にしながらマリスがサタナースの口を扇子で押さえる。

 さすがに彼もマリスに迷惑をかけるのはよろしくないと思ったのか、悪い悪い、と笑って扇子を押し返した。

 けれどすぐに、本当におせーからさぁ、などと口走ったのでマリスと共にサタナースの頬を片方ずつ引っ張った。


「いてててでぇっ」

「ちょっともう騒がないでよね」

「おはえたひかひっはっへふかはたほうは!(お前達が引っ張ってるからだろうが)」

「そういえば最後にダンスを踊る相手が何故重要なのか、貴女知っていまして?」


 マリスは痛がるサタナースを華麗に無視して私の顔を覗き込む。

 話題が急に変わったことに戸惑いつつも、私は返事を待つマリスの顔を見て頷いた。


「前にマリスが言ってたから知ってる」

「まぁ! そうでした?」

「踊るは『人生』、なんでしょう?」


 男女で踊る曲しかり、踊り子が一人で舞う曲しかり、踊りは一つの人生を表しているのだという。お話もそうだが、曲にもきちんと起承転結がある。初めは緩やかに、中盤は激しく、後半は静かに厳かに。舞踏会で流される曲の順番にも意味があり、全体の流れを通して考えられている。初めの曲はお話の始まりの部分として明るい曲だったり、次の曲は複雑で波がある難しい曲、それから終盤へ向かうにつれゆっくりになり、曲にも役割を出している。


 そしてその中でも最後の曲というものは物語の終わり、人生の終わりを示していた。

 なので舞踏会などで最後に踊る相手に込める意味は、


「人生の終わりまで貴方(貴女)と一緒にいたい。ってことだっけ」

「そうですわ。なので男女で踊る最後の相手は、わたくし達の間ではとても重要なことなのよ」

「マリスは誰かと踊ったことがあるの?」

「まったく興味のない殿方とでしたら、何回もあります」


 マリスはそっぽを向く。

 頬を膨らませて、眉を垂らし不機嫌顔。怒っているのか悲しんでいるのかイマイチ分からない表情だが、どちらにせよ気分がよろしくないということは伝わる。


「ロックマンは?」

「アルウェス様は、いつも最後はノルウェラ様か王女様と踊られるのよ。それか最後は誰とも踊らないで壁に寄っているか。少し前まではシーラ王国のカーロラ様が来国されたりして、その時に踊られたりしていましたけど」

「踊るのは難しい?」

「あの方と踊りたい女性はたくさんいますけど、王女様とノルウェラ様を退けてまで踊ることは、流石に誰も出来ませんわ。それに最後以外は快くダンスのお誘いもしてくださいますし、寧ろありがたいほどで」


 片手を自分の頬に添えて、ほぅ、と熱い吐息を吹くマリス。

 ゼノン王子などもそれは同じようで、奴と同様最後は王妃様か王女様、または叔母であるロックマンの母親と踊るのだと言っていた。


「……卒業のときのあれ、皆があんなに頑張って勇気振り絞ってアイツと踊ろうとしていたのを思い出すと、本当にいじらしく感じるよ。今更ながら」

「あのとき、結局最後は貴女と踊っていたと知ったときはビックリしましたけど、頭突き合いながら広間に戻って来たあなた達はどこからどう見ても猛獣の殴り合いでもしているようでしたわ。だから心底安心しました」

「失礼な」


 このジジイ、ババア、と罵り合いながら会場へ戻ったときのことはよく覚えている。いつか絶対負かしてやるという話から、どうしてそんな罵倒合戦になったのか。まぁ、それもよく覚えているが、とりあえずアイツはペテン師詐欺師スケコマシであることには違いない。


「どこまで張り合うのか知りませんけど、ほどほどにしてくださいね。アルウェス様が怪我でもしたら大変だわ」

「アイツが怪我なんかするもんですか」


 怪我した姿など見たことがない。

 凍らせたことは幾度もあるが。


「あら、強いと認めていらっしゃるの?」

「意地悪」

「オッホッホッホ」


 彼女に遊ばれている感じがして否めない。


「おい、あいつら何か食ってんぞ」

「え?」

「あのねぇ、あいつら、って言わないでくださる!?」


 またもや無礼極まりない口をきいたサタナースに、さっきまで私を笑っていたマリスが憤怒した。


 彼の目線を辿れば、挨拶を終えた人達が軽い食べ物を口にしている。……いいや、軽いとは言ってもお金に換算すればきっと軽くはない代物だ。絶対高い奴だ。

 おいしい、なんて頬に手を当てて笑う貴婦人の姿に、私とサタナースは口からよだれを垂らしそうになる。


「ナナリー、貴女までやめてちょうだい」

「大丈夫大丈夫」


 あらやだいけない、とマリスの影に隠れて口元を拭う。

 お腹は空いていないはずなのに、他人がああやって美味しそうに食べ物を口にしているのを見ると、胃に別腹が空く。


「陛下!!」


 お腹を手で押さえていると、大広間の重厚な銀の扉を開けて、あの騎士団長が王様を呼びながら勢いよく駆けて中に入ってきた。その後ろにはぞろぞろと騎士団の人達がついていて、いったい何事かと目を丸くする。

 マリスも、何かしら、と素っ頓狂な顔をしていた。他の貴族や会場にいる召使い達も、何事かと遠巻きに見ている。


「無礼を承知で申し上げます! 現在――」


 ――――ドンドンドンッパリン!!


 けれど突然、城の広間の天井近くにある楕円形の大きな硝子窓が割れて、破片が飛び散る。真下にいた人達は急いで防御膜を張り、破片から身を守っていた。


 いったい、なにが。




『平和ボケしている諸君』




 しゃがれた男の声と共に、私達の前に禍々しい光を放った黒い球体が現れた。それはふよふよと、おどけているような動きで天井を舞っている。

 よく見れば黒と紫、緑と混ざった濁り気のある色をしていた。


 あれは、城の窓を突き破り入ってきた者の正体だろうか。

 声はあの球体から聞こえてくる。


「皆さん後ろへ下がって!」

「お、おおう」


 私やマリス、サタナースは、周りと同じくその球体を避けるように壁際へと寄った。

 その代わりに広間へ入ってきた騎士達が前に行き、球体の周りを囲むように直ぐ様駆けつける。みな指を向けて魔法を出す準備をしていた。


「どういうことかしら。あれは何ですの?」

「分からない。魔物に雰囲気は似てるけど」


 厳しい顔をしている騎士団長が目に入る。所長と喧嘩しているときにも見せないような、怖い顔だ。


 あれはいったい何なのだろう。

 状況がよく掴めていない私達は、お互い視線を合わせて眉をしかめた。


「百発百中魔物だと思うけどな」

「でも何で王の島に……?」


 サタナースが私の隣で腰を屈めて、耳打ちしてくる。


「島の警備が、俺達の目から見ても尋常じゃなかっただろ。ありゃ何か警戒してたんだろうな、あらかじめ」


 確かに城の周りには幾人もの騎士が見張りとして飛び、この島を守るように配置されていた。初見の私でも違和感があったが、城に貴族が集まるせいだからだと思っていたのであまり気にしてはいなかった。

 けれどサタナースの言うように、警備は厳重だったのだろう。

 しかし、それなのに何故このような事態になっているのかと、ここにいる貴族達が皆信じられないとでも言いたげな顔をして、広間の中心に浮かんでいる黒く光る球体を見ている。


 あれはあきらかに侵入者だ。


「貴様、何者だ」


 王様は落ち着いた声で、しかし広間中に行き渡るような大きな声でそれに問いかける。

 王族の前にはロックマンが立ち上り、彼らを守るようにしてそこにいた。隣にはゼノン王子もおり、険しい顔で広間の中心を見ている。


『何者であるかは、国王と騎士団がよく知っているはずであろう。あれだけ騎士を配備しておいて、まんまと我にしてやられた憐れな奴等よ』


 声は、愉快だとでも言うように笑いを含んでいた。


『ドーランだけではない、シーラ、ナラグルの連中もそんな顔をしておったわ。実に愉快で滑稽』

「お前の目的はなんだ」

『我はお前達が恐怖に戦く姿を見てみたい!』


 声が一段と大きくなったとき、王様が椅子からダンッと立ち上がる。


「騎士達、その悪魔を始末せよ!!」


 重く高く響き渡る声は、広間にいる人間の脊髄を畏れさせ、刺激した。


『ハハハ!! ハハハハ!! 当たらぬわ馬鹿者共が!!』


 球体が甲高い笑い声を上げながら右往左往する。


 王様の命令で騎士達が退魔の呪文を放つが、球体はそれを避けて徐々に端へ避難している貴族達のほうへとやってきた。

 貴族達も魔法が使えないわけではなく、むしろ平民よりは魔法での戦いも慣れているため自分達の周りには防御の膜を張っている。


 もちろん私やマリス、サタナースもそれぞれ自分の周りに張っていた。

 

『お前達の相手は、こやつらで十分だ』


 球体はそう言うと、グルグルと渦を巻く空間の中から奇形の魔物を数体、いや何十体と出し始める。

 さすがの事態に、貴族達も逃げてばかりはいられないと魔物に攻撃する者が出始めた。


「ナナリー! 自分の身は自分で守れよ!」

「ええ!?」

「わたくしもこうしてはいられませんわ!」


 マリスも横で炎の弾丸を魔物に放ち、サタナースも破魔士らしく竜巻を引き起こし魔物の排除に専念している。彼に至っては使い魔のフェニクスも召喚させて共に応戦していた。


 城の広間は、あっという間に戦場と化す。


「いったい……」


 一方私は防御の膜を張ったまま、辺りを見回した。


 騎士達はあの球体に手こずっているようで、騎士団長がいつの間にか混ざって戦っていた。ゼノン王子もそれにならうようにして、雷の魔法を繰り出している。王族は守られる立場にいるというのに大丈夫だろうかと壇上を見ると、そこではロックマンが強力な分厚い防御膜を張って彼らを守っていた。分厚いかどうか分かるのは、膜の放つ光が強いからである。あの光が強いほど、より強力な証であると言えた。


「どうしよう」


 膜にぶつかってくる魔物に眉をしかめながら、自分ができる攻撃を考える。今は氷魔法の使用を制限されているため、むやみやたらと使えない。


「……よし!」


 こうなったら、と私はドレスの裾をめくり上げて、太股に巻き付けた革ベルトからデアラブドスを引き抜いた。腰に巻いておくことができなかった為に、見えないところにと考えて太股に付けておいたのが正解だった。


 女神の棍棒を身長を超すほどの長さに伸ばして、トンと床に先を叩きつける。


 退魔の陣はいくつかデアラブドスの中に覚えさせているが、使えそうな何か大きい陣はあったかと、魔法書の内容を思い起こした。


「八点……完全でもないし…………空間……、退魔神展ベヌゲートだ!」


 銀色に輝く長い棍棒をクルクルと回す。

 それを八回転させたのち、自分に張った防御膜を解いてデアラブドスを結晶石の床に突き立てた。指先から魔力を棒へ流し込む。

 棍棒へ十分に溜まった魔力が空気を揺らしているのか、ドレスのスカートがゆらゆらと波打つように動いていた。それを確認すると、私は古代魔法のひとつである退魔の陣の呪文を唱える。


 そしてこの魔法を使う前には、もし失敗したときのためにと、守護精の呪文を唱えなければならない。魔法には失敗するとしっぺ返しがきたり、命取りになるものがいくつかある。いずれもそれは高度な魔法を使うときで、失敗したとき、呪いを受けてくれる、身代わりになってくれる守護精を用意しなければならなかった。

 これは魔法を使う際の、言ってしまえば保険のようなものだ。


 生まれて親から名前を与えられるとき、それとは別に中間名を御先祖様から頂くのだが、私の場合は曾々お祖母さんの名前でペルセポネという名前を貰っていた。親が私にと選んだ、お祖母さんの大切な名前。

 そしてその名前が、その魔法を使う時に必要になってくる。

 守護精の呪文は魔法型ごとに違い六つあるのだが、氷型である私の呪文はこうだ。


――あまねく神と血の精霊たちよ


――我がペルセポネの名のもとに告げよう


――氷帝の光は花の大地に降り注ぎ


――生きとし生けるもの全ての時を止め


――天への架け橋となる


――終結の鍵と共に去るは氷の意思であり


――また始まりも血の意思となるだろう



退魔神展ベヌゲート


 風を伴い、陣の模様がまるで蛇が這うように床へと広がっていく。


 けれど私の陣の色とは違う、金色に光る陣が、同時に私の陣の下に浮かび上がっていた。

 私以外の、誰かの魔法陣だった。


 もしかして、と思い王族のところにいたロックマンを見てみれば、アイツは私と同じような、金色の杖を壇上で突き立てているのが分かる。

 何をするつもりなのか知らないが、考えている余裕など防御膜を解いた今では無いに等しいので魔法を続けた。


「もっと、大きく、大きく」


 広間中に行き渡った私の魔法陣は銀色に、ロックマンが敷いた魔法陣は金色に光り輝く。


 そしてその光が増した時、陣の上にいる魔物達の動きが止まり溶け始めた。

 ジュウジュウと音を立てて、水が炎で蒸発するように黒い煙のようなものが天井へ向けて上がっていく。


 あの黒い球体も動きを止め、天井付近からゆっくりと下に落ちてくる。

 けれど弱ったわけではないのか、またクルクルと余裕そうに回っていた。


『今日は十分に遊ばせてもらった。この国、この世界を魔が支配するのも、遠い話ではないぞ。だが――しかしまだその時ではない』

「時とは何だ!」


 ゼノン王子が叫んだ。


『全ては愛しい我がシュテーダルの為に』


 そう言って、球体はパンと弾け飛んだ。

更新が遅くなってしまいました。

申し訳ありません。

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