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ハーレ就業編・7-9

 城へと続く赤土の道を、貴族達が列を成して歩く。途中には二股に分かれた道があるが、右を行けば王国の学校に、左を行けばドーランの王族が暮らす白亜の城・シュゼルク城に着く。

 当然、今日はシュゼルク城に向かうので皆左へ行っていた。私もマリスに連れられて道を行く。


「お仕事はどうですの?」

「どうって?」

「順調に貴女のなりたいものに近づいているの? ってことよ」


 雑談を交わしながら歩く。

 マリスだけでなく家族も来ているのかと聞いたら、両親は先に城へと向かっていたようで、彼女は私を待つためにあそこで侍女と共に待っていたそうだ。

 話は変わるが、あの時後ろにチラッと見えた侍女の人が綺麗で、さすがはマリスだと思った。


「うーん、まだまだかな。まだ途中だよ。きっと何年もやらないと、所長みたいには……日々精進かな。マリスはどう?」

「どうって?」

「家のこと。侯爵家を継ぐんでしょう?」


 彼女は長子で、侯爵家ただ一人の子供だ。

 手紙でもチラッとそれについての話が書かれていたりする。


「それなら小さな頃から近くで見てきましたから、今はその延長で手伝っている形だわ。それと手紙には書きませんでしたけど、わたくし王女様のお世話係についているのよ」

「王女様!?」


 王女様って王女様!?


「三日に一度ですけれど。侍女とは違った役目なのよ。王に指名を受けたのでお世話をさせていただいています。本当は公爵家の人間の方が望ましいのですけれど、今の公爵家には若い女性がいらっしゃらなくて。アルウェス様のお母様、ノルウェラ様にも時折お手伝いいただいていますけど、あの方は今お腹にやや子を授かっている身ですし、あまり頼りにしてはいけないから、わたくしが頑張らなければ」

「ロックマンのお母さんお腹に赤ちゃんがいるの?」

「光の季節の終わり頃に分かったそうで、まだお腹は膨らんでませんけどね」


 今アイツは私と同じ十八歳だ。そしてその上には兄がいると聞いている。けれど兄の方は学校での噂も聞かなかったので、恐らくロックマンとは六歳以上は離れているのだろう。そして早くとも彼の母親が子供を産んだのは十五歳であると仮定して計算すると、ロックマンの母親は現在四十歳近い年齢ということになる。


「いつまでも好き合える仲って、ちょっと憧れますわ」

「うん。凄い」


 十八歳も離れた弟か妹、私も欲しい。きっと凄く可愛がれる自信がある。でもそんなことを母親に言ったら、あんたが自分で授かりなさい! と怒られて終わるだろう。


「それで順位的にいくと、公爵の次の侯爵家の人間ってことになるの?」

「ええ、その数ある侯爵家の中で決めるとなった時、わたくしが選ばれましたのよ。恐れ多いですけど、王女様を見ていると勉強になることが多いわ。それに……」

「それに?」

「アルウェス様も公爵邸で過ごすより、この島の宿舎で過ごされていることが多いのよ。城の中でも時折すれ違いますから、わたくしにとっては天国も天国!」


 興奮気味に話される。よほど嬉しいのだろう。

 アイツと何度も手紙のやり取りをしていると聞いたときは、そんなにすぐ手紙が届くのかと疑問に思っていたが。


「三日に一度は手紙を書いてるって言ってたけど、なんか納得した」

「うふふ。手渡しで返して下さることもあります」


 幸せそうだ。


 彼女と話していると、会話がほどほどに尽きない。

 その中で沈黙が続いたとしても気まずい沈黙にはならなく、そもそもお互いの間で喋らなくなる状況を悪とは思わないので過ごしやすい。

 沈黙も立派な会話だ。会話が尽きないから仲良し、というわけなのではなく、尽きたとしても何気なく相手の顔を見て、何気なく笑って、何気なく空を見上げることができる仲だから良いのだ。


「こちらにいらして」


 城の敷地に入り、赤土の道が白い煉瓦敷きの道になってきた頃、私は道の横にある庭園へとマリスに引っ張られた。

 小さな木がいくつも植えられていて、青い芝生の先にはこれまた池と呼ぶには大きな……湖のようなものが見える。いつか見た迷路のような緑の植え込みも繊細な作りで、所々に配されている噴水と合わせてみて見ると、まるで一つの絵の中に紛れ込んでしまったかのような錯覚に陥ってしまう。


 以前来た時はじっくりと見ている余裕もなかったが、改めて見ると圧巻の一言に尽きた。城はそれ以上に凄いが、この庭の広さは何百軒もの家を建てられそうなほど壮大な広さである。

 最近お腹が出てきたらしい父に、この庭を一度でいいから一直線に走らせてみたい。そして痩せろ父よ。


「庭凄いね。というか私、凄いしか言ってない気がする」

「いえ寧ろなんの反応もないと、逆にわたくしが心配になるわ。……ではこちらを向いてくださる?」


 マリスは小さく感動している私を、これまた小さな木の後ろに立たせて、自分は私から三歩ほど距離をとって離れた。もうすぐ城へ着くという場所で道から外れた私達は、庭にある木の後ろに隠れる形になる。


 道から外れてこんなところに入ってしまい、怒られないかとビクつく私をよそに、当の本人は怖いもの知らずというか慣れているのか、フフンと笑っていた。

 彼女は良いが、私はここに耐性が出来ていない。というか出来るかそんなもの。


「いくわよ」

「ちょと、マリス何を」


 私に人差し指を向けて魔法をかけようとするマリス。いったい何をするのかと口を開こうとした私だが、それよりも早く彼女は呪文を唱えて私へ青い光を放った。



――シュルシュル


――シュルシュル


――ホワンッ



 私は魔法に掛けられ、その反動で横に三回転させられる。

 そしてその間身体に違和感を覚えたと思えば、回転が止むと同時に私の身を包む服の形態、肌触りが違うことに気がついた。


「ねぇこれ……」

「なかなか綺麗でしょう? 特別に作りました。わたくしが」

「マリスが!?」


 白を基調としたドレスには、淡い青色の刺繍で施された細かな花柄に、蔓や葉の模様があった。肩を覆う布はなく、逆に二の腕からはほんのり透けた袖が手先に向けて広がるように付いている。ヒラヒラしていた。

 スカートの裾を上げて靴を見て見れば、靴は踵の高い鋭利な白い履物に変わっている。


「裁縫は得意分野ですの」

「裁縫という括りでドレスを作れるのは、もはや得意という範疇を超えてるというか……うぷっ」


 お腹周りの布地に、ギュッと腰の肉が締め付けられる。マリスが指を振ったので、多分彼女の仕業だろう。


「もう少し腰辺りを絞りましょうか。貴女の着ていた服は、馬車の中に移動させておきましたからね。その首飾りを外すのは勿体ないですから、そのままにしたわ」


 私はキュピレットが入っている首飾りを触る。


 着ていた余所行きの紺の衣服は何処へやら(馬車の中)。その代わりにピラピラとしたレース付の、それでいて重量感のある服。

 私はドレスを纏っていた。


「これを着て、お城に……?」

「わたくしの見立てに文句でも?」


 着ている自分を客観視してみる。

 彼女ほど胸もない上に、化粧も最小限にしか施していない顔。普段から化粧をしているワケでもないが、今日は特別にと唇に紅くらいは塗っている。けれど薄化粧に毛が生えたくらいの顔で、こんな着ているのも頭を下げたくなるドレスを着用しているとなると凸凹感が半端ない。


 王様が穴の開いた靴下を履いているようなものだ。

 もちろんこの場合は王様がドレスで、穴の開いた靴下が私である。


「さぁさぁ行きますわよ」


 一方マリスは私の格好に満足したのか、私の腕を引っ張って城へと向かう道に戻った。道とは言うがもう敷地に入っているので、城の扉が開いているのが見える。またそこへ近づくにつれ、騎士の人が道の両脇にずらっと並んでいるので、とうとう来てしまった感……いわく絶望感悲愴感でいっぱいだ。

 こんなところに来ると分かっていれば、せめて心の準備でもあれば!!


「待って待ってマリス、私作法とか分からないからちょっと」


 私の戸惑う声を無視するマリスと共に、嫌な思い出のある城の中へ入っていく。


 今年は何の因果か、妙にお金持ちの家に関わることが多い気がする。しかもすべて不法侵入という形で、表立って人に言えないようなことばかりだ。

 そのせいか別に誰にも文句を言われるわけでもないのにビクビクとしてしまう。


『キャロマインズ侯爵家のマリス様もか』

『平民の友人を?』

『あらあそこにいるペーレ侯爵も連れているわ』

『今年は去年より少ないほうかね』


 周りの人達は当然貴族ばかりなので、見慣れない私や他の平民であろう人を見ては物珍しそうにしていた。こんなに人がいるのにそのような目を向けられると、しっかりとそうでない人間とそうである人間の区別がつくのか、なんて、居心地が悪いとかは別にして感心してしまう。

 社交界は精神武闘会だ、と貴族の子が話していたのを聞いたことがあるけれど、それだけ神経を使って他の貴族の顔や名前を覚えたりしているのだから、見分けるのもわけないのかもしれない。


 何故上位の貴族だけはこうして貴族外の人間を(一人だが)連れ立って良いのかとマリスに聞いたのだが、それが結構単純だったのにも驚いたものだ。

 なんでも、昔いた公爵様が『ここに仲のいい平民の奴呼べたらなぁ』と期待半分冗談半分で王様の前で呟いたところ、なんと『え、良いよ全然。お前優秀だからさ、絶対その友人も悪い奴じゃないだろ。あ、でも呼べるの一人な。それと花神祭だけな』などと了解を出してしまったのが始まりらしい。それが今でも伝わっているのか、今では公爵と侯爵の身分の家から一人だけが呼んでも良いことになっているのだという。


 なんとも自由な王様だ。今の王様も無くそうと思えば無くせるはずなのに、このへんてこな風習を続けているのは国が平和だという証拠なのかもしれない。

 しかもこれまた、その公爵というのがあのキュローリ宰相なのだそうで、思わず空笑いが出た。時代の流れを変えるのは、いつだって一人の偉人か、一人の変人なのだ。


「学校で少しはやりましたでしょ? 気にしないでちょうだい、堅苦しい輪には入らせないわ。それにアルウェス様は貴女もご存じの方を連れていらっしゃるみたいですし」

「私の知り合い?」


 ご存じの方?







 城の大広間まで連れられた。


「わぁ……」


 ほらさっさと歩きなさいとマリスに急き立てられたけれど、私は城の内装の変化に気を取られていた。以前来た時は通路の壁は金と白で彩られていて、絵画がいくつか飾ってあり、床は赤だった。けれど今歩いている床は深緑で、壁は花柄、絵画はどこにも無かった。そして大広間に入ると、またもや違いが目につく。天井にあったはずの天使の絵は無くなっており、太陽と月の絵が代わりにそこにある。光沢のある結晶石の床は、所々キラキラと輝いていて、まるで夜空に浮かぶ星に見えた。


 ぽかんとしている私に、マリスは凄いでしょうと言ってくる。


 確かに彼女の言う通り、お城というものは凄い。芸術的にも優れているけれど、しかし一体月に何回内装を変えているのだろうか。お金もたくさんかけているに違いない。


 大広間には貴族の人間で溢れかえっていた。

 王族が座るであろう大きな椅子にはまだ誰も座る気配もなく、ゼノン王子の姿などは見当たらない。それにこの集まりなのだから、当然ロックマンもいるはずだ。マリスもさっきアイツの名前を口に出していたし、いないなんてことはないはず。


 マリスの両親には先程挨拶をした。

 彼女の髪色と同じ色をした、一組の夫婦。マリスの母は美人で、強気な目元は母親ゆずりなのが見てとれた。父親のキャロマインズ侯爵はそれとは反対に目は垂れ目で、けれど笑った顔がどことなく娘と重なっていた。

 はじめまして、と言った私に二人は、貴女がナナリーさん? いつも面白い話をありがとうね、と快く応えてくれたのだが、その言葉の節々に気になるところを見つけつつもマリスを見れば知らんぷりをされる。

 挨拶周りに行くからと彼女の両親と別れてからは、私もマリスの傍で彼女の社交に付き合っていた。堅苦しい輪には入らせないからと言っていたが、結構その通りで、懐かしい貴族の級友達との再会がほとんどだった。

 

「貴女を一人にすることはできませんし、もちろんしようだなんて思いませんから。でも気疲れしてしまったならごめんなさいね」


 一通り会話を交わしたあとは、付き合わせてしまってごめんなさいとマリスに申し訳なさそうに言われた。

 むしろ私こそこんな輪に入っていて邪魔じゃないのだろうかと思ったが、マリスの意思でそうしているのならと逆にあまり気にはならない。

 けれど私も彼女と対等の立場ではないので、やはり周りの視線が気になったりもする。来るまでの道でもそうだったが、平民はよくも悪くも目立つ。今も口髭のある紳士や扇子で口元を隠すご婦人に、好奇の眼差しを向けられているのが横目で見て分かった。自意識過剰と言われるかもしれないが、マリスが気にするな、と言っている時点で周りに気にされているのがおお分かりだった。

 他にも平民は何人かいるのだから、そちらを見てくれと祈るばかりである。


 若干の居心地の悪さを感じながら、私の唯一の心のよりどころであるマリスの背後にそっと立つ。


「ちょっと貴女、幽霊じゃないんだから!」

「……」


 後ろにいられるのは嫌なのか、すぐに振り返って私を隣に置いた。



――トントン。


 すると、後ろから誰かに肩を叩かれた。


 声を掛けられなかったので、ピクッと両肩が跳ね上がる。


「よっ、ナナリー」

「え……サタナース!?」


 首を横に向けると、そこにはサタナースが正装で髪を整えた姿があった。グラスを片手に笑っている。癖毛のある銀髪は整髪料を塗りたくったのか、若干テカテカしていた。

 そんなに塗るくらいなら癖毛を真っ直ぐにする魔法でも覚えたらいいのに、サタナースは勉強こそ落第ものだが、魔法を使うことに関しては野生児並に勘が良い。


 しかし何故サタナースがここに。


「ね? ご存じ、でしょう?」


 隣にいるマリスを見ると、彼女は手を口に当ててホホホホと笑う。


「ナナリーも来てたんだな。でもあいつからは聞いてねーぞ」

「アイツって?」

「ロックマンだよ」

「ロックマン?」


 なんでここであいつの名前が。


 サタナースの話によれば、ロックマンとは頻繁にではないが飲みに行ったりしているのだといい、そしてその時にこの晩餐会、舞踏会に来ないかと誘いを受けたらしい。

 ベンジャミンはどうしたのかと聞くと、彼女は夜は家族と過ごしたい質らしく、夜に用事があると言ってもさほど問い詰められることはなかったのだと言う。変なところで冷めているので、そのことについて話しているサタナースもどことなく戸惑っているのが傍目から見て分かった。


「そりゃロックマンだって私が来るとは思っていないだろうし、当たり前じゃない。ね?」

「あら、わたくし貴女を誘うつもりだとアルウェス様に手紙で話してますけれど」

「知ってんじゃねーか」

「アルウェス様があの非常識男サタナースを連れ立っていくとおっしゃられたので、ならわたくしはナナリーを誘います、と」

「その流れで呼ばれると、私も非常識みたいに聞こえるんだけど」


 なるほど。

 だからマリスはサタナースがここに来ることを知っていたのか。


 けれどロックマンの姿は未だどこにも見えない。

 サタナースが来たのはつい先程のことだそうで、その時にはロックマンも傍にいたらしいのだが、まだ仕事があると言ってどこかへ行ってしまったのだという。

 サタナースもサタナースで一人にされて平気だったのか、しばらくは周りにいる美人を見て目を輝かせていたらしい。

 本当にこいつはどうしようもない。


「貴女っていい話のタネになりますし、いえネタかしら。お父様やお母様にも面白おかしくナナリーのことは伝えさせていただいてますわ」

「普通に話してくれない!?」

「ここまで言う友達やつはなかなかいねーよ。大事にしろよナナリー」

「なにこいつ腹立つ」


 非常識と言われているのはサタナースの方なのに、何故か私が馬鹿にされている。

 けれど、ということはロックマンは私が今日ここへ来ることを知っていたのだろうか。あの時点で。


『せいぜい花の季節を楽しんで』


 そこであの言葉を思い出すと、実に憎たらしい。


「アルウェス様へのお手紙でも時々枕詞として使わせてもらってますわ」

「だから普通に会話をしなさいよ。変なこと言ってないでしょうね」

「あらそんな変なことなんて」

「何その顔」

「いやだわこんなところでおしゃべりしている場合ではなくてよ。間もなく王族が顔を見せる頃ですし、ほら行きましょう」

「あっ流した、流した」


 手で顔を扇いで、私に背を向けるマリス。ジト目で彼女を見る私にサタナースが背中をポンと叩く。


「あいついい性格してんな」


 腹立つ。

次話→18日更新予定。

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