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ハーレ就業編・7-7


 赤いキュピレットの花は、王国の花だ。

 王国の花と言っても国中に咲いているわけではなく、王の島だけにそれは咲いている。キュピレットの花は花屋で買わなければならないのだが、とても人気なので品切れるのが早い。

 それにもっぱら花渡しをするにはキュピレットの花が定番なのだと言われている。その為か、余計に品薄となっていた。地の魔法使いでも咲かせられない花はいくつかあるのだが、そのうちの一つにはこのキュピレットの花が入っていた。

 なので増やすこともできない。


「買えましたねぇ」

「あの店の最後の花だったし、運が良かったな」


 ヤックリンさんの隣で赤い花に顔を寄せる私だったが、足に走る鈍い痛みに眉間に力が入る。履き慣れない靴で来たせいか、踵と指先が微妙に痛い。擦れている感じがする。いやこれは絶対に皮が剥けている。

 ベンジャミン達と別れたあとにキュピレットのある店を探しに歩き回っていたのが悪かったのだろうか。

 ここでひょいと治癒魔法が使えればいいのだけれど、そうなると一旦道の端に寄って靴を脱がなければならない。患部に直接触れなければ皮膚が再生しないのだ。


 足が痛いと言ったら気を使わせてしまうだろうし、ここはお手洗いを口実にヤックリンさんから離れなければ。


「あっ、ごめんなさい」


 下を向いていた私と、後ろから来た女の人の肩がぶつかる。急いでいるのか、女の人はそう謝るとすぐに先のほうへと駆けて行った。


 歩いていると、二十歩くらい先のところに人だかりができているのが見える。大道芸人はこんな人通りの多いところで芸などしないので、彼らではないだろう。ぶつかった女の人が急いであの人の波の中へと入っていったのが見えたが、一体何が目的で……。


「何だ?」

「大道芸人ではなさそうですけど……」


 ヤックリンさんも目を細めて、その人だかりを眺めていた。


「あの、ヤックリンさん……」


 でもそれは横においといて、とりあえずお手洗い、お手洗い。


 今日は空を飛ぶことを禁止されているので、目印になるお店の前で待ってもらうことにしよう。

 私は彼の腕を叩いて声を掛けた。


「私ちょっと」


「あれ、ついにヘルにも逢瀬の相手ができたのか」

「は? ……ウッゲェ!!」


 横を今まさに通り過ぎようとしたとき、騒がしい人混みの中耳に通る男の声が聞こえた。私は格別耳の良い人間ではなく、かと言って耳が悪いわけでもない普通の聴力なのだが、こと特定の人物(特に嫌いな奴)の声に関しては拒否反応が出るのからか、百人一斉に話しかけられたとしてもその声だけを聞き分けられる自信がある。


「アルウェス様!」

「ロックマン様、こっちのお花も受け取ってくださいな」

「ありがとう。でも今は勤務中だから、あとで。でもそこの小さなレディの花はありがたくいただこうかな。ね?」

「やったぁ! お兄ちゃんはいっ、お花どーぞ!」


 埋もれていて分からなかったが、頭一つ分突き抜けた背の高い男の顔が、人混みから現れる。今まで体勢を低くしていたせいで見えなかったのだ。私を見ている目は珍獣でも見つけたときのような不躾な表情をしていて、小さな女の子の頭を撫でているその手と顔はまるで別物である。


 私はゲェ! と顔を顰めて目を横に逸らす。もちろんヤックリンさん側ではないほうへだ。


 なんでアイツが。


「その嘔吐するみたいな声やめてくれないかな。声を掛けた僕のほうが恥ずかしくなる」


 女性達に前を開けてもらいスタスタと私達の目の前まで来ると、ロックマンはそう言って私と同じように顔を顰めた。

 失礼な。恥ずかしくなるなら最初から私を無視すればいいじゃないか。私は鼻をフンと鳴らす。

 いや君が一般的な反応をしてくれればいいだけだ~違うそっちが~なんたらかんたらと延々と続きそうなこの押し問答に、私はああもう! と頭を振って両腕で×を作る。


「ブルネルも言っていたが、髪が目立つから嫌でも目に入るね。迷子も安心じゃないか」


 ロックマンは花だらけの私の格好を上から下まで眺めると、感心したような口調でそう言ってきた。


「うるさいな。そっちは仕事中なんでしょ、いったい、な、ん、の、用よ」


 痛む足を気にも留めず、私はダンッと地団太を踏む。


「リゲル・ヤックリンが女性を連れていると思ったら、君が隣にいたから驚いたんだ」

「隊長さんとは最近あまり行き会わないし、久しぶりですね」

「ヤックリンは外仕事が多いから、必然的にそうなってしまうのかもね」


 おいおいこの男……ヤックリンさんを呼び捨てだと。


「相変わらず騎士団は休む暇がなさそうで。巡回途中にすみません」

「話をかけたのは僕だし、大丈夫だよ。年に一度の今日を楽しんで」


 いやに親し気な様子に、何だか負けた気分になる。もちろん奴に、だ。けれどよくよく考えてみればソレーユ地が管轄にある第一小隊は定期的にあそこのハーレを訪れているであろうし、私が会うより先に何回も顔を合わせているはずだと思い直す。


 しかしそれにしたって年上がどちらだか見当もつかない会話だ。けれどロックマンの話し方は特に相手を下に見ている感じでもなく、対等、上手くは言えないけれども友達と話をしているみたいで軽い。ヤックリンさんも嫌な顔はせず、寧ろ敬語でも砕けたような話し方なので、私はなんだこの空気はと空の一点を見つめながら聞いていた。


「それにしても、なかなか良い靴を履いているようだけど……盗んだの?」


 誰に聞いているのかと思い反応をしなかったが、その失礼な良い様に直ぐに自分のことかと悟る。


「買ったわよ新品よ!! いちいち人聞きの悪い!!」

「へぇ。どーれ」


 顎に手を添えて、私の足元へしゃがみ込む。目敏い奴め。そんなにこの新しい靴が気になるのか、靴のつま先に触れてアマルビィの靴屋か……と何と店名まで当ててきやがった。

 確かに少しお高いお店の物で、節約とか金欠とか言っているのに無理してまで買ってしまった代物だけれども。貴族もそこで買ったりはするらしいが、私のように既製品ではなく自分の足に合った物を作って貰うようなので、お店は同じでも畑違いのようなものである。


 ゆえに店名を当てられてビックリだったのだが、ロックマンが体勢をかがめたおかげで気づいたことがある。

 周りの女性達が『あれ何?』みたいな目でこちらを見ていることに。


 手に花を握り絞めている綺麗なお姉さん達は、学校で散々受けた鋭い視線ではなく変に困惑している瞳を私とヤックリンさんへと向けてきていた。眉を垂らして、心配そうな、そんな感じだ。

 一番近くにいた女性達の話し声からは、あの二人はきっと恋人同士なのよね? 騎士のロックマン様とはただのお友達っぽいわよ、なんだ良かったぁ、などと隠そうともしていないのか普通に会話をしているのが聞こえた。


 なるほど、心配そうに見ていたのは私がロックマンと話していたせいなのか。つくづく罪作りな奴である。黒い騎士服に身を包んだその姿は、女性達にキャーキャー言われたいがために着ているのかと思ってしまうくらい、まぁ似合ってはいる。

 この前ベルさんに聞いた話だが、なんでも平民の間ではロックマンや騎士の中でも顔が良い男達の姿を転写した絵が出回っており売買されているそうなのだ。公式か非公式かは分からないが、とにかく騎士という肩書きも含めて彼らは人気である。


 いまだ足元を見ているロックマン。

 もうそんなに見なくても良いだろう、と私は足を動かしてロックマンを払う。浮いた足先に蹴られまいと立って後ろに避けたロックマンは、埃か汚れでも落とすように両手を軽く叩いた。


「まぁ、履きつぶしてしまうことのないように大事にするんだね」

「言われなくても私はお古のナナリーと知られていたくらい物持ちが良いんだからね。馬鹿にしないでよね」

「物持ちとかの以前にお古ってそういう意味でのお古なの? それ褒められてると思ってるの?」


 おめでたい脳みそをお持ちで、と口元に手をあててクックッと押さえ気味に笑われる。太陽に照らされた金色の髪もそれにならうように、きらきらと眩しく輝いていた。


 周りに人がたくさんいるので出来ないが、私は拳を突き出したい衝動をプルプルと身体を震えさせてたえる。

 いつか絶対にロックマンの弱味をつかんで世間にさらしてやろう。


「その花、貰ったんですか?」


 そんなやりとりをしていると、ヤックリンさんがロックマンの手にあるピンクの花を指差して聞いた。


「ああ、小さなレディに。それより君達の手にある花もキュピレットじゃないか」

「騎士の人達は皆胸元にキュピレットの花を飾ってるのね」

「これは陛下のお気遣いさ」


 気遣い?

 首を傾げる私にロックマンは答えることなく、次の待機場所へ行くと言って踵を返す。


「せいぜい花の季節を楽しんで」


 ただ楽しんでと言えば良いのに「せいぜい」を付けるあたり捻くれた嫌味な奴だ。離れていく背中にあっかんべーと大人げないことをしていると、横にいるヤックリンさんが苦笑気味に先へ行こうかと促してくれる。いけない馬鹿みたいな姿を見せてしまったと思った私は、そうですねと返したあと意気揚々と足を踏み出した。


「あれ?」


 不思議なことに、足の痛みはいつの間にか治っていた。

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