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ハーレ就業編・7-6

 花の季節二月目の初日。

 建国神であるプラマーナの祝福の鐘の音と共に、王国に明るい日が上る。

 そして王の島の城、塔の頂上に備えられた鐘。その鐘の音が日の出と共に鳴らされる頃、ドーラン王国の人々は心地良い眠りからそっと目を覚ました。





 花が街中に咲いている。右を見れば花、左を見れば花。

 花、花、花、で埋め尽くされていた。


 いや表現が少々テキトウになってしまったが、本当に街中国中がお花畑のようになっている。黄色、白、桃色、青色、様々な色がひしめき合っていた。

 屋台や店で買い物をすれば、貰ってくれとばかりに店の人から花を渡されている客の姿がうかがえる。お店の人が買い物客に花を渡すのは、いつもありがとう、と買い物をしてくれた人に感謝の気持ちを伝えるためらしい。親が肉店を営んでいるという友人の話では、いいや正直、店の周りの花が咲きすぎて誰かに持って行って欲しいからあげている、とも聞いていた。

 それぞれ色々な理由があるのだろうが、花を貰って不快になる人間はそうそういないのだから、理由は何であれ素敵なことではある。


「すみません! もう着いていたんですね」


 待ち合わせ場所でヤックリンさんを見つける。時間に遅れてしまったわけではないが、自分の方が先輩を待たせてしまったことに申し訳なく思った。


「来たばっかりだし、ヘルも時間より早いじゃないか」


 柔らかそうな、少し癖のある茶色い髪を揺らして笑うヤックリンさん。変にゴテゴテした服装ではなく、上は白いシャツに青いベスト、髪と同じスラッとした茶色の下衣を着ている。地味でもなく派手すぎでもないその姿は、初めてサタナースを見た時のような、妙な安心感があった。サタナースほどダラしない格好じゃないので失礼な感想になってしまったが、私が言いたいのは、普通に格好良いのだということである。

 爽やかで、うん、格好良い。


「どうかした?」


 ジッと見ている私が気になったのか、ヘル? と声をかけられる。


「あっすみません。先輩格好良いなって思っていただけです」

「また上手いこと言う奴め」

「いえ本当ですよ。嘘吐かないのが私の信念なんです」

「確かに嘘が嫌いだとかゾゾが……。なんかこのやり取り照れるな」

「まぁまぁ行きましょう」


 普段と変わらない服装の私は、緑色のスカートの裾を跳ねさせて前を行く。普段と言っても靴だけは買ったばかりの下ろし立てで、踵も少しだけ高い。せっかくの花神祭、せっかくのお出かけなのだから、いつもよりお洒落な気分で行きたかった。お母さんが昔、良い靴は素敵な所へ連れていってくれるのよ、と言っていたのを思い出す。今日はとことん楽しみたいし、マリスと会えるのも嬉しくて中々眠れなかった。……遠足が楽しみな子供みたいで恥ずかしい。

 けれど人混みが多いので直ぐに逸れてしまうかもしれない、と心配になって後ろを向いた。


「迷子には気をつけねばですね」

「手を繋いでいた方が良いかもな」

「そうですね」

「えっ」

「えっ? どうしました?」

「……いやちょっと、嫌じゃないのかと思ってビックリしただけ」


 手を差し出した私に、ヤックリンさんは戸惑ったように言いよどむ。私もそう言われて初めて自分の行動にツッコみを入れた。おいおい、お前は子どもかと。

 成人を迎えている男女が手を繋いで歩くなんて、恋人でも夫婦でもない限り滅多にしない。小さい子供ならともかく、何を私は軽々しく手なんか繋ごうとしてしまったんだ。

 時間差で恥ずかしくなり、頬が火照る。


「でも……こう言っておいてなんだけど、嫌じゃないなら繋いでくれる?」

「へ?」

「迷子になるなよ」


 そう言うと、ヤックリンさんは私の手を掴んで前へと引っ張って行った。人混みの中を行く彼の背中を、手を引かれながら見る。

 もしかして気をつかわせてしまったのかと、少々申し訳なく思った。

 男女の仲でもないのに、もし彼のことを好きな人がこの状態を見たら誤解をされてしまう。それでなくとも今日は全員仕事がお休みなので、他の職員達に会う確率が高い。あらぬ誤解を受けて迷惑をかけてしまうのではないのかと心配になった。


「あのすみませ」

「離したら罰金三ペガロな」


 肩越しに振り返られて笑顔を見せられる。

 どこまでもいい人だった。





 舗装された大通りの端には、まだ明かりの点いていない街灯が並んでいる。

 煉瓦造りの建物が多いが、それがまた花に映えていて綺麗な風景だった。細い道へ続く石段を行く人、公園にある女神の白い噴水でのんびりと過ごす人、音楽隊の奏でる曲を背景に広場で踊る人、そこら中に咲いている花で冠を作る子供に、花を渡し合っては寄り添い合い口づけを交わす恋人達。

 すべての景色が輝いて見える。


 そしてそれぞれ色んな事に夢中になっていた人々はざわつき始め、一斉に上へと視線を向けた。

 空を見上げれば、ちょうど王族の馬車が降りて来るのが見えた。金色に輝く太陽のような大きな馬車が、私達の頭上を飛んでいる。


「ドーラン王国万歳!」

「バンザーイ!」

「王様ー!!」

「お妃様!」


 小さなハンカチーフほどの大きさの国の旗を、国民が空へ向けて掲げる。皆一様に腕を振って揺らしていた。すると空から、馬車から、花がヒラヒラと落ちて街に降り注ぐ。国民達はまた先程と同じような歓声を上げて、降り落ちてきた花を手に取ろうと手を上げていた。

 そして私も手に取ろうとしたしたとき、横からひょっこりと花が現れた。


「はいこれ」

「いいんですか? ありがとうございます」

「いいや。でも所長達も休めたら良かったんだけどな」


 その言葉に私は祭りを満喫している中、ハーレにいるであろう所長とアルケスさんへと心の中で頭を下げた。

 全員が休みと言っても、二人は念のために残るそうで魔導所で待機をしている。昔からそうなのだそうで、職員が残りますと言っても却下されてしまうらしい。せっかくだから半日くらいで交代するわよとハリス姉さんも申し出ていたものの、こういう時のための所長なのよ、と言われて払われていた。

 けれどハリス姉さんやゾゾさんは、こういう時のための私達なのに、と愚痴を溢していた。

 私はまだそう言い切れるほど働いてはいないので二人の言い分を聞くだけだったが、所長になってからずっとそれなのでは、さすがに私も代われるならば代わってあげたいと思ってしまう。独身やらなんやらと職員達からからかわれていたりするが、本当のところ皆彼女のことが心配なのである。

 アルケスさんもアルケスさんで彼女と共に残っているが、何故か彼に交代を望む者はいない。むしろ「独り身の所長を頼む!」と皆から肩を叩かれてお願いをされていた。


 とりあえず二人には何か良いものを買っていこうかと考える。マリスの所に行く前に一旦寮へと帰る予定なので、その時にでも渡せたら良い。


「騎士も休みなしか」

「王族の警備をしなくてはいけないそうですからね。友人が騎士団にいますけど、今日は仕事なんだそうです」


 王国の街の、いたるところに等間隔で騎士の人達が立っている。王国全体を王族が回る今日の日は、国中が浮かれると共に厳戒態勢となる。何かあってからでは遅いので、念には念をといたるところに騎士が配置されていた。

 ドーランの人達は陽気な人が多いので、そんな仕事中の彼らに花をあげたり、女性の騎士には頭へ花冠をのせてあげている人もいる。今も丁度女性騎士の人が、子供から花を貰って嬉しそうにしているのが目に入った。平和、という言葉が今日ほどピッタリな日はないと感じる。


「そうだ、何か食べる?」

「何か……。先輩の好物って何ですか?」

「俺? 俺はジージーの甘辛焼きが好きかな」

「ほう……。カーラもジージーの肉ではないですけど、甘辛い味が大好きでしたよ。兄妹ってやっぱり似るんですね」

「ヘルは兄弟いないのか?」

「従兄のお兄ちゃんが一人いるくらいで、私は一人っ子です」


 話しながら歩いて行く。途中途中で顔見知りの破魔士の人や、いつも食材を買わせてもらっている屋台のおばちゃん、何回か依頼に来た人達に会ったりと、手を振りあったり話しかけたりして食べ歩きもした。

 ヤックリンさんも知り合いか友人かを見かけたようで、声をかけて笑っている姿も見られる。手は繋いだままなものの、本人はこの状況を特に気にはしていないのか、そのような人達と会っても離す素振りは見せなかった。おばちゃんや破魔士の人には冷やかしをもらったが、直ぐ様「迷子にならないように俺が繋いでもらってるんです」とヤックリンさんが言うので、そうではなく私が……と押し問答をし、そして何故か別れる時には必ず「ごめん。頑張んな」と申し訳なさそうな顔色で皆ヤックリンさんに謝っては背中を叩いていくので、一体どんな風に捉えられているのかが気になった。

 お守りなんて可哀想に、と思われたのだろう……か。

 




「ヘル、服が花だらけになってる」


 服を指差されて、目を細めておかしそうに笑った。


 屋台で物を買っていたら、いつのまにが私の服は花だらけになっていた。お店の人がくれる花の量は半端ない。もう花が持てませんと断ろうとしたら、なんと髪の毛に差して来たり、襟ぐりや、皮ベルトの間に花を挿されてしまった。私は花瓶にでもなった気分だった。人生で花瓶の気分を味わうことになるなど、思ってもみない。花の季節はこの六年間寮生活というのもあり、物心がついてから存分に祭りを楽しむ機会がなかった。幼い頃に両親と共に花神祭りを楽しんだ覚えはあるが、ここまで人間に花を咲かせるような日だったろうかと天を仰ぐ。


「あれ? ナナリー?」

「……あ! ベンジャミン!」


 肩を並べて歩いていると、後ろから声をかけられる。振り返るとそこにはベンジャミンが頭に花冠を載せて、片手には軽食を持って立っていた。楽しんでいる様子がうかがえる。

 私も今はヤックリンさんと手を離して、両手に食べ物を持ち歩いていた。お互い楽しんでるね、と言い合うとベンジャミンが隣の人は? と聞いてきたのでハーレの先輩なのだと軽く説明をする。それよりもと私は気になっていることを質問した。


「サタナースと来てるんだよね?」

「あー……。来て……るんだけどね」


 あそこを見て、と不機嫌顔で顎をしゃくる彼女。私はそれにならって視線をそちらへ向ける。


「どう彼女~? 俺って花の精なんだぜ」

「えー? どこら辺が?」

「ここら辺が」

「やだぁ~もう」


 ……。


「アレちょっと潰してくる」


 私はまるで殺し屋のように顔の影を濃くする。


「ま、待って待って」


 けれどベンジャミンは慌てて私を止めに入った。

 だってなんだあれは。さすがに頭までお花畑になってしまっているではないか。友人のアホな姿に額を押さえたくなる。


「あれでも、私が男の人に声をかけられるとすっ飛んでくるの」

「本当に?」

「本当に。花園の塔にも行く約束をしてるのよ」


 花園の塔。塔、と言うと孤高でポツンと立っていそうな想像をしてしまうが、言ってしまえば花園の塔とは、人々が永遠の愛を誓う場所。つまり王国の結婚式場なのである。しかし建物が塔なのではなく、建物の一部に塔があるので、ひとくくりにしてはいけない。正式な名前はヴェラッカーノと言い、国にあるそういう施設の中では一番大きな場所だった。神殿で結婚式を挙げる人も多いけれど、やはり大部分の国民はこのヴェラッカーノで挙げることが多い。

 今日はどこも大体の仕事は休みであり(屋台を出している人達は別)、ヴェラッカーノも二月目の初日だけは出入り自由の無法地帯になるので、式を挙げる人はいなかった。


 花園の塔が花園の塔と言われる謂われだが、まずはその見た目が由来である。蔓が上へと向かって巻き付いているのが見えるが、蔓には沢山の花が咲いていて、まるで塔から花が咲いているように見えるのだ。空離れの季節にはすべての花が蕾になってしまうが、今は時期も時期なので見事な外観である。

 花園の塔へ向かう人達は恋人や夫婦などがほとんどで、そこで互いに花渡しをしたりする。


 それに塔には外に階段があり、螺旋状にグルグルと上がって行くと頂上にたどり着ける仕組みとなっていた。なのでその頂上まで行って花を交換したり渡したりするのが恋人たちにとっての醍醐味だったりするらしい。

 遠くから見ても人がわんさかと登って行っているのが分かる。たくさんいすぎて落ちてしまうことのないようにと祈るばかりだ。


「もうあれは病気だと思ってるし。年上の巨乳のお姉さんには弱いって、昔から知ってるし。何だかんだと隣にいてくれてるから、まぁいいの。そんなナル君も好きだから」


 一方でベンジャミンはついに悟りの境地に達したらしい。あんな姿を見せられたら、今までの彼女だったら泣いていただろうに。もしくは怒りの鉄槌を下すか。しかしまだ付き合っていないのが不思議なくらいで、どうにも微妙な関係を続けている様子である。人様の恋路に色々ツッコむことはしたくはないが、何かあったら頼ってほしい。


 しかし。


「サタナぁぁあース!!」

「でね~、……え、あ?」

「お前にはこの黒い花をくれてやるわぁぁあ!!」


 魔法で氷の固い黒い花を作り、あのナンパ男に渇と言う名の飛び蹴りをしに行く。


「なんでいんだよナナリー!! ちくしょう!」

「このエロ魔人!」


 色々思うことはあるが、ベンジャミンが楽しそうにしていたのでとりあえず良かった。


「良くねぇし!」

次話→0時更新です。


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