ハーレ就業編・7-4
結局足は踏めなかったが、アイツも私の足は踏めなかったので引き分けということになるのだろうか。
今は何事も無かったような顔でベルさんとカウンターの方で仕事の話をしているが、先程女の足を踏み潰そうと躍起になっていた姿とはえらい違いだ。
腕を組んで苛立ちを紛れさせる為、隣にいるゾゾさんに癒しを求めようと彼女を眺める。
けれど彼女も私を見ていた。そして目が合うと「貴女って何でそんなにアレなのかしら」としみじみと言われた。アレとは何だろうか。だが彼女の表情からするに貶されているわけではないと分かったので、とりあえずよく分からないがスミマセンと謝った。
またしても仕事中だというのに我を忘れてしまった自分が恨めしい。悪気は無いのだが、そろそろ私も大人にならなくては。いやもう大人だが、精神的にきっと大人になりきれていないのだと思う。もう少し心に余裕を持ちたいものだ。
しかしいつまでも掲示板の前に突っ立っているのもなんなので、ゾゾさんに案内されるがままカウンターの中に入っていく。
勝手は少々違うが基本やることは同じなので、外の仕事に出かけるという依頼人専用受付の二人と交代して席に座らされた。さっそく座らせてもらってしまっても良いのだろうかとソワソワしていた私だが、交代してくれた先輩二人が、来てくれて助かった、とホッとしながら言ってくれたので、そんな心配は何処かへ飛んで行った。少なくとも彼らは、私みたいな新人でも必要としてくれている。掲示板を見ても分かるのだが、とにかく事前調査の量が多いのだろう。一刻も早く依頼書を作成するためにも、時間と人員が欲しいというのが彼等の背中からヒシヒシと伝わってくる。
「じゃあまだ依頼人も来ないみたいだし、今のうちに所長に頼まれていたアレ、やっちゃいましょうか」
「そうですね」
私はさて、と溜まっている依頼書をゾゾさんと見ることにする。
実は所長に、本部へ回せそうな依頼書があったら選んできておいてね、と言われていたのだ。北のほうが破魔士も職員もいるので、効率的に回せるらしい。
留め具のついた木板に挟まっている依頼書を、一枚一枚彼女と手分けして目を滑らせる。
筆は自分のものがあるので、ベルトに引っかけている袋の中から取り出して用意する。緑色を主体とした、金の蔓模様がある筆。私の制服にある模様と同じようなものだ。
このペロペペーネの文具店で買ったお気に入りの緑の筆は、ハーレで働き始めて初めて出たお給金を握りしめながら、店の中で吟味して買ったものである。
ペロペペーネは、北の町でも知られている少しお高い文具を扱っている店だ。王族御用達、ではないけれど、よく中流上流貴族が出入りしている。しかしお高くとまったお店ではなく、お金をしっかりと払えば小汚なかろうと快く相手をしてくれた。緊張した面持ちで店の扉を開けた私を、笑顔で迎えてくれた店主のおじさんの顔は今でも忘れない。物腰柔らかに接客をしてくれて、どんな手に指に、どの筆が一番合うのか、というのを店の中を回りながら親切に教えてくれた。そして、けして売り付けるようなことはしなかった。説明してくれたあとは、あとはごゆっくり、と、何かあったら声をかけてくださいね、と好きに選ぶ時間をくれた。
どの職業にも尊敬に値する人達がいる。
もしかしたら、ハーレの人に出会っていなかったら、今この瞬間私は文具店の店長を目指してしまっていたかもしれない、と思うほどに良い店だった。
それを思い出すと、先程までの不快感は忘れて仕事に没頭出来る気がしてきた。こういう面でも、やはりあの店は良い店なのである。まぁ店というか、店主のお陰だろうか。
『夜になると湖の方から壁を突くような変な音が聞こえる。日中魚釣りをしている近所の人間が、黒い影を湖の中に見たと言っていた。もしかしたら魔物かもしれない。魚も死体が上がるようになってしまったので、どうにかしてほしい』
『小さな丸い虫のような黒い物体が、ここ数日家の壁から剥がれない。日増しに大きさが肥大しているようで、関係があるかは分からないが、庭の魔法植物が比例するように枯れていっている。またそれが原因なのかは定かではないが家族の体調も優れないので、原因解明と共にまずは壁の黒い物体を除去してもらいたい』
『鋼山へ向かう途中、狼のような紫黒い魔物に出くわした。急いで逃げたが、それからは鋼山に行けず、必要な山菜が採れない。退治をお願いしたい』
目を通して、本部へ持ち帰る物は右に、持ち帰らない物は左へと置いていく。
勿論自分だけの判断ではなく、ゾゾさんに必ず確認を取ってからだ。彼女も彼女で私にも意見を求めてくれるので、慎重に、順調に捌いていけている。
「この三つはうちのハーレでも大丈夫ですかね」
「そうね、良いと思うわ。これはどうかしら」
「北寄りですから良いと思います。確かその近くにいつも来てくれる破魔士がいましたよね」
「経験豊富だから、彼女にやってもらえれば尚良いかもしれないわ」
ハーレに仕事を求めて来てくれている破魔士の情報を、私達はだいたい頭に詰めている。
もちろん破魔士達の一個人の資料はあるにはあるが、いちいち見ていたらきりがないので、顔と名前でパッとその人が何型でどんな仕事をこなしてきたのか、経験内容も思い起こせるようにしていた。だからと資料を全く見ないで仕事を提供するわけではなく、しっかりと破魔士と相談しながら仕事を決めてもらっている。
流石に住んでいる正確な場所はまでは頭にいれないが、どこら辺に住居を構えているのかもある程度は認識するようにしていた。
なので破魔士専用の受付では、受付のお姉さん達がその情報を頭の中で整理しながら、相手の希望かつ一番良いと思われる仕事を紹介するのだ。
なので基本、ハーレの人達は抜群に記憶力が良い。
「これと、これも大丈夫でしょう」
「そうですね」
一度作業を始めたら、あとは早い。ゾゾさんはテキパキと書類を捌いていき、私も微力ながら丁寧に捌こうと文面をしっかりと最初から最後まで読んで紙を減らしていく。
事務仕事は好きだ。この書類が減っていく快感がなんとも言えない。目が疲れるし魔法は使わない為、つまらない地味な淡々とした作業になるけれど、こんな過程もあってこその仕事なのだ。
そうして集中しながら、依頼人が来たら対応出来るように扉のほうにも意識を向けていると、扉に付いている鈴がリンと鳴る。北のハーレほど重厚な作りではない扉は、立て付けの悪い木の床を踏んだときのような、軋んだ音を出して開かれた。私がいつも聞く音とはやはり違う。その開閉音と鈴の音に反応して、顔を下から前に向ける。
「隊長」
しかし依頼人か破魔士かと思っていた私は、先程入ってきたロックマンと変わらない服装をした女性を見て、また視線を下に戻した。カツカツと靴裏の音を響かせながら、彼女がこちらとは反対側にいる人物に近づいて行ったのであろうことが分かる。
なんだ、奴は今日一人きりではなかったのか。
破魔士はまだ来ていなく、また私たちも静かに仕事をしている。だからか、そこまで広くないこの魔導所では、距離は離れていても彼等の会話が耳に入ってきていた。
途切れ途切れの単語を聞き取るからするに、外で待っていた第一小隊の彼女は、ロックマンが中々戻って来ないので痺れを切らして様子を見にきたらしい。書類を受けとるだけ~、早く城に戻る~、まだ仕事が~、など他にも色々聞こえるが、耳に入れるだけ邪魔になるので意識的に蓋をすることにした。集中しなければ。どこまで読んだだろうかと確認していた依頼書を見る。
黙々とそれを続けていると、依頼書と自分の上に影が出来た。
蓋はしていたが誰か来たらいけないと意識はしていたので、誰が来たのかは分かっている。
「あーらヘルさん。お久し振りね」
「ウェルディさん」
茶髪の艶やかな髪を左肩に流した青瞳の美人が、私を見下ろしていた。ロックマンと同じく騎士服の上にはローブを羽織っていて、暑さを微塵も感じさせないような表情で立っている。おまけに手には黒い手袋をはめて、外気を遮断している。肌が見えているのは顔だけで、流石にそれは暑くないかと思った。
久し振りと挨拶をしてきた彼女に同じような言葉を返すと、貴女ここに移動になったの? と聞かれたので、依頼書を机に置いて丁寧に事情を話した。ロックマンのように「左遷」などと不名誉なことを思われるのは痛い。
「……ということで、移動などではなく、教育の一環という感じです」
「そうなの?」
ウェルディさんは私の話に、ふ~んと頷く。ハーレの育て方ってやっぱり丁寧ね、と妙な納得をもらったが、その話とは別にポツポツと世間話というか、今度は自分の話をし始めた。
この前はどこにどんな魔物がいて自分がどうやって仕留めただとか、最近はまり出した料理屋だとか、仕事中居眠りをしていたロックマンが素敵だったとか(意味が分からない)、騎士服を新調したいだとか色々一気に話される。
「ブルネルが貴女のことを色々話すから、貴女の嫌いな物や好きな物まで覚えちゃったわ」
「そんなに話してるんですか」
「あ! 好きな物といえば、私って好き嫌いがあんまり無いのよね。アルウェス隊長もあまり無いみたいだから、気が合うのかしら」
「そうかもしれませんね」
「気が合うといえばこの間、ドログフィアっていう同僚がいるんだけど、たまたま天馬が――」
身ぶり手振りを交えながら喋り続けるウェルディさんを見つめる。
「……」
これは……暇潰し……なのだろうか。
仕事中のロックマンに払われたのか、明らかに暇を潰しに来ている。
初めて彼女を見かけた時は、明るい温度を感じない静かそうな女性だと思っていたが、それは今全くの勘違いだと言いきれる。外見だけで判断していたので仕方がないが、こう話していると仕事に熱心な様子や、年頃の女性らしく色恋にも興味があることが分かった。しかも出会ってまだ二度目の対面だというのに、まるで旧友にでも会ったように親しく話をかけてくれる。
初対面で説教されたのもびっくりだったが、こんな感じで私生活のことまで話されるのも正直ドキドキだった。
適度に相槌をうつ私の横では、ゾゾさんがカウンターの上で腕を組んで彼女の話に聞き入っている。依頼書の仕分けは済んだのか、いつの間にか私の分まで終わっていた。どうやらウェルディさんの話を聞いている間に、私の分のものまでやってくれていたらしい。申し訳ない。そして今が朝で良かった。
「ところでヘルさん、花渡しは誰にするの?」
「はい? 花渡し?」
ウェルディさんの唐突な話の切り出しに、私はつい聞き返す。
今の話の流れのどこにそんな要素が。
「だーかーら。誰かに花を渡す予定はあるのかって聞いているの」
「そういうウェルディさんは誰かに渡すんですか?」
「私? 私はもちろん……フフフ」
「あの隊長に?」
私は該当されると思われる人物を指差す。
「あのって言わないでくれる?! あのって!」
いまだベルさんと話し込んでいる奴を見る私は、わたわたと手を振るウェルディさんに、指を差すのは止めて! と勢いのわりに囁くような小さな声で嗜められた。
彼女は恥ずかしげに頬を染めて、両手を合わせてモジモジしだす。
「ああもう、ただでさえ隊長を狙う色気立った女が多いし。硬派なゼノン殿下と人気は二分しているけれど、貴族だけじゃなく平民の私のような女にも優しくて誠実なものだから、余計に気が抜けなくて」
「優しいっていうかアレただの女好きですよ。殿下のほうが優しくて誠実で良いですよ」
王子のほうが人格者であるし、外見も好ましい。というか、昔から私は王子のほうがどちらかと言うと好みである。あくまで、興味本位の感想ではあるが。
「誠実って色んな意味があるのよ。お子ちゃまは分からないのねぇ」
フッと軽く笑われて首を振られる。
言っておくが、そのお子ちゃまとロックマンは同じ歳なんだぞと声を高らかにして言いたい。
奴が優しいという所は、きっと一生分かり合える日はこないだろう。ぶっちゃけ優しくされた覚えもなく(優しくした覚えもない)、ただ確かに他の女性には優しいとは思う。それはそれは皆に平等で、平等過ぎるくらい平等だった。女性と見れば、見境なくはないが、落としにかかっているのかと思うくらい丁寧な扱いをする。しかし一方で誰の好意にも応えないので、そこがまた変に女達の期待を集めてしまっていた。普通なら離れていきそうなものなのだが、学生時代に振られていた女の子も「まだ婚約もしていませんし、分からないわ!」と卒業間近の時は開き直っていた。恋する女は打たれ強い。
「そういう女好きの殿方が、自分だけを愛してくれる、っていうのが良いんじゃない」
「浮気男を好きなダメ女の発言にしか聞こえません」
「ちょっとヘルさん?!」
失礼な言葉はどこから出ているの? その口? 口なの? と両頬をカウンター越しにつねられる。敬語を使えば良いというものではないのよ、とブニブニとしばらくの間痛め付けられた。そして最後の方はたんにほっぺを伸ばしたりするのが楽しくなっていたのか、文句を垂れることなく鼻唄混じりで弄っていた。
離されたあと、私はつねられて真っ赤になったであろう頬に手をあてて冷気を出す。こんな時だが、氷型で良かった。
「ああでも、花園の塔で愛を伝えられたら、どんなに良いかしら」
「花園の塔ですか……」
「ウェルディ行くよ」
ロックマンがベルさんに手を振り、ウェルディさんの名前を呼ぶ。
すると呼ばれた彼女は直ぐ様私とゾゾさんがいるカウンターから離れて、こちらを振り向きもせず奴と共に扉へ向かっていった。
「恋って凄いわね」
「人間愛なくしては生きられないと、先人方も言っていますしね」
さっきまでの世間話が嘘のように止んだと思えば。ロックマンの所に行くまでの一連の動作には一切無駄がなかった。一秒も経たない内に隣に並んだ気がする。凄い。
呼ばれれば直ぐに駆け寄るウェルディさんの姿は、それが隊長の命令だからなのか、ロックマン自身の言葉だから素早いのか……。どちらにせよ“隊長、隊長”と慕っている様子なので、そのどちらでもあるのだろう。
彼女を引き連れ、ロックマンが扉を開けて出ていく。
閉められた扉を見ながら、ゾゾさんと感慨深げに言い合い頷いた。
「あの……書類の仕分けのあとは、何をしましょうか?」
彼等が去ったあと、次は何をすればいいのかとゾゾさんに聞く。まだ依頼人も来なさそうなので、やれることがあるなら何でもやりたい。
「そうねー。じゃあここの地域について……地図でも見て、土地のことを覚えておくと良いわ」
地図~地図~と、彼女はカウンターの奥へと地図を探しに行く。ちょっと待っててと言われたので、私は一人受付に残った。新しい場所で一人にされるのは不安だが、いつも通りにしていれば大丈夫、と所長にも言われていたので大人しく気分を落ち着けて待つことにする。しかし後ろではなかなか見つからないのか「地図、ポーカス!(出てこい!)」と呪文を唱えるゾゾさんの声が聞こえた。
――リン。
扉が開いて人が入ってくる。次こそは破魔士か依頼人かと思い扉を見た私だったが、けれどそれはさっき出て行ったはずのロックマンの姿だった。
何故戻って来たのかは知らないが、カツカツと靴の音を鳴らしてこちらの方の受付へと真っ直ぐに向かってくる。破魔士の受付にいたベルさんは、隊長さん? とまた用事か何かがあるのかと声をかけていた。しかしロックマンはそれに笑って首を振る。
そしてカウンター越しに私の目の前に立つと、グイと姿勢を丸めて顔を寄せ、首横に手を当ててきた。みじろぎひとつしない、深く鋭い赤い眼光が、金の髪の間から覗いた。
「一つだけ僕の言うことを聞いて」
耳元に顔を近づけられて、小さくそう言われる。
すると不意にごく薄い、香水の香りとはまた違う香りが鼻についた。洗いたての寝間着や湯上がりの香りのような、気だるい眠りを誘うような香り。
まぁまぁ、けっこう好きな匂いだった。
「え、嫌だ」
しかしとりあえず近いし不快なので、グッと頬を掴んで遠くに押しやった。一瞬本当に眠気に誘われてしまった自分に渇を入れる。恐ろしい奴だ。
なんか悔しいので、私は頬をつねってそのロックマンの美顔をグニグニと練り潰し始める。
「……今すぐにやめないと酷い目に合うよ」
「別に良いもんね」
だがつねっても伸ばしても中々思い通りの不細工面にならないため、あまり満足しなかった。こうなれば鼻の穴にでも指を突っ込んでやろうかと模索する。
「はぁ……まったく」
けれど奴もやられてばかりではない。
「ぶふッ」
その数秒後には私が見事にやり返され、顔面を片手で鷲掴みにされていた。ギチ、と私の頭蓋骨が悲鳴をあげているのが分かる。指の隙間から見えたロックマンの表情は、憎たらしくも笑顔だった。糸のように目を細めて、宣言通り私は酷い目に合わされていた。
「いっだだだだ!! 何でアンタの言うこと聞かなきゃいけないのよ!」
騎士服の袖に包まれた腕を何度も叩く。ついでにカウンターの机もバンバンと叩く。いい加減骨が粉砕されそうで、このままでは本当に私の顔は潰されてしまう。
「いいから大人しく聞いて」
その叩く手をロックマンに掴み返されては、また顔を寄せられた。ちなみに顔面は掴まれたままである。
……チクショウ。魔導所内ではむやみに魔法を仕掛けないと決めた。それに悔しいが腕力は魔法なくして奴には敵わない。
私は仕方なく最終手段を己に下す。
「わ、分かった、分かったから! 聞くから手を離して! さっきのは私が悪かったからごめんなさいってば!!」
謝った。
「……」
「なによ」
「……」
「だから何よその顔は」
「氷型の魔女だと、知らない人間に聞かれても答えないこと」
謝ったあと、若干考える素振りを見せたロックマンだったが、結局顔から手を離されないまま話を始める。代わりに手の力を緩めてはくれたので痛くはなくなったが、こうも私を信用しないとは流石はロックマンと逆に褒め称えてやるべきか。
「……は?」
けれど話の内容は、よく分からないものだった。
「聞かれても水の魔女だと言うんだ。あと自分から氷型だと話さないでね」
「だから何でよ」
私が話をしっかりと聞く姿勢を見せたからか、ロックマンはやっと私から手を離す。
覚えてやがれボンボンが、とキッとひと睨みして、私は顔を整えようと額やあごを揉んだ。そして捨て台詞を吐いた私に向けられた、少年のような悪戯な微笑みが心底憎たらしい。笑うな私を。私を笑うな。
「氷の魔女を欲している国がある。だからまぁ、気を付けて欲しい」
「あ……もしかして、あのオルキニスのやつ?」
なんとなく、合点がいった。
以前ドログフィアさん達が話していたことを思い出す。氷の魔女を集めようとしているオルキニスを警戒して、王国内の氷型の魔女の数を把握するようにしていると、確かそう言っていた。
「最近またちょっと警戒しているから、一応……君は氷型だしね。心配は微塵もしてはいないけど、団長から氷型の魔女を見かけたら忠告をするように言われているんだ」
「あ、そ」
「それじゃあ僕はこれで。給金に釣られないように」
「釣られるか!!」
ロックマンは私にそう言い捨てると、後ろ手に手を振り、今度こそハーレから去って行った。
オルキニスのことは詳しく知らないが、ロックマンがそう言うのなら気を付けておくにこしたことはないのだろう。忠告をされるなんて思ってもみなかったが、わざわざ引き返して来た辺り、本当に警戒はしているらしい。そうでなければ、気を付けて、なんて私に向かって言うはずがない。
そういえばゾゾさんは地図を見つけられただろうか。先程から声が聞こえない。黙々と探しているのだろうか。
私は後ろを見てみる。けれど彼女は手に地図を握りしめて、事務の男性と肩を並べて私をジッと見ていた。一向に受付へ来ないのが気になったが、地図が見つかってよかった。
「その地図見つかったんですね。ありがとうございますゾゾさん」
「ま、まぁね。お安いご用だわ」
暗にこっちへ来てください、という意味も含めてお礼を言ったのだが、男性職員の隣に立ったまま来る気配はなかった。
ベルさんや他の職員の人達の視線も、見渡せばこちらに向いている。何だろうと首を傾げていると、やっとゾゾさんが一歩二歩と、何故か足を慎重に踏み出して近づいてきた。
「貴女達、実は仲が良いんじゃないの?」
「良くはないです絶対」
また変な勘違いをされて、今日の一日は過ぎていった。