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ハーレ就業編・7-1

「半年過ぎたけど、どうかしら?」

「何ですか?」


 いつものように受付の席で書類をまとめていると、所長が前に回り込んできて私にそう言った。

 どう、とは何がだろうか。


「仕事も今はまだ依頼人受付と事前調査だけだけど、違う仕事もやってみる?」


 書きかけの文章をそのままに、私は筆を止めて瞬きをする。

 

 ハーレで働き始めて半年と二月ふたつきが過ぎた。

 記憶探知が使えるようになった私は、あれから事前調査にたびたび駆り出されるようになり、今座っている受付の席には一人で座ることも多くなった。対応が分からない時や判断しかねない時などは、まだまだ助けを求めることはあれど、今の仕事に慣れてきているのには間違いなかった。

 けれど慣れてきた時が何事も一番怖い時なので、気を抜かずにこのまま頑張っていきたい、と寝る前には必ず気合いを入れて寝台の中に入っている。油断大敵、それが私の座右の銘である。


 しかし記憶探知が出来るようになった切っ掛けが憎たらしい奴の助言というのが私の自尊心を切りつけてやまないが、結局はなんだかんだとやっぱりアイツのおかげでもあるので感謝はしている。寧ろ敵に塩を送るようなことをしたロックマンに同情さえする。素直にありがとうと言ったら良いのではないかとゾゾさんに突っ込まれたが、ありがとうと開口一番に言おうとした私の口を塞いだのはあっちなので、もう言うつもりもない。

 というか、言ったにも等しい。


 それに白いドレスは返したいので、手間がどうとかもう一切関係なく、ドーラン北郵便魔術所に手続きに行き、アレは小包にして公爵家へと送った。

 私が誰で送り先の公爵家とはどんな関係で、どのような経緯で荷物を送るのか、等々事細かに書類を書かされた。


 これだから貴族の家に郵便を使うのは嫌なのだ。

 マリスに手紙を送るのはもう慣れたものなので手がかかろうがどうしようが構わないが、今回はワケが違う。面倒な上に面倒なことをしなければならない。面倒なことは大嫌いだ。最近は嫌いなこと続きでお尻から火が吹きそうである。もう本当に嫌だ。


 ……だというのに、この間まさかまさか、小包が送り返されてきたのには頭が痛くなった。


 寮母さんから、はいこれ、と渡されたそれを上手く受けとれずに床に落としたのは私のせいではないと思いたい。


 何故送り返されて来たのか、と荒ぶる気を押さえながら北郵便の受付の人にそれは丁寧にお伺いを立てに言ったが、返ってきた言葉は『アーノルド家は特別でして、郵便魔術所を通してのお荷物はお受け取りになりません』だった。


 ……ならば書類に記入するときに言ってくれれば良いじゃないか!何故言わなかったんだ!


 そんなこんなで結局あれから二ヶ月経ってもアレは部屋にある。ちらついて嫌なので、この前とうとう衣装箪笥に仕舞ってしまった。粗末な服を一番上の引き出しから全て出し、何も無くなったそこへドレスをポイと入れた。いや、丁寧に入れた。


「違う仕事ですか?」

「ソレーユ地の受付に行ってみる?」

「それは……南の?」

「違うところでやってみるのも良いでしょう。依頼の内容も目新しかったり、それに手伝いで行くこともあるでしょうから、今のうちに行ってみて慣れさせるのもね。ハリスやゾゾもたまに手伝いに行っているし、寮に住んでいる子達が多いから初めましては少ないでしょうし」


 所長が言うソレーユ地。ハーレ魔導所は国の北におかれているが、東西南北にも小さく分かれた魔導所がいくつかある。別店と言えば分かりやすい。

 ハーレの本体が私のいるここであることには間違いないが、それでは南やここから遠い場所から来る人達(依頼人や破魔士)が大変なので、ここの他にも王国内には三つの小さな魔導所があった。


 そして全部の魔導所とこの本部とも言うべきハーレは、架け橋と呼ばれる魔法の扉で繋がっている。

 扉はこの建物の裏側にあり、そちらのハーレに配属されている人達は、職員寮から毎日その扉を開けて勤務地へと赴いている。


 なので他の魔導所で何かあった時などは、その扉から出て直ぐに所長や私達に事態を知らせたり出来るようになっていた。つまり、どこの魔導所であろうと、所長が不在なハーレはないということになる。彼女に用事があれば、架け橋の扉を開ければいいだけだ。所長が休みのときは仕方ないが、大抵彼女が休みのときはアルケスさんがいるので、実質副所長の彼に話を通せば早い。


 一度大変だったのは、魔物が一番多いと言われている西側および南側で、そちらの魔導所の建物が魔物に襲われたという時だった。

 ちなみにニ番目に多いのは北である。しかし二番目とは言っても、西側と南側に比べるとそこまでなので、ニを越してもはや五番目と言っても良いくらいだ。


『お、おおお落ち着いてください!』


 私は急いで扉から出てきて助けを求めに来た職員に、とりあえず水を出した覚えがある。


 人が少ない時に襲われたようで、しかも魔物は無駄にデカかった。四体もおり、しかも音もなくやって来たのだという。

 そんなもの対処のしようがないし、周囲にはってある退魔の陣を破られてしまったのだから、どうしようもない。所長が退魔の魔法陣をソレーユ地の魔導所に張り直したけれど、またいつ襲ってくるかも分からない。

 あちらのほうが魔物退治の依頼が多いようで、よくこちらにも回ってくる。共有というより、魔物退治の依頼が多いわりには破魔士が少なく、こちらのほうが意欲的な破魔士が沢山いるためであるのだが。


「そっちでひと月やったら、ちょっと早いけど破魔士に対応する受付につきましょ」

「本当ですか?!」


 仕事中なのに、つい大きな声を出してしまった。

 何人かの破魔士がこちらを向いたので、恥ずかしくなり思わず視線を下にやる。

 けれどこれは嬉しい。

 ずっとどんな所だろうと気になっていた他の魔導所に行けるのに加え、私の憧れていたお姉さんが座っていたあの受付の席に座れる日がやって来るなんて夢のようだった。ハーレに就職出来た事自体夢のようなのだけれど、憧れていた人と同じものになれるというのは、それ以上に歓喜するものがあった。(まだなれてはないけど)


「あっちは魔物退治の依頼が多い分、事前調査が沢山あるから気をつけて」

「はい」

「ナナリーが記憶探知を使えるようになってくれて、本当に良かったわ~。うちで使えるのは私を抜かしてアルケスとオーカルとパルマにヤックリン位だから」

「役に立てているなら良かったです」


 また何よりハーレ魔導所の一員として、皆の役に立てるのが嬉しい。 

 

「じゃあ明日からお願いね」

「はい!」


 それからはウキウキしながら仕事に臨んだ。





●●●●●●●●●●●●●●●●●






「あの、依頼なんですけど……」

「こんにちは。どうぞ掛けてください」


 休憩を挟んだのち先輩と交代をして席につくと、早速依頼をする人が受付に声をかけてきた。

 三十代くらいの、線の少し細い男性。身なりはあまり綺麗とは言えなく、服はヨレヨレでシミが付いているのが見てとれた。

 だからと言って男性自身も汚いかと聞かれたらそうでもなく、臭いもしないし寧ろ整髪料の香りがした。


 席へ促して座ってもらうと、男性は溜め息を吐き出す。


「最近夢見が悪くて、悪夢ばかり見るんです」

「悪夢ですか?」


 目の下に隈があるので、もしかしたら私が思うより年齢は若いのかもしれない。


 男性の名前はヤーマン・クラック。聞けば年齢は二十五歳、らしい。自分の予想していた歳より五歳以上下だったので、驚いたと同時にやっぱりな、と納得した。顔は老けているというよりも、疲れが貯まっているような感じで全体的に疲労感が漂っている。目も半開きで、目線は私の顔より下を向いていた。


「それに、起きたら部屋の中が毎度ぐちゃぐちゃになっていて」


 泥棒かと思ったが、しかし何も盗まれていなく、ただ荒らされているのだという。悪夢を見てペストクライブを起こしてしまった可能性もあるが、定かではない。本人もペストクライブでなったような荒れ方ではなく、紙がグシャグシャになっていたり本が破かれていたりと、まるで人が荒らしたような状態だったらしい。

 聞いていて気味が悪い。

 体験していない私が気味悪くなるのだから、彼はもっと悪いのだろう。


「身体も怠いのですか?」

「……正直、疲れを通り越して、最近はぼうっとしています。薬師のところで薬を出してもらっても駄目で、治癒魔法も効きません」


 悪夢が酷く、起きた時には必ず部屋の中が荒れている。

 悪夢の内容は黒い何かに追いかけられているということしか覚えてはいなく、起きて書き記そうとしても、その時には部屋は荒れていてそれどころではなかったらしい。


 起きた時に毎回部屋が荒れていたら、冷静でいられる人間のほうが少ないだろうに。毎回とはいえ、慣れるものでもないと思う。


 とりあえず疲れを取ろうと薬師を訪ねて薬を出してもらったりしたらしいが効果もなく、治癒魔法を使ってもなんの変化もないため、だめ押しで何とかならないかとハーレに来たのだと彼は言った。

 治癒魔法にも種類は色々あるけれど、薬で効かないものは治癒魔法で、治癒魔法で治せないものは薬で、と何かしら上手く世の中は出来ている。怪我ならまだしも疲れを取るぐらいの薬や治癒魔法ならいくつも存在するはずだというのに、そのどちらも効かないというのは些か奇妙なことであった。

 ……さて、どうしたものか。


「ヘル、彼を記憶探知で見てみればいいんじゃないか」

「アルケスさん」


 後ろで書類整理をしていたアルケスさんが、依頼人に人差し指を向けて私にそう声をかける。


「もしかしたら夢見の魔物かもしれない」

「魔物?!」


 私が声にだすより早く、男性は驚愕した顔で固まった。

 夢見の魔物……?


 彼の言う魔物が分からないので困った目を向けると、アルケスさんは依頼人に向けていた指を自分の額にあてて、うーん、と考え込むように目をきつく閉じた。


「昔同じようなのがいたんだ。人間の夢に入り込む魔物ってやつが」

「夢……」

「そいつは悪夢を見せて、また夢遊病のように人間を操り身体も精神も疲れさせる。そして最後にはその人間を食べるんだ」

「た、た、食べる!?」


 食べるという言葉に衝撃を受けたのか、男性は椅子から降りて後ろに引いた。

 どのような魔物が過去にいたのかは、ハーレの資料室に記録として残されており、その夢見の魔物と言われた魔物の情報も探せばあるという。

 それならば対処法が載っていたりするかもしれない。


「クラックさん、確認のために貴方自身の昨夜の様子を辿っても良いですか?」

「お、お願いします!別にやましいことはないし」


 本人の確認をとった私は、アルケスさんの言う通り彼に向けて指を回し、記憶探知をすることにした。本当は席から離れて人目の少ないところでやるのが好ましいのだけれど、彼の怯えようを見るとかえって人の多いところでやったほうが良さそうだと判断する。


 そうして指を回していると、クラックさんの前に昨日の彼の様子が映し出された。夕飯を食べているところで、まだ眠りには入っていない。もう少し遡ろうと指を回すと、今度は寝ているクラックさんの姿が見えた。その様子はどこか苦しそうで、手を伸ばして何かから逃げているような、もがいているようにも見える。

 すると寝ていた彼は急に起き上がり、目を赤く光らせて部屋の中を徘徊し出した。家具に手をやるとそれを容赦なく倒し、近くにある本や服を手でビリビリに引き裂いたりしている。その間にも彼の口からは人ならざる者の声が漏れていて、『ギャルル、グリュュ』と獰猛な野性動物のような、けれどそれとも違う気味の悪い音がしていた。


 これはもしかしたらアルケスさんの言う通り、彼は夢見の魔物というものに取りつかれているのかもしれない。

 目の前でこの記憶を見せられたクラックさんは、信じられないものを見たように目を丸くしてヒクつかせていた。こんな状態の自分が信じられないのだろう。私だって自分がこんな姿で夜な夜な暴れていたと知れたら、彼以上に目を丸くし、あげく気絶していたかもしれない。

 けれどこれで部屋の中が何故ぐちゃぐちゃに荒らされていたのかは説明がついた。クラックさん自身で部屋の中を荒らしていたのだと。

 なので問題があるとすれば……。


「退魔の魔法で引き剥がすしかない。それに長けた破魔士と、魔法型は風の奴のほうがいい」


 私の隣でそれを共に見てくれていたアルケスさんは、解決法があると言って提案をしてくれる。


「風ですか?」

「この魔物は空気、風に乗って移動するんだ。流れを操れる風の魔法使いのほうがやりやすいだろうから」


 もっとも、これが本当にその夢見の魔物と同じものなのかは判断しかねるが、と言葉終わりに言われたが、魔物であるのには間違いなさそうだった。

 ならばやることは一つ。


「ではクラックさん、この依頼は魔物案件のためと命が危うい点も含めまして、緊急で出させていただきますね」

「僕、大丈夫でしょうか」

「なにがなんでも、貴方を悪夢から救ってくれる方を見つけますので。もし心配でしたら、今日はここで過ごされますか?」

「良いんですか?」

「家のほうが良いのなら無理にとは言いませんが、一日でしたらここではお金があれば料理も食べれますし、夜中も休まずやっています。依頼を受けてくれる破魔士が現れれば直ぐに取りかかれて、良いかなと私は思ったのですが……」

「いえ!心細かったので、そうしても良いのならここにいさせてください!!」


 クラックさんの返事に頷いた私は、制服の白い袖を捲って依頼書の作成に取りかかる。


 そして依頼書を書き終えたのち、彼には端の席で休んでもらうことにした。念のため寝ないようにと注意はしたけれど、あの隈を見る限り寝てしまいそうである。眠ってまた悪夢を見てしまい、もしあんな状態になってしまっても、ここには皆がいるので大丈夫だとは思うのだが……。


「最近は魔物が多くなりましたね」

「まぁ時期的に、花の季節は魔物退治の依頼が多いんだ。……じゃあ俺は資料室に行ってくるから、なんかあったらゾゾとハリスもいるから頼るといい」

「ありがとうございます」


 アルケスさんに頭を下げたあと、私も明日資料室で魔物について調べてみようかと決める。資料室には過去の依頼書や破魔士の依頼完了記録等が残されており、私はよくそれを見て依頼書の書き方を学んでいたりした。それに町の本屋かと思えるくらいに大量の本が貯蔵されていたので、調べものや何か面白い小説を読みたいとき等もよく使っている。

 

 それから数刻して、クラックさんの依頼を受ける破魔士の男性が現れ、彼はその人と一緒にハーレから出ていった。やっと安眠できるかもしれない事態に、クラックさんは泣きながら破魔士の男性に『ありがとうございます!ありがとうございます!』と何度も御辞儀をしていた。あまりの迫力に男性の背は仰け反っていた。

 とりあえず、どうか解決できますようにと祈るばかりである。







「花の季節になったし、そろそろ花渡しが始まる頃ね」


 仕事が終わったあと、今日も今日とてゾゾさんと共に私は草食狼の店に夕飯を食べに来ていた。

 お肉が食べたい、と彼女が言ったときは、きまってこのお店に来る。外食主義のゾゾさんは自炊を一切しないので、私は若干心配になったが、幸せそうにお肉を頬張る姿を見ていると何も言えなくなる。それにこのお店には兎鳥の串刺しもあるので、食べに誘われると嬉しくてしょうがない。

 結局はどっちもどっちなのである。

 

「恋する乙女はウキウキじゃないのかしら」


 お肉を刺したフォークを片手で遊ばせて、ゾゾさんは楽しそうに言った。


 今、ドーランは花の季節。

 花の季節は恋の季節とも言われている。


 ドーランの季節は三つに分かれており、暖かく花が国中に咲き誇る季節は『花の季節』、寒くなり雪が降りだす季節は『空離れの季節』、比較的過ごしやすく日も長い風の心地よい季節は『光りの季節』という。

 三つの季節のうち最も長いのが光りの季節であり、一年の半分は光りの季節だった。けれど光りの季節もひと月前に終わり、今王国中は花で彩られていて、町を歩いていると花弁が舞っていたり、道端には色とりどりの花が景気よく咲いている姿が見えた。


「ゾゾさんは誰かに花を渡すんですか?」

「私?私はいないわね。それに私、今回の運勢悪いらしいの」


 ゾゾさんは暗い顔で、私に例のあの流行誌を見せてきた。いつも持ち歩いているので、持っていることには驚かなくなった。部屋でも外でも仕事中でも、隠し持っていることは既にもう知っている。

 とりあえず、どれどれ、と私は記事を見てみた。


『花の季節二月目産まれ、地の魔法型、女性。今月の花の季節はあまり男性との接触はしないほうが良い。花渡しはせずに見守りに徹せよ。無理に押した場合、とてつもない不幸が起きるばかりか、嫁の貰い手は無くなる』


 ……。


「いやあの、そこまでハッキリと……」


 彼女の言う通りに、その記事にはそう書いてあった。

 なんて失礼な記事なんだ。もしこれが所長の占い結果で本人に見させたら、確実にこの占い師は顔面を潰される。


「占い魔術師『メラキッソ様』の占いは伊達じゃないのよ。きっと私と同じ花の季節二月目地の魔女の子達は花渡しなんてしないでしょうね」

 

 可哀想に、とは言いながらも自分だけがそうではない状況にほくそ笑んでいるゾゾさん。花渡しなんて幸せなことやらせるもんですか、なんて呟いている。

 目が怖い。

 というか寧ろそこまでさせるメラキッソ様の占いが怖い。けれどこれだけゾゾさんに影響を与えるのだから、結構当たるのかもしれない。魔法はともかく、占いというものはあまり信じていないので、あまり興味はないが。


 ちなみに花渡しというのは、花の季節にあるお祭りのような国の行事のようなものだ。


 花の季節二月目の初日に、王様とお妃様が王の島から王国へと降りて来る。そして豪華な馬車で町を回り、国の安泰を祈って馬車に積んだ花を撒いて行くのだ。

 しかし、花渡し、という言葉はそれから来たものではない。

 その王様とお妃様が国に降りて来た日、その日に意中の相手や結婚相手に花を贈る風習を、花渡しの儀と呼ぶようになったのだ。

 王様とお妃様は、古の教えから神と同等の存在とされている。流石に今は盲目的に王族を神格化して見てはいないが、そんな存在と認識されていた。


 結婚はドーラン王国の建国神、プラマーナに誓いを立てる。建国神、つまりゼノン王子の御先祖様のようなものだ。

 なので王族が降りて来る日、その日に愛を伝えることは特別なこととされているのである。花を渡すようになった理由は定かでないが、誰かが最初に花を渡し出して、徐々にそれが広まっていったのだろう。


「あら? これまだやってたのね」

「『氷の魔女募集! 王妃の侍女は貴女だ!!』……本当ですね。しかもだんだん謳い文句がダサくなってきてます」


 占いの記事の下に、あのハーレにあった募集の紙と同じような内容の文章があった。ハーレに貼ってあったやつは剥がしてしまったので、もうない。

 はたして募集出来たのかはわからないが、この記事の文面を見る限り、あまり集まってなさそうだった。

 とうとう流行誌にまで手を伸ばしてきたあたり、必死なのだろう。


「ナナリーは生まれはいつなの?」

「私は空離れの季節、一月ひとつき目産まれです」

「空離れの季節、一月目、氷の魔女は……と」


 指先で文字をたどりながら、彼女は空離れの季節の欄を探す。


「仕事は上手くいく。財産は貯まる事だろう、ですって」

「やった!」


 人間というのは難儀なもので、良いことを言われると、例え信じていなくても嬉しくなる。


「……で、恋愛のほうは」

「恋愛はいいですよ。興味ないですし」

「私は興味あるからいいの。で、恋愛は……」


 他人の色恋事になると妙に張り切る点では、私も人のことは言えない。


「『情熱の炎に触れたら最後、溶けて無くなるのは貴女自身。花の季節二月目は火型の人間に気を付けよ。接触しなければ吉。雷型の男は運を運ぶだろう』ですってよ」


 楽しそうな声でそれを読み上げたゾゾさんは、また楽しそうな顔で私を見た。


「火型って沢山いますし、気を付けよって言われてもですよね」

「でも雷型の男が運を運んでくれるって書いてあるから、雷型の人に花渡ししたら?」

「それ見境ないです!」


 



次回更新→9月16日

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