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ハーレ就業編・6-6

 ゴクリ、と飲み干すたびに喉が一瞬熱くなる。

 それが心地よく、また次、次、とその液体が欲しくなる。 


「このお酒、美味しいね」


 ここであえて言おう。

 正直、私はお酒に強い。


「ナナリーまだ飲めるの!?」

「あら、こんなもんじゃないのよこの子は」


 ニケがビックリした顔をする。隣にいるゾゾさんが、まるで自分のことを自慢するかのように言っていた。


「果実酒も美味しいけど、このヤム酒も美味しいです」


 ゴクリ。と、また飲む。


 しかしお酒に強いことが必ずしも良いということでは無いので、私はこれを自慢するつもりは毛頭ない。

 ただ美味しいから飲む。それだけである。


 今の今まで、隣で私にお酒を勧めてくるドログフィアさんに注がれるまま、私はそれを飲み干していた。樽の中身はもう尽きそうで、というより樽ももう二個目であった。

 良い飲みっぷりだね、これはどう? と、どんどん入れられるので、断りはせずにグビグビと飲んでいる。

 けれどそれも数分前までのことで、私にお酒を注いでいた彼は酒に酔って潰れてしまったのか、顔を真っ赤にしてテーブルに突伏していた。今では杯を片手に、飲み続ける私を涙目で見ている。瞳がうるうると潤っていた。


 酔って良い気分になった他の騎士達は、お店の中にいる女性にあくまでも紳士的に絡んでいたり、寝ていたり、饒舌になってペラペラお喋りをしていたりと自由にやっている。

 ここではそれが普通なのか、店主も食器を拭きながらそれを笑って見ていた。とても平和な空間だと思った。私やゾゾさん等が普段から行っている場所のほうがきっと治安は良いのだと思うが、それとはまた違う良さというものがある。


「アルウェスも飲めほら」

「言われなくても飲んでます」

「ここじゃあそんな行儀の良い飲み方は邪道だぞ? もっと豪快にいかんか、豪快に」


 団長はいつ移動していたのか、ロックマンがいる席に座って豪快に酒を飲み干している。アルケスさんとゼノン王子もそこに座っていて、絡まれているロックマンを若干憐れみながら見ていた。(ように見えた)


 ウェルディさんは団長に追いやられたのか、向かい側で杯に口をつけて飲み物を飲んでいる。他の女性達は果物を食べながら、近くにいる者達同士で話をしていた。


「団長の隣より、私はうら若い女の隣が良いんですが。正直むさいです」

「俺が変化の呪文で女に化けてやろう。それに夜遊びはこれからだぞ」

「カルディアナとテイリー、そっちに行ってもいいかな」

「やっだ是非どうぞ! いらしてください!」


 女性陣の所へ逃げたロックマンは、女達に歓迎されて席まで誘導されている。


「女に逃げるとは、俺はお前をそんな風に育てた覚えはない」

「男を癒してくれるのは酒か女。と殿下と共に貴方には教わりましたけど。間違ってませんよね」

「正解だ」


 男共の最低な会話が聞こえたが、とりあえず手元にあるお酒を飲み干す。酒の場での会話ほど、酷いものはない。私は酔ったことがないので人様の醜態しか見たことはないが、お酒は本当に怖い物だと思う。

 所長や他の職員の人達と飲みに行った時だったが、男の職員が羽目を外しすぎて、所長のことを『嫁ぎ遅れっすよね~』とからかったことがあった。

 その後の職員のことは、だいたい察せるだろう。


「こんなに……、うっぷ。強い、とは……」

「大丈夫ですか?」


 ドログフィアさんは口に手を当てて頬を膨らませている。

 もしや。


「う! ……うぇっ」


 大丈夫なのかと聞いた同時に、彼は胃の中の物を吐き出した。

 それはもう思いきり。顔色も真っ赤から、空の青とは到底似つかわない不穏な青ざめた色をしていて、言葉に出さなくとも気持ち悪いという気分が伝わってくる。


「そんなに飲むからですよ! ああっ、ナナリーにかかっちゃったじゃない」

「大丈夫だよニケ。ドログフィアさん、手洗い場に行きます?」

「ぅ……ぷ。ごめんね、ナナリーちゃん」


 いつ名前呼びになったのか気になったが、とりあえずそんなのはどうでも良い。


「こんなのは……ひょいっと!」


 指を一振りして、青い一枚着のスカートに着いた吐物を綺麗に落とす。

 昔ベンジャミンの服にシミを付けてしまった時に、必死になって覚えた魔法だ。大した魔法ではないが、それなりに役に立つ。

 床の汚れは店主も慣れているのか、雑巾を遠くから操って掃除をさせている。


 ドログフィアさんの口に付いた汚れは、白いハンカチーフでふき取った。

 青くなっていた彼の顔は、どことなく赤みが戻ったような気がした。


「大丈夫ですよ。ほら、手洗い場に行きましょう」

「ナナリーちゃん!」


 すると片膝をついたまま、ハンカチーフを持っていないほうの手を握られる。


「俺、今本当に終わったとか思ってたんだけど、終わって無かった!!……うっ」


 やはりまだまだ酔いは抜けていないらしい。

 あまり大きな声は出さないほうがいいですよ、と背中を擦る。


 酔っぱらいの介抱は慣れたもので、目の前で吐かれても特に気にはしない。ただ本人の状態は心配なので、良くなるようにと全力で面倒はみる。厄介なことに酔いは治癒魔法ではどうにもならないので、酔い止めの薬を薬師から買わなくてはいけない。

 お酒の席に行くときは持っていくようにはしているが、今回は急でありこんなに飲むとも思っていなかったので持ってきていなかった。

 一生の不覚。


「おお? 凄いなこの量は。誰が飲んでるんだ?」

「これですか? ハーレのこの子ですよ。ね、ナナリー」


 団長の声がさっきより近くで聞こえる。

 振り向くと、手洗いに行っていたのか手を濡らした団長がテーブルの横に立っていた。ロックマンも行っていたのか、その後ろにいるのが見えた。


「凄いな。やっぱり騎士団に来てくれたら良かったんだが」

「ハーレの所長さんに怒られますよ」

「しかしこれだけ飲めるなら、あの酒はどうだろうか」


 団長はそう言うと、ちょっといい酒を持ってきてやるから待っててくれ、と店主の所へ行ってしまった。

 ドログフィアさんを手洗い場に連れて行こうとしていた私だが、私が連れていくわよ、とニケが彼の襟元を掴んでズルズルと引きずって行ってしまう。


 取り残された私は手持無沙汰になると、その場に居合わせたロックマンと目が合ってしまった。


 ロックマンはテーブルの上にある樽を見たあと、再び私に顔を向ける。


「それにしても……」


 まじまじと、どことなく物言いたげな目つきで私を見た。


「これほどまでに可愛げのない女性を、僕は初めて見たよ」


 言いたいことは分かるが、女性がたくさんお酒を飲んで何が悪いというのか。悪酔いはしないし、咎められる謂れはない。

 金銭の問題に関しては、お金も一応持ってきているので心配もない。飲んだ分は払わせていただく。


「ああどうもおほめにあずかり光栄です。誰もアンタに可愛いなんて思われたくないし。こんな私でも可愛いって言ってくれる人を見つけますから」

「可愛いね」

「嫌がらせ!!」


 ブワァッと鳥肌が立った。

 

「待たせたな。……ん? アルウェスも飲むか?」

「もしかして地獄コラスィ酒ですか?」


 鳥肌が立った腕を擦っていると、騎士団長が一本の透明な硝子瓶を持って戻ってきた。

 ロックマンはそれを見ると直ぐに何のお酒なのか分かったのか、眉根を寄せて団長を見る。


「コラスィ……地獄?」

「これはな、別名竜殺しの酒とも言われているやつだ」

「物騒な名前ですね」

「これで倒れなかったら大したもんだぞ。このアルウェスでも一杯半が限界だったからな」

「え……ロックマンが?」


 ロックマンが飲めない。


 私が飲める。


 ロックマンより飲める。


 それすなわち、私の勝利。


「飲みます!」


 直ぐさま手をあげた。光より速い。

 これを二杯飲めば、私はコイツに勝ったことになる。


「ナナリー正気!? 地獄酒よ!?」

「パラスタさん、いいんですよ。たぶん私に勝つだとか、くっだらないことを考えているんでしょうから」


 止めに入るゾゾさんをロックマンが片手で制した。

 思考回路を完全に読まれていることが気に食わないが、その間にも団長はトポトポとコラスィ酒を杯に注いでいる。


 無色透明の綺麗な液体は、地獄という恐ろしい名前には到底似つかわしくない姿をしていた。

 

「ほら飲むといい」

「はい」


 団長から渡された杯に、敵へと挑む姿勢で唇をつける。

 二杯、二杯だ。二杯飲んだら、きっと薔薇色の明日が私を待っている。


「ん?」


 しかし酒を口に入れた瞬間、全身を焼けるような熱い衝撃が襲った。


「んんっ……?!」


 まだ喉にも通していないのに、頭をガツンと巨人にでも殴られたように、血脈がドクドクと騒いでいるのを感じる。

 こ、これは。


(え、やだ、なんか目が…………)


 テーブルにガンッと肘をつけて、目頭をおさえた。


 気持ち悪いなどの不快さはないが、視界にある樽がブレて見える。たった一口、しかもまだ飲み込んでもいないのにこの威力。


 しかし、これが酔う、という感覚なのか。

 初めての酔う感覚に、見た目には出さないが内心ワクワクしたものが込み上げる。楽しいものではないけれど、未知の感覚を体験出来たということは、探求心の強い私にとっては良い経験になった。


 けれどまだ口にあるこれを飲まなくてはいけないので、意をけして顎に力を入れて飲み込む。

 

「くっ――な゛に、これ」

「君、自分がすでに樽二つ分も飲んでいるのを忘れているだろう。加えて竜殺しの酒を飲んで、何もないなんてあるわけがないじゃないか」

「……う」


 ロックマンは私の目の前で、団長がコラスィ酒を入れていたもう1つの杯を手に取り、軽々とそれを口に流し込んだ。


「美味しいとは感じないけど、確かに竜を殺せるかもね」


 コイツ、なんでそんな平気な顔で……。

 しかも前回はそれを一杯半も飲んでいたなんて、コイツの身体というか舌は麻痺でもして狂っているのではなかろうか。でなければ、あんな飲み方はあり得ない。


「おい大丈夫か? やっぱコラスィ酒は酒豪でもクるか」

「ナナリー? 気持ち悪くない?」


 団長とゾゾさんが、心配そうな面持ちで私の顔を覗き込んだ。団長に至っては、こりゃテオドラにどやされそうだ、と後ろ首をかいて眉を垂れ下げている。


「う、ん。気持ち悪くない、ですけど。身体が熱くって」

「でしょうね。顔がさっきより真っ赤だもの」


 水飲む? と彼女は口元に水の入ったグラスを持ってきてくれた。

 

「酔わしちまってすまん。……あ、だが君等のところの所長には内緒で頼む」

「所長たぶん滅茶苦茶怒るよ、グロウブ」


 アルケスさんも来たのか、団長の肩に手をかけると、私を見て苦笑した。あれだけ飲んでも酔わないヘルが酔ったと知れれば、今まで以上に嫌われるかもしれないね、と半ば団長を脅している。飲むと返事をしたのは私なので、団長が怒られるのは可哀想だ。


「しょうがない……今日はここでお開きにするか。ほら男共は次、ドルモットの店に行くぞ。女達は気をつけて帰れ。ハーレの君達も付き合ってくれてありがとうな。久々にアルケスさんとも話せてよかった」

「いいや、こっちこそ」


 お開きということで、酒場に居た騎士達は席から立って、食べ終わった物を丁寧に片していた。普通は片付けなくても良いのだが、どうやらいつもお世話になっているからと毎度カウンターまで運んでいるらしい。

 私も手伝おうとすると、近くにいたゾゾさんに貴女は座っていなさいと言われて止められた。自分だけ動かないのが申し訳ない気がして落ち着かなかったが、結構早く片付いてしまい、そんな気分も長く続かなかった。


「もうお開きなのね。ナナリー、コラスィ酒飲んだんですって?」

「ニケ……」


 ドログフィアさんの介抱が終わったのか、ニケが席に戻って来た。ブロンドの美しい髪が、私の肩に触れた。

 彼はどうしたのかと聞けば、あそこ、と指を差される。差された先を見て見ると、そこには騎士の仲間に抱えられたドログフィアさんの姿があった。


「ありがとう。私が、酔わせちゃった、のに……」

「良いのよ。でもアルウェス隊長に対抗するのも良いけど、自分をもっと大切にするのよ?」

「うん」


 まるでお母さんのような慈愛に満ちた瞳に、胸が温かくなる。ニケが将来選ぶ人が羨ましい。きっと良いお嫁さんになるし、良いお母さんになるだろう。私には一生無縁なものかもしれない。


「まさかナナリーがここまで飲む奴だったとはな。大丈夫か?」

「殿下……。ありがとう、ございます」

「ニケがいれば止めていたんだろうが、ドログフィアの介抱をしていたから仕方がないか」


 ニケの横にゼノン王子が立つ。友人とはおこがましくて言えないが、無理ない範囲と近い距離で接してくれる彼は、同世代の中でも尊敬に値する人物だ。


 一方ロックマンはそんな私達をよそに、指を振って自分の座っていた椅子からローブを引き寄せていた。

 

「全く、男の夜遊びには呆れるものがあるわね」

「でも隊長とか貴族の人は、身分の低い庶民相手じゃないとそういうのって駄目なんでしょう?」

「ま、私達はとっとと帰りましょうか」


 騎士の女性達はあくびをすると、団長達に挨拶をして店内から出ていく。


「アルウェス隊長、また明日よろしくお願いします」

「ああ、また明日ね」

「ええまた明日」

「またね」

「また明日ですよ!」

「うん、また明日。気をつけて帰るんだよ」

「はい!」


 長い別れのやり取りをしているのはウェルディさんで、また明日です! と名残惜しげに店から出ていった。ああいうところが可愛いのだろうなと思う。ロックマンも笑って送り出していて、可笑しそうにしていた。貴族の女性達にはない必死さが、逆に新鮮で良いのかもしれない。

 

 女性達が出払ったあと店内に残ったのは男性達のみで(ニケとゾゾさんはいる)、女性陣に次いで皆店から出ていく。


「あ……待って、寮に、ドレスある」


 けれど私は行こうとするロックマンのローブの裾を、椅子から立ち上がって素早く掴む。タダでは帰さない。なんて女を捕まえようとする変態男のようなことは言わないが、手ぶらで帰すわけにはいかなかった。

 掴まれたほうは首を捻って私を見る。そして自分の掴まれたローブの裾と私の顔へ視線を交互にやると、面倒くさそうな目つきで言葉を吐き出した。


「ドレス?」

「白の、公爵様から……借りたやつ。返すから待って」

「いいよ返さなくて。持っていればいい」


 そして早く店を出たいのか、裾を持っている私を気にも留めずに出口へと向かって行く。なので私はまるでソリにでも乗っているかのように、床の上を滑っていた。騎士の人達は何事かと私達を見ている。


 けれど何とか引き留めようと、渾身の力を振り絞りローブを自分の方へ引き寄せた。

 うっ、とらしくない声を上げたロックマンは、振り返って私をひと睨みする。


「駄目、渡すの今日」

「なんで」

「見るだけで不快なの」

「なら一生不快でいればいいじゃないか」

「嫌だ」


 もう一度引っ張ると今度はロックマンの膝がぐらつき、奴の顔が目の前に来る。いつものような余裕ある目つきとは違い、どこか怠そうな物憂げな目で私を見てきた。


「あのね、僕はあっちに行きたいんだけど」

「アルウェス隊長ー! 置いていってしまいますよー!」


 どこか違う店で飲み直すのか、周りの男の騎士達が、ドルモットの店の女の子は皆可愛いんだよなー、酒は微妙だけどなー、と意気揚々とこの酒場から出て行っている。

 ロックマンもそこへ行くのか、仲間や部下たちにそう呼ばれて手を振られていた。


 しかし、逃がすものか。

 もうコイツとは金輪際会うこともない。自分から会いに行くのも嫌だ。ならば今しかないではないか。


「離してくれないか馬鹿娘」

「行くまで離してやるもんですか」


 黒いローブを握り絞めて離さない私の頭を、ロックマンは片手で鷲掴んで離そうとする。

 負けじと私も引っ張るが、一向に事態が進まないので次はどんな手を使って引き留めてやろうかと考える。ここは女神の棍棒を使って、空間転移でロックマンも巻き込み寮へ連れて行くのも良いだろう。そうすればドレスを直ぐに渡して、またコイツをそのドルモットの店とやらに空間転移で連れて行ってやればいい。

 我ながら良い方法だ。


「すいませんねウチの子が」

「いいえ、大丈夫ですよ」


 アルケスさんが後ろからそっと私の手を掴んで、ロックマンのローブから私を離させようとする。握りしめていた手はそれを拒んだが、彼が出てきては私も何だか悪いことをしているような感じがしてしまったので、強く握り絞めていた黒いそれから、しょうがなく手を離した。

 トンと背中をアルケスさんの胸に預けると、ヘルはコラスィ酒禁止だ、と小さく咎められる。私は仕方なく、はーい、と口を窄めてロックマンを見た。


「何よ馬鹿。この女好き、ちゃら男、美形、優秀、高身長っ」

「良くも悪くも本当に正直ね」


 ゾゾさんが隣に来て私の額を撫でる。


「パラスタさん、寮はハーレの近くですか?」

「え? ああ、直ぐ裏です」

「仕方がないので、送りついでにドレスを持って帰ることにします」

「え?」


 アルケスさんに寄りかかっていた私は、さっきまで私を頑なに離そうとしていたはずの奴に腕を引っ張られた。

 前のめって、トットット……と片足だけで三歩進む。


「ほら行くよ」

「……行くの?」


 急に行く気になったのか、ロックマンはそのまま私を店の外まで連れて行くと、召喚魔法で自分の使い魔を出していた。


「ユーリ、ハーレまで頼む」

「これはナナリーさま、お久しぶりですね」


 黒いリュンクスが私に向かってお辞儀をしている。


「ゆーり?」


 僕の背中に乗ってください、と背を差し出されたので、私は誘われるようにその背中に跨った。ララより少しゴツゴツしているが、生き物特有の温かみを感じられて良い。乗り慣れたらそれはそれで心地良いのだろう。

 首もとをぎゅっと抱き締める。


「団長、私は少し遅れて行きます」

「よし。じゃあ俺達は先にな。気を付けろよ」


 じゃあ行くよ、と後ろからロックマンの声が聞こえた。



「あ、寮は女しか……って、行っちゃった」







●●●●●●●●●●





「アンタ生意気よ」


 背中が暖かい。夜風が冷たくて、身体に灯っていた熱が幾分か冷めてきた気がする。

 夜空がいつもより近くて、私は今空を飛んでいるのだろうかと上を眺めた。やっぱり星はいつもよりちょっぴり近くて、頬を撫でる風に目を閉じた。


「君ねぇ……」 

「きみきみうるさいハゲ野郎」

「酔っても口はやっぱり悪いな」


 私は酔っていない。


「あと私乙女だった」

「知ってる」


 あ、知ってるんだ。


「今度会ったらアンタを背後から襲ってやる」

「なら襲われる前に食べてやろう」


 意味的に、やられる前に私をやるつもりらしい。


「美味しくないから食べ物ちょうだい」

「それは食べてみないと分からない」


 どうせ普段から美味しい物を食べているんだろうな。

 舌が肥えているだろうから、旨いものを沢山知っていそうだ。


「二日酔いには気を付けて」


 その言葉を最後にお腹に手を回され、グンと身体を後ろに持っていかれたあと、私はこの王国の空を滑りあがっていった。










「……あれ?」


 翌日、起きたら私は寝台の上で寝ていて、身体にはふかふかの布がかかっていた。

 頭が痛いとかはないが、あの地獄酒を飲んでからの記憶があやふやで、いつ頃帰ってきたのかを寮母さんに聞くと「超絶イケメンがお姫様抱っこで貴女を運んできたのよ~。直ぐ帰っちゃったけど」とポヤポヤと頭にお花を咲かせながら笑顔で言っていた。

 焦った私がゾゾさんに聞き込むと、ロックマンにドレスを返すときかない酔った私を、奴が寮に連れ帰ったのだという。

 ……連れ帰った?


 しかし血相を変えて部屋に戻った私の視界には、変わらずそこにドレスがあり、しかもドレスには紙が引っ掛かっていた。

 その紙には、


『コラスィ酒。君、一口。僕は一杯半。じゃあね、君の負け』



「……」


 とりあえずビリッビリに破いた。


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