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ハーレ就業編・6-3

「こんなことを初対面のあなたに言うのもなんですが」


 そう言った女性を、私は目をパチクリとさせて見た。


「あの……あなた、隊長を誰と知ってそんな言葉を聞いているのですか?」


 一秒間に百回くらい瞬きをした気がする。

 おかげで眉の筋肉がつってしまいピクピクとしていた。


「どんな方か、ハーレで働いている方が知らないはずないですよね」


 指通りの良さそうな胸元まで伸びた茶色い髪を、サッと背中から左肩に流して首を傾げられる。

 さっきの無表情とは一転、不思議そうな目で見られた。

 頬の横に垂れた髪を耳にかけて、ローブと髪で隠れていた綺麗な首筋が露になる。

 やっぱ美人だなこの人、とオヤジ臭いことを考えるが、


「いえ、それは……」


 ……ゴクン、と生唾を飲み込む。

 もしかしなくてもたぶん、私は今この女性に注意をされている。


 ロックマンのほうを向けば、そんな私の顔など気にも止めていないのか、余裕綽々とした表情で私を眺めていた。

 見ているのではない。眺めているのだ。

 普通に見られるより腹が立つ。


 私は構えていた手を膝の上に戻して、とりあえず女性ではなくコイツを睨むことにした。女性にメンチ切る勇気は持ち合わせていない。騎士団の人で、しかも初対面の人に。

 天井で回る黒い換気羽が、カラカラと小さく鳴っていた。


「ちょ、ちょっと貴女何なのよ。ナナリー気にすることないのよ?」


 妙に威圧的な態度な美人を前に、隣にいたゾゾさんがそう言って私の肩を引っ張る。

 心配してくれていたのか、先ほどからおずおずと横で入る機会を伺ってくれていたようだった。彼女には迷惑をかけてばかりである。


「ゾゾさん」


 いえ私の不注意ですからと言おうとするが、ゾゾさんのその言葉に、茶髪の女性がバンッとカウンターを叩いてきたので肩が跳ねる。

 ゾゾさんもビクッと跳ねた。


 よくわからんが、なんかおっかなかい。


「貴女には話していません。私は彼女に話をしているんです」


 折角の綺麗な顔が、苦虫を噛んだようなしかめっ面になっている。美人なのだからそんな顔をしているより笑ったほうが良いのに。

 というか、女の子はいくつになっても笑顔が一番可愛いものなのだとお父さんが言っていた。

 しかしそれを聞いたお母さんが、誰にでもそういうことを言ってるんじゃ無いでしょうね、と何故かお父さんを脅していたのは謎だった。


「ここはハーレです! この場では誰が誰であろうと、関係ありません」

「あきれるわね。ハーレって所はそんなに失礼な人達が集まってるの?」

「騎士団も随分と偉くなったものじゃない」


 この人はロックマンが好きなのだろうか。

 時折彼のほうを横目で見つめる仕草をしたと思えば、目の下を赤らめる。

 その様子は、彼を取り囲む貴族の令嬢達を彷彿とさせた。


 改めて考えてみると、奴に好意を向ける人は結構大胆な人が多い気がする。マリス然り、同級生達然り。一括りにしてしまうとあれだが、そんな彼女達と意図せずして戦ってきた私からしてみれば、そう見えてくるのも仕方がないのかもしれない。


「待って待って! ここで騒ぎ立てるのは良くないわよ」


 食事をしていたニケが椅子から立って、ゾゾさんと彼女の間に手を入れてくる。


「ううんニケ、私」

「ううん、ナナリーは良いのよ」


 ごめんねナナリー、と申し訳なさそうな顔で謝られるが、元は私が引き起こしたような物なのでこちらこそ申し訳ない。

 まったくなんでナナリーが絡むとこうも……とニケが舌打ちしたのが聞こえたが、やはり私が原因か、と一人沈んだ。


 騒ぎ立ててしまったし、所長に怒られるかもしれないと彼女達から視線をずらして周りを見てみれば、所長や団長は面白そうな楽しそうな顔をしてこちらを見ている。

 ……はて、何故そんなワクワクとした表情なのか。

 そもそもさっきまで啀み合っていたのに、今は仲良さそうに話していて一体どんな心境の変化が……。特に所長。

 騎士の人達は近くの仲間と顔を寄せながら、こちらを見てコソコソと話をしているし、ゼノン王子はいつかのように見守るような視線でロックマンを見ており、ニケのようにこちらへ来る気配は無かった。


 破魔士の女性達は此方を見て何事かと顔を向けているが、次々と頬を赤くしていくのでロックマンを見て赤くしているのだろうと分かる。

 奴は此方を見ているから彼女達には横顔しか分からないというのに、そんな簡単に頬を染めるとはどういう了見なんだ。もう少し自制心を保ってくれ。


「だってブルネル、隊長に向かって軽口を叩けるなんて、殿下か騎士団長くらいなのにっ」

「貴女落ち着いたほうが良いわよ。隊長のことになるとカッとなる癖は直さなきゃ。転属されちゃっても良いの?」

「だって、私だってこんな……」


 女性の肩を叩いて宥めるニケ。


 ううむ……しかし。

 確かに、今は仕事中の身で、あくまでも就業時間だというのに、受付に来た利用者ではないとはいえ、あれだけ私情を挟まないようにと構えていたのに、つい、つい、荒い話し方をしてしまった。

 いくら頓珍漢なことをジリジリと迫り来る勢いで聞いてこられ、カッとなってしまったとしても、そこを突かれたら私にはグゥの音も出ない。


 けれど誰と知っているかと聞かれても。


 隊長だということ? なのか。

 公爵子息だということ? なのか。

 チーズフォンデュ侯爵だということ? なのか。(※フォデューリ侯爵です)


 もう考えていて訳がわからない。

 こんなややこしい奴、存在しているだけで私の敵である。


 少しうつ向くと、水色の髪がパラリと胸元に垂れた。白い制服も相まってか場違いにも、私って涼しい色をしているよな、なんてどうでも良いことを考える。


「すみません、存じております。つい失礼を」


 公私混同無し。公私混同無し。

 と頭の中で繰り返しながら、取り敢えずここは謝っておこう、と私はそのまま頭を下げる。

 ニケが、あっ、と言う声が聞こえた。


「ウェルディ、勘違いしないでほしいな」


 けれど私の額に、武骨なようでしなやかな、長く力強い指先が、ちょん、と当たる。

 

「?」


 下げようとしていた頭が、中途半端な位置で止まった。視界には黒いローブの袖が映り、それは今目の前にいるロックマンの指だと認識する。

 普段から女性に甘いであろう彼にしては、とがめるような冷たい口調だったので反応が遅れてしまった。女の子は大事にしなきゃね、みたいな小っ恥ずかしいお花畑発言を聞いたことがあるから余計である。

 そしてそうこう考えている内にグググ、と額は指に押されて、下げかけていた私の頭は元の位置に戻っていった。


「隊長?」


 ウェルディとは隣にいる女性の名前なのか、名前を呼ばれた彼女は、何がですか……と片眉を上げた。


 コイツ、どういうつもりなんだ。

 首に力を入れて指を押し返そうとするも、その一本の指の力はかなり強く、寧ろ私の顔は額を押され過ぎて仰け反りそうになる。

 おでこに穴が空きそうで痛い。


「ちょ、ちょっ」


 いや、そんなに押さなくても。


 両目を寄せて額にある人差し指を見ると、その指は徐々に下へと降りて、鼻筋を撫でた。


「このひとが私に、頭を下げるのは許さない」


 ツツ……と指は鼻筋を通り、ゆったりとした動作で唇へいく。


「敬語も許さない」


 顎を片手で支えらる。

 私の顔は上を向き、下唇は親指で横になぞられた。


 僅かに首を傾げて微笑まれる。

 黒い襟元にもつれた金髪が、男にしては真白い頬を掠めていた。


「あ……アルウェス隊、長?」

「これは私の友人だから、君がどうこう言うことじゃない。それに失礼したのは私だよ。ごめんね、受付のお姉さん」


 いや友人になった覚えはないが、アイツにしては珍しく、バツの悪そうな顔をして私から視線を反らした。

 試しにジッと見てみるが、目は合わない。


 しかしそれとは裏腹に、さっきから親指でぷにぷにと唇を押され、遊ばれているのか真剣に謝られているのかよく分からない。

 飽きないのか、ロックマンはずっと私の唇をぷにぷにしている。

 おいさっさと離せ。


「……」


 けれど私もまさか謝られるとは思わなかったので、些か拍子抜けする。

 唇に置かれたコイツの親指でも噛み千切ってやろうかと思っていたが、私にしてはまた珍しくやめておこうかと思ってしまったので、口は大人しく閉じていた。

 横にいる彼女、ウェルディ? を見てみれば、そんな彼を見て大きく目を見開いている。青い瞳が今にも零れ落ちてきそうだった。

 ローブを掴んでいる腕が小刻みに震えているようにも見えた。


 見ようによれば、泣きそうにも見える。

 いやいや駄目駄目、そんなことで泣くんじゃない!

 

「ええと、私」

「?」

「ふふふふ」


 そう呟いて口角を上げた私に、ロックマンは目を細めて訝し気な視線を寄越す。

 コイツ、何だ、みたいな。


 私の顎と唇からつい、と手が離れる。

 その隙をついて、私は思い切り頭を下げた。


「先ほどは大変失礼いたしました、アルウェス・ロックマン様。何ゆえ経験が浅いものでして、いえ本当にこちらの女性のおっしゃる通りです」

「……」

「どうされましたかアルウェス・ロックマン様」


 首を捻って眉を下げる。


「その手で来るか」


 奴は私の小癪な考えが分かったようで、眉間のシワを二本指で押さえて目を瞑っていた。とても愉快な光景だった。


「ナナリーあなたって……」


 ニケは自分の口元を手で抑えて、隣の騎士の女性を盗み見ていた。

 一方で茶髪の女性は、狼狽えたような顔色をしている。


 このウェルディという女性の中では、コイツに礼儀を尽くすのが常識なのだろう。

 なら私がそれをすれば丸く収まる。そして何より、ロックマンにとっては何故か嫌がらせにもなるようだったので、女性を不快にさせることもない。

 一石二鳥、得しか生まない見事な作戦である。


 それにヤな奴にやるなと言われると、やりたくなるのが私の性分。

 コイツにそんな話し方をするなど死んでも嫌だったが、そんなことを言っていたら社会では生きていけない。

 現にものすっごい嫌そうな顔をして私を見るので、内心ウシシと笑う。燻る胸の霧が晴れたように清々しい。

 女泣かせの馬鹿野郎だが、こんなところで泣かせようなんて迷惑も甚だしいというものだ。


「けど、ありがとう」


 しかし苦笑いでそう返してきたロックマンは、何を思ってか私にお礼を言ってくる。


「へ?」


 ちょっと待て。今あのロックマンがこの私に『ありがとう』と言ったのか。


 ……おかしい。さっきから何だか様子がおかしい。

 私に謝って来たり、今度はお礼を言ったりと、一体こいつはどうしたんだ。

 先ほどの乙女の一件から、やけに大人しいじゃないか。


「でもそろそろうざったいから、やめてくれないかな」


 と思ったらそうでもない。


「いえいえ滅相もございません」

「君の髪が燃えることになる」

「では貴方様の身体を氷で冷やしてさしあげましょうか。今日は少し暑いですから、とてもいい気持になりますよ。カチコチになって……ふぐっ」


 すると片手でガッと両頬を掴まれて、思い切り口を窄められる。


「なにふゅんへふほっ(何するんですか)」


 唇がムニュッっと突き出て、変なしゃべり方になった。

 頬の肉に奴の指が食い込んで、きっと今私の顔は不細工になっていることだろう。

 何故ならニケが、可哀想な物を見るような目付きで私を見てくるからだ。


「グロウブ団長」

「な、なんだ?」


 離せとばかりに私はその手を凍らせようとするが、やはりそこはロックマン。いち早く炎をかけて、相対させている。

 お陰さまでジュウジュウと氷は蒸発し、私の顔にそれがかかっていた。蒸気で前髪が浮くからやめてほしい。

 熱いんだか冷たいんだか分からない。


「記憶探知ですが、ハーレからは誰と誰が行く予定だったんでしたっけ」


 そんな私をよそに、ロックマンは騎士団長のほうをクルリと振り返ってそう聞いていた。

 というかいい加減この手を離せ。頬が凹んだらどうしてくれる。


「え? ああ、確か」

「そこにいるアルケスとゾゾと、貴方が今絡んでいるナナリーよ」

「そうですか」


 名前を言おうとしていた団長を遮り、ロクティス所長がロックマンに話す。

 最後は私を指差してそう言った。なんだか笑いながら言われたので、今の状況の何が面白いのか具体的にお聞かせ願いたい。


「団長、せっかくですので、三人に来てもらったらどうですか」

「あ?」

「聞けば記憶探知の習得がまだのようですし、もともとはその三人が行く予定だったんでしょう?」

「そうだが」


 くすっと笑って、私を見る。


「教えてあげたいんですよ、この可愛い受付嬢さんに」


 記憶探知のやり方を。

 と目にかかる前髪をかき上げて、愉快な物でも見るように、口角をあげてさも楽しそうにする。



「おにょふぇひくひょうぶぇご!!(おのれ畜生めが!!)」


 そしてその瞬間、私の氷は炎に勝った。


 奴の手は腕までカチコチに固まり、そして隣にいたウェルディさんが私に拳骨を食らわせ、また一騒ぎになったのはそれから直ぐのこと。




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