ハーレ就業編・6-1
お昼休憩が終わったので、受付の席に着く。調べ物のせいで食べる時間はあまり作れなかったけれど、一応ご飯にはありつけ、納得がいくまで調べられたので(解決はしていないが)良しとした。あんなものは休憩中に調べるくらいでいい。
何よりそんなもので、私の腹が貧しくなるのはいただけない。働いているのに飢え死にしてたまるか。
「戻りました」
「お帰り。じゃあ私はこれ貼ったあと休憩に行ってくるわね」
休憩の間、受付に座ってくれていた女の先輩に声をかけて椅子を空けてもらう。休憩は交代制なので、先に行かせてもらっていた私は先輩に頭を下げた。そういえばゾゾさんが所長のところに行ってから帰ってきていないが、話が長引いているのだろうか。
朝に席を立ってから、今の時間帯まで見ていない。
「その紙何ですか?」
それよりも、と私は先輩が貼ると言った物が気になって、それを指差す。
「コレ? さっき隣の隣の隣の国から届いたの」
先輩の手には『氷の魔女限定・急募!』と書かれた紙がある。魔女を募集って、何か大掛かりな仕事、しかも氷型の魔女でなくてはならない内容なのか。どんな仕事なのだろう。
不思議そうにそれを見ている私に、オルキニス王国の女王様が侍女を集めてるんですって、と先輩が話してくれる。
ふぅん。
侍女ね。
オルキニス王国はさきほども先輩が言った通り、ドーラン王国の隣の隣の隣の国で、シーラ王国よりも少し遠くにある国だ。
他の国にも特別に募集をかけているらしく、報酬はとてもいいらしい。
私もそれを見せてもらったが、確かにお値段……お給金はここの倍以上である。世の中にはこんなにお金が溢れる場所があるというのに、なぜ己のところには集まらないのだと人知れず落胆した。
けれど、普通侍女というものは貴族のお嬢様が奉公や花嫁修業でつくような仕事ではなかったか。
紙には貴族でなくとも構わないという旨も書いてあり、なんだかざっくりとした内容だった。こういうのは庶民の私が言えたことではないけれど、もう少し警戒したらどうかと思う。
「でも氷の魔女限定って、何か意味があるんですかね」
「ナナリー氷でしょ? いいんじゃない?」
「あらじゃあヘルさん、行って来たらどう?」
いつの間にか、ハーレに仕事を探しに来ていた破魔士の御姉様も仲間に加わって話していた。名前はここ最近、破魔士の人達に覚えてもらえているらしく、御姉様のように姓で呼んでくれる人もいる。だからと言って何が変わるわけでもないが、なんだか認めて貰えているようで嬉しかった。気分は上々。
しかしこんな世間話をペラペラとしている姿を見られたら説教ものだ。鉄拳と電撃がくる。
なんてビクビクして所長室へと続く扉を見たけれど、開くような気配もないのでひとまず安心した。
「ちょっとハリスここ見てみて」
「なに? ……あら、この子純情そうだからぴったりじゃないの~」
「いやぁ、そうとは限らないわよ?」
そうしているうちに、昼から戻って後ろで事務仕事をしていたハリス姉さんがそこに加わっていた。
「何がですか?」
「ん? ちょっとね」
改めて私もチラシを見ようとしたら、サッと文字の部分が見えないように隠された。私に紙を見せないようにコソコソとみんなでそれを見ている。
そんな隠すようにしなくたって掲示板に貼るのだから同じじゃないかと思っていると、それを一緒に見ていた破魔士の女性がカウンター越しに私を見てニンマリと笑った。
なんだその笑顔は。
「ヘルさん、“ただし乙女に限る”ですってよ」
そう言った女性にあらやだ言っちゃ駄目じゃないとハリス姉さんが頬を膨らませた。
けれど言われた私は頭の上でハテナを浮かべる。
それのどこが駄目なのかと。
「嫌ですよ。……乙女でもありませんし」
「そうなの?」
意外だわ~、とハーレのお姉様方や、受付に来ていた他の破魔士の女の人達に謎のからかいを受ける。さきほど私に紙に書いてある内容を暴露した女の人は「可愛い反応ねぇ」と言いながら、仕事が決まったのかこちらに手を振りながらハーレの扉から出て行った。
何が乙女に限る、だ。
私はもう学校も卒業した良い大人だ。
そんな宣伝に釣られて集まる魔女なんか、相当生活に困っているか、神経が図太い人くらいである。
私は行かない。行くものか。
「オルキニスの――」
「先輩、早くお昼食べに行かなきゃ時間なくなりますよ」
「もうナナリーったら」
まだ話を続けようとする先輩の背中を押して、早くお昼休憩に行ってもらう。
お喋りは好きだが、こういう話は仕事外でキャッキャと楽しみたい。また後で話しましょうと笑って手を振ると、先輩は嬉しそうに笑った。
「遅くなっちゃったわ。任せちゃってご免なさいね」
「ゾゾさん!」
すると先輩とすれ違いで所長室から出てきたらしきゾゾさんが、そう言って私の隣に座った。
話が長引いてね、とどうやらずいぶん所長と話し込んでいたようで、こめかみ部分を指でグリグリと押している。
「用事は済んだんですか?」
「それが……」
「すみません、依頼をしたいのですけど」
同い年位の女性? 女の子? が受付に声をかけてきた。
いかんいかん、仕事に集中しなければ。
ゾゾさんへ向けていた体勢を前に戻して、用紙を出す。
「失礼しました。どのようなご依頼でしょうか」
二つ縛りの小柄な女性。
「はい。今日は……」
それにしても、私ぐらいの年齢は女の子と言った方が女性と言った方が良いのか地味に気になる。さっきの乙女もそうだが……。
十八歳は一応成人の歳だからそれを考えると女性なんだろうが、感覚的にはまだ大人に入る手前ぐらいの感覚なので微妙なところだ。
しかも成人は十八なのに成人の儀式は十九にやる決まりなので、そこが原因とも思える。しかも女だけ。男は十八で成人の儀式をやるのに、女のほうだけは一年遅れてやるのだ。
理由は色々とあるらしいが、今のところその決まりが変わりそうな気配もない。
なんてことは横に置いておいて。
「あの、最近プレリアが近所で繁殖してるみたいで、家の庭にある作物が荒らされてしまって。どうにかしていただけたらと」
女性は茶色い袋から丸く焦げた跡がついた野菜を取り出す。焦げ具合を見る限り、野菜はもう食べられる品物ではない。これはプクチという緑色の野菜で、庶民の間ではよく食べられている物だった。
私ももちろん毎日お世話になっている。
「プレリアは火型の魔法動物ですので、繁殖場所を突き止めることも含めて、火型の破魔士に依頼が回るようにしましょうか。プレリアは火型の人間にはよく懐くんですよ」
「そうなんですか? そういえば聞いたことがあるような……」
「通常プレリアは火山近くに生息しているのですが、もしかしたら飼われていたものが捨てられて増えてしまったのかもしれませんね」
プレリアは火山の近くや、比較的暑い場所に生息している魔法動物だ。愛玩動物として愛でる人もいるようだけれど、困ったことにこうして捨てられて人間の住処で食べ物をあさるしことでしか生き延びられない運命を背負わされる可哀想な動物達がいる。
プレリアは赤ちゃんの頃はとても愛らしいちょっぴり小太りの子ネズミのような姿をしているが、大きくなってくると鋭い牙が口からはみ出て、大きさも人間の半分くらいになる。
涙は溶岩になるし、怒ると火の玉を吐くので中で飼うにはあまりお勧めできない。
だから途中でその外見に萎えてしまう人や、飼育が面倒になった人はポイッと世話もプレリアも捨ててしまうのだ。
人間よ、お前らは何様なのだと文句を言ってやりたいが、それでも飽きずに火山近くへ小さなプレリアを捕獲しに行ったりする人が後を絶たないのでどうしようもない。
依頼人もそういう経緯は分かっているようなので、なるべく傷つけずに火山へ返してあげたいんです、と言ってくれた。
報酬金額はこれくらい、と提示をしてもらい、紙に記入していく。
「ではこの依頼は早めに回しますね。まだ日も高いので、今日中か明日くらいには誰か捕まればと思います」
「良かった……!ありがとうございます」
「気をつけてお帰りください」
お辞儀をして受付から離れた依頼人を、頭を下げて見送る。
私は用紙を複製して、さっそく破魔士専用の受付に飛ばした。飛んできた用紙をあちらの人が手に取ると、私の方を見て親指をグッと立てる。私もそれに親指を立て返して笑顔を送る。
依頼人が去ったあとは誰もこちらへ来る気配がないので、話の途中だったゾゾさんに視線を戻した。
「ゾゾさん、それで……どうしたんです?」
「来るわ……」
「所長?!」
ヌッと後ろから現れた所長が、私とゾゾさんの肩に手を置いた。ビックリして後ろを向いたが、所長は物凄く暗い影を背負い、気分の悪そうな顔をしている。
おかしい。いつもの所長の元気が見当たらない。
そんないつも馬鹿みたいに元気!とかではないけれど、ニコニコして粗相を犯した職員を拳でブチかますような、いつもの余裕がない。
いや別に荒くれ者とかなどという意味ではない。
今にも深いため息を吐きそうな顔つきなので、心配になった。
というか、来るって……何が?
「な、なにがです?」
「あの髭面が来るのよ!!」
髭面。
所長が私達の肩をめいっぱい力強く握ってくる。
「イタタタタタッ!イタッ、痛いいい!もっもしかして騎士団長ですか?」
「そうなの!」
そして先ほど以上に肩を抉られそうになった。
いやほんと勘弁してくださいマジでほんとお願いしますとゾゾさんと苦しみながら所長に頼めば、我に返ったのかハッと手を離してくれる。あらごめんなさい、なんて言って下唇を突き出した。
良かった。あともう少しで私達の肩が千切られるところだった。
所長が思い切り嫌な顔をして言った髭面というのが、誰を指しているのかは一発で分かる。
この前も嫌なことがあったのか、私に『あの髭面に会ったら塩でもお化け虫でもなく、氷で髭を凍らせてしまいなさい』と、もう色々と迷走した指令を出してきたものだ。
「ゴーダさんが見つかった所へ記憶探知をしにね、私とナナリーとアルケスで行けないかって相談をしに行ったの」
掴まれていた肩を手で揉みほぐしながら、ゾゾさんは所長を見る。
「前にゾゾから聞いたでしょうけど、騎士団と王国とで魔物の情報は共有しなければいけないでしょ?もう面倒だから騎士団長に鏡で伝えたの。魔物はとりあえずいなかったようだから、うちの子達が記憶探知だけしに森へ行ってきますって」
ブルブルと所長の身体が震えている。
寒さや恐怖からの震えではないことは一目瞭然だった。
「……そうしたら『騎士団の立場が無い!』とか言っちゃって。ハッ!何が騎士団の立場よ。手柄を取りたいだけなのよあのデカブツは」
拳を握って捻り上げる仕草をする。
騎士団長のことをこうも激しく嫌う姿を見ていると、段々その理由が知りたくなってくる。周りには破魔士達がいるというのに、意識はしていないのだろう。普段の所長なら仕事場で騒ぐようなことはしないし、そんなことは自分にも他人にも許さないはずだ。
所長をこんなにも変えてしまうなんて、一体どんな人物なんだ。姿を見たことはあるけれど、気になる。凄く気になる。
興味のあることは一度気になりだすと収まらない性分なので、ウズウズして仕方がない。
それから所長から聞く限り、結局今回は騎士団が行くということで話がまとまったのだが、その場所を記した地図をこちらへ直接取りに行くと言われたらしく、それで今所長は怒っているらしい。
「いちいち来なくても鏡越しに地図を映せば済む話なのに、何でわざわざ来るのかしら?!」
遠くにいる相手との交信手段として、モルグの鏡というものがある。古の時代に作られた特別な鏡で、その鏡同士であれば世界中どこにいようとも持ち手と話せるという。数は少なくたいへん高価なもので、私には一生かかっても手に出せない代物だ。王国に現存しているのは五つで、王様の城であるシュゼルク城に一つ、騎士団に一つ、ハーレ魔導所に一つ、三大貴族と呼ばれるブナチール家とモズファルト家が一つずつ所有している。
ちなみに三大貴族のうちの残りの一つ、アーノルド家は所有していない。
他の国にもいくつかあるらしいが、その一つがここにあることに些か疑問を感じる。いつからこの魔導所にあるのか知らないが、王国創立時から存在している王国の要所と言えば要所なので、それを考えれば分からなくもないのだが。
「それに第一小隊と第八小隊を引き連れて来るそうよ」
「第一……?」
「ナナリー?」
第一……だと?
第一と聞いて固まった私に、どうしたの?とゾゾさんが私の顔の前で手を振る。
所長も不思議に思ったのか、彼女と同じように手を振った。
『第一小隊の隊長に……』
ニケは確かそう言っていたはずで、私も覚えている。
そんな、冗談ではない。私生活でさえ散々な目にあったというのに、仕事でまであの野郎と顔を合わせるなど、そんな面倒なことがあってたまるか。
あとがき。
次話→明後日更新予定。