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ハーレ就業編・5-8

 翌日。


 私はあの仮面舞踏会の余韻なんか微塵も感じさせないくらい、いつも通りの朝を迎えていた。あのあと寮に帰ってからはお風呂に入り、倒れこむようにして寝台の上で寝についた。

 公爵の所の召し使い三人衆から着させられた白いドレスはどうしたらいいか分からず、とりあえず突起のついた服掛けに引っかけてある。

 あとでちゃんと返しに行かなければ。

 ……面倒臭いけれど。


「ふぁ……」


 窓から見えるお天道様が目に眩しい。

 寝ぼけ眼に寝間着からハーレの制服に着替えて、朝ご飯を自分で作って食べる。寝ぼけ過ぎて口ではなくほっぺにご飯を運んでしまったけれど、ちゃんと口に運んで食べた。

 あとで顔は洗おう。





●●●●●





「ゾゾさん。おはようございます」

「おはようナナリー。……何だか疲れてる?」

「全然。元気いっぱいですよ」


 ハーレに出勤し、規定席に落ち着く。

 夜勤の人に声を掛けて、仕事の席に座った私の隣に、ゾゾさんが欠伸をしながら座った。

 普通に挨拶を交わしたつもりなのに、眉尻を下げて心配そうな顔をされたけれど、私は疲れていないし元気モリモリである。

 ゾゾさんこそ欠伸をしているので、そちらこそ眠たいのではないかと言ったら、私はいつも夜更かしして雑誌を見ているから変わりないわ、と伸びをしてまた欠伸をしていた。


 王国の女性たちが見ている女性誌。

 最新の流行をお届けしてくれているそれは、どんな知識や魔法にも敵わない、ゾゾさん愛読の最強の本なのだという。

 けれど、そんな大げさな、と思う私に彼女は『意中の相手の落とし方』『淑女と呼ばれる女性達』『今日の恋占い』が今回大変面白かった記事だ、と熱心に話してくれた。

 しかしその三つからするに、ゾゾさんは誰かに恋でもしているのかもしれない、と私は勘づく。

 違うかもだけど。


 深夜から朝早くにかけては、ハーレに来る依頼者や破魔士は少ない。

 というか、そんなにいない。


 今日もこんな風に、ぺちゃくちゃと勤務中なのにも関わらずおしゃべりが出来ているのは、朝早い時間だからだ。

 依頼人や破魔士達がいる前で、こんな堂々と職員同士で世間話に花を咲かせているところを所長に見られたら、拳骨が飛んでくる。

 この前はアルケスさんと話しながら爆笑していた男性職員に拳が飛んでいた。

 しかも二発。

 悶え苦しんでいる職員の頭にたんこぶの山が二つ出来ているのを見て、私は絶対にああはならないぞ、と固く誓ったものである。


「そういえば話は変わるけど昨日……いいえ、今日に入った深夜ごろかしら。あのマライヤさんの依頼を早速受けてくれた破魔士がいたらしいわよ」

「え?」


 複製した依頼書を引き出しからゴソゴソと取り出し、彼女はそれを私に見せてくる。

 昨日の今日で、しかも深夜の内に引き受けてくれる人がいたとは、なんともありがたいこと。

 どれどれと紙の上に目を走らせて、依頼を受けてくれた人物の名前が書かれている欄を見てみた。

 

「お、おお?」

「どうしたの?」


 一方は男性、一方は恐らく女性の名前。

 どちらも私がよく知っている名前だった。


「この名前……」


「どうもー、依頼終了したので来ました」


 一人口で呟いた時、ハーレの入り口の扉が、外から開かれて破魔士が二人入ってきた。

 紙から目を離して、おはようございますと言いかけた私だったけれど、見覚えのある人物だったので一瞬言葉に詰まる。


「おう、ナナリーじゃん」

「あっナナリー久しぶり! 元気?」


 依頼書の紙に書いてあった男女の名前。


 ナル・ペルセウス・サタナース

 ベンジャミン・メダ・リリス・フェルティーナ


 中間名もばっちり合い、私の知っている人物。

 この二人は私の元学友であり、卒業後も手紙のやり取りをする、貴重な友人達だった。

 

「依頼を受けてくれたのって、二人だったんだね」


 私に一声かけた二人、サタナースとベンジャミンは、依頼を達成したので、と私の依頼人専用の受付ではない方の受付に行って、処理をしてもらっていた。


 あの二人が受けていた依頼。

 その依頼が済んだという事はつまり、マライヤさんの旦那さんが見つかった、という事である。

 しかもあの魔物が森に潜んでいる中、夜から朝のうちに。


 なんて仕事が早いのだろう、と小さく手を叩いて感嘆した。


「あの破魔士達、仕事が早いわねぇ。知り合い?」

「はい、友人です」

「でも見つかったみたいで良かったわ。私、ちょっと思ってたことがあるのよね」

「何です?」

「ご主人が、あの魔物になっちゃったんじゃないのかなって」


 不謹慎だけど、と頬を指で掻いてゾゾさんはバツの悪い顔をした。でも本当に良かった、と胸を撫で下ろす彼女を見て、私も同じことを思う。


 だって、本当に良かった。アルケスさんがあんなことを言っていたから(人間の舌みたいとか)、もしかしてとか私も思っていたので、そうではないと知れれば一安心である。

 アリスト博士とも知り合いになれたので、何かあったら彼の屋敷に行ってみるのも良いかもしれない、とも思っていたくらいだった。


 結局それは必要なくなったけれど、頭の隅に入れておくくらいには今後も気を引き締めていきたい。

 ……私は貴族じゃないし、アリスト博士も私の正体は知らないので行っても意味があるのかは分からないけれども……。


「じゃあナナリー、ここはよろしくね」


 するとゾゾさんが、ちょっと所長のところへ行ってくるわね、と私の肩に手を置いて席から立つ。

 了承の意で首を縦に振ると、彼女は足早に奥の部屋へと入っていった。


 一人受付に残された私は、一人になったことに焦ることもなく、またマライヤさんの依頼書を見る。


 得体の知れない魔物を相手にする破魔士は、やはり凄い。

 普通の人間ならともかく、魔法を勉強して攻撃をする術も守る術も持つ魔法使いでさえ、あまり対峙したくはない相手なのに。

 あいつらは魔力のある人間も食べるので、捕食対象に入れられている時点で結構色々ビビる。

 今回など魔物からしたら、自分達の所にわざわざ食材が二本の足で食べられに来たようなものだ。そんな好機なことはない。


「ナナリーの仕事姿、私初めて見るわ!」


 あちらの受付で用を済ませ、お金を引き取った二人が、私の居る席の前へ来た。


 ベンジャミンは赤い波打つ髪を揺らし、目をキラキラさせながら顔を寄せてくる。

 サタナースは髪の毛を切ったのか、銀色の髪の毛は前よりも短くなっていた。

 二人とも服装は肌を露出させないようなもので、サタナースは青い長袖に長ズボン、ベンジャミンは長めの一枚布に足を通して、半袖に腕当てを付けた格好をしていた。

 破魔士達は依頼ごとに……当然だけれど、依頼に合った服装をしていることが多い。畑仕事類なら軽装、魔物関連なら動き安さも取り入れた重装備で仕事に臨んでいる。


 なので例に洩れずこの二人も、その流れに沿ってそんな格好をしていた。


「その白い制服、なかなか可愛いじゃないのよ~」

「そっちもなかなか、ううん、美人でカッコ可愛いじゃん」

「褒めてもお菓子しかあげないわよ」

「あ、くれるんだ」


 腰にぶら下げている袋から、宣言通り小さなお菓子を取り出して私にくれる。今はとりあえず仕事中なので、ありがとうと言ったあと、椅子の下に布を敷いて置いておいた。

 あとでちゃんと食べさせていただこう。


 彼女は昔から宣言したことは必ずやり遂げる人間で、特に恋愛面に対しての実行力は凄まじいものがある。肝心な時に退いてしまう癖はあるけれども、そんな所も好ましい部分だった。

 今も変わりなくてホッとする。


「でも凄いね二人とも。一晩で直ぐにゴーダさんを見つけたんでしょう?」

「んー、まぁな。依頼書にあった魔物はいなかったから楽だったぜ」

「あの男の人だけど、結構直ぐに見つかったのよ。あの森のもっと奥に行くと湖があるんだけど、そこの近くで倒れていたの。なんだか顔も青白くて一瞬死んでいるのかと思っちゃった。でもちゃんと、私たちの声に反応してくれたから良かったわ」

「それと依頼書の補足に書いてあった通り、一応発見した場所も地図に記しておいたから、あとで見てくれよな」


 聞くところによれば、ゴーダさんはほぼ無傷の状態で見つかったらしいのだが、顔色がすこぶる悪いようだったので、急いで治癒魔法をかけたのだという。傷もないのに治癒魔法が効くのかは判断できないところだったようだけれど、幾らかそれで落ち着いたらしいので、大丈夫そうだと言っていた。

 見つけてからは直ぐにマライヤさんの家へ向かい、ゴーダさんを引き渡したそうだ。

 マライヤさんは安心して腰を抜かしたらしく、しばらくの間破魔士の二人は、彼女ら夫婦についていたらしい。


 何度も頭を下げられてお礼を言われた、とベンジャミンが苦笑しながら言っていた。


 そして陽が上る頃には落ち着いたので、彼女から調印を貰い、ハーレまで来たのだという。

 行方不明になっていた張本人はまだ起きていなかったようで、どこでどうして何があってそんな状態になったのかは聞けず仕舞いだったらしいが、当のマライヤさんも明日ここに来ると言っていたそうなので、その際に聞ければ聞いておこう。


 ちなみにサタナースが言っていた依頼書の補足とは、万が一発見出来た時のことを考えて、その場へ記憶探知をしに調査へ出向くために付け加えていたものだった。

 場所が分かれば魔法を使い、本人に聞かずして経緯も明らかになるので必要な情報になる。

 

「どうせなら魔物退治もしたかったな」

「ナル君は血気盛んでちょっと困るのよねぇ。……そうだ、私達まだ朝ご飯食べてないわよ?」

「ここで食ってくか」

「じゃあ適当に好きそうなの持ってくるわね。席見つけて待ってて」

「ああ」


 食事を取りにベンジャミンが駆けていく。

 その姿を見て、私の前で一人きりとなったサタナースに目を向けた。


「一緒に仕事してどれくらい? ここに来たの初めて見るけど」


 ここで働き始めて半年くらい経つけれど、今まで一度も二人を見かけたことはなかった。

 自分の父は破魔士なのでたまに見かけることもあったけど、二人の姿を見るのは、これが初めてである。


「そうか? 確かに俺らもナナリー見ないなって思ってたけど。昨日はお互い昼に用事があったから、夜に仕事行こうぜってなったんだ」

「なるほど、たまたま会わなかったのかもね。私はまだあっちの受付には座れてないし……。未熟者は私くらいかぁ」


 皆それぞれ頑張って仕事をしている。ニケは女騎士として王子や騎士団長がいる隊で働いているし、ゼノン王子は第三王子として、副団長になる為に日夜忙しい毎日を送っている。

 マリスはマリスで、侯爵家を継ぐために勉強や社交会を頑張っているようだし、ロックマンは隊の隊長にも任命され人の上に立っている。

 ベンジャミンとサタナースは、破魔士として着々と経験を積み、今回のように仕事もパパッと終わらせて人の役に立っている。


 それにひきかえ私は魔法を失敗させたり、ハーレとは別の場所で神経をすり減らしてお城に浸入したりと現状は散々で、落胆しかない。


「でもお前のことはよく聞くぜ?」

「聞くって何を?」

「悩みや相談事も親身に聞いてくれて、貼りだした依頼書には一日も掛からず破魔士の手が付く。だから依頼書を作るときは、水色髪の美女が良いってな。水色髪ってナナリーしかいないだろ」

「……? いや、それはナイナイないって。だって私まだ半年しか働いてないし先輩に付いてもらいながら仕事させてもらってるし。……というかまず美女でもないし。誰かと間違えているんじゃないの」


 そんなことを今まで聞いたことも耳にしたこともない。半年しか仕事をしていないのに、そんな馬鹿な噂が回っていて堪るか。恥ずかしい。

 もしそんな噂を聞いた人が、私を実際に見てガッカリしたらどうしてくれるんだ。思ったより親身じゃないとか、思ったより破魔士が依頼書に食いつかないとか、全然美人じゃないとか色々。

 ある意味風評被害である。


「細かいことは気にするなって。自覚は無いかもしれんが、それだけ頑張ってるってことじゃねーの」


 細かいことも何も、受付生命がかかっているのだから気にしないというのは無理な話だ。サタナースくらい楽観的に考えられたら良いのだが。

 サタナースはいつも飄々としているから、焦った姿とかあまり見たことがない。

 宿題の答えが分からずに、私に何度も答えを見せてくれ見せてくれ、とせがんできていた話しはまた別物だけれども。


「そうだサタナース。どう? 最近は」

「何がだよ」

「二人で仕事してるんでしょう?」


 暗に言えば、ベンジャミンとの仲はどうなのかという事である。

 彼もそれを察したのか、ウ……、と目を泳がせて手を後ろに回した。動揺しているのが目に見えて分かる。


 おおっと? この反応は今までに見られなかった反応だ。

 もしかしてあのサタナースが、ついにベンジャミンを……。

 以前は散々ボンキュッボンが良いとか年上が良いとか色々言っていたけれど、これは……。


 期待たっぷりの目をした私を見て、彼の口元がヒクついたのが分かった。


「あのな、いいかナナリー」

「なに」

「男が女を愛するってのは、この世でい――――――っちばん危険な賭けなんだぞ」


 真剣な顔をして何を言い出すのかと思えば。

 私は相手の目頭に、えい、と二本指を突き刺す。


「イテェ!!」

「賭けってねぇ。遊びじゃないんだから」

「……っ何言ってんだ。俺の父ちゃんが母ちゃんに殴られながら言ってたんだから間違いねぇよ」


 お前が何言ってんだ。


「じゃあ何よ。ベンジャミンに好きとか付き合おうとか言われても、まだそんな気にはなれないってこと?」

「それはまぁ……どうだろうな」

「言っておくけど、ベンジャミンがサタナースのせいで泣いて泣いて泣きついてきた時には、ロックマンにやってきた以上に身も心も氷で凍らせに行くからね」

「……女の友情が一番の敵だな」

「なんか言った?」

「なんでもないです」


 あらぬ方向を見るサタナースに目を据わらせたが、ベンジャミンがおーい取ってきたよー、と朝食を持ってきたので話は中断した。

 助かったとばかりにホッとする彼を見て、この二人が良い仲になりサタナースが折れるのも、そう遠くはないと感じる。


「何話してたの?」

「ベンジャミンとの仕事は捗ってる? みたいな」

「失礼ねぇ。私がナル君の足を引っ張るわけないでしょ」


 なんにせよ彼が彼女を仕事に誘ったという時点で、この恋にはたぶん決着がついている。それを長引かせるのも直ぐに素直になるかどうかも本人次第であり、私はそんなもどかしい彼らを見ながら、微笑ましく見守っていこうと決めた。

 サタナースにはあんなことを言ったけれど、ベンジャミンは泣いたら泣いたで、元凶には自分で鉄斎を下すという性格をしているので、私の出る幕なんかは多分無いだろう。

 ロックマンの色恋沙汰には興味はないが、この二人については別である。



 二人は朝食を食べたあと、今日はもう家に帰って寝たいということで直ぐに帰って行った。このままいたらナナリーとずっと話しちゃいそうだから、なんて言葉を添えて。


 それはそれで困りものだけれど、嬉しいのには変わりない。

次話→20時投稿。

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