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ハーレ就業編・5-6

 彼、公爵の手下(召使い三人)にあれよあれよと真っ白なドレスに着替えさせられた後、私は銀色の馬車に乗せられて王の島まで来ていた。半年ぶりの王の島でそんなに滅多に来ることもないし、状況はアレだし白いドレスが鉛のように重いけど、内心ワクワクしている。空から見る島の景色は変わらず綺麗で、ララに乗って見る景色も良いけれど、こんな感じで馬車から眺めるのも悪くはない。

 でも視界に城が入ってくると、一気にワクワクが減り重い気分になる。憂鬱だ。罰ゲームだ。回れ右をしてここから飛び降りるか何かでもして今すぐズラかりたい。出荷されに荷馬車に乗せられる家畜もこんな気持ちなんだろうか。

 頬杖をついて息を吐いた。


「私と共に城へ入れば問題は無い。多少身体や魔法型を調べられるだろうが、直ぐに済ませられるだろう」


 馬車の中で不安な顔をする私にそう声を掛けると、公爵は馬に向かって止まれと命令する。すると馬車は巨大な城門を背に、ピタリと止まった。

 おお、やっぱりドでかい。馬車の窓に顔を張り付けて外を見たけれど、ゼノン王子の住む真っ白なお城の頂上は、雲に隠れて見えなかった。こんなに近くでこのお城を見たのは初めてなので感動する。重い気分もドレスも幾らか軽くなったし、ありがとうお城。その純で白な見かけは伊達じゃなかった。

 そういえばゼノン王子もこの舞踏会に出席するのかな。けれど第三王子なので、いたとしても声なんて掛けられないのだけれど。




「あらアナタも?」

「今夜は楽しい夜になりそうね。この日の為に特注で作らせたのよ」

「我輩の仮面はどうじゃ、似合っとろう」


 お城の前に到着すると、そこには既に仮面をつけた人達で溢れかえっていた。城の階段を登っていく人達の中には、今日の仮面舞踏会の為か、髪の色が緑の人や紫色の人がいる。仮面の形は皆様々で、目が透け透けに見えていて仮面の役割をしていない仮面や、猫耳の生えた仮面、鳥の羽をふんだんに使っているであろうモッフリとした仮面に、花の刺繍をあしらった仮面、片目しか隠れていない仮面など他色々で個性豊かだった。


 しかも本気で仮面、いやあれはもう仮装かもしれない。


 魔法で頭を鳥にしていたり、豚にしている人など様々で、仮面というより仮装をしている人達がちらほらいた。

 そんな人達の周りには、当然誰も近寄っていない。仮面が本気過ぎて。

 皆怪しすぎるよ。これが皆貴族なのだと思うと、自分たちの国の未来は大丈夫なのだろうかと変な不安が……。


 私は馬車の中にある鏡を使い、自分の格好を改めて良く見てみた。変じゃないかな。

 後ろへ流した焦げ茶色の長い髪、顔の全体を覆うほどの金色蝶々の仮面、控えめなレースで飾られた白のドレスに、踵が高い硝子の靴。

 髪は久しぶりにこの色になった。魔法型が分かってからというもの、水色の髪になってしまっていたので懐かしい気分にもなるし、やっぱりこの落ち着いた色が良い。


 けれど私は公爵に聞きたいことがある。

 これじゃあ私だと分からない上に、こんな見ず知らずの女に本心を話してくれるかも怪しいのではないのか、と。公爵には仮面舞踏会というものは素性を隠して行うものだと聞いていた。仮面を付けている間は違う自分になりきり、正体を隠して見知らぬ相手と踊り明かすのだと。


 公爵はその仮面舞踏会の仕組みを利用し『息子を見つけ、意中の女性がいるのか等聞いてほしい』と言ってきた。見ようによれば親バカに見える。ううん、親バカだ。息子の恋愛事情が心配で仕方ないんだ。

 私としては別にそれだけなら構わないのだけれど、まずそのロックマンを見つけ出さない事には話が始まらない。だいたい、見ず知らずの女に、好きな方はいらっしゃるの? と聞かれても適当に答えるに決まっているのに。

 まぁもっとも、私だと分かったところでロックマンが本心を話してくれるという事でもないのだけれど。

 私の顔全体は仮面で覆われているし、髪も焦げ茶色。私が誰であるかは仮面を取らない限り誰にも分からない。

 何度も思うけど、私じゃなくてもよくないか。

 誰がやっても同じだよこれ。

 


 一方で、隣にいる公爵の仮面姿を見る。

 言っちゃ悪いんですけど、正直、ただ仮面をしただけですよね。だって顔の上半分が銀の面に隠れているだけだもの。元の姿を服装も含め知っている私からしたら、何も隠していないのと同じである。顎髭見えてるし。

 仮面て何よ。どこを隠してるの。何を隠してるの。あの本気で仮装をしている人達を見習ってください公爵様。あの人達の仲間になりましょう。

 

 そうこう考えているうちに公爵に手を引かれて、私は馬車から降りる。


「お待ちしておりましたよ、ロックマン公爵」


 するとその場に居た貴族たちが、馬車から降りた公爵に気づいて近寄ってきた。仮面をつけているのに数秒でバレるとは、やっぱりあの仮面は仮面の役割を果たしていないのだと思う。


「ミハエル様のところのご婦人はもう城へ?」

「仲が良いのでね。今日も楽しそうに一人で飛んで行きましたよ」

「ロックマン公、我輩の仮面はどうじゃ。似合うか? 似合うか?」

「似合ってますよマタルダ候」


 ……しかし。

 慕われているのか、けっこうな人数が公爵へ話をかけてくる。皆仮面をつけたままで。あの本気で仮装をしている人も声をかけてくる。こんなので判別できるのだろうかと思ったが、本人は分かるようで適当に相槌を打っていた。凄いな公爵。私はもはやすべての人間が魔物にしか見えないよ。

 すると隣にいる私が気になったのか一人の男性が、こちらの女性は? と公爵に問いかけてきた。私は何と言ったらいいか分からずだんまりになってしまったが、公爵が『妻の遠い親戚の伯爵の娘』なのだと言ったので、それに私もうんうんと頷く。彼等もそれに納得したのか、そのまま公爵と私を囲んだまま城の中へと足を進めて行った。実際のところその親戚という人には私くらいの娘がいるのだそうで、前を歩いている紳士やご婦人には、今日は一人で来たのか、ご両親は元気なのか等色々聞かれる。それこそ私は分からず曖昧な返事しか出来なかったけれど、私へ来るほとんどの質問を公爵が受けてくれていたのでなんとか騙せた。


 というかこう言っては何だけど、ちょいと緩すぎやしませんか。もうちょっと疑っても良いんじゃないのかな。なんで公爵の言うことをすんなりと聞いてしまうんだ。


 騙せているのは良かったが、ロックマン公爵が何故か恐ろしく見える。周りの人を簡単にひれ伏させてしまうような、例えがあまり見つからないのだけど、そんな感じで。催眠術とかかけて無いよね。私ももしかして知らないうちに催眠術にかかっていたりしないよね。

 試しに術解除の魔法を唱えてみるけど、何も変化はなかった。良かったのか悪かったんだか。


 城の中に入ると、楽器隊が演奏しているのか、音楽が何処からか聞こえてくる。

 卒業パーティの時とは全然違う雰囲気。本当の舞踏会へ私は足を踏み入れているのだと実感する。卒業パーティが劣っているとかそんなのでは無く、なんか本当、やばい所に来てしまったんだ、と感じるくらい高級感に溢れていた。来城している人達も含めて、私の横にいる人も含めて。


「招待状をお渡しください。爵位証明書もお願いいたします」


 城の大広間らしき所へ入る前に、軽く身体検査をされた。身体検査とは言っても一度魔法を解かれて素顔を晒され、警備にあたる騎士に顔を見られるだけ。でもそんなことをされたら私がその親戚の娘ではないということがバレてしまう。

 けれど私の素顔を見た騎士は、お、と声を出すとお辞儀を私にしてそこをすんなり通してくれた。

 ……そんな馬鹿な。

 そして爵位を証明するものだけれど、いつの間に私専用の証明書を作っていたのか、公爵が自然な振る舞いで『この娘の証明書だ』と言って騎士に手渡した。どこからそんなものを! と思いながら黙って公爵を見るが、片目を瞑って笑われる。

 これ親子だよ。蛙の親は蛙だった。蛙の子も蛙だった。



 そして舞踏会の会場、城の大広間へ無事に着いた。

 仮面渦巻くシャンデリアが輝くホール。女神や天使の彫刻が施された壁に、天井のほうは鏡張りになっていて、下にいる自分たちの姿がそこに映っている。だからか天井を見上げると隣にいる公爵の脳天が良く見えた。

 どれどれ、薄毛の心配は……なんだ、見る限りまだまだあれはハゲそうにない。私のお父さんより随分と毛根がぎっしりつまっていて、つむじが埋もれるくらいの量である。羨ましい。あの髪の毛をお父さんに分けてあげたい。


 ふと天井を見上げている私と、鏡越しに公爵の目が合った。

 しまった、見ていたのがバレた。


「そ、そういえば、公爵夫人はいらっしゃらないのですか?」

「リーナのことかい? 彼女ならとっくにここへ来て、妃殿下とお茶でもしてるよ」

「妃殿下と……」


 もう何もツッコまない。


「そうだ、今更なんだがお嬢さん。ダンスは踊れるかい?」

「円舞曲なら、多少は」


 マリスから強制的に覚えさせられた記憶がある。


「そうしたら最初は踊らないほうがいい。ステップが激しいものもあるから控えておくといいよ」


 舞踏会なんだから踊るなんてことは当たり前なのに、舞踏会にはダンスが付き物だということをすっかり忘れていた私にはありがたい言葉だった。

 というか受け付けのお姉さんを目指す私にはダンスという技は無用な上、そこら辺の一般人が覚えるものじゃないし。


「アルウェスがどんな仮面をつけているのか私は知らないのだが、良く見て探してくれ」


 この見つけ会いは二人とも話しは聞いているようで、お互いなるべく見つけにくい仮面を付けるようにと言われているらしい。

 そんな見つけにくい仮面を付けたロックマンを探すなんて芸当を、私がこなせるとでも思っているのだろうか。


 本来舞踏会というものは、独身の男女がダンスをする場。しかもただ踊るだけでなく、若い娘と貴族の息子たちのお見合いを兼ねている。

 社交界初舞台の令嬢たちが、将来の夫を見つけるためにドレスを着て、めいいっぱいのおめかしをする場でもあるのだとマリスなんかからは聞いていた。

 ならば今日の舞踏会は、あの二人にしてみればお見合いの最終局面にきているという感じなのかもしれない。


「立食式になっているから、お腹に何か入れていてもいいよ」


 立食式!

 公爵が指をさす方向には、確かに立食式の食べ物が置いてあった。芳しい香りが途端臭覚を刺激する。よもやここで夕飯にありつけるとは思っていなかったので、静まっていたお腹の虫がふたたび鳴ろうとしていた。なんて美味しそうなの、あの色とりどりのデザートにお料理。きっと国一最高に美味しい料理に違いない。だってここは王様のお城なんだもの。

 公爵は『じゃあ楽しんで』と言うと、料理の方へ向かう私を送り出して違う貴族の輪の中へ入って行った。いや、あの、楽しんでと言われても。


 急に一人にされてどうしようかと一瞬怖じ気づくけど、それより何より空腹を満たすことが先決だと身体は判断したようで、そのまま会場の端にある料理へ一直線に進んだ。

 料理の回りにはシェフらしき人が二名程いるだけで、仮面を付けた人、つまり貴族の誰もそこに近づいてはいない。何でだろう。美味しそうなのに。

 私はお皿を貰って一人パクパクと口にお肉や野菜を詰めていく。


「わ、これ美味しい」


 顔を覆う仮面が邪魔だけど、上手く口へ運んで味わった。


 さて、これからはこの場所からロックマンを探すことにしようかな。

 フォークを片手に視線を張り巡らせる。

 会場では下手に魔法は使えず、使ったら警備の騎士に強制退場させられてしまうらしい。あの仮装している人達や私みたいにただ変身しているだけなら構わないらしいのだが、飛んだり何かを引き寄せたり暴きの呪文などを使って人を探したり何かするのはご法度なのだという。

 背の高さで判断するしかないのかな。とはいえロックマンのように背の高い男性は多いし、あっ、と思ってもあの動物の頭をした鳥や豚の紳士だったりと全く違う人ばかり。

 それにやはり普通に仮面をしている男性のほうに、女性も心置きなく近づいている。そりゃそうだろう。怖くて近づけないよあんなの。

 しかしロックマンを探すなんて言ったってどう……。


「アル様、素敵な仮面ですわ」

「君こそ似合っているよ」

「今日は楽しみましょうね」

「私仮面舞踏会なんて初めてですから、お手柔らかにお願いします」


 どこかで聞いたことのある、私が苦手な声。

 アル様て。


「仮面をしていても君達は美しいね」


 なんと簡単に見つかった。

 というか真後ろにいた。

 バッと振り向いて見ると、そこには数人の女性に囲まれたロックマンの姿がある。仮面は公爵と色違いなだけの顔の上半分しか隠していない物を付けていた。公爵は銀でアイツは黒。

 髪は昼に会った時のように一つに結っていて、いつものロックマンがいつもの姿でいつもの口説き文句をいつものように吐き、仮面の意味を果たさない仮面を付けているだけ。

 あれはどう見ても誰が見ても奴だと分かる。


 もしもし! 公爵様!

 おたくの息子さん、言いつけ守ってませんよ!


 ロックマンだとバレバレなアイツの周りには淑女の皆様が集まっている。もちろんカーロラ王女もだ。さっき公爵が王女の絵姿を見せてくれたので、直ぐに分かった。ロックマンと同じ金髪で、巻き髪。太陽を知らないような白い肌。華奢な肩。そして大きな、胸。私には無い豊満な胸。

 彼女を見た途端、私の姿勢がいつもより良くなったのは気のせいだと思いたい。絶対違う。無理なんかしてないから私。


 でも待って。公爵は確か、


『お互いを見つけ会えたら』


 と言っていた。


 覚え間違えでなければ、これはもう婚姻確定ではなかろうかと思う。簡単過ぎるかくれんぼとはいえ。お互い見つけにくい仮面を付けるようにと言われていたらしいのに、蓋を開けてみれば、その二人ともがお互いバレバレの仮面を付けている。意味がないじゃないか。

 逆に考えれば、二人は好き合っているとも考えられる。


「アルウェス様、お久しぶりですわ」

「マリスも来てたんだね。元気?」

「あら当然でしてよ」


 あれ、見覚えのあるキャラメル色の髪の毛。しかも赤い真っ赤なドレス。

 マリス嬢がいる。

 相変わらずロックマンを囲む輪の中に入っていた。声をかけたいが、かけられないこのもどかしさ。ちくしょう。今すぐにこの状況を知らせたい人第一位に君臨する人物なのに。そしてアイツに一番近い。

 マリスの横にいる人、アナタの恋敵でいらっしゃいますわよ!

 

「アリスト様、お久しぶりです」

「君は確かルーデルの」

「はい、テディです」


 マリスに念を送っていた私の耳がピンと立つ。

 ん? 今アリストと聞こえた気がする。アリストって、アリスト博士?


「研究は……」

「いや、それについては……」


 どこからだろうと、耳を澄ませて言葉を拾ってみると、右側の方から聞こえてきた。

 横目でそっと見てみれば、左目の周りだけを緑の仮面で覆った白髪混じりの小太りの男性と、すらっと背の高い灰色のドレスを着た茶髪の女性が、グラスを片手に二人で話し込んでいる姿がある。女の人の声でアリストと言っていたので、彼処の人に違いない。

 アリスト博士の姿は、以前一度だけ見たことがある。学校に講師として来てもらった時だ。あの論文(元人間の魔物についての)を出したあとのことなので、六年生の時。その時もお腹がぷっくりと出ていたので、あの頃から減量に成功していなければ、私の視線の先にあるあの空気を入れて膨らませたような腹はアリスト博士のものである。

 けれどなんでこんなところに博士が。でも確か博士は貴族の出で、なんとかっていう伯爵だったような気がする。はて。どうだったかな。でもそれならここにいるのも頷けるし、というか私よりここにふさわしい人間だ。

 その二人を熱心に見ていると、誰かに肩をトントンと叩かれた。

 なんだ、今私は忙しいんだ、邪魔しないでくれ、と思いながら振り向くと、私の横にはあの豚の仮装をした紳士(とりあえず紳士)が立っていた。瞬きを数回した後、ヒッと肩が上がる。豚の頭をした人間に肩を叩かれるなんてことは人生でそうそう無い。


 けれど私と同じく皿を持つ姿に、あ、仲間だ、と妙な親近感を感じた。飯食い仲間だ。


「はい?」


 しかし叩かれたものの、相手が何の言葉も発さないので自分から声を掛けてみる。豚のつぶらな瞳が私を見ていた。本物そっくりで質感も似ている。白い産毛が桃色の肌から生えていた。

 目と目を見合わせる私達はそのままお互いピクリとも動かない。その間にも雅な音色を背景に周りの貴族達やロックマン達は会話を弾ませていた。

 どうしたんだろう。いくら豚の仮装(仮面?)をしているとはいえ、人間の言葉を話せないわけではないだろうに。

 はっ! まさかそこにあった最後の一つの兎鳥の肉を取った私の皿を狙って……!?

 豚は草食だろう!!


金色(こんじき)の蝶の君。そちらの兎鳥、お好きなんですか?」


 なんて失礼なことを考えていたら返事があった。柔らかい男の声。

 豚の紳士は私の持つお皿へ向けて指を差す。

 その金色の蝶の君とは、もしかして私の事を言っているのだろうか。

 いいえ豚の紳士様。私はハーレの受付嬢……見習いのナナリー・ヘルと申します。金色でも蝶でも貴族でもありませんのよ。

 なんて言えるわけもなく、肩はムズムズするし、蝶の君ってなんか小っ恥ずかしい。


「え?」

「先ほどからそればかりを食べていらしたので、好物なのかな、と」

「あ、ええ、はい。好きです。とても」

「やっぱりそうですか。私も好きなんです、美味しいですよね」


 何かと思ったが、さっきからこのお肉ばかりをバクバク食べていた私が気になっていたようで、つい声を掛けてしまったのだという。

 舞踏会であんなにお肉を食べる方は初めて見ました、と驚かれてしまった。

 え、そうなの? 普通食べないの? だってこんなに美味しそうな、いや美味しい料理がたくさんあるのに。テーブルの横にいるシェフらしき人だって、ニコニコして私に、こちらはいかがですか? って勧めてきてくれたりしているのに。私ってそんなに食べていたのかな。

 ふとお皿を見ると、さっきまであったお肉がもうなくなっていた。と同時にお肉の塊が喉をゴクリと通っていく。あら、いつの間に。

 確かに食べ過ぎかもしれない。


 そうしていると、会場が一際ざわつく。

 どうしたのかなと首をキョロキョロさせる私に、豚の紳士が国王様の挨拶だそうですよ、と教えてくれた。


「静粛に」


 広間から上の階へと続く、白い階段の先にある黄金の王座。

 そこから立ち上がり、私達を見下ろしているドーラン国王陛下。ゼノン王子の父親だ。

 ゼノン王子へ遺伝した黒い艶のある髪に、口ひげの似合う体格の良い王様。黒い軍服に赤いマントを羽織る姿は、どこの国王様より頼もしく見えた。仮面をつけた貴族達に将来の不安を煽られていた私だが、この国王様とゼノン王子達がいるような国なら安心かもしれない。


「みな今宵は姿を隠し、しがらみのないトキを過ごしてくれ」


 国王様が声を響かせると、背景で流れていた音楽が大きくなる。

 大広間の中心が空くと、そこへ一組二組と次々と仮面をつけた男女が踊りだした。

 公爵の言っていた通り、けっこう激しい動きをしていて、お互い手を組んで見つめ合いながら―――早足で右へ行ったり左へ行ったり後ろへ行ったり、その場で飛び跳ねたりと暴れ……踊っている。


 あんなダンス、あったんだ。


 と今度は違うお皿にデザートを乗せて、その光景を眺めた。テーブルの横にいたシェフが、此方はどうですかと新しいものを勧めてくれる。いやはやありがたい。美味しいよシェフ。これお持ち帰りできませんか。

 豚の紳士はまだ横にいた。お皿には料理が乗っている。食べないのかな。

 

 とりあえずまぁいいかと、本来の目的である奴と王女の動きへ目を向けた。

 相変わらず仮面をつけた淑女たちに囲まれているアルウェス・ロックマン。一人が踊りましょうと声を掛ければ、また一人が私と踊りましょうと腕を引っ張っている。マリスも負けじと声を上げていた。今日は仮面をしているから無礼講なのだろうか。あんなに積極的だとはしたないだとか何とかマリスは言っていた気がするんだけど。

 王女も傍にいる。というか他の人達、あれが王女だって分かっていないのかな。

 


 さぁどうやって奴に近づこうか。

 公爵が言うには、最後の曲、つまりラストダンスを二人が踊り終えたら婚約を成立させるらしい。なんでも、ラストダンスというものは特別なものらしく、意中の人や恋人、夫婦同氏、両想いの相手と踊るというのが鉄板なのだという。

 踊るというか、探るとしたら早めに行った方が良いのかもしれない。


「アリスト博士、いえヒューイ伯爵。お久しぶりです。フォデューリです」

「おお、フォデューリ侯爵ですか。いやその仮面ですと、誰が誰だか分かりませんな」


 するとデザートの最後の一口を頬張る私の隣で、なんと豚の紳士とあのアリスト博士が会話をし始めた。


「ブッ……げほ」


 思わずデザートを吹きそうになり、堪える。


 ちょっと待ってよ、どういうことよ一気に来すぎだって。あっちもこっちも気になってしょうがないじゃないか。

 うああぁ~もう!私が二人いれば効率良く情報を集められるうえに、目的も容易く遂行できるというのに……今度は双子の魔法でも覚えようかな。絶対役に立つ。


「このような所に一人でおられるとは珍しい」

「この仮面ですから無理もないですよ。それにこちらの女性と話していましたので一人ではありません」


 さらっと皿を戻そうと(ダジャレではない)した私の手をとって、豚の紳士が博士にそう言う。ぼっちじゃないのを隠したいがために私を使うのはやめてくれ。良いじゃないかぼっちだと堂々と言っても。私もぼっちなんだから気にするな。

 

「そちらの女性かい?」


 アリスト博士が私を見ている。


「え、と……」


 この機会を生かすも殺すも自分次第。

 掴まれた手をさりげなく豚の紳士から離してもらい、私はアリスト博士に向き直って軽く会釈した。


「失礼ですが、あの魔物研究をされているアリスト博士ですか?」

「ええ。今夜はこんな格好をしていますがね」


 恰幅の良い笑いをする。


 博士のことが気になって仕方がない私は、話が出来るという誘惑に負けた。


「名は隠さないので?」

「元々隠すつもりはなかったのでね。仮面も片目だけですから、誰が見ても私だと分かるでしょう? なのに名を隠すのも変だと思ってね。貴女のほうは、今夜は違う誰かになられているのかな?」

「え、ええ。恥ずかしながら」

「では何とお呼びしましょうか。フォデューリ候爵は彼女を何と?」

「金色の蝶の君、と、私は呼ばせていただいていますよ」

「なら私もそう呼ばせて頂こう」


 私のあだ名が決まった。

 というか何この貴族の高貴な遊び感。滅茶苦茶恥ずかしいし、仮面してて良かった。たぶん私の顔は今凄い真っ赤だと思う。

 ならばそうしたら私はこの豚の紳士のことを豚の紳士様と呼んだほうが良いのだろうか。あだ名だもんね。

 それとも先程彼が自分で言っていたフォデューリと呼んだほうが良いのか……。

 って待て待て。何でこの二人とずっと絡む気満々なの私。

 けれど私へ声を掛けてくれて内心よっしゃ! と両手をあげている。今ならあの激しいダンスが踊れるかもしれない。


「私のことは、ヒューイ伯爵と呼んでくれたまえ」


 一人悶々としている私にアリスト博士、もといヒューイ伯爵は自分の仮面を付け直すと、私へ手を差し出してくる。

 貴族は名前が沢山あるから覚えるのも大変だ。記憶力は良いほうだから苦ではないけれども。

 私も握手をしようと手を出した。しかし手は握られることなく、下からすくい取られて手の甲に口づけをされた。


 貴族!


「今はフォデューリ侯爵と新しい研究について話していてね。彼にはたまに意見を貰ったりしているんだ。仕事終わりに来てくれたりと世話になってる」


 じゃあこの豚の紳士も研究をしているのかな。

 私は博士から手を離されたあと、隣のその人をじっと見つめた。


「あの、一つお伺いしても?」

「なんだい?」

「ヒューイ伯爵が去年出された論文なんですけど、あの元人間の魔物は他にもいる可能性はあるのでしょうか」


 ハーレに来た依頼のことや自分のことは話せないので、遠回しに聞いてみる。この人なら研究をしている張本人だし、何より魔物関係のことなら下手にうんちくを知っている人達よりも相当詳しいはずだ。ここで会えたのも何かの縁だと思うので、聞きたいことを色々聞いてみようじゃないの


「どうだろうね。むやみやたらに魔物を捕獲して一体一体調べるのも骨が折れるんだ。今のところあの論文に乗せた魔物以外見つかってはいないよ」

「そうですか……」

「金色の蝶の君は、そういうのに興味がおありなのかな?」

「え、ええ。魔物がどう生まれてきているのかも気になりますし、それに正体を暴かなければ抵抗する術も見つかりませんもの」


 口元に手をあててオホホと苦笑いをする。

 貴族の女性がそういうものを興味深そうに聞くのは、あまりよいことではないのかな。貴族と言っても今は庶民が貴族に成り済ました張りぼてペラペラ貴族なのだけれども。

 この姿で聞き込むのは得策ではなかったのかもしれない。こいつは本当に貴族の女なのかと疑われてしまう。


「そうだ。もしよろしければ今度、屋敷に来てみますかな?」


 しかしそんな心配を余所に、私の成り済まし貴族作戦は見事成功を納めていた。

 私ってば結構演技派なのかもしれない。


「私の研究はあまり人様から好かれるものではなくてね。どちらかといえば非難もされる」

「? 何故です? 魔物について貴方が研究してくれているおかげで、助かっていることもありますのに」

「ヒューイ伯爵の事をそう思ってくれる人もいるが、そうでない人も同じくらい世間にはいるんだよ」

 

 豚の紳士がお皿をテーブルに置いて、グラスを片手に持つ。


「それを承知でやっているから、私はとやかく言わないよ。蝶の君のような方が一人でもいると分かれば良いことだ。いつも屋敷の研究室にいるから、時間があったら訪ねておいで。『金色の蝶の君』と言ってくれれば喜んで門を開けよう」


 博士はでっぷりした腹をぽてぽてと撫でながらそう笑った。屋敷の場所や、庭師の名前までこと細かく教えてくれる。

 いやいや笑ってる場合じゃないってば。なんで仮面をつけて正体も分からない小娘にそんな事を言い出すのだろうか。そこまで言ってもらえるのは嬉しいし、ただの社交辞令だとは思うけれど警戒心というものが皆無な気が……。ロックマン公爵もそうだし、いつか誰かに騙されそうで心配になった。

次話→明日午前二時。

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◎魔法世界の受付嬢になりたいです第3巻2020年1月11日発売 i432806
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