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ハーレ就業編・5-5

「じゃあゾゾさん、すみません。よろしくお願いします」

「良いのよ、私は今日も暇だしね。お疲れ様」


 ロクティス所長には自分が報告書を出すからと、ゾゾさんが私を一足早く退勤させてくれる。別にそこまでしなくても大丈夫なのだが、ありがたい申し出なのでお言葉に甘えた。



 ハーレの外に出た私は、ララと共にロックマン公爵邸へ向かう。


「ちょっと暗くなってきたね」

「ナナリー様、背中にお乗りください」

「ありがとう」


 魔法陣は使わない。失敗が怖いからではなく、そこに誰が居るかも分からないのに転移は出来なかった。それにこっそり来てもらいたいようだったので、七色外套の魔法をララと自分に掛けて空を飛ぶ。


「じゃあ西に向かって飛んでもらっても良いかな」


 フワリと脳が浮く感覚と共に、空へ舞い上がる。

 公爵邸は、今回の件でだいたいどこにあるのか分かった。

 王の島の下、西側だ。

 マリスには、ああでこうで、と屋敷の場所やどれだけ凄いのかを学生の時に話されていたけど、彼女には悪いが砂粒程にも興味が無いので聞き流していた。

 知りたくもない情報だったけど、ハーレへ帰るために公爵邸の外に出た時、島が東側に見えたので嫌でも分かった。

 それに屋敷がデカい。庭には噴水や花園の迷路があり、広く、まるで小さなお城のようだった。初めて目にした屋敷の全貌に、思わず口を一文字に結んでジッとてっぺんを見つめたものだ。

 

 それに比べて私の家。私の家はその庭の四分の一の広さも無い。あれは明らかに他の貴族の屋敷とは違う。貴族の屋敷なんてそんなに見たことは無いけど、あんなに大きくはないだろう。もしあんなのが何件も建っていたら、この国には国民の住める土地なんて微塵も残っていない。

 

 こんな所まで競うつもりはないので、こんなに家は大きくなくていいや、と思った。








 ハーレから目的地までの距離は、それほど遠くない。歩けばそりゃ時間はだいぶかかるけど、使い魔に乗って行けばそれほど時間はかからなかった。


「ここで良いのかな」


 屋敷周りをグルリと旋回し、ロックマン公爵邸の裏に着く。

 裏とは言っても建物、屋敷のすぐ後ろではなく、囲いの外のまた柵の外だけれど。屋敷が遠く見えるし、言い知れぬ疎外感が半端ない。実家の三件先にあるおばさん家の方がまだ近い。何だ此処は。


 裏側は人通りの少ない、寧ろ何もない所だった。少し歩けば民家が見えるけど、辺り一面緑が広がっていて、鈍色の細い道が横に続いている。


「ナナリー様、本当に頼み事を聞くのですか? あのロックマン様の御父上ですのに」

「……まぁね。普通あんな所に無断で入ったら大目玉喰らうところを、笑顔で済ましてくれた上に、頼み事一つでチャラにしてくれるって言うんだから」

「ですが王宮の舞踏会ですよ? こっそりなんて怪しすぎます」

「そうかなぁ」


 ここへ来るように言われただけなので、ララとおしゃべりをしながら待つ。

 来たのは良いけれど、本当に具体的な事は何も言われていないので、どうしたら良いのか分からない。というか裏が広すぎて此処で良いのかも迷う。明星の鐘もあと数刻すれば鳴るというのに。

 隣にいるララにもたれかかる。触り心地の良い毛並みに顔を埋めて、う~ん、と目を瞑った。仕事の後は妙に眠たくなってしょうがない。もう完全に沈もうとしている太陽を瞼の裏で見守った。


「今日は魔物の件もありましたし、疲れていませんか?」


 そんな私を見て、ララが頬を舐めてくる。


「ううん。私は大丈夫だよ。そんなたいしたことはしてないし。それより心配なのは、依頼人のマライヤさんのほうかな」

「……確かに、そうですね」

「私はこんな風に目を瞑れる余裕があるから良いけど、マライヤさんはきっと眠れてないんだと思う。目の下に隈があったし」


 正直、心身共に疲れているのだと感じた。


「魔物は「やぁ、お待たせして申し訳なかった」


 男性の渋い声が会話をさえぎる。

 七色外套の魔法を解いていた私たちの前には、先刻約束を交わした相手、ロックマン公爵が立っていた。


「こっ」


 私は急いでララにもたれていた身体をシャキッと起こして、お辞儀をする。なんとだらけた姿を晒してしまったんだ。口が悪い上にだらしない人間だと認識されてしまう。もうこれ以上人様に残念な印象を持たれるのは嫌だ。


 公爵は燕尾服を着て、藍色の杖を地面に突いている。

 全然待ってないですと首を振る私に彼は、なら良かった、と笑顔を見せると、此方に来なさいと言い屋敷に通じる道を開けてくれた。突然柵が消えて現れたその道にビビりつつ、私は大人しく彼の後について行く。

 道は堂々と屋敷の庭を通っていて、こっそり来たのに意味がないんじゃないかと思った。というか誰にバレたくなくてあんな風に言ったんだろう。

 それとなく大丈夫なんですか、と聞けば、屋敷の者は召使い以外出払っているからと返ってきた。

 召使いには見られても良いのか。


「え、御屋敷の中に入るんですか?」


 連れて来られた先は、屋敷の中へ入れる扉の前。そこを開けて中へどうぞと言われた私は戸惑う。一体私は何を……。


「あのう、すみません。確かめたいこととは、何なのでしょうか? 私は何を?」


 心配になって聞いた。


「そうだね……。ここなら誰もいないから良いだろう」


 私が中へ入ると、そこは赤い絨毯が敷かれた部屋になっていた。けれど寝台や本棚、テーブルなどは置かれていない。大きな衣装箪笥? みたいなものが部屋の真ん中に一つと、それと同じく大きな鏡が壁に貼られているだけの、殺風景な部屋だった。それと青色の制服を着た召使いと思わしき三人の女性がいる。誰もいないって言ったのに、さっそく人がいらっしゃいますけど。

 なんだここ。貴族ってこんな部屋で過ごすのかな。貴族の好みは分からない。


「実は息子のアルウェスとシーラ王国第四王女カーロラ様の婚姻をと、国王からお達しがあってね。」


 ポカンとしている私をそのままに、公爵は扉を閉めて話を続ける。


「婚姻ですか? そうなんですか」


 王女様と婚姻ですか。

 そうですか。王女様と。


「……え? こ、婚姻ですか!?」


 婚姻?

 誰が? アイツが? 

 アイツが王女様と婚姻!?


「アイツ、あっアルウェス様が、あれ、マリス!!」


 まっまままままマリス! マリス大変だ!!

 マリスの好きな人が婚姻だよ!! ちょ、マリス!!


「マリス? あぁ、あの美しいキャロマインズ侯爵家の令嬢だね。息子を気に入ってくれているようだが……。私達は王族の端くれみたいなものだから、しょうがない」


 私の頭にはマリスという言葉がひしめき合って波を打っている。アイツがどうなろうと知ったこっちゃないが、あのマリス嬢が瞳をキラキラさせてお婿さんにしたがっていたのを近くで見てきた私は、彼女のことが心配で仕方がない。

 というか待って。今王族の端くれとか何とかとか言っていた気がするんだけど、どういうことなの。え、何、何なの。

 目を点にしている私に気づいたのか、あぁ私は現国王の二番目の弟なんだ。なんて爆弾を落としてきた。

 王様の、弟?

 二番目の弟って、もちろんそういう意味での弟だよね。

 じゃあ王様は、つまりあのロックマンの伯父にあたるわけで、王様の甥っ子なわけで、その王様の子供であるゼノン王子は奴のいとこにあたるわけで。

 そしてロックマン公爵は、元王子様だということになる。

 もしかしてマリスがあんな風に私に『敬語ですわよ! け・い・ご!』と口調を気を付けるように言っていたのは、そういうことだったのか。

 ゼノン王子との仲が良いのも、それだと頷ける。

 いやでも、いきなりそんなことを言われても。

 今まで魔法の勉強しかしてこなかった私だが、貴族についてなんかの勉強は学校ではやらないし、一般常識では現国王様の名前やその子供の名前しか習ってはいなかった。


 しかし私のような者にこんなことを話しているのだから、マリスあたりなんかはもう知っているのかもしれない。

 貴族の間では認知されていることなんですかと聞いてみる。

 すると、いいや、と首を振られた。

 知っているのはごく一部の人達だけなのだという。もちろんそのごく一部の人間の中には、お嬢さんも含まれているよ、と言われた。

 ちなみにキャロマインズ侯爵家は含まれていないそうだ。


 ちょっと何でマリス!!

 

 なんでそのごく一部にマリスが入っていないというのに自分が含まれているのかが、不思議でならない。


「息子は了承しているし、王女もその気ではいるんだが」


 あんぐりと口を開けている私を無視して、公爵は話を続ける。


「私と妻は恋愛結婚でね。今も幸せな人生を送っている」


 お互いが婚姻を了承しているのか。じゃあロックマンも好意は持っているという事なのかな。

 けれどこの話をマリスが知ったらとんでもないことになる。彼女の後ろで炎が燃え盛っている光景しか頭に浮かばない。

 そういえば四年生の時の長期休暇に入る前の噂で、隣の国の王女がアイツに会うためにこのドーランを訪れる、なんていうのを聞いたことがあった。またそんな大げさな噂を、とは思っていたけれど、ドーランと隣接している国は三つ。ナラグル王国、ヴェスタヌ王国、シーラ王国だ。

 あの隣国の王女とは、そのカーロラ様の事だったのかもしれない。

 そんな前から交流があったのなら、密かに愛を育んでいた可能性も否めないだろう。


「だからか……嫌に直ぐ婚姻に了承した息子の本心が、少しね。王女とは何回か会わせたことがあるが、そこで好きになったのかどうかはあやふやだ」


 けれど心なしか、公爵の顔は浮かない。

 自分の息子の婚姻話なら、もっと楽しそうにしたら良いのにと思う。


「あの子は女性との噂が絶えないが、今回は噂どころでは済まない。結ばれれば、公女はこちらへ降嫁する予定になる」

「それで……あの、私は何を?」


 だから私は何をするんだ。


「今夜の舞踏会は、仮面舞踏会だ。カーロラ王女もみえる。そこで国王と、一つ賭けをしているんだ」

「賭けですか?」

「仮面を着けたお互いを二人が見つけあうことが出来たら、私も迷いを消して二人を祝おうとね」


 仮面舞踏会。チラッと聞いたことはあるが、実態はよく知らない。仮面というからには、顔は隠すのだろうが、なんで顔を隠してわざわざ舞踏会を催すのだろうか。顔は見えていた方が良いのに。

 もしかしてその為だけに舞踏会を開くんじゃないよね。

 それ完全に王様ちょっと楽しんでるよね。他になんか方法なかったのかい。


「国王様はそれで良いと仰っているのですか?」

「元々は国と国との結び付きを考えて言い出した事だ。長男のビルは今やルデルク侯爵として領地を収め、ナラグルの第二王女と夫婦となっている。これも王命だが、好きあっていたので何の問題も無い。それに私が亡くなれば公爵号はビルに譲る予定だ。アルウェスはアルウェスで、別の侯爵号を国王から特別に授かっているから、婚姻した後はそのままその領地で暮らすこととなるだろう。まぁ、国王は断って良いとも言っているんだが」

「……? 王命なのに、ですか?」

「あちらから来た縁談なのでね。好きでこちらから申し出たものでもない。国と国との結び付きは大事だが、国民である私達の身が一番だと仰っている。しかし思いがけずあの子が拒否をしなかったものだから、ちょっとね」

「それで、私は何を?」


 聞くのは三回目になる。

 そろそろ答えが欲しい。


「舞踏会に混ざり、息子の本心を聞き出して欲しい」

「……はい?」


 息子の本心?


 舞踏会に混ざって、アイツが王女のことを好きなのかどうかを探れと?

 公爵には失礼だが、ジト目でその顔を見る。

 凄く真剣な顔で話されているので、こんなことを言いたくはないが……。

 

「あの、無礼な発言を許していただきたいのですが、本心なんて絶対聞けないと思います」

「そんなことは無いよ」


 なんだと。どこからそんな自信が出てくるのだ。


「いえいえ無理ですって何言ってるんですか」

「君が適任だと言っただろう?」

「なんで適任だと思うのか、寧ろ私が公爵様に聞きたいくらいです」

「そうだな。お嬢さんが屋敷に入ったから、だとでも言っておこう」

「?」


 公爵はそう言うと、部屋の隅で並んで立っていた召使いを呼んで、私を彼女たちに引き渡した。背中をトンと押されて『頼む』と言われる。頼む? 何を?

 しかしそれは私ではなく召使い達に言ったようで、彼女達はかしこまりましたと彼に言うと、私の肩、腕、腰を掴んで鏡の前に連れて、いや引っ張って行った。


「お嬢様のお肌、お綺麗ですね」

「あらまぁ! 素敵な空色の髪の毛よ」

「可愛らしいお嬢様ですこと!」


「わっ」


 そう口々に言われながら、私は身包みを剥がされそうになる。

 いきなりのことに驚きつつ、脱がされないように制服の袖や裾を押さえた。


「私はお嬢様じゃありません! というか何するんですか!」


 押さえても服は順調に脱がされていき、いつの間にか靴も脱がされていた。

 どういう事だと公爵に抗議をしようとしたが、部屋の中に公爵の姿は無い。

 どこへ行った、あの似非紳士は。


「旦那様から、お嬢様をどこの誰にも負けぬほど美しく可憐な姿へ変身させてくれと任されたのです」

「はい?」

「あらだって、王宮の舞踏会へ行かれるのでしょう?」


 いや行かれるのでしょうって。

 そんな当たり前のように言われても。


「でもあの、私はただの一般庶民ですよ? そんな簡単に舞踏会へなんて行けるのでしょうか。いくら国王様の兄弟の方だとは言え」

「いいえ? 国王様も承知のはずですよ」

「え?」


 召使いの人が、私の下着を剥ぎながらサラっと言う。

 もう脱がされていることに関しては変に抵抗はしない。どっちみちどうにも出来ないのだと薄々感じている。

 けれど王様も承知とは、私はなんて計画に加担しているのだと改めて身がすくんだ。だって王族の事情に関わるなんて、そんな恐れ多いことはしたくない。

 

 なんで、なんでなの。

 私はハーレの受付嬢になりたくて頑張ってきたのに、こんなことをしている暇があるなら一刻も早くマライヤさんの為にも情報を集めてあげたいのに。


「だからお嬢様、大丈夫ですよ」


 だから私はお嬢様じゃない。


 思いとは裏腹に、私の姿は彼女達の手によって変えられていった。

  

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