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受付嬢になれるまで・2

 ドーラン王国魔法学校に入学して早一週間。


 勉強はもちろん今までと違って、物を浮かすだとか動かすだとか初級の魔法ではなかった。

 ここでは戦闘系の魔法、攻守魔法やその他雑学を学ばされている。一年生だからといって初級はやらない。さすが超一流高級料理教室。

 あ、違った。魔法学校。


 ここの魔法学校へ来るまでには、それぞれ皆一定の魔法を学習していなければならないのだけれど、私は村の王国公認学舎に通っていたので、初級なんかは楽勝にできている。

 そうじゃなかったらこんな所に来たりしない。まずできなかったら入学もさせてもらえない。

 一応入学試験というものもやらされるので。







 さて。

 学校に入学して、まず第一印象はどうかと聞かれたら、……キラキラした生徒が多いなぁ、という感じだった。

 なんだか一般家庭の人より貴族の人のほうが多いし、服装も制服ではないので落差が激しいってものじゃない。

 服は家から色々と持ってきていたけれど、比較的動きやすい物をと選んでいたので、見た目はたいして気にしていなかった。

 今日も膝下丈の質素な青いワンピースに、茶色の革ベルトを腰に巻いて登校している。

 このベルトは小道具を引っ掛けたりすることも出来るように工夫してあるので、実用性もバッチリ。


 そう、これが学校に行く時の普通の格好なのだ。

 魔法を学ぶだけなのだから、貴族様と言えどフリフリのドレスや高そうな靴とか履いてくる人なんていないよね、なんて思っていたし。汗もかくだろうし、汚れるだろうし、ないよねって。


 いや正直。

 貴族、舐めてた。


 貴族の女の子は裾の長いドレスを着用していて、種類や装飾は違えど高貴な雰囲気を漂わせている。私みたいに足なんて見えない。私みたいに。

 それにドレスはフード付きのパフスリーブが肩にある可愛い物から、むしろ肩を出しているお色気満載な物まで様々と、私は何かのパーティに紛れ込んでしまったのかと目眩を覚えた。

 男の子のほうも男の子で、ズボンにブーツ、上はシャツにベスト、そのまた上に裾の長い上質なコートなどを羽織っている。紳士服だ、あれは。


 あれ、私は何かのパーティに……。

 げふん、ここは教室、ただの教室よナナリー。


 校舎の中は良い意味で古くさくて、真新しい感じには見えなかった。まぁ、だいぶ昔からあるらしいので仕方がない。

 窓はあるけれど湿っぽく、暑い日には涼しげだけど寒い時にはもっと冷たくなりそうな雰囲気。

 それでも廊下や教室の天井は高くて、なんだか大金持ちのお屋敷のようだった。


 言ってしまえば王様の真っ白なお城がちょこっと薄茶色くなって、ちょこっと劣化したみたいな外装と内装。


 ……いいや、それは言い過ぎかもしれない。

 そこまで豪華じゃない。でも、それくらい豪華な感じはする。

 もちろん良い意味で。


 そんな豪華絢爛に囲まれている私だけれど、私みたいな他の一般庶民の出の存在も忘れてはいけない。

 私だけではないのだ、ひもじい思いをしているのは。

 よれた上衣を着ていた男の子を見かけたし、ここは一つ声を掛け合ってこの取り残された感じを共に乗り越えて行こうじゃないか、仲間として。


 それでもこの教室には、一般が私を含めて二人しかいないのだけれど。


「この俺達が一般庶民と勉強しなくちゃならないとはな」

「あら、でも昔はもっといたらしいわよ? 今では貴族が大半だけれど」

「でも隣の教室なんて、半分くらいは庶民じゃない。庶民も多いわよ」

「どうせならこの教室は全員貴族にしてほしかったですよね」


 貴族の子達の会話がうっすら、どころじゃない音量で聞こえてきた。ハッキリ誰がどう言っているのかが分かる。

 左斜め前方にいる男女の集団だ。


「なんで二人余計にいるんだか、ねぇ?皆さん」


 あちこちから視線が刺さる。

 ふんっ、そんなの私だって思っている。なんでこんなに人数が偏っているんだろう、と。

 隣の教室には一般庶民の人が半分くらいいるのに、私の教室には自分を含めて二人しかいない。どうなっているのこれ。いっそのこと貴族と一般を分けてくれれば良かったのに。

 先生達は何を思ってこんな教室分けを。

 お陰様で、貴族達の格好な嫌味の対象になっている。


「あんな服で可哀想にねぇ?」

「本当、居にくいでしょうに」


 クスクス笑い声が聞こえる。

 くそう、わざと聞かせてるなこんちくしょうめ。

 でも私にはそんなもの効かない。心は病んだりもしない。こんなところで挫けて堪るか。

 それに今に見ていろお前達、成績一番になって『あら、お貴族様じゃござぁ~せんか。あらあら庶民の私より成績が悪いの? あっ、いけない。悪いん、で・す・の?』って絶対言ってやる。


 いつのまにか上位をとるどころか一番を目指す目標ができたけれど、いい機会だ。どうせ上位を目指すなら一番を目指したほうがやる気がわく。

 よし。卒業する頃には高笑いがオッホッホと上手く出来ているようになっておこう。


「はぁ」


 机に頬杖をついて、私は教室を見渡す。

 斜めから、まぁ下品だわ、なんていうお声が上がったけれど無視、無視。


 教室の窓は向かって右側にあり、机は階段みたいに後ろに行くたびに高くなっていく作り。

 教室の天井には、丸い光り物がプカリと行儀よく並んでいるのが見える。あれが照明なようで、随分変わっているなと最初は思った。照明の魔法はいくつか知っているけれど、私が知る限りあんなものは一度も見たことがない。

 たぶん魔法道具の一つなのかもしれない。


 この教室での私の席は、階段を登って二十段目の机がある席だった。結構高さがあって最初は戸惑ったけれど、今にしてみれば教室を一望できて、良い観察場所になっているのだと思う。目立たないし。

 とか言っても、質素な民族衣装のせいで貴族の目は突き刺さってくるのだけれど。


「アルウェス様、あの、そこの庶民を移動させて、お隣よろしいですか?」

「貴女抜け駆けするおつもり!? ロックマン様にお声を掛けるなんて、貴女身分は男爵でしょう?」

「そう言ったら、マリス様こそアルウェス様より身分は低いですわ」

「アルウェス様、マリス様やナーラ様は置いておいて、今度私の屋敷へ遊びにいらっしゃいませんか?」

「ちょっと! 貴女もわきまえて」


 頬杖をついているほうの手で耳を塞ぐ。

 休み時間だからって、まぁキャーキャーとうるさいものだ。つい最近まで通っていた学舎も、休み時間の声は大きくなるものだったけれど、そこの女の子達はもっとキャッキャと可愛げがあったのに。

 なんだか肉食獣の血肉の争いを見させられている気分だ。

 これをさっきの子達みたいに、左斜め前方あたりで好き勝手言ったりやってくれていたら良かったのだけれど、なんと隣だから困っている。

 キラキラのドレスも目に刺さって痛いし、許されるなら目隠しをしたい。


「アルウェス様!」


 女の子が目元を赤くしながら瞳を輝かせて両手を組む。


「どうか私をお隣に置いてはくれませんか?」

「ちょっとマリス様!」


 さて、お気づきだろうか。

 今彼女達は、ある男の子を取り合っている。まるで甘い蜜に群がるように、そこから執拗にくっついて離れなかった。


「そういえば、この前はマリスの屋敷に遊びに行かせてもらったよね? 美味しいお茶をありがとう」

「まぁ、いいえ。またいらっしゃってください」


 マリス、という貴族の女の子がほっぺを赤く染める。

 それを見た女の子達は、どこに持っていたのかハンカチーフを一斉に取り出すと、先っちょを噛んで引っ張り『キィィー!』と悔しげな声を出し始めた。

 私はいかにもな所作に感心する。あんなのやってる人、ここに来て初めて見た。

 一般庶民に対するあれこれはどうかと思うけれど、こう見ている分には笑える所がちょいちょいあるので楽しかったりはする。

 彼女達に言ったら、制裁を食らいそうだから言わないが。


「ナーラ、君の所にも休暇に入ったらお邪魔しても良いかな?」

「わ、わたくしですか?」


 すると、今度は隣の女の子が頬を上気させる。


「ゼルタも休暇近くなったら話そうよ」

「アルウェス様! 楽しみですわね」


 ナーラという女の子を見て鬼の顔をしていた子も、パッと明るくなった。

 変わり身が早いな。もしかしてあれも魔法なのか。


 男の子が、だからまたね、と言うと皆大人しく席に着いていった。

 さっきまで喧しかったのが嘘みたいに、魔法にかけられたように戻っていく。皆ウキウキ気分で。

 

 隣の男の子をじっと見る。


「……」

「なに?」


 なんかコイツ、やっぱり苦手だ。

 見た目がと言うのではなくて、いや、今私に向けている顔だってそうかもしれない。

 さっきまでニッコニコと女の子達に向けていた笑顔は何処へやら。なに? と私に向けてくるその顔。無表情でいけ好かないったらありゃしない。切り替えの早さも恐ろしい。

 別に、こっちにまでニコニコ笑顔を向けられても、それはそれで気持ち悪いのだけれど。


「何ずっとこっち見てるの気持ち悪い。次いでそんな仏頂面してるとブスになるよお前」


 ブチッ。


「……」


 今、頭の血管が切れたのは無視しよう。

 コイツ、見た目は確かに悪くない。悪くないと言うか、世間一般的な意見を言わせてもらえば、かなりカッコいいんだとは思う。

 一般論を言えばだ。


 背も同じ12歳?というくらい不自然に高いし、二つくらいは年上に見える。同い年の子にはあまり見えない。

 黄金のような蜂蜜色の指通りの良さそうな髪、赤い色の瞳、筋の通った鼻、薄い唇、色素が薄いゆえの白い肌。

 人間、目や口など顔の部品の配置次第で運命が決まると言っても良いくらいだと思う。コイツの場合はすべての部品が、誰かが絵を描いたようにうまく収まっていて、所詮『美形』という類だった。どうせ女の神様が、好みの男でも作ったんだろうって言うくらい。

 全身を黒で統一させている服も似合っていて、女の子が好きそうな甘い顔つきだった。男なのに少女のような面影がある。

 でも何より、私にとってコイツは。


「チッ、今に化けの皮が剥がれればいい」

「化けの皮? そんなものは周りにとっくに破れてるし、この態度を知ってて寄ってくるんだ。仕方がないでしょ馬鹿娘」

「このクソ男」


 視線がバチッとぶつかった。歯をギシギシと噛み締める。


 アルウェス・ロックマン。

 コイツを一目見た時から、私はなぜか闘争心を湧かせている。何がそうさせるのかは、あんまり分からないのだけれど。 

 隣の席になったのは仕方がない。先生が決めたことだし、最初はこんなにむかつく奴だとは思ってもいなかった。顔が綺麗な男の子だ、と単純に思ったくらいで。


 でも、それでもどうしてかこの存在に負けられない気持ちが生まれていて、自分でも本当に奇妙な気分だった。

 本能ってやつなのか、これは。

 敵か味方かを嗅ぎ分ける何かがあるのか。

 それに相手も相手で、席が隣になった私に対して開口一番、


『じゃんけんしよう』


 である。


『……は?』


 なんだコイツ、とは思ったが、初対面の相手にどうこう言うほど勇気は持ってないので素直に受けた。それに服装はまんま金持ちの格好その物だったし、下手に怒りは買えない。

 そしてその勝負の結果は、私がグーで相手がパーで、私の負けだった。


『僕の勝ちだ』

『!』


 いつ恨みを買ったのか分からないくらいに、ニヤリとした黒い、どす黒い笑みを向けられる。というか本当に目のまわりが黒かった。

 たかがジャンケンで負けただけなのに、この異様なほどの敗北感。なにアイツ。

 あぁ、とても解せぬ。かなり解せぬ。

 それからしばらく、教室の席に着けば私はじゃんけんを挑んでいた。相手も拒否をしないのでやり続けたけれど、勝敗は私が 53 勝 54 敗で未だ負けている。

 そもそも、なんであの時アイツは私に手遊びで挑んできたのか。


 けれど今の私にとっては、そんなことなんてもうどうでも良い。ただ負けるのだけは嫌だ。

 今思えば、闘争心を湧かせる大半の原因はこの勝負のせいなのかもしれない。

 とにかく、私にはコイツに勉強でもなんでも一切負けたくない、という敵対心が芽生えている。

 絶対に負けるものか。


「あ~あ~、野蛮。この調子で王子にも近づかれたらたまったもんじゃない。別にいいけど」

「どっちだよ!」


 王子になんか近づくか! と叫ぶ代わりにそっぽを向く。

 この教室にはドーランの第三王子も通っている。名前はゼノン・バル・ドーラン。ロックマンが美少年と言われるなら、王子様は男前という感じかもしれない。黒髪黒目で、眉毛も凛々しい。どっちも顔が良いのには間違いないけれど、私はどちらかと言えば王子様の方が好ましい。黒い軍服のようなカッチリとした服装も、勇ましそうで格好いい。

 そして黄金期なのかなんなのか、今年は貴族内でも有力な家の子達が揃っているらしく、女の子は皆キャアキャア騒いでいた。

 私は嬉しくない。


 肝心の王子様はこの席の前に座っている。この王子のファンの子達は、ロックマンのファンに比べて遠巻きに見ているような感じだった。王子ともなると、おいそれと近づくのも勇気がいるのだろう。そして金髪のコイツはその護衛なのか分からないけれど、いつも一緒にいる所を見かける。

 お互い軽口をたたいている姿も、席が隣のためか嫌でも視界に入ってくるので、第三者視点では普通に友達に見える。

 まぁ別に、どうでもいい内容だ。


「なにあの子。アルウェス様と隣だからって話なんかして」

「あの子こそ弁えて欲しいわ」



 クッソ絶対高笑いしてやる! 

 楽しみにしているがいい!

 


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