ハーレ就業編・5-3
※体調不良の為、更新が遅れてしまいました。
申し訳ありません。
魔法陣で森から抜け出した。
速やかに、正確に、森からハーレへ。
「は?」
「…………え?」
抜け出した。
――――――――はずだったのだが。
「……なんで、君」
「ま、待って、ななな何でアンタッ」
しかし何故か私の目の前には……宿敵、憎きアイツがいる。
黒い騎士団の服を着ていて、金色の長めの髪を後ろで結んだ姿のアイツが。目を丸くして間抜け面を晒しているアイツが。
寝起きの顔に水をかけられたような、そんな顔をして。
いや、というか目の前と言うより私は野郎を床に押し倒している形になっていて……馬乗りで。
ちょっと待って、これどんな状況なんだ。誰か説明してくれないか。
水色の長い髪が、押し倒している相手の頬にパラリとかかった。
それが目に少し触れたのか、小刻みで瞬きを繰り返す動きが視界に入る。
「なんで、アンタ」
夢かと思い、とりあえず自分の頬ではなく奴の頬を引っ張って現実かを確かめる。ついでに髪の毛も払ってやった。
確かに感触は本物だ。暖かいし、すべすべのお肌。幻ではない。
それに頬を引っ張っている私の手が、アイツの手に掴まれて動きを止める。掴まれた感覚も本物だった。
「本物……?」
がっしりとしている身体、肩幅は半年前より広くなった気もする。同学年とは思えない成長っぷり。顔は相変わらず整っていて、長めの前髪から覗く赤い瞳には、まるで炎のような熱がありそうなものの、涼やかな雰囲気が漂っていた。
「いい加減、重いよ」
「へ?」
「そんなに僕の上に乗っているのが楽しいのかな? 別に良いけど放り投げてあげようか」
視界に炎がちらついた。
いや、良くないんじゃん。
「―――――――――――いぃやぁぁぁ!」
急いでロックマンの上から退く。
もしかして転移失敗してしまったのか。ならばもう一度、と女神の棍棒を構えて床に叩きつける。
「駄目、待って」
けれど近づいてきたロックマンに腕を掴まれて、あろうことか奴側に引っ張られた。おっとっと、と足で三拍子を踏んで倒れ込みそうになるけれど、どうにかして踏ん張る。危ない。
こちらとしては近づきたくもないのに何をするんだ、と手を振りほどこうとしたけれど、ヒソヒソと聞こえてくる周りからの声が耳につく。
視界の端でちらつく人の気配に、私はゆっくりと目を向けた。
「何ですの?」
「あれは確かヘルではなくて?」
「何しに来たのかしら」
見たことのある女性達。学校にいた子達だ。
「屋敷の警備はどうした!」
パイプを持って叫ぶ、口髭の生えた老紳士。
「あの女性は誰ですか?」
若い男性。
「庶民が乱入してきたのか!」
私の背中に、冷たいものが走った。
何かのパーティだったのか、改めて冷静に周りを見てみれば、綺麗なドレスに身を包んだ令嬢やご婦人、紳士がグラスを片手に綺羅びやかな空間で話している姿が目に入る。
装飾を施した豪華な集合灯が、洋間の天井からいくつもつるされていた。蝋燭の光が硝子に反射してキラキラと輝いている。高そうな四つ脚の白い卓上台には、これまた口に入れるのが躊躇われるような見た目も美しい食事。味は分からない。食べたことも無いようなやつだ。微かに香る花の香りは、女性達が付けている香水? だと思ったのだけど、飾られているハルナデの花の香りなのかもしれない。と思い直す。爽やかで少し甘さのある良い香り。
そして少なくとも、白いハーレの制服を着ている私にはとても場違いな所だった。
やはり魔法を失敗させて、どこか別の場所へ来てしまったらしい。
「ハーレ……じゃ、ない?」
それに複数の、いやこの場にいる人間全員の色々な思いを込められた視線が私に向けられている。
転移したばかりでこの謎の状況にまだ追い付けてはいないが、私はきっと不法侵入者。もしかしなくとも不審者。
だから当然と言っては当然なのだが、そもそも私は何でこんな所に来たのだろう。どこの屋敷なんだろうか。確か行き先をハーレにしたはずで……。
「えっあれ? いない!」
というかゾゾさんどこだ!どこへ行った!?
右を見ても左を見ても姿が見当たらない。うしろを見ても前を見ても同じだった。駄目元で上を見ても、やっぱりいない。
一緒に魔法陣で飛んだのに、もしかして飛んだ気になっただけで森へ置いてきてしまった、なんてことはないよね。
あの化け物がいる場所においてけぼりにしてしまったとか、もしそうだったら笑えない。地面におでこを擦り付けて血が出るまで謝りたい。その前に彼女を見つけなくては話にもならないのだけれど。
「仕事の先輩を森へ置いてきてしまったかもしれないっ。急いで行かなきゃ」
それに肩に乗せていたララも、ゾゾさんのプルもいない。どうしよう。
「いいから待って」
今にでもこの場から去ろうとする私を、ロックマンが逆方向に引っ張る。
ええい、なんで待たなくてはいけないのだ、と掴まれている腕をまた振りほどこうとするけれど、ビクともしない。
こうなれば手を凍らせて離させてやろうかと作戦を仮作する。
しかし悪いことをしたのは誰がどう見ても私には違いないので、強くは出来ない。本当ならいきなり押し倒して、こんな豪華な広間に不当に入ってしまった私が謝るべきなのだが……。
「誰なのあの娘は。アルウェス様と随分親しげよ?」
「あら、あれは親しげとかではありませんのよお母様。あれは私が行っていた学校の、同じ歳の者です。なんとあのアルウェス様に勝負を挑むような無鉄砲な女で、お母様の言うようなものではありませんわ」
「そうよ」
「本当よね」
隅から聞こえてくるそんな言葉に、自分でもウンウン頷く。
親しい訳じゃない。宿敵なんだ。
彼女達は私と同じ教室だったので良く覚えている。
顔ぶりを見る限り、今日は近しい貴族達で何かパーティーを開いていたのかもしれない。
「ちょっ、ちょっと離してよ」
立ち上がっているロックマンは、私の身長を優に超している。それに私の腕を掴んでいる手は、容易く親指と中指が腕を周り、指先同士がくっついていて大きかった。
自分の腕がただの棒きれのように感じる。
騎士団にいる彼は私より外に出る機会が多いというのに、肌が白くて羨ましい。黒い騎士服を着ているせいか余計だった。肩までありそうな金の髪は、後ろで一つに括り、どこか上品さを感じる。
昔は女性のような甘い顔立ちだったけれど、今はそこに青年特有の鋭さが加わって、変な話キラキラしていた。そう、キラキラだ。
「その、勝手に入ってごめんなさい」
「……?」
いつまでも自尊心を張っていても、なんにも良いことはない。もう良い大人になるのだ。割りきる所で割りきれなければ進まない。
私がロックマンに対して素直に謝ったことがないせいか、謝った私に向けてくる顔がキョトンとしている。間抜け面でもなく、真顔でもなく、不思議そうな顔。
「でも早く行かなきゃ、」
今行きますゾゾさん! ララ! プル!
「アルウェス、どうしたんだ。屋敷の前に何やら騒いでいる女性がいたが……。ん? その娘は誰だね?」
「父上」
「貴族以外は入れないはずなのだが。今夜行われる宮廷舞踏会の前にと昼会を開いたものの、お前はカーロラ公女に付き添うのだろう? その娘に付き添いたいのかな?」
けれど突如現れた紳士に、私は動きを止めた。
ロックマンが父上と呼んだ人は、藍色の乗馬服に身を包み、立派な顎髭をたくわえた美丈夫だった。髪色は茶色で、ロックマンとはあまり似ていない。力強い瞳をしている。眉毛が凛々しく勇ましいせいであろうか。
しかしこの人があの、第三代ロックマン公爵ミハエル・アーノルド様なのか。初めてお目にかかる人だ。
けれど昼会を開いたって、つまりはここはロックマン公爵の屋敷なのだろうか。ついでに言えば、コイツの実家。
「ね?」
その蒼い瞳が、ロックマン(奴)に掴まれている腕を見つめている。
公爵は何か多大なる勘違いをされているようだった。
「ちっ違います公爵様! 全く検討違いです、ご安心ください!」
ロックマン公爵の言葉に反応した淑女達から、不穏な空気が流れだしかねない。現にさっきまであやふやだった視線の色が、どことなく鋭さを増した気がする。嫌だやめて。そんなんじゃない。公爵は慌てる私を楽しげに見ている。自分の息子がこんな庶民と話していて、しかも変な勘違いをしているのに何でそんな余裕のある表情をしているんだ。
一方のロックマン(息子のほう)は、空気を読まずにまだ私の腕から手を離さない。なんなんだ。
「はぁ、……父上。そんなことを言って、先程から柱の後ろで見られていたでしょう。冗談もほどほどにしてください。それにヘル、君の言っていた仕事の先輩という人は、恐らくこの屋敷の外にいる」
そういえば公爵がさっき、騒いでいる女性? と言っていた。
「え? 外に?」
「この場所へは、公爵家の人間が信用する人物以外は侵入出来ないように、術式が施されている。見ず知らずの人間が侵入してきた場合は、その人間は果ての無い迷路を彷徨った挙句、外へ出されるようにね」
「でも何故先輩が外にいると分かるの?」
「この術式を掛けたのが僕だからだ。引っ掛かった人間の容姿が、僕の脳に直接伝わってくる。褐色肌の美しい女性だろう?」
何その術式。初めて聞いたんだけど、それって単に私が知らなかっただけなのだろうか。そんな罠みたいな魔法をどこで覚えたのか、とさりげなく聞くと、自己流だと言われたので、私はめまいがした。まさか自分で魔法を作るとは。頭を殴られたような衝撃だ。
卒業後は皆自分のやるべきことで手一杯だというのに、コイツは騎士団に所属して一年も経っていないのに第一小隊の隊長の任を背負い、その傍ら魔法を己の力で考えだし人の役に経っている。私の上の上、それ以上を突き抜けてもはやてっぺんが見えない。私はいつになればコイツに勝てるのだ。
というか、じゃあゾゾさん、私と一緒に森から出たは出たけれど、公爵家の術式に引っ掛かって迷路を彷徨った挙句、外にポイと出されてしまったという事なのだろうか。
ごめんなさいゾゾさん!
ごめんなさい!
彼女には謝っても謝り切れない。
「こっ公爵様、不法に入ってしまいすみませんでした! 本当に申し訳ありません! 仕事中に魔法を失敗させ、昼会に水を差してしまい、本当に……」
今度こそロックマンの手を思いきり振りほどいて、ロックマン公爵へ平謝りをする。それはもう床にめり込みそうになるくらい頭を下げた。ロックマンは好かないが、公爵であるこの人には関係のないこと。
手を離した奴は、思ったより大人しくて文句も何も言われなかった。
「まぁまぁ顔を上げなさい。そうか、その格好はハーレの所の人間だね。びっくりしたが、面白い物を見れたから良しとするよ。それに急いでいるようだが、大丈夫なのかな?」
「誠に申し訳ありませんでした! はいっ、急いでいまして、魔物に……、いやなんでもないです」
「魔物?」
魔物という言葉を吐いた私に、ロックマンから鋭い視線を向けられた。
まずい。危うくハーレにも持ち帰っていない調査情報を他人に漏らすところだった。
黙った私にもう一度『魔物がどうかしたのか』と聞いてきたけれど、明後日の方向を見てかわす。絶対にいうものか。我々にも守秘義務というモノがある。
暫くして諦めたのか、さっきのような射貫くような目つきでは見て来なくなった。心地のいいものじゃない。
多分騎士団というところに身を置いている彼のことだから、少々気になったのだろう。騎士団も魔物には手を焼いているからしょうがない。
「で、君はどこに行くつもりだったの」
ロックマンがそう言って眉間にシワを寄せた。相変わらず不機嫌な顔を向けてくる。あんなにシワを寄せて……、将来そういう顔になってしまうとか親に教わらなかったのだろうか。人間、日頃の癖が老後に影響するらしいので気を付けなくては。
かくいう私も、コイツに笑顔を向けた覚えは記憶を遡ってみてもあまり無いので言えたものではないけれど。
「ハーレに、行くつもりでした」
同学年とは言え、相手は公爵子息。好敵手とは言え、公爵子息。ムカつく奴とは言え、公爵の息子。
今更ながら、礼儀として敬語で返した。
マリス嬢に以前言われた事を思い出す。学校にいる間は良いけれど、もし外でロックマンと他の貴族がいる状況で会ってしまった時は、絶対に気安い口調で話さないこと、と。
彼女的には自分に気軽いのは構わないらしいのだが、貴族の世界では何かとあるので(マリスにはそこを濁された)と忠告を受けていた。
本当に今更敬語を使ったが、マリスよ……大丈夫だろうか。
「へぇ、そう」
するとロックマンの眉間のシワが伸びて、次の瞬間には嫌な笑みを浮かべ始めた。なんて野郎だ。面白がりやがって。公爵子息でなかったら、お前みたいな美形で成績一番で優秀で出世頭な奴なんか、奴なんか……。
しかし所詮、負け犬の遠吠えである。
これ以上惨めになりたくはないので、今この時だけは悪口を言わないようにしよう(冷静に考えてみれば悪口ではない)。
「けれど、何故かここに来てしまいました」
魔法陣で飛ぶときには、確かにハーレを思い浮かべていたはず。『魔法書』にも、『要らぬ雑念は捨て、ただ一つを己の魂に込めよ』と。
私はその通りにしかしていない。
その通りにしか……。
『二位ね!』
「……」
その通りに……。
『二位ね!』
「………」
その通……。
『二位ね!』
そ……。
「……なんてことっ」
私は膝から崩れ落ちる。
綺麗な大理石の床に、私の汚い汚い両手を付けて、涙を流さず悔し泣きをした。
きっとあの時だ。
最後の最後でゾゾさんが放った「二位」という言葉に、心が殺られた時。
それはもう生理現象のように、悔しくも奴の顔を浮かべてしまった。あの学校時代の苦い思い出。甘さなんて砂糖の粒ほどにもありはしない。
なんたる不覚。自分がここまで馬鹿だったとは。あんなに集中していたのに、こんなことで失敗をしようとは、もし本当の本当に命が脅かされそうになった時にいつかヘマをしかねない。
「わかりました」
「?」
「私転移するとき、公子……アルウェス様のことを考えてしまったからかもしれません」
「ほう……」
フラフラと立ち上がって、私は公爵に向き直った。
公爵は私の言葉に頷いて、自分の顎鬚を撫でている。 素敵な顎髭だ。
「……ちょっと待て、他に言い方はないのかな。父上が変な誤解をしているからやめてくれ。どうせ君のことだから下らないことを考えていたんだろう」
横にいたロックマン、いやこの際この場にロックマンが二人いるからややこしいので、アルウェスと心の中で呼ぼうか。……いや、やっぱりやめよう。なんか嫌だ。名前は嫌だ。あのサタナースの名前さえ呼んでいないのに、こいつの名前は呼べない。心の中でも呼べない。
横にいたロックマンが、腕を組んでそう言う。
「下らなくありません。とても真面目な考えで、切実なものです」
「だから他に言い方はないのかな。君は本当に馬鹿なんだね可哀想に」
「…………」
鉄板のように無神経な男。自分のこめかみにブチッと青筋が浮かぶのが分かった。
我慢、我慢よナナリー。ここで言い返したら、庶民には常識もないのかと馬鹿にされてしまう。既に不法侵入しているから余計に言い返す事なんて出来ない。馬鹿な私だ。まだまだ魔法使いとして、ハーレの職員としては未熟者だ。ゾゾさんにも悪いことをしてしまったし、今日は反省会を開かなくては。勿論一人で。
「公爵様。お詫びと言ってはなんですが、迷惑でなければこれを受け取っていただけませんか。けして怪しい物ではありません」
小袋から一枚の黄色い紙を取り出して、公爵に差し出す。
「ん? これは古代魔法陣の」
「絶対なる防御です。一度しか使えませんが、何者にも破られない防御の壁を作ります。私みたいな奴が侵入してくる心配はないです」
「けれど、これを書くのは途方もなかっただろう?」
「…………」
魔法陣を見てしみじみと言われる。
これは私がいつかのためにと書いていたものだ。棍棒に吸収させてはいるが、念には念をと取っておいてある。
「うちの息子達は優秀だ。私が言うのも引かれてしまうだろうが顔も良い。魔法も天性の才能がある。何でもこなせるのが美点でね。頭が良い」
ただの息子自慢が始まったと思ったのだが、何故か序盤で引かれるのを承知している、ということを言ってきたせいかすんなりと聞けている。内容に嫌味もないので ( というか本当のことなので ) 、おとなしく耳を傾けた。
ただし褒められているアイツはそれが嫌なのか、横を向いて果実酒らしき物を飲んでいる。
ほほう、奴の弱点を見つけたり。親に褒められるとはずかしいのか、そうかそうか。
「そんな息子を持つ私だからかな。君とは直接会って数刻しか経っていないが、努力の天才なんだと分かるよ。アルウェスからは負けず嫌いで口の悪い生徒だと聞いていたが、なんだ、向上心のある良いお嬢さんじゃないか」
ニヤついていた私だったが、公爵の口から出てきた言葉に目を見開いて固まった。
負けず嫌いで、口の、悪い、生徒。
私はロックマンを睨みつける。コイツ、親になんつうことを話しているんだ。
負けず嫌いとか口が悪いとか、……確かにそれに間違いはないがそれを親にチクることはないだろうが。自分の親なら未だしも、他人の親にそう思われているのは気分が悪い。非常に悪い。居心地悪い。眠れない。
あとで覚えていろ。夜は背後に気を付けな。
私の眼力を受けたアイツは、素知らぬ顔で欠伸をする。
それから目的の誰かを見つけたのか、やぁシェリー、とか言って離れて行った。女たらしめ。
……ん?
公爵は今『負けず嫌いで口の悪い生徒だと聞いていた』と言った。けれど私は自分の名前はおろか、会ったのも初めてである。なぜその負けず嫌いで口の悪い生徒が私だと分かったのだろうか。
「魔法陣は大切にとっておきなさい」
顎に指を当てて考えこんでいると、紙を手に戻される。
「しかし……」
「代わりと言ってはなんだが、一つ頼みごとを聞いてくれるだろうか?」
ロックマンがいなくなった今、私と公爵の二人になる。
「頼み、ごとですか? なんでしょうか?」
「今夜行われる王宮の舞踏会へ、こっそり来てはくれないだろうか」
「……はい?」
空耳かと思い、聞き返す。
王宮の舞踏会? に、こっそり来てくれ……と?
彼が何を言っているのか分からなくて、数秒間また固まった。
「確かめたいことがあってね。丁度誰かに頼もうとしていたところなんだ」
そんな私を無視して、公爵は話を続ける。
ロックマンと公爵は似ていないと思っていた私だけれど、前言撤回だ。見た目ではない何かが確実に似ている気がする。
「確かめる……とは、何をです?」
「それは言えないのだが、私の言う通りに行動してもらいたい」
片目を瞑って、頼むよ、と言われた。
公爵のお願いごとを断れる勇気が欲しい。迷惑をかけたお詫びに何かできないものかとは思っていたけれど、王宮の舞踏会に侵入してくれなんて願いはとてもじゃないが畏れ多すぎる。人様の家に侵入するのは金輪際ごめんだ。そもそも何故そんな必要があるのだろうか。気になって訳を聞くも、理由ははぐらかされて聞けなかった。
内緒話をしている私と公爵に、周りの人間は不審な目で見つめてくる。主に私に向けての視線だと思う。
けれどそこに、若い女性たちの目は混ざっていない。
公爵の息子であるロックマンが私から離れた途端、遠巻きに見ていた美しい令嬢たちはこぞって彼の周りに集まっていた。私は初めてアイツに感謝をしたかもしれない。幾らか楽になった。
しかし早くこの場から去ってゾゾさんを見つけてハーレに戻らなければならないのに……。
困惑する私を見て、公爵は自分の白いハンカチーフを取り出し、それに魔法をかけた。
ふわりと私の目の前に浮かんだそれは、公爵の魔法によって文字が書かれていく。表面が波を打っているから何が書いてあるのか分からないが、ここに書いた場所に来てほしい、と耳元で言われた。
「仕事があるので、あまり早い時間は難しいのですが、大丈夫でしょうか」
「明星の鐘が鳴る頃で構わない。その時間でも十分に間に合う」
「そう、ですか」
私の仕事はその明星の鐘が鳴る前に終わる。鐘が鳴る時間は、だいたい一般家庭の人達が夕食を食べ始めるくらいの時間帯だ。またそれより少し遅いかくらい。私は日勤なので就業時刻は夕方。皆の御夕飯前には帰れる。
「お嬢さんが言う彼女をここに呼ぼうか」
「え?」
そう言うと、公爵は両手の指をパチンと鳴らす。すると天井からドスン、と人が落ちてきた。
「ぞっ、ゾゾさん!?」
「やだナナリィー! アナタ心配したのよ!?」
「ゾゾさん!」
落ちてきたのはゾゾさんだった。
ララも、プルもいる。
私は彼女の身体を抱きしめて、どこか怪我はないかと確認しながら半べそを欠く。ごめんなさいと何度も謝る私に対して、そこまで謝られたら最初から怒ってないのに私の方が罪悪感が出ちゃうわよ、とおでこと叩かれた。
それから公爵は不法侵入者二人を屋敷の前まで連れて、ハーレに向かう私達を送り出した。
「私で良いのでしょうか。会ったばかりの小娘より、他の貴族の誰かに頼んだほうが、」
帰り際、もう一度公爵に確認をする。
持たされた白いハンカチーフは、小袋に入れていた。
「君が良いんだよ。適任だ」
何のだ。




