表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/152

ハーレ就業編・5-2

「本当、相変わらず綺麗なリュコスね」

「ララはこの世で一番綺麗なリュコスだと自負しています」

「ナナリー、親バカよ」


 親ではないです。ララ馬鹿なんです。と言い返す。


「ゾゾさんのプルも格好いいです」


 彼女の使い魔は羽獅子(フテラ・リョダリ)という魔法動物だ。背中に翼が生えた大きな獣で、尻尾は伸縮自在。


「そう? ありがとう」


 マライヤさんの依頼を正式に受理するため、私とゾゾさんは東の森へと使い魔に乗って向かっていた。

 空から王国を見ると、国が森に囲われているのがよく分かる。緑が沢山でけっこうだけれど、魔物が住み着いていると分かって見ると、あまり歓迎できない代物だ。常に人々は危険と隣り合わせで、心穏やかではいられない。

 騎士団が森と国の境に、目には見えない防御の壁を定期的に魔法で張り直してはいるらしいが、時々破られているなんてこともあるため、安心は出来ない。また魔物が森からこちらへ出ることは難しくなっているのだけれど、人間が森へ入る分には障害がないので、そこも問題だった。


「あれが東の森で、あそこがマライヤさん家の土地ね。ポッケルがいるわ」


 地図を見ながら旋回して、場所を確認する。

 緑の土地には、灰色の草食獣・ポッケルがたくさんいた。


「あれが全部食用肉に……」

「そういえば私達、ご飯まだ食べてなかったわね」


 ふかふかなララの背中に乗って風を感じながら、腹の虫を鳴らす。今の今まで空腹感を忘れていたというのに、彼女の言葉のせいで身体が思い出してしまった。空腹感、改め絶望感。

 お腹を押さえる私に、ゾゾさんが今夜は夕食奢ってあげる、と親指を立ててくる。片目を瞑る彼女がキラキラ輝いて見えて仕方がない。なんて格好良いんだ。私もこんな格好良い女性になりたい。


「マライヤさんによると、あそこからゴーダさんが入ったらしいわ」

「確かにポッケルがいる所と、東の森が近いですね。でも柵がありますし、もしかしてそれを飛び越えたのでしょうか?」

「ポッケルは危険を察知すると、六つの足で勢い良く走って、木を超すほどの高さを跳ぶことがあるらしいしね」

「やっぱり」


 マライヤさんには敷地内に入る許可を貰っているので、私とゾゾさんは東の森近くの放牧場に降りることにした。なるべくポッケルを怯えさせないように、静かに降り立つ。

 けれど幸い、私達が降りようとしていた森側にポッケルはいなかった。あんなにたくさんいるのに、そこを避けるようにして歩いている。

 

「嫌な雰囲気とかを感じているのかしらね。本能? かしら」

「そうかもしれないですね。ゾゾさん、柵の外に行きましょうか」

「ええそう…………え、なにコレ。森ってこんなに不気味だった?」

「なんか、暗いですね」


 森の真正面にある柵の前まで来ると、薄気味悪い空気を肌で感じる。柵の近くには一匹もポッケルは近寄っておらず、陽が出ているのに寒い。私の白い制服は首元まで身体を覆ってくれているのに、腕には寒イボが立っていた。

 うう、と腕を擦って小さくしたララを肩に乗せる。

 ゾゾさんの羽獅子は仔猫になって、彼女の頭の上に乗っていた。元の姿とは大分差異があって迫力がない。そのかわり愛らしさ百倍になっている。


「そうねぇ。ナナリー、事前調査の紙に注意事項や周りの環境、もし魔物が出たらその特徴を書き記してもらっても良いかしら」

「はい」


 アルケスさんから渡された紙を、ベルトに引っ掛けていた小袋の中から取り出す。その隣には女神の棍棒も引っ掛けてあり、私はそれをひと撫でしてから折り畳んでいた紙を広げた。


「入りましょ」

「えっ」


 広げた紙を破くところだった。


「もう森に入るんですか?」

「陽が暮れる前に済ませないとね」


 彼女はそう言うと、私の腕を引っ張って森へ向かった。

 黙々と進むゾゾさんの歩きには迷いがなく、私には無い勇ましさを感じる。女の先輩たちは心身ともに逞しい人が多いので、心強い。

 森に入れば、薄暗くなるほど草木がたくさん茂っている。木立が密生していて、日が差し込む隙間が無い。なるほど、だからあんなに肌寒く感じたのかもしれない。それにここへ来るまでは小鳥が飛んでいたり、何かしらの生き物の気配がしていたというのに、ここへ足を踏み入れた途端何も感じなくなった。小鳥の囀りさえ聞こえない。何もいないのが良い事なのかは悪いことなのかは判断できないが、少なくとも生き物がいない、住めないという事は何か問題があるのではないかと思った。魔物がいる森とは言え、魔力を持たない動物は狙われることは無いのでそれは関係ないと思うのだが……。


「ナナリー様、生き物が見当たりません」

「そうだね。虫も飛んでないね」

「変ねぇ」


 そのまま奥へ進んでいくと、薄暗くとも微かに見えていた視界が真っ暗になる。光が全く届かず、腕を伸ばした距離以上の先が見えない。

 私は指を鳴らして光の球を灯す。暖かい光が手のひらから生まれて、球体がふわりと私とゾゾさんの頭上に浮いた。

 これで幾らか見やすくなるだろう。


「あとはこれね。七色外套パルティン・テートン


 ついでに、と今度は私の番ね、なんてゾゾさんは言って『七色外套』の魔法を私と自分自身に掛けた。七色外套とは、分かりやすく言うと透明人間になれる魔法である。今私とゾゾさんの周りには薄い膜が出来ていて、その薄い膜が周りの色や模様に合わせて色を変える。なので周りからは姿が見えなくなり、結果、透明人間になれるという魔法である。


 私は最近、やっとこの魔法を使えるようになった。学生の頃はなかなか難しく、あのロックマンでさえ使えないような魔法。けれどハーレの人達は大体がこの魔法を使えるようで、仕事には欠かせないのだと言っていたのを思い出す。いつかの為に、と前もってゾゾさんが私に魔法のコツを色々教えてくれたおかげで、見事習得出来た訳だけれど……。

 そういうことか。こういう調べものの時には、確かに欠かせないのかもしれない。


「今、音しなかった?」


 ゾゾさんが私の腕を後ろに引く。


「音ですか?」

「なんか、カサって」


 その場で止まって周りを見渡す。光も幾らか暗くして、静かに辺りを目で探った。

 すると確かに、カサ、と小さな乾いた音が前のほうから聞こえてくる。森に入って五十歩ほどの所まで来たけれど、ここに何かいるのだろうか。

 私とゾゾさんはその場でジッと腰をかがめて、正体を見定めようと音を立てずに見守る。闇が広がる森の中。風が無いせいか、草木が擦れる音もしない。真っ暗な場所で目を凝らした。


≪グギャ、グギャ……≫


 お互いの姿は見える私たちは、顔を見合わせる。

 なんの鳴き声だろうか。私の知る限り、そんな鳴き方をする動物は知らない。そもそも鳴き声かどうかも怪しすぎる。


 傾斜は無く、緩やかな土地。森の中に生き物の気配は無し、陽の光は届かない、けれど変な音……鳴き声は聞こえる。今のところ、発見できているのはこれくらい。

 あの鳴き声の正体が分かればすぐにでも撤退出来るというのに、謎を残したまま帰るのも忍びない。あとは破魔士の仕事だと言われればそうなのだけど、此方にもこのままでは引けない事情というモノがある。 調査は怠れない。

 だからか、たまに依頼人から『そこまですることは無いんじゃないの?』と言われてしまうこともしばしば。

 それに、破魔士と違い問題を解決することを主体にはしていないので『そこまで行くならお前さん達がやっとくれ』なんてことも言われると、ゾゾさんが言っていた。仲介業は難しい。

 しかもこっちの不手際でもないのに、破魔士が仕事先で予期せぬ事態や危険な目にあったなんていう時は、文句はハーレに来る。破魔士として仕事をしているのなら、命の危険を承知でやっているはずなのに可笑しな話だ。こうして私達が綿密に下調べをしたって報われないこともある。

 けれど私達は私達の信念を持って仕事をするだけだ。たまに職員の中でも、やってられない、と愚痴をこぼす人もいるけれど、なんだかんだと言って結局は世の為人の為、破魔士、依頼人達の為に尽力を尽くしている。


 騎士団のように華はないけれど、私達にはもっと大切にすべき綺麗な()があるんだ。


「ゾゾさん、あそこ、変な光が見えます……あっ消えた」

「どこ?」


 さっき一瞬、おかしな光が見えた。

 森の奥、暗闇の中に浮かんだ、奇妙な三つの光。


「赤……紫? 三つくらい小さな光が見えたんですけど。右斜め辺りです」

「どれどれ」


 良く見ようとする彼女にあの辺りですよ、と横を向いて声をかけようとした私だったが、瞬間、身体が硬直する。


≪グギャ≫


 三つの目を持った、奇怪な生き物が、私達の後ろにいた。微かな光の中、見える限りで計れば、木の半分くらいの高さはある。

 私達と少し距離がある(多分)とは思うものの、あれって……。


「…………」


 ……待て待て、お前は魔物なのか。これは魔物なのか。誰か教えてくれ。こいつは魔物なのか何なんだ。全体像が見えないから余計に分からない。お前は誰だ魔物か。

 今は確か周りから見えないはずなのに、その三つの目はじっと此方を見つめている。

 ゾゾさん……と声を出そうとしたけれど、この魔物らしき生き物に気づかれても嫌だ。

 けれど唯一安心したのは、彼女も気づいたのか動きを止めて私の腕を強く掴んでいることだ。


 私はベルトの後ろに手を回して女神の棍棒を取る。

 今更頭上に灯した光は消せない。


「ナナリー」

「……」

「多分あれは魔物よ」


 私の耳元に顔を寄せた彼女は、物凄く小さな声でそう言う。


「ゾゾさん、外に出ましょう」


 私もそれにならって小さな音で返した。


「そうね、もう十分だわ。でも記憶探知をしたいから、あの魔物に触れている地面の木の葉を持って帰りましょう」

「ハーレに帰ったら記憶探知で魔物の姿を見るんですね」

「そうよ」


 彼女の考えに感嘆する。

 しかし早くここから出なくては。


「ゾゾさん、空間転移という魔法陣があるんですけど、それで出ませんか?」

「それって古代魔法の?」

「私の女神の棍棒に仕込ませてあるんです」

「便利ねぇ」

「この陣は発動主が認めた者しか入ることが出来ないので、多分魔物も入って来られませんし」

「なら早いわ。プルには小さい姿のまま七色外套をかけるから、魔物がこちらに気をとられている内に木の葉を銜えて取ってきてもらうことにしましょう。出来る? プル」


 頭の上に乗る自分の使い魔に確認をとる。


「大丈夫よ」


 使い主の言葉にプルはそう言うと、彼女の頭から降りて地面へ静かに着地した。

 大丈夫だ、あの奇妙な獣には気づかれていない。


「ではいきます」


 棍棒を手の中で伸ばして、ゾゾさんと共に勢いよく魔物から離れる。そして素早く後ろを向いた。

 同時にその魔物が先程のおかしな鳴き声で襲いかかってくる。三つの目しか見えないので距離感はよく分からないが、草が揺れる音と鳴き声で近付いて来たのがわかった。


「空間転移」


 ゾゾさんを引き寄せて、地面に女神の棍棒を突き立てる。

 今この瞬間、全ての動作がゆっくりと見えた。

 

 行き先を強く頭の中で浮かべる。

 市場を抜けて、王の島の下。ハーレの建物の後ろ、裏の扉前。職員だけが出入り出来るそこに、いち早く移動しなければ。


「ギャギャ、グルルルッ……」


 魔法陣へ入って来ようとしている魔物だが、見えない壁に阻まれて弾かれている。バチッと光が飛び散った。

 怪しく光る三つの目が、私たちを捉える。しかし目を細めても、それ以外の情報が入ってこない。


「プルッ、おいで」


 プルが上手いこと枯れ葉を銜え、魔法陣に入ったのを確認すると、私は転移の呪文を唱える。

 同時に陣が金色に輝きだし、まばゆい光で私たちを包み出した。


「凄いわナナリー!さすが学年二位の成績を持っていただけあるわね!」


 グサリ。


 なんでそこを強調するんだ。もしかしてわざとなのか。

 またしても二位の言葉が胸を貫通する。ゾゾさんは隣で興奮気味に手を叩いていた。なんと鋭い槍。

 相手に悪気がない分、余計に痛い。卒業してもその言葉が纏わりつくとは、もしやこれは二位の呪いなのか。

 あの忌々しい透かした野郎のお陰で……。


「今日中に依頼書が上がりそうで良かったです」

「そうね」



 そうして光の中、私達は森から抜け出した。


次話更新、明日午前一時。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◎魔法世界の受付嬢になりたいです第3巻2020年1月11日発売 i432806
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ