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五年生・休暇①

 技術対戦も終わり、長い休暇に入った。

 五学年の始めから対戦へ向けて切磋琢磨してきた私達学生は、目的の行事を終えたからか張り詰めていた空気から一気に解放されていた。

 他の生徒の能力を気にしたり今年の課題は何なのかを考えたり、誰がどんな作戦で来るのかなど思考が技術対戦のことばかりでこの一年が丸々しんどいわけではなかったが、大会までずっと緊張が続いていたようなものである。たぶん、ではなく皆がそうだった。

 隣の教室のダンジという男子生徒がげっそりしている姿もよく見かけた。

 いつもハキハキしている男の子で図書室仲間でもあるそんな彼の様子が心配だったけれど、休暇前に図書室へ本を返しに行って偶然会った時には以前の調子に戻っていたのでひと安心した。

 最近まで胃に何にも入らなかった分、休暇中は美味しいご飯をお腹いっぱいに食べるんだと楽しげに話していたのですっかり元通りになっていた様子に笑みがもれた。


 マリスはしばらくドーラン王国内の別荘へ行き、そこで卒業後の予定、六年時の目標を決めつつ身体も休めながらのんびりと広い屋敷で過ごすと言っていた。庭には大きな湖があるらしい(庭に湖とはどういう)。

 毎年ロックマンを誰が休暇中に屋敷へ誘えるかを競っていたので、マリスの返答は意外だったのだが、もちろんそれは忘れていなかったらしく、最後に彼女を見たのは校門の前で他の貴族女子と闘っている姿だった。


 私はドーラン王国の外れにある村の実家へと今年も帰る。

 去年に引き続き今回もニケとベンジャミン、それとサタナースを呼んで休暇中の宿題を一気に終わらせる予定だ。

 いつも休暇の始めに会っているので、学校で会えなくて寂しいという思いはここ一、二年は感じていない。

 とても楽しい休暇になりそうな予感に休暇前は寮の部屋で一人ニヤけた。

 

「お母さーん! 村の端までベンジャミン達迎えに行ってくるね」

「そう? 馬車使っていいわよ」


 髪を一つに結び、茶色の襟巻きを首に巻きつけて、母のいる台所へとララと一緒に駆け込む。

 踊り場の丸窓から見えた景色には晴れやかな青空が広がっていたが、空離れの季節のせいか本格的に寒くなってきている。

 特に今年はコール現象が早く来たこともあり、辺り一面は雪だらけの真っ白な世界だ。今日は雪が振っていないのでいくらか動きやすそうではあるが。

 ララは涼しくて過ごしやすいのか、いつもより軽快な足取りである。


「あら、ララも?」


 長期休暇の時は考古学者の仕事を切り上げて家にいてくれている母が、野菜を片手に振り返った。


「ララがいるし馬車は大丈夫だよ」

「まったく頼もしくなったものだわ。昼作るから早めに戻ってらっしゃい」

「了解でーす」

「ああそうだ、井戸の屋根の修理に使う土、買えたらお願いね」

「そっか……コール現象が早くて補強間に合わなかったもんね。わかった」


 母からお金を受け取り、手を振って家を出る。歩くたびにサクサクと小気味よい音がふかふかの雪の絨毯から聞こえる。

 体勢を低くしてくれたララの背中に腰をかけた私は、フサフサの毛並みよい彼女の頭を撫でた。

 

「トィル村の入口ですよね。……ですが何故お迎えに?」


 一度家まで来たことのある友人達を村の入口まで出迎えに行くことに疑問を抱いたのか、ララは背中越しにこちらを振り返る。


「皆一年前に来た以来だし、この前道の工事も終わったばっかりでしょう? それに私意外は空飛べないからさ」

「そうでしたね」


 ララは野性狼のような遠吠えを一つすると、地面を蹴りあげて空へと上がった。

 ドーラン王国の外れにあるこのトィルと呼ばれる辺鄙な村は、都市部に近い場所に比べ放牧的な村であるが、森に囲まれた国とはいえ他の王国と隣接している国境付近の村ということもあり、警備の問題もあるため住民以外の飛行は禁止されていた。

 領主は軍事に長けた貴族であり、この近辺で何かあろうものならすぐに軍隊を連れてやって来るのだ(と学舎で学んだ)。

 騎士団や、トィル村の領主に許可をとっている人間ならば可能であるものの、許可をとっていない人間が飛行すればすぐさま村の独房に放り込まれるという、若干野蛮な村である。

 実際に放り込まれた人を見たことはないので建前上の文句だとは思うけれど、友人が捕まるのは冗談でも嫌だ。





 空離れの季節の空気は、冷たく、澄んでいる。朝には空気中の酸素が冷やされて、運が良ければ朝日に照らされた氷の粒子が輝きを放ち、幻想的な景色を拝めた。


 トィル村の入口近くまで飛んで行くと、通りすがる村の人達に挨拶をしながら私を待っている三人が目に入った。

 私も見知ったおばさん達に会釈をしながら、村の市場を通り抜けた先でララの背から降り、駆け寄る。


「ナナリー! 久しぶり」

「プッ、三日しか経ってねぇよ。……ニケおい冗談だって! 蹴り入れんなって!」

「ナル君も私達に会いたかったくせにねぇ~」


 三つ編みを角のように逆立てるニケに尻付近を蹴りあげられているサタナースをよそに、大きな雫型の耳飾りを揺らしたベンジャミンが私に手を振った。

 たまに彼女のサタナースへの愛が非情になる時があるのだが……いや、あれもある種の愛なのかもしれない。


 寒さ対策のためか、各々は外套を羽織って襟巻きをしていたり、手袋や耳当てを着けていた。


「早く家行こうぜ。これうちの母ちゃんから差し入れ」


 ニケから逃げてベンジャミンの後ろに隠れつつ、今日は一段と癖の強い髪をあちこちに跳ねさせているサタナースが紙袋を渡してきた。


「もしかしてマープの甘漬け!? やった! おばさんにお礼言わなきゃ~」

「それ好きよねナナリー」


 マープの甘漬けに悶えている私を見て、ベンジャミンは笑った。でかしたサタナース。


 私の村は農業が盛んで、草食獣のポッケルを広い敷地にたくさん飼っている幼馴染みの家があったり、他にも『くるくるマープ』という成熟したら勝手にくるくる回りだし茎から実を落とす黄色い野菜を育てている子の家や、貴族向けに作っている七色茶葉の畑をもつ子の家もある。

 その中でもこの村の特産であるくるくるマープは私の大好物であり、特に花の甘い蜜にマープを一週間漬け置きしたマープの甘漬けは、兎鳥の次に私が愛してやまない存在である。野菜なのに果実のような甘さになった、みずみずしくも少し酸味のある漬け物。

 かじりついた時の野菜汁(果汁?)を想像してよだれが垂れた。


「おい、お前」

「マープ食べたいし早く行こうか」

「……お前だよ! おいナナリー!」


 低いが、大人ではない青年のトゲトゲしい声が私を呼ぶ。

 は? と思い、この声に聞き覚えがあった私は、突然のことに目を丸めてポカンと口を開けている三人を背に振り返った。


「村に帰ってきてたのか? 俺に挨拶もしないで、生意気に友達まで連れて来たのかよ」


 紺色のコートに身を包んだ黒髪の青年が、顎まで伸びた長い前髪を耳にかける仕草をしつつ、ふんぞり返って仁王立ちをしていた。

 私を見る目はどこかイラついている様子で、眉毛がピクピク動いている。

 

 相変わらずいけすかない奴だ。

 キャシウス・ロウド。

 私と同い年の村の男の子で、同じ学舎に通っていた同級生であり。


「村長の息子である俺にひと言あるよな?」


 そう豪語しているようにキャシウスは村長の息子だった。


「はぁ」


 ため息を吐く私にサタナースがコイツ誰だ的な視線を寄越してきたので、キャシウスを無視して前に向き直り三人に説明をしていれば、聞いてんのか、とまた大声をあげられたので、行儀は悪いが盛大な舌打ちをして後ろ背に視線を向けた。

 ニケがアイツめっちゃヤバい奴じゃん、みたいなことを呟いたのが聞こえる。隣の二人も同様に頷いていた。

 私は外套の袷を握りしめる。


「いきなり何? あんたに用なんて今までもこれからもいっさいないから。さよーなら」


 村の頼りになるおじさんがいたらこういう場面でガツンと言ってくれるのかもしれないけれど、今はほとんど出払っている時間なのでおばさん達しかいないのが悔やまれる。

 遠巻きに見ているのが大半だ。

 

『やいナナリ~、お前の教科書どこだろなー?』

『馬小屋でしょ? もう汚れ落として机に置いてあるけど』

『ああ゛!?』


 村長の息子だからと自分が偉いとでも思っているのか、昔から鼻につく態度が目立っていた。

 村の学舎では試験で私より自分の点数が低いと生意気だとか言って難癖をつけてきたし、新しい服を母が買ってくれたので着て行けば「古着だろ?」と馬鹿にした表情で指をさされ、父が破魔士であんな依頼やこんな依頼を受けているんだと友人から聞かれたので答えていれば、そんなダサい職業に就いてるのかよ、と笑われた。


 人として、相手に言ってはいけない言葉はあると思っている。

 例えば「死ね」とかだ。

 喧嘩だろうとなんだろうと、よっぽど相手を憎んで呪いたいなどと思っていない限りは絶対に使ってはいけない言葉だと両親からは教わっているし、軽い言葉ではない。

 それをこのキャシウスは平気で言うのだ。


「おいおい、一回死んでから常識学んでこいよ」


 ほら、やっぱり変わっていない。


『さすがキャシウス様』

『やっぱ将来の長は違うよなぁ!』

『ふん、困ったらいつでも俺に言えよ』


 もちろんそんな大きな態度をとれるのは周りに彼をおだてる腰巾着みたいなのが何人かいたからであり、学舎の先生も注意はするが強くは言えなかったせいでもある。

 村長の息子ってそんなに偉いんか。

 男爵級の役割を任されているから、貴族になったとでも思っているのかもしれない。

 しかしそれでも私が卑屈にならなかったのは、もともと自分が負けず嫌いでもあったのと、私の周りの友人達が「あいつはいつか馬に蹴られてくたばる」と鼻で笑い返してくれていたおかげだと思う。

 村長はそもそも村民の投票で決まったものであって、あの息子が選ばれたわけではない。世襲制でもない。

 その村民の投票だって、領主であるアズベルグマン辺境伯と呼ばれる貴族の指示で行われたものだ。

 勘違いも甚だしい愚かな男である。彼の両親は穏やかでそうでもないのに、どうして息子はこうなのだろうか。


 現在、キャシウスは確か王国公認の魔法学校に通っているのだと、母から聞いてもいないのに聞いたことがある。

 十七歳になってもまったく成長していないなんて、学校では大丈夫なのかと怒りよりもそちらの心配が勝った。


「村長の息子だか何だか知らねーけど、ナナリーに用事あんなら後にしてくんね?」

「お前はナナリーのなんだ?」

「は?」

「さっきから馴れ馴れしい……まぁ所詮? 赤ん坊の頃からの付き合いの俺には負けるけどな」

「おおお……こいつまじでヤベェ奴だって」


 こういう奴とはまともに話し合うだけ無駄なので、基本無視をしたほうがいい。喧嘩にもならない。

 あのサタナースが、目をこれでもかと広げて困り顔になっている。

 ベンジャミンは片手に炎を纏わせて不気味に笑っているし、ニケに至っては守護精の呪文を呟いていた。

 落ち着け二人とも、と友人らの肩を両腕を広げて抱え込み、家の方向へと振り返る。


「三人とも、寒いから早く家にいこ。お母さんがお昼作ってくれるって言ってたから」

「お前ら、俺んちに来いよ。そいつんちボロいからな」


 また何か言ってる。

 相手をするのも疲れたので、私は無視を貫き三人を連れて歩きだした。



「ちょっとキャシウス! ナナちゃんにまた何か言ってるの!? せっかく村に帰ってきてくれたのに、いい加減にしなさいよ!!?」

「えっお前らっ……」


 歩いていると、鈴を転がしたような、可愛らしい強気な声が耳に届いた。


「ナナにちょっかい出すのも大概にしてよね」

「最っ低」

「こんな騒いでさぁ、今日閣下がくるっての忘れてない?」


 野菜市場の方から腰に手を当てて歩み寄ってくる四人組の女の子が現れた。

 見知った顔に、私はニケ達の肩を掴んだまま立ち止まる。

 そしてその四人組は、キャシウス目掛けて言葉の集中砲火を始めた。


「う、うるせーな」


 先程の私へ対する威勢はどこへいったのか、キャシウスは目を泳がせ狼狽えはじめていた。いい気味である。


「ペペ!」

「ナナちゃん久しぶり~元気? お友達連れて来てたんだね」


 ナナちゃん、と私を呼ぶ短い髪の女の子に声をかける。

 この四人組はトィル村での私の幼馴染み達であり、同じ学舎の仲間でもあった。


「ペペ達も元気そうでよかった」

「おばさん達が、まーたキャシウスが騒いでるからどうにかしろって。来てみたらコレよ。懲りもせずナナリーに毎度毎度……」

 

 馬に蹴られてくたばる、と言っていたのもこの友人達である。

 まさか魔法学校の友人と村の友人達を会わせることになるとは思わなかったので、キャシウスのことはひとまず横に置き、友人を紹介することにする。こんな機会は、滅多にない。

 ニケもベンジャミンもサタナースも、お互いの交遊関係の把握は主に魔法学校内で完結しているので新鮮なのか、村の友人達へ手を伸ばして挨拶をしてくれていた。


「変なのに絡まれて大変でしたね」

「いえいえ。ナナリーを助けていただいてありがとうございます」

「いえこちらこそ」

「いえいえ……あら?」


 友人らの保護者のような会話に引っ掛かりつつも、顔ぶれに懐かしいなぁと人知れず目を閉じていれば、空から馬の鳴き声が聞こえた。

 馬に蹴られて~を思い出し過ぎて幻聴でも聞こえてしまったのかと苦い顔になったが、視線を上にやると、村の入口へ向けて降りてくる一台の馬車が視界に入った。


 馬車に気づいたのは私だけでなく、ニケやベンジャミン、友人達も空を見上げる。

 もしかしてあれって、と四人組の一人、カリヤが口を開いた。

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