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金髪男の末路

 とは言ってみたものの。

 自分の腹にも届かない小さな少年の背を見送る。

 こちらに手を振って走っていく彼に軽く手を振り返しながら、先ほど話された内容に目を瞑った。


 どうもヘルは小さい子の扱いがわかっていない。


 アルウェスが先ほど聞いた話をまとめてみると、あの少年は唯一自分に靡いてくれない彼女をいつからか特別視してしまい、その意味も分からないままさ迷っている最中と見えた。

 ヘルは彼に靡かないというよりもあの子を特別扱いをせずに、あくまでも対等に扱ったのだろう。

 彼女はそういう人間だが、そういう人間だからこそ頭を抱えたくなった。

 



「隊長~、あの男の子どうでした?」


 島につくと隊員二人がアルウェスを出迎えた。

 使い魔で空間にすぐ返すのは忍びないのでユーリを小さくして肩に乗せると、嬉しいのかその黒くて長い尻尾でアルウェスの脳天をさわさわと撫でてきた。お返しにと顎の下を撫で返してみると気持ちいいのか、ゴロゴロと喉を鳴らす。ヘルのことを考えているより、こうしてユーリと戯れていたほうがよほど心が休まるというのに。

 隊員のウェルディから、あの子はなんだったのかと質問をされる。


「ナナリー・ヘルに勝つにはどうしたらいいかと相談された? のかな。たぶん」


 要約すればそういうことになるので間違ってはいない。

 それ以上もそれ以下もなかった。


「まぁたナナリー・ヘルですか?! 隊長に呪いみたいにつき纏いますね彼女」


 ウェルディはヘルを敵視しているのか、呆れた表情で明後日の方向を見ていた。それが自分のせいであるとは理解しつつも、首を突っ込めばまた面倒なことになりかねないので触れないでおく。女性同士のいざこざに男が割って入って無事に決着がついた試しはない。


「アルウェス様ぁ~!」


 宿舎に帰ろうと三人が移動していると、甲高い声がアルウェスの名前を呼んだ。


「また来たわねあの王女っ、隊長は渡さ、ムグッ!!?」

「シー! 下手なこと言うなウェルディ」


 ドレスを翻しながらアルウェスに走りよった女性は、デグネア・パーサー・ヴェスタヌ、ヴェスタヌ王国の第二王女であった。

 波うつ黒髪の美女は、その豊満な胸を揺らし、澄んだ水色の瞳を輝かせている。

 息を落ち着け、緑色のドレスの裾を両手でつまみ上げながら優雅にやって来た王女を見て三人は頭を伏せた。

 デグネアはドーラン王国へ留学中の身であり、アルウェスとの仲睦まじい姿が度々目撃されていることから、婚約間近なのではないかと噂を立てられていた。

 もっともそんな事実はないのだが、噂も出回れば真実になることもある。

 そうなってしまう前に対策を打たねばと、アルウェスはデグネアを見つめた。


「アルウェス様、あちらの庭園までお散歩しましょう? 授業が終わったから退屈で仕方がないの」

「そうですか」

「ねぇ、貴方達の隊長様、お借りして宜しいかしら?」


 そう聞けば誰も文句を言えないのを分かってか、デグネアは隊員達の言葉を聞くことなくアルウェスを緑が敷き詰められている優雅な庭園に引っ張っていく。他国とはいえ王女の言うことを覆せる権限を持つのは王族か宰相くらいのものである。アルウェスが止めても良かったが、この際あらぬ噂が立つ前に話さなければと考えていたので二人きりで話すにはちょうど良かった。


 噴水のある場所に出れば、そこはまわりを植物で囲まれているので誰からも見られない、隔離された空間になる。


 ここでならばと、デグネアが用件を言う前に彼女の歩みを止めさせた。


「デグネア。分かっているだろうけど、君とは」

「アルウェス様、好きな方がいらっしゃるんでしょう?」


 絡んでいる腕をほどくと、彼女はアルウェスを突き飛ばす。

 小鳥が体当たりをするような軽い力だったので受け身をとろうとしたが、デグネアの身体ごと雪崩れかかってきたせいでアルウェスは体勢を崩し、植物の柵を背に地面へと腰をつけた。


 鈍い痛みに眉をしかめたがすぐにデグネアに傷はないかと、腕の中にいる彼女を自分の方へと向けさせる。幸い怪我はなさそうだったが、彼女は悲しげな顔でアルウェスを見た。


「わたくし知っていますのよ、この前のあの方なんでしょう? でしたらその方だと思って抱きしめてくださいませんか。どうせその方と結ばれないのならば、せめて身代わりになりますわ。いいえ、ならせてくださいまし」


 アルウェスの腕を掴むと、デグネアはその広い胸に顔を寄せた。


 好きな方。

 僕に好きな方なんていただろうかと、胸にあるデグネアの頬を撫でた。その手に女性らしい細くも肉付きの良い指が絡まる。

 もっとと言うように胸にあった熱は徐々に上へと移動し、首元にしっとりと温かな息が触れた。


 およそ初めてではないこの状況に、腹の底でぐるぐると唸りをあげるものを感じながら空を見上げる。

 空には美しい水色が広がっていた。


 きっと楽になれる方法はいくらでもあり、見つけようと思えばすぐに手が届くことを、僕は知っていて知らないふりをする。

 魂に刻まれた遠い憧れのような愛しき存在は、手には入らない。

 どうしたって自分の幸せには必要なものだけれど、『彼女』を壊したくはなくて、その激情を彼女にぶつけるのはあまりにも身勝手で野蛮だった。

 彼女の白い肌を見ていれば、妙に悩ましい気持ちになった。理性という堅苦しいものが備わっていなければ、きっともうとっくの昔に彼女へかじりついていたことだろう。そうしないのは、そんなことをしても無駄だとわかっているからだ。一度も二度も捨てた想いを掘り返してはいけない。

 この熱情は到底、無垢な者に向けてはいけないものだと知っている。

 胸が締め付けられて息もできないほどの感情なんて、ないほうがいい。息苦しいほどの思いなんてもうこりごりなのだ。


 すがりつくように執拗に口づけを求めるデグネアを、アルウェスは止める。


「デグネア」

「貴方って、どうして何も見ないのかしら」


 瞳を涙で濡らす彼女は、アルウェスを強く睨み付けた。


「どの女性も同じように見ているわ。同じように見ているのは、見ていないのも同然なのよ」


 デグネアはスッと立ち上がる。


「貴方はきっとこれからも、抱く女を彼女にあてはめるしかないのね。かわいそうなアルウェス」


 木々がざわめく音に目を閉じた。


 この世界は騒がしいほどに、誰かを求めずにはいられない

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