ベック少年と金髪男2
ウォールヘルヌスが開催される話で持ち切りだからか、魔導所はいつも以上に賑わっていた。
「へんてこ魔女、今日も来てやったぞ」
「こんにちはベック君」
あれからはほぼ毎回と言っていいほど、俺はナナリー・ヘルの相手をしてやっている。そのおかげでまともな会話が徐々にできるようになってきた。今では破魔士専用の受付に座ることができたのか、嬉しそうな様子だった。
やれやれ新人の相手をするのも楽ではない。
ただそんなナナリー・ヘルでも、激しく顔色を変える唯一の男がいたことを覚えている。
確かまだ破魔士の受付じゃなくて、依頼人専用の受付に座っていた時だった。
騎士団がぞろぞろとハーレの中に入ってきて、何をしていたのかは知らないけれど、ナナリー・ヘルが騎士の男の腕を凍らせていたのを俺はあの時見たのだ。
騎士に何をしているんだと、その時の光景が俺の中では衝撃的で色濃く記憶に残っている。
でも騎士とは仲が良かった? のか相手の男は余裕で笑っていた。
騎士は金髪の男だった。
「そこの金髪男!」
「?」
「お前、あいつの弱点知ってるのか?」
学舎も父さんの仕事もない休みの日、街に出てぶらぶらとしていた俺は、あの男を見つけた。
ひと目見たら忘れない、女のような男。男っぽくもあるが、母さんが好きなイケメンという類いなんだろうと、俺の声に反応してこっちを向いた金髪男に近づいていく。
「隊長? どうされました?」
「知り合いなんですか? この男の子」
茶髪の女騎士が膝に手をあててしゃがみ、俺と目線を合わせる。
騎士の格好をした大人達が金髪男のまわりにうじゃうじゃといた。ウォールヘルヌスに関係した仕事なのか、最近ではこうやって街角に佇んでいる騎士をよく見る。
「さぁ? 先に島へ戻ってて良いよ。後から帰る」
「わかりました」
茶髪女を退けて金髪男が何かを言うと、まわりにいた騎士達は使い魔に乗って一斉にいなくなる。
ふぅ、と息を吐いた金髪男は俺と向き合うと、さっきの女のように膝を折ってしゃがみこみ、俺と視線を合わせた。
この男、瞳が炎みたいに真っ赤だ。
「あいつの弱点って、なんの話かな?」
「ナナリー・ヘルのだ! あいつの弱点知ってるんだろ?」
真っ赤な瞳が大きく瞬く。やっぱりこいつ知ってるな。
俺はそこでいつもナナリー・ヘルに対して抱いている不満をぶちまけた。
対応が平均並なところとか、遊びに誘ってもなかなかのらないところとか、最初はさん付けで呼んできたところとか色々だ。
金髪男は俺の話を熱心に聞いてくれた。
それは大変だったねと、頭を撫でられる。
「子どもに対してもやっぱりそうなのか……」
「やっぱりなのか?!」
「良い意味でね」
立ち話もなんだからと街道の椅子に二人で座った。
もう夕方だったのか、赤い夕陽があたりを照らし出す。
「君は、ナナリー・ヘルにどうしてほしいの?」
大きく開いた膝に頬杖をついて、金髪男は俺を見る。
涼しい風が頬をかすめた。
「どうって……俺と遊んでほしいし、皆より俺にいっぱい笑ってほしいし、お菓子だってあいつの手から欲しい」
皆との平等な扱いがどうしても嫌だった。嫌いなはずなのに、どうしてもあの碧い眼差しが自分に向いていないと悔しかった。
「なるほど」
そう言った俺に、金髪男は赤い目を細めて笑う。
「でもあのお姉さんは強い魔女だから、ちょっとやそっとじゃ動じない」
強くて立派な破魔士になることが一番かもね。
そう言うと金髪男は立ち上がって僕を振り返り様に見下ろす。風になびいて揺れる金色の髪が、やけに綺麗に映った。
「強い?」
待てよ。ということは、ナナリー・ヘルを動じさせているこの男は強いってことじゃないのか。
普通の魔法使いでは、ましてや子どもなんかは相手にしないし、なるほど。それにさっき女の騎士がこの金髪男のことを隊長とか呼んでいたし、騎士の中でも強い奴なんだ。
それはそれで強さで態度を変えるヤバい女だと思うけど、この騎士の男はあいつよりも強いから、だから、
「お前に負けないくらいの魔法使いになればいいんだな?」
ナナリー・ヘルにあんな顔をさせる金髪男に勝てば、俺だってあいつにちょっとは余裕のない顔をさせることができるはずだ。そうだ俺は、余裕そうなあいつの顔が気にくわないんだ。
そう納得した俺は立ち上がって、金髪男に拳を突き出した。いつかお前を抜かして、ナナリー・ヘルにあんな顔をさせてみせる。
俺の拳を見つめた金髪男は、自分も拳を作ってコツンと俺のそれに当ててくる。
「健闘を祈るよ」
「おう!」
俺と金髪男の勝負は始まったばかり。