ベック少年と金髪男1
父さんは毎日ハーレに仕事を探しに行く。
だから俺も毎日ついて行く。
立派な破魔士になるために。
「またいたなへんてこ魔女ババァ!」
「ババァではないです。こんにちはベック君」
ナナリー・ヘルが笑顔で俺を出迎えた。
俺の名前はベック・マッカーレ、9歳。ハーレ魔導所に来るのも慣れたもので、働いている人たちには名前も顔も覚えられていた。『ベック君今日は何を食べたい?』なんて食堂のお姉さんはタダで食べ物をくれるし、カウンターにいるお姉さんは父さんが依頼を選んでいる間遊んでくれたりする。菓子もくれた。ここに来ている子どもがどれくらいいるかなんて知らないけれど、父さんに「甘やかされすぎだぞ」と言われるくらいには至りにつくせりな毎日を送っている。
そんな順風満帆な日々を送っていたある日、ハーレに行くといつもと違う女の人が依頼専用の受付に座っていた。
新しい人が座っているのは珍しいことでもないのに、俺は何故か妙に気になった。
あれは誰だと仲良くしていた職員のお姉さんに聞けば、新人さんよ、と予想していた答えが返ってくる。
そうか、新人か。俺より下だな。
そう思った俺はまだまだ伸びない背を高く見せようと、背中を仰け反らせながら、その新人の職員の前に行った。
「俺はベックだ、よろしくな」
親指を立てて自分に向ける。
決まった。
「ご挨拶ありがとうございます。ベックさんですか? 私もよろしくお願いします」
「お前、名前は?」
「ナナリー・ヘルと申します」
静かな笑顔で挨拶し返してくれた。
でも、なんだこれ。ちょっと違う気がする。俺が期待していた反応だともうちょっと愛想が良かったはずだ。
それにベック“さん”てまだ子どもの俺につけるか?
なんだこいつ……と不審な目で新人を見る。
父さんはまだどの依頼にするか迷っているみたいなので、新人への挨拶もそこそこに食堂へ行くことにした。
今日はいつもより人が多い。週末の少し前はこんな感じだから、それも慣れたものだ。
顔馴染みの配膳のお姉さんにやっほーと手を振ると、ニコニコしながら俺の好きな揚げ肉を片手に持ってきてくれる。
さすが、分かっている。
「やっぱユーナは良い女だな!」
「あらそんな言葉、どこで覚えてくるの?」
「へへっ俺はなんでも知ってるんだぞ」
そう、俺はなんでも知っているのだ。
だから知らないことは一つでもなくしたい。
「ユーナ、あそこにいる新人って誰?」
「新人? ナナリーのこと?」
「そうナナリー・ヘル!」
「なんだもう知ってるんじゃない~」
さすがベック君ねと褒められた。いい気分だった。
って違う。
「どんな奴?」
「どんな奴って……。真面目でお仕事も早くて、顔が良いわね」
「ふーん」
「あ、な~に? 気になっちゃうの? なっちゃうんだ~?」
「ちげーよ! なんかこう、気に入らないんだアイツ!」
「ええ~? ベック君が?」
「愛想の欠片もねーし、菓子もくれなかったんだぜ? 受付にしちゃーまだまだだな」
「そうなの? でもお菓子なら私があげるから我慢なさいよ」
「ふん」
とにかく俺はなんだか気にくわなかった。
次の日、ハーレに行ったらまたあの女、ナナリー・ヘルという無愛想な奴が受付に座っていた。
父さんが依頼を探している間、俺は暇なので受付にいるそいつのことをジッと見る。遠くのテーブルからじゃない、堂々と目の前からだ。
さすがにそんな俺に気づいたのか、ナナリー・ヘルはニコリと笑って口を開く。
「こんにちは、ベックさん。何かございましたか?」
「……」
こいつ、またベックさんなんて言ったな。悪い気はしないが、やっぱり気にくわない。
「暇だから遊んでやってもいいぞ」
「いえ、大丈夫です」
「よしティキトーラであそ……は?」
俺がどんなに歩み寄っても、ナナリー・ヘルは無視した。
こんな奴が受付?
他の皆は喜んで遊んでくれるのに、なんて残念な女なんだ。
俺の後ろにいた破魔士が「よぉベック、次は俺の番な」と言ってナナリー・ヘルに依頼をしに来たと話しかける。この人も顔見知りのオジさんだった。このハーレの中で俺を知らない人はいない。
どうせナナリー・ヘルは俺の厚意を無視したみたいに、オジさんにもそうするんだろう。今に怒られるにきまっている。
「ありがとうお嬢ちゃん、こういう仕事できる奴探してたんだよ。最近すぐに疲れちゃうからさ~」
「ナイガさんの依頼するお仕事でしたら、こちらも助かります」
「褒めても何も出ねぇよぉ~。じゃあ決まったら教えてくれや」
「はい、お気をつけて」
軽快でにこやかなやり取りに俺は唖然とした。
こいつ、猫被ってやがる。
気分よく魔導所の扉を開けて出ていったオジさんを見て、俺は騙されているぞと心の中で叫んだ。
「ベック、依頼決まったから行くぞ~」
「うん」
どうも釈然としない気持ちになりながらも、父さんに続いて魔導所から出る。
「ベックさん、行ってらっしゃい」
そんな声が聞こえた。後ろを振り向くと、俺に向かって笑顔で手を振るナナリー・ヘルがそこにいる。父さんの前だからってやっぱり猫を被ってやがるな。
ボソッと『さんじゃなくて君でいいし』と呟く。挨拶をし返さないのは礼儀正しい自分が許さないので、行ってきます、とちゃんと返した。俺のほうが大人だ。
次の日ハーレに行ったら「ベック君、こんにちは」とナナリー・ヘルが笑顔で待っていた。
俺は口を尖らせた。やはり気にくわない。