修学旅行編3
『魔法世界の受付嬢になりたいです』
小説第三巻が2月12日より電子配信されています。
限定ssなどもありますので、どうぞよろしくお願いします。
桃色の大きな花びらに、指先をちょんとつける。
「うわぁ、大きい……」
手のひらよりも大きい花びらは振動でユラユラと揺れて、真ん中に鎮座していた花粉がパラリと地面へと落ちた。
私の身長を軽々と超える草花たちに感嘆の息を洩らす。
植物園はとても広く、中を一周回るには半日かかるのだと先生は言っていた。もちろんララ達使い魔に乗って回れば一瞬で回れるけれど、自分の足で歩いて回るという決まりになっているのでそれはしない。
「植物園なんて家族でも来たことないなぁ」
「ラスは両親とお出掛けしたりするの?」
「演劇を観に行ったりはするけど、こういう場所は初めてかもしれない。ねぇもしかして、あれはサギリ草じゃないかな?」
「三ツ又の……ほんとだ!」
私はラスと並び歩きながら、やれあれは人食植物だ怪柱草だと本の中でしか見たことがない植物を興奮気味に観察していく。
ラスは男爵家の子息だがとても気さくで、私達のような平民とは壁を作らない穏やかな青年だ。
今だって、人の拍手にしか反応しない音色寿という植物の前でバンバン手を叩きまくる私に何を言うでもなく笑って「手は痛くならない?」と心配までしてくれる。痛くないよと返せば、じゃあ僕も叩いてみようかなと一緒に叩いてくれ、ラスの穏やかな雰囲気は私の心まで和ませてくれた。こういう友人は一生大切にしていきたいと思う。もちろんどんな友人でもだ。
一方でやはり右から行ってしまったためか、他の班の女子たちに捕まってしまったロックマンとゼノン王子は、班行動など一体どの口が言っていたのか――今では見事私達とは距離が離れ完全に別行動となっている。
その距離ざっと歩幅30歩ほどで目で確認できる近さではあるが、この際本当に別行動をしてやりたいくらいだ。
内心ぶーぶー怒っていると、一瞬頭上に影が出来る。すぐに過ぎ去ったため何だろうと見上げると、植物園の天井スレスレでサタナースが使い魔に乗り飛んでいた。
禁止だと言われているのにも関わらず、本当にどうしようもないやつである。
他の生徒はその光景を見て、サタナースならやりかねないと思っていたのか驚くこともなく傍観している。いつもならあのような所業を絶対に許さなく説教を仕掛けるゼノン王子はと言えば、つい先ほどお手洗いに行ってしまったらしくこの場にはいなかった。
今こそ彼が必要なのだが(でも王子にやらせることではない。)ここはしょうがない、一発喝を入れなけば。
「こらぁサタナース! 飛んじゃ駄目って言われてるでしょうが!」
「サタナース止まれ!」
私とロックマンの声が重なる。
――――――ぷっつん。
その後、数秒遅れてそんな音が耳に届いた。ぷつん?気のせい?
ロックマンは普段の言動から止めそうもないくせに、今はやけに焦った様子だった。不審な目で自分を見ている私へ気づいての動作か、ロックマンが花についての説明が書いてある看板を指差した。
【如椄花】
◎抑え糸で中核を刺激しないよう固定しています。
糸が絡まないよう空中を飛ぶなどの行為はしないでください。
また花を傷つける行為はしないでください。
「抑え糸……」
「抑え糸? 花の発情期を抑える、あの?」
私の呟きに、ラスは柔らかな髪を揺らし自身より数倍も大きな植物たちを見た。
植物には人を食べる植物があるように、人を誘惑する植物もある。誘惑する植物は花粉を振り撒き人間を虜にするのだが――――
すると、きゃきゃきゃ、と女性の笑い声が園内にこだました。
「あら、花粉かしら?」
「これって……魅了の花粉」
金色に光る粒がパラパラと降ってくる。
花粉と口に出してハッとする。
男子達が危ない。
「みんな防御膜張らなきゃっ」
「いや、もう遅い……」
口と鼻に手をあて、自分の周りに防御膜を張ったロックマンが園内を見て訝しげな顔をした。
「ああ、あなたは花のように美しい!」
「花だものね」
花の茎に抱きつく男子生徒たちを見て、貴族女子が冷ややかな視線を送っていた。
すでに遅かったようである。
「ラス……」
そしてラスも、
「あなたがこの世で一番美しいことは、分かっていましたよ」
頬を赤くし、花にむけて礼をしていた。
発情植物と呼ばれる如椄花は、人間の男が近寄ると花粉を振り撒くのだが、その花粉には幻覚成分、媚薬に使われる成分と似たものが含まれており、浴びた男は花を本物の女だと勘違いしすり寄っていってしまう。また花も女性に擬態できるため、誘惑に簡単に引っ掛かってしまい被害にあう男性がいることも少なくはないらしいのだが、この如椄花がなぜ男を誘惑するかと言うと答えはただひとつ、繁殖するためなのである。なんと植物なのに、他の種の生き物と交わることで実をなすことができ、また繁栄していくことができるのだ。
花粉の威力は相当なものらしく、男性は少しでも吸ってしまえば意識を保つのは難しいとまで言われている。
そのため観賞用として植物園などに置く場合は『抑え糸』という花の中核にある雄樹頚なるもの(簡単に言えば他種族の男を感知する部分)を刺激しないよう糸で引っ張り固定している。
だがそれを、恐らくサタナースが室内を飛んでしまい糸にひっかかり切断してしまったのだ。
これは本当に大変な事態なのである。
「ナルくんナルくんナルくんナルくん私を見るのよナルくんナルくん」
「なんだか執念すら感じるわ」
ベンジャミンと同じ班のニケが、彼女の近くでそう感心している。
元凶のサタナースも花粉を吸ってしまったのか、今は下に降りて花相手に目をハートにしていた。他の男子生徒同様メロメロになってしまっている彼を一目散に追いかけたベンジャミンは、ガッシリとサタナースの両肩を掴んで自分のほうへと視線を向けさせている。暗示のように私を見ろと連呼しているが、ますます花粉の効果が効いてきたのか今にもベンジャミンの手から離れてしまいそうだった。
「きついな」
そんな中一人、ロックマンだけは目頭を抑えて片膝をついていた。
防御膜を張っていたというのに、どうやらほんの少し吸ってしまっていたようだった。
そのロックマンを心配するように貴族女子は他の男子など構ってられないと言って一斉に集まる。
「アルウェス様、気をしっかりとお持ちになるのよ!」
「あんな下世話な花どもにデレデレする姿なんて、わたくし、わたくし見たくありませんわっ……」
周りの女の子達がこぞって奴を囲い、花を視界に入れさせまいとしている。
そうは言っても粉の誘惑は強力だ。男子たちを見れば分かる。
いっそのこと残念な姿をさらしてみても良いのではないかと思うが、そんなことを言ったらマリス嬢から鉄拳が飛んできそうだ。
「ナナリー! いつもの調子でアルウェス様の気を逸らしなさい!」
「ヘル早くーっ」
「ええ?!」
ロックマンの背中をさするマリス嬢から、なんでもいいから気を逸らせという指示が入った。
逸らすといってもどう逸らしたらいいのか。もう魔法で隔離をしたほうが早いのでは。
お願いを聞かないわけにはいかないので、一応近くに寄ってみる。
「ば、ばーか」
「……」
――――シュッ
そして一応嫌味を言ってみたが、なぜか無言で吹き飛ばされた。
「駄目じゃないのナナリー!!」
「いやなんでよ!!」
魔法で吹き飛ばすくらいの元気があるならいいではないか。
『男はわたくし達を見ていれば良いのよ』
花の声が聞こえる。
女子たちもそれに気づいて如椄花を見れば、花は女性へと擬態を始めていた。これはまずい。
『恋慕う人間が近くにいるほど効果は強くなるわ』
『恋する相手よりわたくし達に夢中になりなさいな』
そう言うと、茎の部分から蔓がにょろにょろと伸びだした。
『あらまぁ、良い男がいるじゃな~い』
花たちはその大きな花弁をゆさゆさと揺らして、良い男を見つけたと喜びだす。
良い男? どこに?
すると片膝をついているロックマンのほうへと何本もの蔓が伸びていき、奴を掴もうと貴族女子たちの間をうまくすり抜けて身体に巻きつき始めた。
防御膜を張ろうとしたが後の祭りだ。
花を傷つける行為は駄目だと看板に書いてあったが、被害にあった場合でも駄目なのだろうかと、蔓を切るために出した氷の剣をもて余す。
「引っ張ってーっ」
「サリーも早く!」
そうしている間にもロックマンがズルズルと引き込まれてしまいそうになっているので、貴族女子やマリスは意地でもそうはさせないと顔を真っ赤にしながらロックマンの身体を掴んでいた。
しょうがない、蔓を切ることはせず蔓をほどくならば大丈夫だろうと、私は筋力が増す魔法を自分にかけてロックマンに近づく。
巻き付いている蔓は私の腕よりも太く頑丈だった。一本一本丁寧にほどいていくも、ほどいたあとまた違う蔓が巻きついてくるのでらちが明かない。
未だに意識がぼやぼやしているのか目が少々虚ろなロックマンに、何だか無性に腹が立ってきた。(ただのとばっちりなのだが)
「しっかりするの! 花と女の子どっちが大事なのよ!」
しっかりしろと声を上げる。女の子たちがこんなに頑張っているのだ。
その言葉に顔を上げて私と視線を合わせる。
「……女の子」
「そうでしょうとも!」
女の子、と言ったあとガクッと顔を下に向けたロックマンには今ばかりは称賛の拍手を送りたい。女の子=自分達だとしっかり認識している女子達は、魅了の魔法に負けなかったロックマンのその言葉を聞いて団結力が増していく。
「先生たすけてぇ~!」
「なんだこれは?!」
そしてその後ボードン先生が来たが先生も被害にあってしまったため、駆けつけたプリスカ先生と植物園の女性職員と女子たちで抑え糸を設置しなおしていった。
騒動後サタナースはボードン先生にこってりと怒られ絞られ、明日の自由行動はサタナースだけ宿で作文を書くという処分になったようだった。
自業自得である。