執事と坊っちゃま
2020年1月11日(土)
「魔法世界の受付嬢になりたいです」
小説最終巻・3巻が発売予定となりましたヽ(・∀・)ノ
書き下ろし番外編など詳細は、活動報告に記載しております。
よろしくお願いします。
私、フェゼル・ロウが仕えるアーノルド家の子息様は、小さな頃からこの屋敷にあまり寄り付かなかった。寄り付かなかったというよりも、檻から出してもらえなかったというほうが正解なのだろう。
ロウ家の人間はアーノルド家の使用人として代々仕えているのだが、使用人として入ったばかりの私と歳の近かったノルウェラお嬢様が、まさか王族を婿に迎えるとは当時まったく思ってもいなかった。それこそ屋敷中が大騒ぎになっていたのを今でも色濃く覚えている。
アーノルド家の当主が公爵の称号を得たのは二代前の時で、公爵としては歴史が浅い。しかしアーノルド家という家は百代前も昔からこの地を栄えさせるために主力を尽くしてきた力ある領主だった。何もなかった地を耕し、多くの人間を集め、今ではドーラン王国内でも一、二を争う産業地域となっている。
公爵となったのはこれまでの功績と信頼を勝ち得て、王家の仕事を請け負うようになってからのことであった。136代目当主であったサヴァイア・アーノルド様が第一代ロックマン公爵となり、軍事と宰相という二つの役割を与えられたのが始まりである。サヴァイア様はそれはそれは多才な方であったのだと、アーノルド家に長年使えていたという私の祖父が言っていたらしい。
ちょうどその頃の王国内は人手不足に悩まされていたらしく、人選に空きの出てしまったところへサヴァイア様に白羽の矢が立ったのだとまるで自分の事のように誇らしく話していたという祖父の話は父から何度も聞いていた。軍事とはつまり騎士団の上、王の手足となり軍隊を動かし他国との争いを左右する場所を任されていたのである。その上宰相として側で支えるのだから仕事量は並大抵のものではない。当時「サヴァイアは二人いる」とまで言われたほど現場を行き来していたようだった。
ノルウェラ様が王子殿下に出会ったのは、ミハエル殿下が毒に犯されたと王宮からアーノルド家に助けを求めに来たのがきっかけであった。
お嬢様は治癒魔法を得意としており、特に毒に関しての知識と治癒力は当時右に出るものはいなかった。貴族の令嬢が何故そこまで知識に精通しているのか疑問ではあったが、それがのちにサヴァイア様の指示で身に付けさせたものだと知った。王の懐にいたからこその考えなのだろうと、今では思う。長生きではあった人だが、己の孫をそうまでして王家の役に立てる人間に仕立てあげさせたことに、私は少々恐怖さえ感じた。
だがノルウェラ様には、そんなことなど関係なかった。
『あなたは天使?』
『あらあらミハエル殿下、天使が見えては大変ですよ』
『どうせならば死ぬ前に、君のような美しい人と……たくさん子どもを作りたかった』
『あらあら、まぁ』
王宮の一室。
ノルウェラ様はそんな旦那様に一目で恋に落ちたという。
病室での恋物語はその数ヵ月後見事に実り、このアーノルド家にドーラン王国の王子殿下が婿入りするという歴代でも異例な出来事に繋がった。互いに身分も申し分ないので障害は特にない二人ではあったが、アーノルド家は王家との結び付きが強すぎる、と逆に避難の声もあった。
なので現在、王宮内での仕事は一つしか担っておらず、ほとんどは領地にある公爵邸で業務をこなしている。
「アルウェスはしばらくアリストのところで見てもらうことになった」
「……さようでございましたか」
「可愛がってくれていたのにすまない。屋敷内ではやはり制御が効かないらしいんだ」
長男のビル様が生まれてから三年後、次男であるアルウェス様が誕生した。
アルウェス様は生まれた時から魔力量が凄まじく、出産の際もノルウェラ様の血を取り込もうとしてしてしまい母体の命が危ぶまれるほどたいへんな難産であった。
しかしそんな出来事とは裏腹に、蜂蜜色の髪にまゆばい白肌、燃え盛る炎のように輝く赤い瞳、乳母の腕におさまったその天使のような赤子に、私は感嘆のため息を漏らした。
アルウェス様がぐずれば屋敷のいたるところで物が浮き、笑えば地面が揺れ、泣けば家具や小物に火がおこり、眠れば瞬く間に鎮まる。
屋敷内はいつも騒がしかった。いいか悪いかを問えば、その状況をいいという人間は少なく、かなり悪い。
噂を聞きつけた伯爵が研究所でしばらくの間預かろうと提案してくださったようだが、研究所と聞いた私は正直いい気はしなかった。もしかしたらそんなことを言ってアルウェス様を密かに実験台にするのではないかなど、疑いの眼差しで乳母に抱かれる赤子を見ていた。
こんなに可愛いのに、と乳母で使用人でもあるキャロナ・マーヌが涙目で私を見つめる。
すやすやと眠りにつくアルウェス様は本当に可愛かった。
*
今日は子息様が屋敷に帰ってこられる日だ。
私達使用人はそれを聞き、普段よりいっそう張りきりだす。
ある程度の魔力を制御できるようになってから屋敷に戻ってきたアルウェス様だが、屋敷にいたのは数年ですぐに王国の魔法学校へと行ってしまわれた。それから六年、帰省期間中は屋敷に帰っては来るものの他の貴族の屋敷で過ごされることが多く、卒業を迎えても騎士団の宿舎で過ごされることが増えたのでお会いできる機会はそうそうなかった。
「ロウ、アル兄様の好きな物はなんだ」
「甘いお菓子がお好きですよ」
「甘いお菓子……。せっかく俺が帰省している時に屋敷に来てくれるのだから、何かもてなさなければ」
ミハエル様によく似た威厳のあるお顔は、アルウェス様と兄弟と言えどよく見なければ分からない。アルウェス様は母親よりの容姿をしているので違いは明白だ。
甘いお菓子という情報をもとに三男であるハイズ様は急いで厨房まで向かっていく。
ハイズ様がアルウェス様と過ごされた時間はかなり短いが、会えばこれでもかというほど親以上に甘えさせてくれる兄君だったせいか、帰省と聞いてハイズ様は張りきっていた。
アルウェス様は本当に私達に優しいお方だった。
女性の使用人にはもちろん、長く帰って来なくとも一人一人の名前をしっかりと覚えていてくださり、気さくに声をかけてくださる。
甘えさせることができなかった分、みなアルウェス様が恋しくて仕方がないのだ。かくいう私もその一人である。
「おかえりなさいませ」
「ありがとうフェゼル。キャロナはいる?」
屋敷の前で使い魔に乗り降り立ったアルウェス様を出迎える。
長い御髪は変わらずで、風になびくそれを片手で抑えながら彼は乳母であった使用人の名を口にした。
「キャロナでしたらノルウェラ様とお出掛けになっていますよ」
「そうか。渡したい物があったんだけどな」
「そのお花でしょうか?」
「ああ。明日はキャロナの誕生日だから」
「すぐに帰ってきますから、お喜びになりますよ」
赤い花束を後ろ手に持ち玄関へと向かう。
「フェゼルの所は孫が産まれたんだって?」
「はい。愚息ながら可愛い娘に恵まれましたようで」
「貴方のことだから孫には頬が緩みっぱなしなんだろうね。おめでとう」
そう太陽のようなあたたかな笑顔を見せたアルウェス様に頭を下げる。
アーノルド家に支えて約三十年。
アルウェス様には浮いた噂がいくつもある中で、使用人だけが知っていることがある。以前アルウェス様のお気持ちを知るためにとカーロラ様との婚約直前に、ある女性を舞踏会へと旦那様が仕向けたのだ。その女性を遠目で庭の外から他の使用人達と眺め見ていたのはいい思い出である。
旦那様によればアルウェス様のお心に一番近い女性なのだと言い、それ以上は聞かされなかった。
ただその日仮面舞踏会から帰られたアルウェス様の顔はそうとう疲れきっていた。悩ましい表情で、珍しく苛々しているようだった。
『アルウェス様、あたたかい御茶でも飲まれますか?』
『……ありがとう』
上着を脱ぐと、乱雑にソファへと座り足を組む。
『父上に言っておいてくれ。次に同じ手を使ったら二度と口はきかないと』
『舞踏会で何かございましたか』
『僕に心変わりをさせようとしたらしい』
『その様子では……心変わりはされなかったのですか?』
『変わりはしないさ』
紅茶をテーブルの上へ置きながら問いかける。
アルウェス様はそれを手に取り口元へ運んだ。思案顔で窓の外を見つめている。
『なるほどお坊っちゃまは、心変わりが怖いのですね』
『ロウ、お坊っちゃまはよしてくれないか。もう良い歳なんだから』
『お坊っちゃまはずっと私のお坊っちゃまにございます』
『はぁ……』
ソファになだれたアルウェス様は伏せ目がちに私を見た。
いつか彼の可愛い子どもをうんと甘やかせることが、今の私の目標である。




