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受付嬢三年目・魔法世界のほんとう

 どことなく、苦しいという感覚が薄れる。


 急に大人しくなった私を怪しむことなく、シュテーダルは大声で笑い続けていた。今のは何かの聞こえ間違いかと思ったが、けれどそういうことでもないらしく、また声が聞こえた。


『わたしは一番最初にこの世へ誕生した、氷の力を持つ者です』


 声と共に脳内を駆け巡る光景が、私の思考を奪った。




 広い原っぱ。

 そこには薄い衣を羽織った男女が六人いた。

 皆楽しそうに笑っており、歌ったり踊ったりと幸せそうにしている。

 この、背景には建物も何もない景色。彼らが着ている衣を見るに、ここ最近の光景ではないことが分かる。

 私に聞こえた声は、一番最初にこの世へ誕生した氷の力を持つ者だと名乗った。それじゃあ、本当に氷の始祖の力が私の中に……?

 これは何十、何百、何千年も昔、始祖と呼ばれる人達がいた時代の景色なのかもしれないと気づいた瞬間、息をするのも苦しくなるような衝撃が襲った。


 しかし次には場面が変わって、今度は五人が互いに手を合わせて魔法か何かをかけている姿が見えた。すると五人の中心には黒い龍のような、けれど人間の赤子のような小さい生き物が現れる。


(シュテーダル? これは昔の記憶?)


 その後、五人が赤子の面倒をよく見ている光景が流れるけれど、それ以上に面倒を見ている人がいた。

 その人はただ一人シュテーダルを生み出す場にいなかった、白い髪の女の人だった。

 照り付ける日差しの中で、氷を手の平から出しては小さなシュテーダルの頬へ当てるその人は、のちの世で氷の始祖と呼ばれるであろう人だった。


 また場所は変わり、草原の中心で氷の始祖らしき人と赤い髪の毛の男の人が口づけをしている場面になった。

 魔法型別に見られる色味からするに、赤いのは火の始祖だと考えられる。

 そしてそれを離れたところから見ている、身体も心も大人へと成長したシュテーダル。

 二人を見ている目つき、いいや二人ではなく火の始祖を見ている形相はとても恐ろしく、声がなくても憎く思っていることが分かった。


 それからはシュテーダルが魔物を作り出しては五人を襲うという場面ばかりになった。

 シュテーダルは氷の彼女に恋をしていたのだ。

 おそらく彼にしか生み出せないその奇妙な生き物で、殺し目的でも意地悪でもなく、自分の強さを氷の始祖に見せつけたいという感じだったのだろう。

 しかしそれでも彼女がシュテーダルを好きになるということはなく、とうとう彼は彼女以外の五人を殺そうとしてしまう場面にまでなってしまった。

 彼が五人を襲うのは、五人に対する恨みと嫉み、そして五人の能力に対して対抗できる力を持っていたからだろうと、頭の中で女の人が話す。


『自分達の勝手な都合で、生物を造り生み出すことは万死に値します。それを黙って見ていた私も他の五つと同罪。そうして手が付けられなくなってしまった彼を、私はすべての力を振り絞り完全に凍らせ、破壊しました』


 この辺りは創造物語集の通りになる。


『裁かれるのは私たちでありながら、残酷なことをしてしまった』


 あれは創造ではなく、本物に限りなく近い話だったのかと息をのむ。


『破壊はしましたが、それでも完全ではなかった。数年すると広い地に散らばった欠片は意思を持ち、この世の物とは思えない姿をした生き物になりました』


 恋が破れ、逆恨みし、あまつさえ彼女達を排除してしまおうとする暴挙に出てしまったシュテーダルに、今の私なら何と言えるだろう。同情することはないが、その気持ちを理解してあげることはできる。

 それに恐らくシュテーダルは、ただ皆と同じようになりたかったのだ。その、人間とはほど遠い容姿をはじめ、場面の節々で劣等感に苛まれるような姿を見た。

 なりたいものになれない、その気持ちも、恋する気持ちも、咎めるようなことはできない。


 しかしだからと言って、世界を破滅させ人々に危害を与えるような行動はけして許されるものではない。


『その後、数百年経ち誕生した生き物たちに力を与えましたが、氷の力を奪おうとする魔物達から私を隠すべく、水の始祖と今では呼ばれているであろう彼女に私の魂と力は海の底へと沈められました。永遠に届くことのない冥海へと、始まりの海の王であるセレスティアレアに託して』


 身体中の血が湧きたつ感覚に、シュテーダルを掴む手がグッと力みだす。


「なんだ……? 吸い取らずとも自ら吾の中へ入ってくるではないか! そうかそうか、そんなに吾に会いたかったのか、氷よ」

『己が凍っているのが分かりませんか』

「この声は――氷よ!」


 私にしか聞こえなかったはずの声が、シュテーダルにも聞こえるようになっている。氷の始祖の意識が私の魔力と共にシュテーダルの中へと入って行っているからだろうか。


『破滅なさい。永久には出来なくとも、今この時代は、あなたのものではないのです』


「おお氷よ! 吾の身体の中を巡っているのか! お前と一つになれるとは、なんと快楽的で心地の良いものだろうか、なぁ、氷よ、お前と吾の二人でこの世を支配しようではないか、他の邪魔な生き物はすべて消してしまえばいい、そうだろう氷よ」


『そうですね、消してしまいましょうか、二人で』


「あああ、なんと尊いこと、か……」


 高揚した声を上げたまま、シュテーダルは完全に氷漬けとなった。話すことも、動くこともなく、その身体は自由を失いただそこに浮遊している。


「はぁ、はぁ」


 生気を吸われたように私の身体も怠くなったが、震える右手を上げて、破壊の指鳴らしをしようと人差し指と親指を合わせた。


『ナナリー』


 慈しむような優しい声で、氷の始祖は私の名前を呼ぶ。頭の中の光景だけで、その姿は最後までこの目に見えることはなかった。


『氷の血を持つ者は、シュテーダルが遥か昔にかけた呪いのせいで、火の血を持つ者と子を成すことが出来ません』

「子どもが、できない」

『しかし呪いも、三千年を過ぎた頃から効力は緩み始めています』


 姿は見えないけれど、額の辺りに冷たい空気が触れた。


『どうか、仲よくなさい』


 そう言うと、それきり声は聞こえなくなった。私は目を閉じてゆっくりと指を鳴らす。

 パチンという音と共に破壊されたシュテーダルは、氷の欠片と共に、流れ星のように地上中に散らばっていった。


 力の抜けた私は、そのまま地上へと落ちて行く。

 空には島は一つも浮いていない。こんな景色は初めてだった。


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