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受付嬢三年目編・大会三日目

「代理で現れたのは水色髪の白い衣装に身を包んだ女性です! このまま試合は続行されます!」


 ハーレ側にはけしてよろしくはない歓声の中、呆然としている私へ追い討ちをかけるように実況の声が耳に響く。


 代理? 水色髪? 白い衣装?

 キョロキョロまわりを見渡してもそんな特徴のある女なんて状況から察するに私以外いないではないか。

 地面にへたりこんで座っている私の顔は鏡を見るのも恐ろしいくらいに滑稽なこととなっているだろう。


「あれヘルさんじゃないか!?」

「おーい頑張れよ!!」


 近くの観客席から名前を呼ばれた気がしたので見てみれば、そこには薬師のペトロスさんと友人のマルコさん、今日は市場をおやすみしていた野菜売り場のおばさん達がいた。

 

「誰が相手だって同じよ」

「!?」


 振り向きざま、とっさに地面へと転がる。


 ――カキン!


 デアラブドスを横持ちにして仰向けになり、ブンと振りかざされた氷の剣を受け止めた。

 力と力の押し合いでギギギと鈍い音が立つ。上からの重圧に腕がぷるぷると震えた。


「反応がいいのね」

「っ……」


 ゾゾさん側を向いていた私を背後から襲ってきたムイーシア・ヘルドランという女騎士。黒く長いその髪が、重力に従って私の額や首もとにはらりと流れ落ちてくる。

 なおも押し返そうとする私の目と彼女の目が合えば、上から下へ、下から上へと舐められるようにじろじろと見られる。その視線に居心地の悪い気分になっていると、黒に少しだけ緑の混ざったその瞳が好戦的なものから攻撃的なものに変わった。


「あんなに親しくして……っ」


 え、なになに私なにかしたのか。


 このままではかなり戦いづらい。

 地面に膝をつけたままだったので勢いで倒れてしまったのは不覚だが、私はふんぬと腹に力を込めて徐々に立ち上がっていった。

 もう、もう……

 

「どういうことですかぁー!!」


 ハーレの皆へ大声で叫んだ。

 私がここにいるなんて場違いにもほどがある。

 十中八九さっきの札のせいだ。


 相手の剣を力ずくでなぎ払って後ろに下がる。


「だぁって!色んな意味で対抗できそうなの貴女しか浮かばなかったのよー!!」


 ゼェハァと息を吸い込みながら決死の形相で叫んでいる私にゾゾさんからそんな声が返ってきた。

 色んな意味の色んなとはどういう意味だ。はっきり力がと言ってくれるならいいがそうでもないらしい含みにジト目で皆を見つめる。

 アルケスさんから満場一致でお前に決まったんだよと叫ばれれば何だか悪い気がしなくもないので素直にじゃあがんばりますと頷いてしまう。

 戦いを一時中断していたバンデロ先輩も一緒にやってくれると助かる、と隣まできて左手を差し出されたので思わずその手を握り返した。


 だが私には放棄、いや無断欠勤にも匹敵するほどの重大な事柄がある。


「でもあの! 今私仕事中といいますか!」

「はやく終わらせたら仕事に戻れるから、頑張ってちょうだい!」


 要約すれば「四の五の言わずさっさと倒してこい」。

 思い違いではなく確実にそう聞こえる。


「ナナリー後ろ!」


 殺気を感じた私は先輩の叫びにララを召喚してすぐさまバンデロ先輩とともに空へと舞い上がる。

 私がさっきまでいた場所には銀色に見えるほどの鋭い氷柱がいくつも刺さっていた。あのままあの場所にいたら今頃私は文字通り針山と化していただろう。

 ムイーシアさんが魔法の構えをしながら、空を飛ぶ私を下から見上げている。

 その隣にはバンデロ先輩と先程まで戦っていたロックマンがいた。

 彼女の隣にいるロックマンを見れば、向こうも私を見ていたのかバッチリと視線が絡まった。涼しげな表情だが機嫌の悪そうな顔……気のせいか。いつも私が見るあいつの顔はだいたいあんな表情だ。

 なにはともあれアイツと戦うことになるとは運が良いのか悪いのか。


「ハーレはいつまで逃げてんだー!」

「戦えー!!」


 逃げる、だと。


「バンデロ先輩……」

「どうした」

「降りましょう」

「お、おう」


 観客席から聞こえた怒号。

 私と先輩は地面へ降り、二人の目の前に立った。

 ララを肩の上に乗せてデアラブドスを地面へ突き立てる。

 逃げる。確かに私の今のこの状態は逃げの姿勢に入っていると思われても文句はいえない。貴重な試合時間を削っているのだ。だからその声には反論しないし文句を言い返すつもりもない。

 けれど逃げている弱腰野郎だと思われて終わることは私の意地において絶対に許されないことである。


「逃げてばかりの方に負ける気はしません。隊長、氷は私に任せてください」


 2対2で対峙すれば、そう大きな声で宣言される。

 おい待て美人さんよ、何度も逃げる逃げる言うな。

 奴はと言えば「負けない? それなら任せるよ」と笑っている。

 というかなぜあちらが選ぶ立場で私たちが選ばれる立場になっているのだろうか。見下されているとしか思えない。


「カラザ キオノスティバス(雪崩)」


 若干の苛立ちを覚えていると、先ほどの時間を取り戻すように次から次へとヘルドランさんから攻撃魔法が繰り出される。完全に私を対戦相手として認識しているようだ。

 身体を貫く勢いで降ってきた雹。

 バンデロ先輩と離れて、デアラブドスを頭上で回転させて飛び散らし回避するが、横から大量の雪の波が襲いかかる。

 うねうねと竜の形にかえて渦を巻きながら迫ってくるそれを見て、ギリ、と奥歯を噛み締めた。


 私もやられてばかりではいられない。

 右手の薬指を唇に当てる。


「プネウマ・パゴス(氷の吐息)」


 片足を引き、肺活量を最大限使いその竜へ息を吹き掛ける。

 キラキラと光の粒が混じる吐息の風速風量は風の魔法使いに勝るとも劣らない。吐息で雪の竜をカチコチに凍結させて動きを止めた。

 仕上げに指をパチンと鳴らして粉砕させる。

 

「雪の竜が崩れさった! ドーラン王国騎士団ムイーシア・ヘルドラン、次はどのように攻めるのでしょうか!」


 あんなに聞こえていた実況の声も、いざ戦いをする側に回れば途切れ途切れにしか聞こえなかった。


 氷の屑があちらこちらに散らばっている。きっとこれはさっきまで彼女と戦っていたディーンさんの魔法の跡だ。

 

 龍を消したあと何処からともなく氷が地面を覆ったかと思えば、足元から氷岩(ひょうがん)が勢いよく音を立てて出現する。

 氷岩は私を覆いこみ閉じ込めようとしているようだった。

 すぐに上へ飛んで回避をしようと思ったけれど、それでは逃げている姿をまた大勢の前で晒すだけだ。

 それはなんとしてでも避けなくては。


「ブラギアームス・メギスト!(最大の腕力)」


 腕を大きく振りかぶり、凍った地面に思いきり拳を叩きつける。


――――ドゴォォオン!!


 氷ごと地面を叩き割り、相手が出した氷岩に魔力を込める。

 すると先程より数倍の大きさの氷岩が波紋のように広がり、その衝撃でヘルドランさんの身体が競技場の端へと吹っ飛んだ。足を押さえてふらりと立ち上がる彼女を見て、微々たるものだが傷を与えることができたようだと核心する。

 女性相手だからと戦いにおいて手を抜くようなことはしない。言い方は悪いが相手も私を殺すつもりでかかってきているように思う。ならばそれ相応の覚悟でいかなければ。

 なんであんなに殺気立った目で見られるのかは不明だけれども。

 負傷した彼女には悪いけれど、魔法を発動される前に地面へ仕込んでおいた氷の糸で両手両足を縛りつけた。


「なによ、これ!」


 指が振れないように、親指、ひとさし指と順に氷の糸をグルグルに巻き付けて固定させる。触手のようにうねうねと巻き付くそれを見てヘルドランさんは声を荒げた。呪文が唱えられないように口元にも何重と巻き付ける。

 そんじょそこらの刃や熱では切れない。なんといってもキングス級の氷の破魔士から直々に教えてもらった魔法だ。


「これはどうしたことでしょう、あっという間にヘルドランが手も足も出せなく……」

「指の動きを止められては戦闘不能状態になったも同然ですわね……」

「ええ、ただ今ハーレ側の資料がまわってきました。代理の水色髪の女性はナナリー・ヘルという方で……王国魔法学校では首席アルウェス・ロックマンに次ぐ次席で卒業しています」


 あれ、今とても不快なことを言われた気がする。

 

次話→明日5月8日更新予定

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