始祖の墓
「あなた、これを見て」
「どうした?」
カルタール王国・火の始祖の墓では遺跡の調査が進められている。
調査には数々の国から集められた優秀な考古学者、天文学者、破魔士達が力を貸していた。
ナナリーの母、ミミリーもそのうちの一人であり、始祖の墓を研究する第一人者としてその世界では有名な考古学者だった。
大陸の端にあるこの王国内の火山のふもとで発見された火型の始祖の墓。ほら穴のような場所にあったそこは、今まで数多くの学者達が見つけようとしても見つけられなかった場所である。
最初に見つけたのは依頼で魔法動物を探しに来ていた王国の破魔士であり、男は偶然その場所を見つけた。探していた魔法動物はほら穴のような場所に住んでいることから、男は火山のふもとにあったほら穴の中へと入っていったが、見つけたのは魔法動物ではなく大きな墓であった。
大陸全土で優秀な学者達が収集され、火の始祖の墓場では100を超える人数が調査を行っている。
これだけの大規模な調査には訳があった。
近年増え続けている魔物。そして各地に現れるシュテーダルという魔物。
一般の民には伏せられていることだが、ひそかに各国の王から密命を受けていた学者達は、その究明に追われていた。
シュテーダルとは何者なのか。
魔物を滅ぼす方法はあるのか。
これから起きうる災厄を避けるすべはあるのか。
学者達が墓にこだわるのには理由がある。
以前から火型と氷型の始祖の墓以外は見つかっていたわけだが、それぞれの墓には石盤があり、そこには古代文字で刻まれているある言葉があった。
「ヤミ、ノ、オゥノトキ、ハ、トメウル、コトハデイキナイ――闇の王の時を止めることはできない。そう書いてある」
「!! ……おい皆、ちょっと来てくれ!」
洞穴の中を大きく削り炎が宿る照明の魔法でいくらか明るくなっている墓場。壁とはお世辞にも呼べないごつごつとした、衝撃を食らえば今にも崩れてしまいそうな土の壁。
始祖の墓は祭壇のようになっており、扉のような大きな石盤がそこかしこに転がっている。
何十もあるそれを学者達は一つ一つ調べていたが、ミミリーが調べていた石盤はその四分の一にも満たない、比較的小さなひし形の石盤だった。
ミミリーの隣で共に調査をしていたのは、彼女の夫であるカウルス・ヘルだった。
カウルスは仕事の依頼を受けてここへ来ていた。
ハーレにあったあの遺跡調査の手伝いである。
「他の始祖の墓にあった石盤をここへ持ってきてください」
ミミリーに言われ、現場へ持ちこんでいた石盤を男が10人がかりで運んでくる。石盤には魔法が使えない。
「これも文章が繋がるようね。順番はきっと地・雷・風・水……火、こうでしょう」
垂れてきた焦げ茶色の髪を後ろでまとめ直し、ミミリーは石盤を地面に並べる。
四つの石盤には学者達が検討をつけるかぎり、それぞれの墓と繋がる文章が書かれていることが分かっていた。
その文章とはかつて始祖達が犯した罪についての記述である。
そしてもしかするならば、魔物を消し去るための方法が書かれているかもしれないということも推測されていた。
元々一枚の石盤だったのか、ひし形のそれは絵柄を合わせて五つをくっつけるとぴったりと合う。
「私が読み上げてみます。――――我々は罪を犯した――」
ミミリーは古代文字に指を這わせて読みだした。
【我々は罪を犯した】
【平和はときに退屈だ】
【退屈はときに窮屈だ】
【窮屈はときに狂気だ】
【退屈に血を降らせ】
【共食いを始める】
【恐ろしいものを知らぬ我等に】
【牙を向けてくる】
【生み出した種は】
【禍々しい色に満ちていた】
【闇の王の時間を永久に止めることはできない】
【かの名はシュティダル】
【地より深い場所で眠る愛しき氷よ】
【破壊の鍵はその心に】
「シュテーダルと書いてあるぞ!!」
白髭を蓄えた老紳士が指をさす。
「創造物語集にある魔物を作り出した話は、やはり事実なのかもしれません。皆さんの見解はどうでしょうか」
読み終えたミミリーは、その場にいる学者達に意見を求めた。
「シュテーダルというものが闇の王だとするならば、それは魔物が言っていた親玉のようなものだと断定できる」
「愛しき氷とは何だろうか?」
「破壊の鍵となるのは氷型だということだと思います。そういえば氷型の守護精の呪文にもありますね、『終結の鍵』と。破壊と終結は同義語では?」
「氷の始祖の墓が見つかれば……」
「その各地に出ている魔物は氷の力に弱いと聞いたが、本当なのかね」
「氷型がまた減少したのは、魔物が力を怖れて殺したからだと報告がありますが」
「この下の絵からするに、魔物を破壊するのは氷の力がより必要だということだろう。この絵の文字は集める、吸収、という意味でもある。こっちは破れる、破裂という意味の文字だ」
「破裂するほどの力を氷から吸わせて消滅させる……?」
学者と研究員達の話を静かに聞いていたミミリーは、眉をひそめてその場から立ち去る。
「落ち着けミミリー」
「ええ、ええ」
腕をすり墓場から離れたミミリーをカウルスが追い後ろから抱き締めた。
「あの子がハーレで働きたいと言った時、私どうしたら良いか分からなかった」
「……」
「嫌でもきっと、魔法型に影響が出てくると感じていたの。それでも、この素晴らしい魔法の世界で、本人のしたいことを目一杯させたいと思ったわ」
ナナリーが小さい頃、受付のお姉さんになりたいと、希望と夢を膨らませて二人に話して来たことを思い出す。
子供の成長を嬉しく思う反面、心配事がたくさん増えた。
「海の中で私と彼女は出逢った。あなたと入り江で逢瀬をしていた私を応援してくれていたわ。信じられないけれど、意思として力として、彼女は身体がなくなってもそこへずっといたのよ」
抱き締められているその腕に手を添え、昔、家を出た時のことを頭に思い浮かべる。
『私にも地上で会いたい者がいる。触れたい手がある。たとえその姿は失われてしまっても』
そう言って彼女はミミリーをこの姿へと変えてくれた。依代のない彼女をミミリーの胎内に宿らせる代わりに、ミミリーはカウルスと一緒になれた。
そのことに後悔なんてしていない。
「彼女の墓があるのなら、違う墓もあるはずだって思ったの。探求心もあったけれど、考古学者になって世界を飛び回り見つけたいと思ったわ。だって彼女は」
「魔物が再び猛威を奮うことを分かっていたんだ。そうなんだろう?」
ミミリー自身を連れ去った張本人であるカウルスは、当時にもその話を聞かされていた。
「氷の彼女が力を使う以外に他にも方法がないか探ったけれど、結局墓には罪の懺悔しか書かれてなかった」
ナナリーが生まれた時、身体にあったものが抜けていく、ミミリーはそんな感じを覚えていた。
自分の娘の中に宿っているだろう力は、これからきっと必要になってくる。けれどその力が失われたら、娘はどうなるのだろうか。
「真実を知られたらあの子が巻き込まれてしまう。そうなる前に国へ――」
「皆逃げろ!! 火山が凍ってる!」
外にいた学者数人が走って中へと入ってきた。額には汗が滲んでいる。
火山が凍っているとはどういうことだとその場にいる者達は外を見たが、そこはまるで空離れの季節のように冷たい景色となっていた。そして雪ではなく氷が大地を支配しており、ピキ、パキ、と音を立てては墓場の近くまでそれは迫っている。
「ミミリー、話は後だ! 急いでナナリーの所へ向かうぞ」
カウルスは異常な現象に、この場から離れたほうがいいと妻の手を握りしめる。
浮遊の魔法で国境沿いまで行こうとしたカウルスだが、第二の異変に気づいた。
「魔法が使えない……?」
「どういうこと?」
利き手を見つめて呆然とする夫にミミリーは問う。
カウルスが呪文を唱えても、指先からは何の反応もなかった。
「カロマギアゾーオンの呪文も駄目だ。どうなって……なんだ、身体が」
墓場の中まで凍ってきたが、それを止める術はなく、その場にいる者達は悲鳴をあげながら足先から凍っていく。
カウルスが魔法で出し続けていた照明の火はフッと灯りが消えて暗くなった。
それと同時にカウロスの身体に貧血の症状が出始める。魔法が使えず目眩が起き、足に力が入らなくなっていた。
「思っていた以上に、あちらは頭が良いのね」
墓の外を睨み付け、ミミリーはカウルスを抱きしめた。




