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ハーレ就業編・1

 青い空にぷかぷかと島が浮いている。

 私がここから見る景色はいつもと変わらない。


 ぷかぷかと浮いている島の先、そのまた遠くの空を見てみれば、大きさの違う別の島が浮いているのが見える。

 それも変わらない。


 そして私が小さい頃からなりたかったものも、変わらず心に見えている。




●●●●●●●●●●





 私はこの魔法の世界で、ずっとなりたかったものがあった。

 それはハーレという場所で働く受付のお姉さん。

 

「ナナリー! 今日から魔導所に行くんでしょう?早くしなさいよー」

「今から行くー!」


 部屋の窓から顔を離して、カーテンを閉める。


 今日から私はそのハーレで働く。そして今はハーレの職員寮に住むための準備を終わらせている最中だった。学校とは違って、これからは一人で暮らしていくも同然。料理もある程度覚えて、自分の手で食べられるものをなんとか作れるようにもなった。

 まさか寮に住むとは思っていなかったので、付け焼き刃な腕だけれど……。

 魔法に頼らないで兎鳥の煮汁くらいは作れる。

 味見を担当してくれたお父さんには、兎鳥になれそうなくらい旨いぞ! とワケの分からない御言葉を貰った。もう少し具体性のある意見が聞きたかったのに、感想はどれも抽象的過ぎて、それ以降味見は一切頼まなくなった。拗ねていたけど、上達したくても上達のしようもない意見は却下である。


「さてと」


 また寮生活になるので、纏めた荷物を手に部屋を見渡す。


 新しく張り替えようと思ったのに、結局薄汚れたままの白い壁。けして綺麗だとは言い難いガタガタの木製の本棚。窓の近くにある机の上には、魔法学校でお世話になった教科書達が箱に入れられている。

 ベッドの上には少し前まで天蓋ベッドに憧れていた私のためにと、お父さんが錆び付いた画鋲で天井に貼り付けたシーツが垂れ下がっていた。けれどそれももう取り払って、今は枕と掛け布しかベッドの上には乗っていない。

 母に昔ねだった熊のぬいぐるみは、ハーレに持っていく荷物の中にしっかりと入れている。



 纏めていた荷物を持って部屋から出て、茶色いワンピースの裾をパンと伸ばす。水色の髪が胸下で揺れた。

 それからクルリと反転し、部屋の主がいなくなるこの空間を目に焼き付けて、私は外へと急いだ。

 









 ドーラン王国ハーレ・モーレン魔導所。破魔士達の仕事の源。

 建物は空に浮かぶ王の島の少し先にあって、国の北側に置かれている。もしハーレへの道に迷ってしまった時は、王の島を目指せば一発で迷子から脱出できるので、国の象徴である王の島は良い目印にもなっていた。色んな意味で頼もしい。一番星を目指して歩くより容易い。


 ハーレの歴史は深くて、ずっと昔から破魔士と依頼人を主体とした橋渡し業務をやってきているという。ちなみにハーレ・モーレンという名前は、最初にこの魔導所を作った人の名前で、女の人なのだそうだ。いやはや、同じ女として誇りに思う。

 まだまだ男が上にドスンと大股を開いて座る時代だけど、騎士団も女の入団を当たり前にしてきているので、私達女性陣が対等に男と渡り合える時代もそう遠くはないのかもしれない。


「ララ、ハーレまでお願いね」

「はい」


 家の前でララを召喚して、背中に乗る。

 使い魔での移動も三年経てば慣れたもので、馬車を使って空を飛んでいたあの頃が懐かしい。馬に紙を食べさせるのが面白くて、結構好きだった。それに今あの馬車は、専らお母さんの仕事の移動手段として使われている。

 もともと私が一人立ちするまで、ということで大好きな考古学士としての仕事を休んでいたお母さん。育児を大切にしたかったのと、仕事ならまた出来るから良いのだと笑顔で私に話してくれていたのを思い出す。お母さんは外が好きで、遺跡とか調べたり未知なる物を追い求めて解明するのが大好きだ。それはもう少女のようなはしゃぎっぷりを見せるくらい。

 なので晴れて私の仕事先も決まった今は、背中に羽根が生えたようにあちこちを飛び回っている。今日は私が家から出る日なので、送り出すために帰ってきてくれているけど、普段はさっぱりなのだとお父さんが寂しそうに言っていた。というかこの間なんて、寂し過ぎて娘の前で鼻水を垂らして泣いていたくらい。ビービーと唾も飛ばしてきてめちゃくちゃ汚かった。触らないで。


 でも私の働き先が決まった六学年の始めから、お母さんはちょくちょくと家を空けることが多くなったといい、もう一年くらいその状態らしい。

 学校の寮にいた私はそんなこと一切知らなかったので、結構驚いた。一年じゃあお父さんも寂しくもなる。お父さんはお母さんのことが大好きだから余計に。


 はぁ……はいはい、とついに見かねて、休暇中に私はお父さんが寂しすぎて死んじゃうんだってよ、とお母さんに言った。親切心というか、子供として両親には末永く仲良くいてもらいたい。


 でもそしたら、そんな器量がない人に惚れた覚えはない、とお父さんへ往復ビンタを食らわせに行ったので私は知らないフリをした。


 夫婦って色んな絆があるんだな。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい。ララ、この子をお願いね」

「お任せください」

「お母さん、お父さんに優しくね」

「何言ってるの。私は優しいわよ」


 どうだか、と小声で言ったらクスクス笑って手を振られたので、ララと飛び立つことにする。とりあえずあの夫婦はなんだかんだ仲が良いので、余計な心配はいらないのかもしれない。


「お父さんによろしくー!」


 もう小さく見えるお母さんに向かって叫んだ。


 進行方向には王の島。今日は良い天気で風も冷たくなく、飛んでいてちょうどいい感じ。風が冷たいときは飛んでいると肌が痛くて仕方がないので、いつもこうだと良いのにな、と息をつく。

 ララの背中は見た目に反して暖かい。だからかいつも移動途中に寝てしまいそうになる。このフカフカの毛がクリスタル化するのだと思うと今でも不思議だ。魔法動物は色んな種類がいるけれど、私の使い魔がこの子で良かったと心底思う。同じ氷を扱える者同士で心強いし、何より女の子なので女友達が増えたみたいで嬉しかった。でも私はララに何かと命令をしなくてはいけない側なので、私だけが友達だと思っていることに関しては仕方がない。ララにとって、私はどこまでもご主人様なのだから。


「ハーレに着いたらどうされるのです?」

「外で待ってくれているみたいだから、その人を見つけて話しかけるよ」


 ハーレの大きさは私の家の三倍くらいで、広いけれど魔法学校ほどの大きさはないし、少し規模の大きいお店という感じ。外側はざらざらした茶色と黄色を混ぜたような壁だけど、内側は木で包まれていて暖かみのある建物。卒業前に一度訪れた時もその雰囲気に変わりはなくて、ここで働けるのだと思うと更に胸が高鳴った。小さい頃、お姉さんを見たときに感じたものと似ている。


「安いよー!」

「こっちだって安いぞー!!」


 空を飛んでいると、王国の様子がよく見える。

 朝だからか食料市場が賑やかで、野菜売りのおばさんやおじさんの元気な声が私の耳まで聞こえてきた。

 相変わらず安さで競ってるのかあの人達。

 この前市場に行ったときは確か、お互いの売り物を投げ合って喧嘩をしていた記憶がある。周りの客がギャー!と逃げていた。元も子もない。


 だいたい王国の中心に人は集まっていて、住居も中心を円状に囲うように並んで立っている。国の周りは生い茂る草や木で覆われていて、ドーランは大きな森に囲まれた王国、森林の王国とも呼ばれていた。凄く神秘的な渾名だと思う。素敵。

 だけどその森には魔物が潜んでいて、その近辺に住んでいる人達は随分悩まされているのだとよく聞いていた。なにやら魔法で結界を張っても、時々破られてしまうこともあって役に立たないんだとか。


 私達は魔法が使える。魔物を仕留める術も持っている。

 けれど魔物を根本から無くすということは未だ出来ていない。しかも中には、その魔物を退治することで生計を立てている人もいるから、魔物を完全に葬り去るのは得策ではないという人もいるらしい。……全く、大人ってやつは。確かに悪がなければ善がないように、相対するものが無きゃ意味がないものもあるとは思うけど、魔物はいない方が良いに決まっている。だって探そうと思えば職なんていくらでもあるのだから。倒すことでしか生きられない世の中ではないのだし、考えはそんなに理解出来ない。それに魔物より恐ろしい人間だっている。


 そういえば魔物について研究していた人が、去年、魔物についての研究結果を発表した記事を学校で見た。


【邪悪な気で満ちた生命体。魔法動物とは異なる異形な存在】


 という表題。

 研究者はアリスト・ピグリという老年の男性だった。


『――始めに。魔物というモノに本来括りは無く、人間の予想を遥かに超えた異形の存在、我々の生活を脅かし災いを起こすモノのことを、総じて魔の物。魔物と呼んでいる』


『魔法動物との境界線は曖昧だが、彼ら動物を分類する場合には攻撃性、生体面、魔力、などを調べれば答えは簡単に、自ずと見えてきていた』


『しかし魔物に至ってはその分類さえ困難であり、一つ分かっていることは、あのモノ達は魔力ある者や物を喰らって生きているということだ。だから人間を襲い、食べ、魔法動物達もその捕食対象となっている。奴らは草なんか食べない』


『今回の研究では、魔物がいかにして生まれているのかという答えを探るべく、ある一つの魔物の死体を調べ上げた』


『するとその結果は驚くもので、なんとその魔物は人間だったのだ』


『突然変異したのかは定かではないが、最初に見たそれは間違いなく人型にあらず、四足歩行の獣だった。牙は鋭く、皮膚は粘着質のある緑色』


『しかし解剖をすれば、内臓や生殖器は人間にしか見られない作りになっている。今回の魔物は、恐らく人間の男が変異したものだと我々は判断した』


『骨も完全に人間の物であり、無理やり骨の配置を変えてあのような四足歩行に変異したモノとみられる』


『この魔物がどのような経緯で異形の存在になったのかはまだ分からないが、魔物というモノは、少なくとも魔力を持つ我々人間がなってしまっても可笑しくはないのかもしれない』


 記事の終わりにはそう書いてあった。

 研究結果というか、新たな発見? をしたというこの記事。物騒なことを書くおっさんだ。


 魔物について改めて考えさせられたけど、でも、人間が魔物になるってあり得ることなのかな。

 魔物の特徴として、彼らに繁殖能力みたいなものはないけれど、ただ、異常な回復力を持っていたりする。姿や形は色々で、これがアレで、それがアレで、とか種類には分けられない。彼らは無差別に魔力のあるものを襲い、それを食べて生きている。存在している理由や意味は分からない。

 でもそこは自分達人間だって同じ。

 人間だって存在している理由や意味も分からない。だからこの人が言うように、人間が魔物になったって可笑しくは無いのかもしれない。


「ご主人様、見えてきましたよ」

「お! ハーレだ!」


 目を細めて少し先を見つめる。

 ハーレは王の島の下を少し越したところ。 



 いよいよ受付のお姉さんになれる第二歩を踏み出せるんだ。

 私は瞳を輝かせて、ララの背中を撫でた。


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