受付嬢二年目編・23
お城にいたら赤ちゃんのペストクライブでロックマンに魔法がかかったこと。
意識がなくなって私と手がくっついてしまったこと。
ズルズル引き摺って仕方なく私の部屋に連れてきたこと。
昨日から一日経っていること。
だいたいの流れを簡単に説明すれば、ふーんとビックリするそぶりも見せず、ロックマンはただ寝転がりながら私の部屋を眺めていた。
つまらなそうな顔をしている。
いい加減身体を離しやがれと腕を凍らせようとすれば、今度は窓の方を指をさして呟く。
「模様替えでもしたの?」
「はっ!」
ここここれは違う!
何が違うんだと思われただろうが、ロックマンを枕の横にベシリと突き飛ばして急いで家具小物を元に戻す。危ない、どうしてこうも心臓に悪いことばかり起きるのか。
「痛い」
壁に頭をぶつけて痛がっているロックマンはさておき、念のために一つ聞いておく。
「ここまで来た記憶はないのよね?」
「少なくともこの部屋に来た経緯は分からないけど」
「なら、よし」
「よし?」
「なんでもない」
いつもの調子に戻ったことで私の心に少しの余裕ができた。大人の時よりよく笑っていたちびロックマンの、どこか痛々しい触れてはいけないような感じが無くなったからなのかもしれない。
でもあの調子からどんな経験を経て今のスカした感じ、よく言えば何も苦労したことがないように見えるほど完璧な人間になったのだろう。
小さい頃の記憶がどうとかは聞けなかった。意識を失っていただけと言った手前、そんなことを聞いては色々と疑いかねない。ましてや勘が良さそうなこいつのことだから、気を抜いたらすぐにでも分かってしまいそうだ。
でも元に戻ったから三日も休まずにすんで良かった。まだ出勤時間ではないので時間になったら早めに所長の所に行こう。夜間勤務についての話も元々明日してくれるという話だったし、こんなところでつまずいている場合じゃない。
ロックマンは寝台から起きる気はないのか私の部屋をじっと眺めている。
いい加減目も覚めて手も元通りになったのだから帰れと言ったが、まったく聞く耳を持たないのか飽きることなくずっと部屋を見ている。
庶民の部屋がそんなに珍しいのかボンボンめ――あ、今あくびした。まだ寝ぼけているだけなのか。
魔法で無理やりにでも追い出したいが、お互い起きたばかりなのでそこまでするのもなと考え直す。勝手に家に連れてきて起きたら追い出すとか、冷静に考えればかなり酷い奴である。朝飯ぐらいは振る舞ってやろうか。
いやいやなんで私は奴をもてなそうとしてるわけ。迷惑かけられたの寧ろ私のほうじゃん。
そういえば昨日食べて余ったポルカが食卓の上に置きっぱなしだ。
「なるほどね」
ポルカはポルトカリという果実を使ったお菓子なのであまり日保ちしない。
保存箱に入れようと寝台から降りようとすれば、ロックマンがなるほどそっかと言って笑いだす。
「やっぱり君か」
はは、とたいそうおかしそうに腹を抱えて笑う。
その笑い顔を見て少し動悸がしたが、何がおかしいのかちっとも分からない。
細められた赤い瞳が私を見る。
「ほんとうに僕は意識を失ってただけなの?」
「そ、そうだけど」
ロックマンの意識はなかったのだから、嘘ではない。失ってただけ、ではないけれども。寝台の上でだらしなく胡座をかきながら、首を捻っていた。
この話を早く終わらせようと朝食でも食べる!?と勢いのままに寝台から降りていそいそと調理をし始める。しばらく経ってから、え、あ、うんと唖然とした表情で返事をされたが朝食を共にすることによって余計に話をする時間ができてしまうのではないのかと、鍋に野菜を入れてコトコト煮ている時に気がついた。自分は少々向う見ずなところがあるとは何となく自覚している。
でもまぁ食事をとったら帰ってもらうし、私が早めに食べ終わって忙しそうに何かやってればわざわざ話しなんかかけてこないだろう、うん。
「これ読んでもいいかな」
「別にいいけど」
それにしても、と食卓に行儀よく座り私の机にあったプィリング著の推理小説を眼鏡をかけて読むロックマンはやけに大人しい。このたいへんおかしな状況にドギマギしているのは私だけなのかと半ば悔しさに似た気持ちが沸き上がる。
悔しいなんて勝負以外で思いたくはないのに、この敗北したような感覚は嫌いだ。
朝食ができたので早々にテーブルへ並べる。
飲み物もついでに出してやるかと何が飲みたいかと聞けば『ラキヤのデングル茶』とか王室御用達の茶葉をさらっと言われた。
んなもんあるわけないじゃん!と鼻を鳴らして威嚇すればおお怖いとかたいして怖くも無さそうなのに本で顔を隠される。腹が立つ。適当に舌が焼けるほどの熱い飲み物を出したが、飲んでも表情を変えない姿を見てまた敗北した。何度も言うがこの感覚は嫌いだ。
「はいどーぞ」
席についていただきますと朝食を食べる。
早めにかきこもう。
特に味についての文句はないのか、これは全部自分で作ったのかとか、今日は仕事あるのかとか、当たり障りのない話をふってくるロックマン。構えていた私が馬鹿みたいな会話の内容に拍子抜けするも、なんだか実家の両親が朝食の時にする会話に似てるなと思いつつ私も答える。
なんだこれ。
「ヘル、口の端についてる」
「え、うそ」
「そっちじゃなくて、こっち。そんなにかきこんで食べるからだよ……だからそっちじゃないって言ってるでしょ」
頬に手を伸ばされて食べカスを拭われる。
馴れ馴れしい距離に手を叩こうとするも、どうしてか身体が固まって言うことをきかなかった。
やめろ自分で出来る。私はちびではない。
思えばこいつ、昔からわりと、いやけっこう嫌味なくせにたまに余計なお世話というか世話焼きな部分があった気がする。教室で自習をしていた時に、解いていた問題を隣から覗かれて『そこ違うけど』とわざわざ聞いてもいないのに指摘されたことがあった。なんだこいつ勝手に見やがってと毎度そんなことがある度にムカついていたが、言い換えればわざわざ隣の生徒の、しかも毎度喧嘩をしている相手の間違いを正しているのだ。
当時は教えてくれているという解釈をしたことがなかったけれど、今更この事実に気づき始めている自分が、なんというか、嫌だ。これはまたあの感じに、敗北感に似ている。
朝食が終わればもう追い出しても良いだろうと、シッシと手を振り帰りを急かそうとするも「おいしかった」と何気なく溢されたであろう言葉にピシッと私の手が止まった。
なんだ、また動悸がする。今度はちょっと息苦しい。
え、なにこれ病気なの。もしかしたら心臓に欠陥があるのかもしれないし、今度ペトロスさんの所に行って見てもらおう。
固まっていると顔の前で手を振られたので、とりあえずその手を凍らせた。仕返しに髪を燃やされそうになった。
霧も晴れてきたしそろそろ帰るよと言い出したのはロックマンで、それはそれは良かったと満面の笑みで私は窓を開ける。窓? と不思議そうな顔をする奴に窓から帰れと言えば、そうか女子寮だもんねとすんなり納得した。随分聞き分けがいい。
ユーリを部屋の中で召喚すると、窓の外で浮遊させて、その背に乗ろうと窓に片足をかける。イラつくぐらい長い足である。
さっさと外に飛び出せばいいのに、そうだそうだ言い忘れていたことがあるとロックマンは後ろを振り向いた。はよ帰れ。
「前にも言ったけど、髪色変えたぐらいじゃ変装とは言えないよ」
「なによ何笑ってんのよ!?」
ぷふっと口元に手をやってチラ見される。
あ、確か髪の色を元に戻すのを忘れていた。たまには気分転換に変えたい時だってあるの! なんて反論をして別に変装とかじゃないからと言っておく。
いつもそうだ。
ちょっと良い奴かもしれないと思い直そうとすると、すぐにおちょくってくる。良い奴と思われたくもないのだろうが、はて、私はこいつを良い奴と思いたいのかと逆に自分に疑問が出る。
別にいいじゃん、嫌な奴のままで。
「じゃあまた、大会あたりでね」
「うんまた……ってまた!? またじゃない違う!」
「一人で楽しそうだよねほんと」
いや違うって何が!? と自問自答している私を珍獣でも見るような目つきで見てくる。
「それじゃあ」
「はいはい! さっさと行きなさいよ」
窓を閉めて、ユーリの背に乗ったロックマンにあっかんべをした。
奴が去ったあと、軽く片付けでもしようと、洗面台の横に脱ぎっぱなしだったであろう小さい服と、寝台の上のどこかにあるはずであろうあの小箱を探す。
「ん~? おっかしいな」
部屋の中を探したけれど、小箱はどこにもなかった。もしかしてちびロックマンが本当に持って行った?……んな馬鹿な。
それに着せてあげた上着もない。
元々着ていた高そうな服もないし、元に戻ったと同時に過去へ全て持って行ったとか?……んな馬鹿な。
後日、ゼノン王子から手紙が寮に届き『アルウェスが世話になった。話を合わせておいたから安心してくれ』と丁寧にお礼の言葉をいただいた。
マリスも王女も元に戻って喜んでいたらしい。良かった。
開いていた手紙を折り畳んで机に置く。
「さてと、早くハーレに行かなくちゃ」
人生は仕事だけではない。もちろんそれを取り巻く日常も、なくてはならないものである。
けれどこんなことは金輪際ごめんだ。しかも何回敗北感を味わったことか。
あいつめ、今に見ていろ。
この年の終わり、私はやっと夜間勤務を任されるようになった。
来年こそはさらに成長して、皆に負けないくらい魔法も仕事も精進していこうと思う。
二年目編は終了です。




