受付嬢二年目編・22
泣き疲れたのか、目を擦ってしょぼしょぼさせているので、夕飯をとって早めに寝台へ移動する。着替えはあいにく小さい子用のものが無いので、ぶかぶかだけれど上着だけ私の物を着させてあげた。もちろん手が離れないので魔法でパッと着させてあげた。
夕飯の時には一旦テーブルに置いていたあの小箱も、気に入ったのか食べ終わったあとからずっと右手に握っている。もう寝るし邪魔だろうからと、寝台の横の台に置こうと手を出すも「ん」と喉を鳴らして離そうとしない。どうやら片時も離す気はないようだった。泣き止んだしそれはそれであげて良かったと思うけれど、こうも繋がりを期待されてしまうとちびロックマン相手に気恥ずかしさを感じる。それと多少の罪悪感。
ちびロックマンはそれを胸に抱え込んで、私の方を向きながら寝の体勢に入った。
「おやすみ」
目を瞑って寝息が聞こえてくるまでを見守ったあと、私は仰向けになって天井を眺めた。でも隣が気になってしまいつい横目でいちいち確認してしまう。これ、本当にアイツだよね。
すやすやと静かな寝息を立てて眠る幼子を見ては、これは夢の中の出来事ではないのか、とにわかには信じられない状況に今さらながら目眩がする。
しかしこいつ寝相が良いな。とまたどうでもいい発見をした。
もうどうにでもなれ。
考え込んでも時間がただ過ぎて行くだけなので、今日はもう寝ようと私も眠りについたのだった。
*
近頃、朝に霧が出ていることが多い。雨も降るようになって湿気が多いわりに朝方は太陽が照りつけるものだから仕方がないのだが、この前市場に行った時に野菜売りのおばさんが年寄りには危なくて仕方がないよと愚痴っていた。確かに一寸先も見えない道を歩くなんて若くても危ない。視力も落ちているお年寄りはもっと危ないだろう。霧を消し去る魔法でも開発したほうがいい。それに霧に乗じて悪さをする動物もいる。
「うーん……」
ピチチと鳥が窓を小突いて鳴いている。眠りうつつに音に気がついてああ朝かとウーンと目をこする……こす…なんだ、手が動かない。
横になったまま視線を下にやって自分の腕を見る。
昨日は確かロックマンがちびになって色々あって、なんやかんやで手を繋いで眠りに入ったはず。
ところが今は手が離れたのか私は自分の胸の前で腕を交差させていた。右手の先には小さな手はない。ん? ちびロックマンはどこに行ったんだ。
それどころか、私は今後ろから蔓に縛られたようにガッチリと何かに……抱きしめられている?
私の腕とは違う太い腕が、私の胸の前に首から交差していた。
「……」
しばし考える。寝る前の『どーにでもなれ』という考えを放棄したことがいけなかったのか。
そう言えばさっきも思ったけれど私の右手が普通だ。今はまったく繋いでいる感覚がない。
もう一度言う。
ちびは?
私の首にまとわりついている腕は、明らかに子供のそれではない。寝起きがそれ程いいほうではないので、とりあえず不審者だったら魔法で縛り付けて目的を吐かせよう等思いついた限りの対策をしようと思い切ってクルリと後ろを向いた。
「ぶっ」
板があった。
いや、ただの板じゃなくてあったかい板だ。
これはあれだ、女とは違う、大きな胸板。それが今私の前に広がっている。
肌触りが良い男性用の黒いベスト。シャツの隙間から覗く首元。その上をすべる金色の髪。
そして今気がついた、この香り。
嗅いだことのある香り。これは卒業パーティであいつといつも以上に近づいた時に香ったもの。香水とかじゃないあたたかな、お日様みたいな香り。
「……」
人間、本気でビックリすると本当に声が出ないらしい。
私を抱きしめていたのは、ちびでも不審者でもない、昨日半日姿を消していた大人になったロックマンだった。大人になったというか、戻ったというべきか。
とにかくあいつだった。
待って、なにどういう状況なのよ、ちびどこ行ったわけ、というかチビが元にもどったのか、お願い誰かコイツ起こしていや起こさないで。
綺麗に整った顔。睫毛がめちゃくちゃ長いし唇も薄いくせに色づき良いし、父親に似ていないと思ったけど、そう言えばよく見れば母親似なんだなコイツ。寝顔は寝る前に見たちびの時とあまり変わっていない気がする。というか本人だし。むかつくくらい綺麗だし。
しかし起きる気配が全くない。騎士がこんなことでいいのか。私がもし万が一襲おうと思ったら確実にやられているぞお前。
でも起きたとしてどうこの状況を説明するかが問題だ。ちびがどうやって元に戻ったのか不思議だけれど、元に戻ったのでそれはそれでよしとして。
「わ、ちょっ」
どうしようと考えていると、ぎゅーっとまた抱きしめられる。というか抱きしめ直されたような感じだ。ちびロックマンは寝相がよかったのに大人になった途端これは酷すぎる。誰にでも抱き着く癖があるらしい。それに力が強いというか私はこのまま絞め殺されるのではなかろうか。
顔がグッと首元に押し付けられたので、私は勢い余って、ついに、仕方なく、
「起きろ変態!」
叫んだ。
「なに……騒がしい」
「苦しくて息が出来ない! 放しなさいよ!」
「……え?」
子どものような甲高い声とは全く違う、男の低い声。
やっと目を開けたロックマンは、枕から頭を上げ瞬きをして腕の中の私を見る。しっかりと見ている。朝日に照らされた前髪がパラリと頬に落ちた。
なのに暫くするとハァと溜め息を吐き、険しい顔をして、頭を枕にボスっと戻すと一言呟いた。
「まだ覚めない」
覚めない?
片腕を目元に被せてまた寝ようとしている。
こら起きろ寝ぼけてんのか。
「何言ってんのあんた」
「いや昔の――え?」
今度は意識がハッキリとしたのか、腕を外してしっかりと私の目を見た。
奴の動きがピタッと数秒止まる。
やはり本気でビックリすると本当に声が出なくなるようだ。
「僕今、君に襲われてる?」
誰が貴様など襲うものか破廉恥な。
「んなわけないでしょ!」
それより早く離してほしいのだがと思いつつ、まずはこいつ自身混乱しているだろうからと、ちびロックマンに感化されたわけではないが寝ながら軽く説明をしてあげた。




