受付嬢になれるまで・7-2
一人称、三人称 視点が変わります。
少し遠回りをしたので大広間に着くのが遅くなってしまった。
なぜなら道を行けば、どこもかしこも恋人同士のような雰囲気の生徒達ばかり。
私は一人で歩いている所を見られるのが億劫になり、避けて避けて避けまくった。そして結果、予定時間を少し過ぎての到着となってしまった。
ただ大広間に行くだけで、こんな冒険みたいなことになろうとは。それに踵が高い靴を履いているせいでもある。歩き難い。
―――――――…ハハハ
――――――…やだ~
扉は開いていて、ガヤガヤと賑やかな音や声が聞こえてくる。自分がいる通路には誰も出ていなくて、もしかして私が一番最後かよ、と焦った。 古くてどこか無機質な空間に心配になる。
チラッと扉から中を覗き、気配を消してゆっくりと入った。
中にはもう沢山の人がいて、息が詰まるような人混みではないものの、こんなに人数がいたんだなぁと思わず感心してしまう。
それに礼装に身を包んだ皆が、いつもより大人に見える。また視線を少しずらせば、ニケが隣の教室の男の子と一緒にいるのを目にした。詳しくは聞いていないけど、まるで恋人みたい。
そうして見ている間にも、私は大広間の装飾に内心見とれていた。
天井には花びらのように白い光が幾つも舞っていて、それが照明の役割をしているよう。木で出来ていた床は、白と灰色の大理石に変わっていて美しい輝きを放っていた。壁側には黒い台に乗った美味しそうな料理がズラリと並んでいる。それか気のせいかもしれないけれど、いつもより空間が広く感じられた。空間拡張の魔法でもかけているのかもしれない。
私はテーブルに座っている教室の先生を見つけた。
「あぁやっと来たかナナ、……リー」
「? はい」
出席の紙に自分の名前を記入する。
「また随分……。いや、お前が一番遅いぞ。これでやっと始められるな」
「すみません」
一番遅かったのか。まぁね、だと思った。
先生は紙をしまうと、おーい良いぞー、と誰かに向けて手を上げる。
「えぇ……さて。あなた達と毎日顔を合わせるのも、残りわずかとなりました。皆さんはここを卒業して、それぞれがそれぞれの道を行くことになります。その別れと旅立ちを惜しみ、また祝う席として、この会を楽しんでくださればと私達は教師として、あなた達を見てきた一人の大人として思っています」
治癒の先生が淡い色のドレスに身を包んでいる。一瞬先生だと分からなかった。
彼女は大広間にいる皆へ向けて挨拶をすると、その場で軽くお辞儀をする。小さな丸い舞台の上に立つ先生の姿は、天井に浮く白い光に照らされていて、とても綺麗だった。
「じゃあ今日は、存分に楽しんでくれ!」
隣にいた男の先生がそう言うと、どこからともなく軽快な音楽が流れ始める。
うわ、さっそく踊りだすのかな、と思いきやまだそういう時間では無いようで、皆はお話をしたり料理を堪能したりと各々楽しみ始めていた。
パーティーの始まりだ。
「料理!」
私も存分に料理を楽しもうとして、壁側の黒い台がある所まで歩いていく。
しかし、さっきから歩く度に視線が突き刺さってきている気がするのだけど、一人で動いているとやっぱり目立つのかな。探そうと思えば一人の子だっているはずなのに。
そっちを見てほしい。いや見ろ。
「―――……ですわよね」
「あはは、そうだね」
すると私が歩いている方向に真っ赤なドレスを着たマリス嬢がいた。その隣にはロックマンとゼノン王子、また隣には違う貴族の令嬢方が沢山いる。令嬢達のドレスは豪華なもので、ドレスからはみ出さんばかりに盛り上がった胸が見えている子から、背中がざっくりと開いている子までと大胆。
すごい……私は肩までが限界だ。
男の子達は燕尾服を着用していて、貴族になると燕尾服にも個性が出てくるのか、真っ白な物や真っ赤な物を着ている。その中でも無難な感じのロックマンは、金の刺繍が施された紺色の燕尾服を着ていた。
長めの金の髪は横に垂らしていて、中性的で綺麗な顔がそれに映えている。
ゼノン王子は黒の燕尾服だけれど、王族仕様なのか邪魔にならない程度の装飾が肩や裾に施されていた。いつも凛々しいけれど、今日はもっと凛々しく感じる。
皆はグラスを片手に持って談笑しており、成程、これが貴族の世界か、とひとり頷いた。
「まぁ! ナナリー、見ないと思ったら……いつ来られましたの?」
私に気づいたのか、マリス嬢が笑顔で私の名前を呼んできた。話しかけられたら行かないわけにもいかないので、転ばないように気を付けながらゆっくりと近づいていく。
「ついさっき来た」
「貴女はこんな時でも呑気ですのね」
意中の相手の隣を見事に陣取っている彼女は、さすが、というかなんというか。
ふと、隣にいる女の子と話しているはずのロックマンと目が合う。話しながらこっちを見るとかどんだけ器用な奴なの。それにこんなにも綺麗で可愛い女の子達に囲まれているというのに、鼻の下も伸ばさず随分と涼しそうな顔をしている。慣れているからか、凄いな。どっかの一夫多妻制の王様みたいだよ。ついでにゼノン王子も。
試しに、いつかのようにロックマンに向かってアッカンベをしてみる。
しかし今回も反応は薄く、というよりも、もはや無反応だった。もうこれでからかえることは無いのか。張り合いが無いな。
「それよりも」
「?」
「綺麗だとは思っていましたけれど、また見違えるような変身をしましたわね」
「マリスこそ、いつも以上に素敵だよ。……これは、ドレス以外は全部二人がやってくれたの」
「そうですの? 道理で貴女を分かりつくした仕上がりになっているはずですわ」
「そうかな? ……あれ、音楽が変わった?」
マリス嬢と話している途中、背景でかかっている音楽が変わり、音もさっきより大きくなった。
それから間もなくすると、大広間の中心を開けて男女の組みが続々と踊りだす。
その中にはベンジャミンの姿とサタナースの姿が見えて、私の心臓は他人のことなのにキュンと跳ねた。
ロックマンやゼノン王子は隣にいた女の子が最初の相手だったようで、腕を組んで中心へと向かう。
というかこれ、円舞曲?
「始まりましたのね。わたくしはアルウェス様と三番目に踊る予定ですので、ここで少し待ちますわ」
「そう? じゃあ私は美味しいものを食べに行ってくるね」
「色気より食い気とはまさにこのことですのね」
一言多いよ、と言葉を残して私は壁側へ寄った。料理皿を片手に持って、兎鳥の腿焼きを一串頂く。う~ん美味しい。肉汁も最高。あまり乗り気ではなかったこのパーティも、兎鳥のおかげで最高の夜になりそうな気がする。
その間にも一曲が終わり、また次の曲に入る。マリス嬢の番はその次の曲か、と何となしに中心へ目を向けると、マリスはもうロックマンと踊り始めていた。
え、これ一曲一人ずつとかじゃないの?
あまり詳しくないので、そこら辺の常識が私には分からない。
「ね、ねぇ」
「っえ、はい!」
「これって、一曲の間ずっと同じ相手とかではないの?」
近くにいた同じ教室の男の子も皿を片手に見ていたので、ちょっと聞いてみた。貴族の人だからきっと分かるだろう。
彼によれば場面によって良かったり悪かったりするのだという。今日行われているのはあくまでも学生内でのパーティなので、自由にしても大丈夫なのだそう。なるほどね。色々あるものだ。
マリス嬢は嬉しそうに、幸せそうに踊っている。あんな彼女を見ていると、私の身体も踊っているようにユラユラ揺れてきた。
「あの、ナナ」
「教えてくれてありがとう」
じゃあね、と言ってその場から離れる。ずっとここにいてもいいけど、場の甘い雰囲気に当てられてクラクラしてきた。
大広間の裏の扉を開ければ裏庭があるので、そこに行くのも良いかもしれない。思い立ったら直ぐ行動! を座右の銘にしている私は、慣れない靴で転ばないように小走りをする。
「まだまだ、かぁ……」
ドレスを翻しながら私は時計を見た。時計の針はまだまだ終わりを告げない。
いつもより時間が長く感じられた。
「さっさと外に行こうっと」
周りを確認しながら、誰もいないのを確認して裏口の扉をそっと開く。音楽の音量が大きいから、誰に限らず聞こえるはずはないと分かってはいても、音をなるべく立てずに足を進めていった。
そしてゆっくりと短く刈られている草を踏みつけて外に出れば、胸一杯に吸い込みたくなるような清々しい香りが私を包む。
噴水の水が流れる音も、耳に心地よい。
私はウーン、と両手を広げて空を仰いだ。今にも夜空に変わりそうな空の色。あと少しすれば満天の星空が見れるに違いない。
私は噴水のところまで歩いて、しばらく空を眺めていた。
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円舞曲が一旦止まり、教師達の催し物が始まる。一人目の教師は未来が見えるかもしれない、という丸い透明なガラス玉を出して、希望する生徒三人までにあるかもしれない未来を見せていた。それぞれの反応は違い、明るい顔をした生徒から青い顔をした生徒までと、なかなか周りの皆を楽しませている。
「では次は俺の催し物を始めるとしよう。これを掛けられた奴はしばらくの間だけ透明人間になる。さて、これを誰に……あぁ、そこの女たらしにかけてみるのも良いか」
彼女が大広間から出ていくのを、目で追っていた教師がここに一人。
ナナリーやロックマン達の教室を担当しているレオニダス・ボードン。六年間その教室を見てきている彼だが、日頃他の教員達からは世話焼き男として有名だった。
ある女教師が男がいないと悩めば良い人を知人から見つけては紹介し、また友人が人間関係で困っていればあの手この手を使って痼のないように解決させようとする。
元来、人の笑顔というものを見るのが好きなタチらしく、それゆえに笑っていない人間や詰まらなそうにしている人間を見ていると、どうしても動かずにはいられないのだという。
しかしその理由というものは本人でさえ分かっていないらしい。
ただひとつ言えるのは、彼は人を楽しませたいということと、自分の教室の生徒達が大好きだということだ。
「先生! アルウェス様は女性に優しいだけですのよ!」
「そうですわ!」
ロックマンを見てそう言ったボードンに、彼の周りを囲んでいた令嬢達が抗議をした。盲目的に好かれているものだな、と彼は同情のような羨ましいような気持ちになる。
しかし狙いを変えることはせずに、顔色を一切歪めないロックマンへと彼は笑いかけた。
「良いか?」
「どうぞご自由に」
ロックマンはボードンにそう笑い返す。
この生徒には他の生徒にはない余裕、というものが普段からある。全てを知っている教師の立場からすれば、それは当たり前で、難儀なものだった。そして彼の年齢を知っているだろう貴族の者も。校内では彼のことについては他言無用であり、そのことについての噂話さえも禁じられている。彼にも名誉というものがあるからだ。
それゆえに本人は学業でも常に一番上を取るように努めていたし、誰にも負けることを許さなかった。第三王子の護衛として一番年が近かった彼が選ばれたのは、良いことだったのか悪いことだったのか。
どちらにせよ、彼の過ごしてきた六年間を見る限りは、充実していたのではないのかとボードンは思う。
「じゃあいくぞ」
ボードンはその言葉と共に利き手を上げた。次の瞬間、ロックマンの姿はボンと音を立てて大広間から消える。
周りにいた者達は見えなくなった彼のことを探そうと名前を呼んだり、からかっていたりした。令嬢達は我先にと見つけ出そうと大広間を歩き回る。
「ボードン先生、彼に何をなさったんです?」
過去彼に男を紹介された女教師が、怪しい目でボードンを見る。この男教師には散々振り回されてきている彼女は、今度は生徒に何をしたのかと心配になった。
彼がかけた魔法に違和感を覚えたからだ。
あれは透明になる魔法ではなく、別の魔法である。あの魔法は普通音を立てない。
呪文を唱えずにかけたので特定はできないが、一体ロックマンをどうしたのかと肩を叩いた。
「ん? ロックマンか? なに、学生時代を美しく――――ってな」
「また余計なことを……」
「まぁまぁ。さて皆、これから楽しくやろうじゃないか」
ボードンは指を振ると、これからが本当の催しだ、と大広間に花火を何発も打ち上げ始めた。
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夜も本番。
外は寒くなくて、肩を出したドレスを着ていても過ごしやすい。
裏庭の花は綺麗だった。学校の庭と言っても、専門の庭師が手入れをしているようなので、いつ見ても整っている。白い噴水も色とりどりの花も、庭の横にいくつもある小さな洋灯も何一つ余分な物はない。
家に帰ったら、お母さんと庭の改造でもしてみようかな。
――――――――――ボンッ
「ん?」
背後から、ボン、と使い魔を召喚した時の音が聞こえた。
「……?」
気になって後ろを振り向く。
「え……」
私の後ろ、そこにはなぜかロックマンが一人で立っていた。一体いつ来たのか。手にはグラスを持っていて、凄く不機嫌そうな顔で私を見ている。
……なんで不機嫌なんだろう。さっきさんざん楽しそうに踊ってたのに、気に入らないことでもあったのかな。それにこんなところへ何しにきたんだか。
しかも今、使い魔召喚時の音が聞こえたはずなんだけど、もしかしてロックマン?
「今、ユーリ召喚した?」
「……いや、してないよ」
ブスッとした表情のままロックマンは言う。
じゃああの音はなんだったんだろう。……でもまぁ、どうでも良いか。
「なんで君のところなんかに……」
「何? そういえばどうしてここにいるの? さっきまで楽しそうに踊ってたじゃない」
私は噴水の縁に座って、その場から立ったまま動かないロックマンと向き合う。隣の席だと言うのに、まともに話をしたのは、きっと両手で数えるくらい。もう卒業をするのだと思うと、なんだか感傷深いものが込み上げてきた。
この六年、必死で一位を取ろうとしてきた自分と、そんな私をものともせずに一位に君臨し続けたロックマン。長いようで、本当に短かった。
ロックマンが炎を出せば私が凍らせて、私が氷を出せばロックマンがそれを溶かす。一歩進めば一歩戻される、好敵手としては申し分ない相手。
今では口喧嘩をするくらいで、魔法でのぶつかり合いはしていない。良い意味では成長したと言うべきなのだろうけど、なぜだか少しだけ、ほんの少しだけ私はつまらなかった。
それにロックマンは私のことを『お前』とは呼ばなくなった。『氷女』とかはたまに口喧嘩をしているときに言われるけれど、口調は昔よりも丁寧になっている。
だから、ではないけれど、私も話すときは少し口調を直すようになった。男言葉にならないように、なるべく女の子口調で。対抗心も少しあったからかもしれない。なにを一人で大人になろうとしているのだ、と彼に置いていかれるのが嫌になってきていたというのもある。
「? 臭い。なんだか香水臭い」
「僕か」
「あそこで囲まれていたから、移ったのかもね」
草や花の香りとは違う、人工的な香りが漂っていた。ロックマンが来てから香ったので、多分女の子達が付けていた香水なんだろう。
「……そういえば、もう馬鹿炎って呼ばないんだ?」
彼はあごの先を片手で擦りながら、そう言って嘲笑ってきた。
臭いって言ったせいなのか、突っ掛かってくる。こういうところはお子ちゃまだと思う。
「なによ。そっちこそ馬鹿氷って呼ばないの?」
負けじと私も言い返す。
ロックマンは、本当にああ言えばこう言うね、と今度は少々貶しを含んだ笑いをすると、一歩二歩と私のところへ近づいて来た。
攻撃か何かをしようってつもりか? と両手を構えて私は戦いのポーズをとる。
「そうだ、勝負する?」
「っえ、うん?」
「魔法をかけて…」
ロックマンが言い終わらない内に私の腰が噴水の縁から離れて、身体が浮遊しだす。ドレスの裾がふわふわ揺れて、風に吹かれたカーテンのように波を打っていた。ロックマンが手にしていたグラスも夜空に浮いて、彼の手から離れていく。
いきなり何を言い出すのかと思えば、久し振りに聞いた『勝負』の言葉。確かに私もそのつもりで構えていたわけだけど、こうもサラッと言われてしまうと拍子抜けに近い気分になる。
だからか、自分に掛けられた浮游魔法についての文句を言いたかったのに、すっかり忘れて頭から抜けていた。
「ダンスは苦手だって聞いていたけど、浮いているなら問題ないよね」
「ダンス?」
「僕に負けたままで良いのか君は。成績でもなんでも僕の下なのに、その上ダンスが下手でも」
これは、喧嘩を売られている……んだよね。
そうなんだよね。というか負けたままで良いのか、って傷口を抉るんじゃないよ。
「勝負ってダンスで? 魔法で?」
「ダンスで」
「どうやって?」
「僕と踊って、上手いか下手か見極めてあげるよ」
大広間の音楽がこの庭に漏れだしている。
「これは最後の曲だ」
「そうなの?」
彼は姿勢を真っ直ぐに整えると、片手を後ろに回して腰を曲げた。そしてもう片方の手を私に向かって差し出す。
「美しき氷の魔女よ、私と踊っていただけますか」
その行動に瞬きをしていれば、俯いていた顔を上げて優しく微笑まれた。
「……!」
それはこれまで一度も見たことのない表情で、私は浮いているのにも関わらず思わず後ずさってしまいそうになった。
他の貴族の子達も確かこんなことをやっていたけれど、何故だかこちらの方がもっと道理に入っているな、なんて思ってしまう。ゼノン王子と同じ土俵に立っているような。
しかしこの手を私はどうすれば良いのだろう。
おずおずとしていると右手をソッと持ち上げられた。
「手を乗せて」
「手……」
持ち上げられたのでそのままにしていれば、今度は指を一本一本ゆっくりと確かめるように絡ませて握られる。
少しくすぐったかった。
「片手は僕の腕に置いて」
「え、でも」
「大丈夫だから」
腰を引き寄せられた勢いでグルリと一回転した。
必然的に淡い碧のドレスが夜風にふわりとなびく。背中に当てられた手が温かくて、ふぅと息を吐いた。
それから数秒後、耳元で静かに「右足を出して」と言われて思わず浮いている右足を出せば、今度はステップを踏むように噴水の周りを向かい合わせで回りだす。
スムーズに、でも緩やかに。
ダンスホールで自由に踊っているような錯覚に陥る。
けれどこれってよく考えてみれば、私が自分で踊っているわけではない。手のひらの上で転がされるようにロックマンにクルクル回されているだけで、上手いも下手もない気がする。
いや、確実にないだろう。腰に手を当てられたかと思えば、その手はすぐに離されて腕の下をくぐらされたりと、されるがままだ。
地面に足が着かない私は、ふわふわと流されていく。
「……」
星が今にも降ってきそうな夜空。
浮いているので足がつまずく心配はないのだけれど、なぜだか正面でも上でもなく、下を向きたくなった。
正直どこを見ていたら良いのかわからない。だから何か話そうかと口を開こうとするのだけど、いつもみたいに軽口を叩けるような雰囲気ではなくて迷う。
それに近づく度にロックマンの金髪が私の頬にかかった。くすぐったくて顔を避けたけれど、髪なんて普通の距離じゃ触れることなんて出来なくて、それを考えると私たちは今とんでもない近さでいるのか、ということに今更気がついた。
「考えごと?」
頭がくっつくほど顔を寄せてくる。
緩んで少し開いた唇と柔和な切れ長の目が私を見ていた。
なるほど、貴族はいつもこんなに距離を近くして踊っているのか。なんて破廉恥な。
「へ、う、うん。ちょっとね、卒業後のこととか」
「確か君はハーレだっけ」
「卒業したら、皆になかなか会えなくなるな、とかね」
「そんなものは……同じ王国の空の下にいると思えばなんてことはないよ」
「そうかな」
意外や意外。ロックマンとまともに普通に話せている自分に吃驚する。名前だってろくに呼んだこともないし、私は呼ばれたこともなかったのに。
「一年、五年、十年会うことが出来なくても、僕達がここにいたことは変わらない」
また腕の中で身体を回される。ふと私の髪に付いていた白い小さな花が、ロックマンの金色の髪に付いているのが目に入った。おかしくて少し笑ってしまう。
そんなクスクス笑っている私を見た彼は、顔を思いきり鼻先に寄せてくる。一瞬女の子の香水じゃない暖かな香りが鼻から喉を通り抜けた。
「あイダっ!」
「笑われるのは好きじゃない」
おでこに頭突きを食らわせられた。
油断していた、コイツはこういう奴だった!
「っ死ぬ前には絶対、一回は負かすからね!」
「へぇ、そう。僕がヨボヨボの老爺になるまでには考えておくよ」
「それ私もお婆ちゃんじゃない!!」
私はこの年、結局一度も一位をとることは出来なかった。二位止まり。
最後は悔しい、というより、まぁこうじゃないと逆におかしいのかもね、とも思ってしまった。
長年競ってきたけれど、この順番がある意味一番落ち着くのかもしれない。
今年もやっぱり、成績一位はアルウェス・ロックマンだった。




