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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
最終章 リグレット
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第九十八話


「…誰も、救えない」


ヴェルンドは呆然と、アルの言葉を繰り返す。


悲願を求めるあまり、アルファルの意思を切り捨てた。


救うべき対象の意見を蔑ろにした。


それでは計画の正当性が失われてしまうのではないか。


ヴェルンドは揺らぐ眼でアルを見た。


「………は」


その口元が歪む。


その眼差しが歪む。


「ははは…あはははははははは!」


ヴェルンドは嗤った。


瞳に悲壮な思いを宿らせながら狂ったように嗤った。


「そんなことは『今更』なんですよ!」


叫び声と共に、ボコボコと泥が泡立つ。


暗い色をした沼が弾け、その上に何かが浮かび上がる。


力なく浮かぶそれは、幾つものエルフの遺体だった。


「そ、れは…」


「グニタヘイズで俺が見殺しにしたエルフの遺体。玉座を作る名目でアンドヴァリから引き取ったエルフの遺体………その全てだ!」


十や二十を超えるエルフの遺体。


計画の為に犠牲にした者達。


ヴェルンドの罪の証だった。


「己の罪悪感を晴らす為? ははは! 全く以てその通りですよ! 俺は正義の味方でも英雄でもない! この罪から逃れたいだけの悪党です!」


血を吐くように、ヴェルンドは自身を悪党と称する。


コレは誰の為でもない。


ただ自己満足の為であると語る。


「…ユグドラシルの種子よ」


ヴェルンドの手の中から碧色の光が放たれた。


段々と強くなる光は、やがてヴェルンドの姿をかき消す。


光の中でヴェルンドの輪郭が崩れ、変質していく。


「創世術式『ニドヘグ』…顕現しろ」


瞬間、光は柱となり、天を貫いた。


天を穿つ光の柱を中心に、渦巻くような暗雲が立ち込め始める。


「アルヴィース、空が…」


雲の層に覆われ、夜のような闇が地上を包み込む。


アルの周囲だけではなく、帝国中を覆い尽くす程の範囲に厚い雲が広がっている。


最早、魔術で操れる次元を超えていた。


人間にもエルフにも不可能なレベルの異変。


「―――コレが、世界の終焉だ」


光の中から現れた怪物は告げた。


二メートルを優に超える体躯。


骨格自体は人間に近いが、強靭な手足には肉食獣のような爪があり、皮膚は黄金の鱗に覆われている。


平らな顔には目も鼻もなく、無貌の下には切り裂いたような巨大な口がある。


背中からは腕よりも太い大蛇が尻尾のように生えており、ゆらゆらと揺れていた。


「その姿…!」


アルは目の前の怪物に戦慄する。


その姿はアンドヴァリが変質した姿と瓜二つだった。


町一つ容易く滅ぼして見せたアンドヴァリと同等。


否、それ以上の力をヴェルンドは手に入れた。


「霹靂よ、来たれ。我は怒りに燃えて蹲る者」


「マズ…!」


「その光を以て、我が怒りを示せ!」


立ち込める暗雲の一部が光を放つ。


それに驚く余裕もなく、雲の切れ間から幾つもの雷霆が地上へ放たれた。


「ッ! ゴーレム!」


咄嗟に出したゴーレムが瞬く間に蒸発する。


同時に展開したヒルドの棘も同様だった。


この光の中では、どんな物質であっても存在出来ない。


「くっ…おおぉ!」


全力でその場から飛び退き、少しでも爆心地が離れようともがく二人。


数秒後、雷霆が大地に直撃した。


厚い雲によって創り出された闇を切り裂くように、膨大な光が周囲を包み込む。


大地を破壊する熱と衝撃の余波で、二人の身体が宙を舞った。


「ぐ…あ…」


大地に叩きつけられ、アルは苦痛に呻く。


躱し切れなかった熱で負った火傷が痛むが、動けない程ではなかった。


何とか足に力を込めて立ち上がる。


「蛆虫共。足掻けば足掻くほどに苦しみは続くぞ………大人しくしていれば、楽に殺してあげますよ」


(声が、二つ…?)


変質したヴェルンドからは二つの声が聞こえた。


自我を乗っ取られたファフニールとも、逆に乗っ取ったアンドヴァリとも違う。


ヴェルンドの肉体に二つの意識が内在している。


「不思議そうにしてますねェ。まあ、無理もないでしょう…!」


「アルヴィース!」


ヒルドの声に反応し、アルは空を見上げる。


次の一撃は既に放たれていた。


大地を抉り、森を焼き払う雷霆が再び地上へ降り注ぐ。


「本来であれば、例え五百年生きるエルフであろうと我が依り代となった時点で自我を失う。我が術式は不可逆の転身。二度と元には戻らない」


ヴェルンドの肉体を使い、今度はニドヘグが言葉を口にする。


「ニドヘグをその身に宿しても自我を失わず、転身した後も元の姿に戻れる。そんな奇跡を起こせるのはエルフの歴史上でも俺だけでしょう!」


降り注ぐ雷霆に照らされたヴェルンドの顔が黒く変色する。


目も鼻もない無貌の左半分に、黒い紋様のような物が浮かび上がった。


「何故なら…」


黒い紋様は染み渡るように広がっていく。


「俺はエルフと人間の血を引く呪われた存在。奇跡に近い確率で生まれた混血ハーフエルフだからです!」


紋様はヴェルンドの左半身を埋め尽くす。


紋様によって完成した肉体は、その血統を表すように左右非対称な姿だった。


混血。


人間とエルフの両方の性質を持つ異端。


エルフの血を引くが故に、エルフ式の魔術を使用することが出来る。


人間の血を引くが故に、人間の『杖』を使用することが出来る。


(そうか。それが、エルフであるヴェルンドが心臓に仕込まれた杖を使用できた理由…!)


「答え合わせは終わりです。潔く死ね、蛆虫」


言葉と共に放たれた雷霆が、アルの身体に降り注いだ。

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