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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
最終章 リグレット
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第九十七話


十三年前。


『…駄目だな。コレも失敗だ』


頭を搔き毟りながら、アンドヴァリは舌打ちをした。


読んでいた古文書を放り投げ、深いため息をつく。


『あれから七年か。私は何一つ成長していないな…』


ヨルズの死後、アンドヴァリは寝る間を惜しんで研究に没頭していた。


エルフから魔術を奪うには、エルフと対等の力が必要だ。


そう考え、狂気と言われながらもヨルズの遺体を切り刻み、エルフの陣の解析を続けていた。


結果は芳しくなかった。


これまで千年、人類が届かなかった領域だ。


アンドヴァリがどれだけ優れた頭脳を持っていようと、手掛かりが足りなかった。


『アンドヴァリ。今、ちょっと良いですか?』


苦悩するアンドヴァリの耳に子供の声が聞こえた。


その可愛らしい声に、眉間に寄っていた皺が消える。


『ああ、大丈夫だよ。丁度、休憩しようと思っていたんだ』


そう言うと、アンドヴァリは声の主へ笑みを向けた。


その子供は、アンドヴァリと血の繋がった息子ではなかった。


とある貴族を摘発した際、成り行きで引き取った子供に過ぎなかった。


それでも、エルフに対する復讐や腐った帝国のことばかり考えるアンドヴァリにとって、彼との時間は唯一癒される時間だった。


『また壺でも壊したのか、ヴェルンド?』


『だ、だからアレは僕が壊したんじゃ………まあ、今はその話は良いです』


少しだけ拗ねたような表情でヴェルンドは一枚の紙を差し出した。


不思議に思いながらも、アンドヴァリはそれを受け取る。


『困っているみたいだったから、僕の解る所だけでも書いてみたんだけど…』


『どれどれ……………ッ!』


ガタッとアンドヴァリは椅子を揺らして立ち上がった。


その紙に書かれていたのは、アンドヴァリが七年かけても解読できなかった陣の答えだった。


『ど、どうやって、コレを!』


『…? どこか間違っていました?』


ヴェルンドは首を傾げて不思議そうに言った。


エルフの血で本能的にエルフ語を理解したのか。


その理屈は分からないが、それはアンドヴァリにとって大きな前進だった。


『…ヴェルンド。すまないが、これも見てくれないか?』


そうして、アンドヴァリの計画は急速に進み始めた。








「…ようやく、着いたか」


異空間から溶け出すように現れたヴェルンドは、目の前に広がる森を見上げた。


そこはアルフヘイム帝国最南部、アールヴの森。


十二年前、魔術を得たアンドヴァリによって大戦が引き起こされた場所。


「………」


ヴェルンドは森を見上げながら過去を思う。


あの時、自分が余計なことを言わなければアンドヴァリは優しいままだっただろうか。


大戦は起きず、エルフが絶滅することもなかっただろうか。


「…考えるだけ、無駄か」


仮定の話には何の意味もない。


事実として大戦は起こり、エルフは死に絶えた。


それはヴェルンドの罪だ。


故に、その罪をここで償う。


大樹の再生と言う救済によって。


「混濁よ、来たれ。此処は死者の岸。あらゆる生命を融かす死界の門なり」


ヴェルンドの影から暗い泥が溢れ出る。


這い寄る沼のようにも見えるそれは、みるみるうちに広がり、アールヴの森を侵食した。


枯れ果てた木々を飲み込み、内側へと引き摺り込む。


「死界術式『ナーストレンド』」


それは異界の門だった。


ここではない場所に『世界』を創り、現実の物体を引き摺り込む魔術。


異界に飲まれた物はヴェルンドの一部となり、その力を奪うことが出来る。


魔術師やエルフなら、その魔力を。


陣の刻まれた木々なら、その術式を。


「これで最後の準備も整いました。あとは…」


自然に満ちる魔力を感じながらヴェルンドは視線を前に向ける。


展開した沼の向こうからこちらを睨む男へと。


「あなた方の始末、ですかァ。懲りない人ですねェ」


「ヴェルンド…」


アルは隣に立つヒルドを下がらせ、真っ直ぐヴェルンドの眼を見た。


へらへらと笑みを浮かべるヴェルンドの本心を見透かそうとする。


「お前は本気で人類を滅ぼすつもりなんだな………黒エルフを」


「おや、人間の正体に気付いたのですかァ。ならば、あなたにも分かるでしょう。あなた達人類は生物として『不適格』なのですよ」


ヴェルンドはわざとらしい嘲笑を口元に浮かべた。


「この地上に生きるべきなのは俺達エルフだけです。あなた方は運命を受け入れて死に絶えるのが自然の摂理です」


その傲慢な言葉を聞き、アルは小さく息を吐いた。


「嘘だな」


「…何を言っているんです? 俺は本気で人類を」


「そこじゃない。お前は確かに人類を滅ぼすだろうが、理由が違う」


アルは真剣な目でヴェルンドを睨んだ。


「自然の摂理なんて崇高な理由じゃない。お前の眼に宿っているのは、もっとネガティブな感情だ」


ヴェルンドの眼に宿るのは、罪悪感と後悔だ。


そこには種族としての優越感も、人間への侮蔑もなかった。


言葉ではそれらしいことを口にしていながら、少しも人間に対する優越を感じなかった。


「ハ。ネガティブと言いますか………見当外れ、と言いたい所ですが」


少しだけ可笑しそうに笑った後、ヴェルンドはアルの眼を見た。


「あなたには嘘がつけませんね。俺と同じ『罪』を抱えているあなただけには」


「………」


「…俺の目的は大樹の再生。人類にはその為の犠牲になって貰います。全人類を魔力に変換すれば、再びこの地にエルフを復活させることが出来る」


ヴェルンドに人類への憎しみなどない。


人類を滅ぼすのは復讐ではなく、自分の悲願の為。


自身の罪を償う為だ。


「あなたには理解出来ると思います。この俺の悲願が」


ヴェルンドとアルは似ている。


共に罪を犯し、共に贖いを望んでいる。


「………」


アルにはヴェルンドの思いが誰よりも理解できた。


人類の身勝手さを、エルフを滅ぼした罪を知っているが故に、その思いに共感出来た。


「…確かに、お前の思いを俺は否定できない」


「そうですか! ええ、あなたならそう言うと…」


「だが、お前のその悲願には共感出来ない」


嬉しそうに笑みを浮かべたヴェルンドに、アルは冷静に告げた。


ヴェルンドの思いは理解しても、その計画には賛同できない、と。


「…何故ですか。まさか、この期に及んで人類の味方でもするつもりですか?」


裏切られた、とでも言いたげにヴェルンドは失意を叫ぶ。


「人類は一度エルフを滅ぼした! ならば今度は人類が滅ぼされる番だ! 殺されたエルフ達だってそれを望んでいる筈です!」


「それなら、どうして…」


怒り狂うヴェルンドに、アルは憐れむような眼を向けた。


「どうして、お前の隣にはアルファルがいないんだ?」


「―――――ッ!」


ヴェルンドの動きが止まった。


苦虫を噛み潰したような表情で、アルを睨みつける。


「アルファルも反対したんじゃないか? 生き残ったエルフであるアルファルに、お前の理想を否定されたんじゃないか?」


「…だったら、何だと言うんです!」


「それなら、お前の目的は『独り善がり』だ。お前はエルフの為に、エルフを救うのではない」


救うべき対象に否定されても、ヴェルンドは諦めなかった。


生き残ったエルフさえも犠牲にして、目的を果たそうとしている。


それでは、本末転倒だ。


「お前はただ、己の罪悪感を晴らしたいだけだ。それでは誰も救えない」

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