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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
最終章 リグレット
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第九十五話


「ヴェルンド…! アルファルを、アルファルをどうした…!」


アルは感情のままに叫ぶ。


訳が分からなかった。


ヴェルンドが魔術を使用したことも。


それをアルファルに向けたことも。


アルファルが跡形もなく消滅したことも。


「そんなに怒らないで下さいよ。死んでませんからァ」


ヴェルンドはへらへらと笑いながら答える。


その足元で影が生物のように蠢いていた。


「アルファルさんにはやって貰わなければならないことがありますからねェ。まだ殺しませんよ」


「…創生術式『ミストカーフ』」


ボコボコと大地が盛り上がり、ヴェルンドを囲むようにゴーレムが生成される。


絶対に逃がさないと言う意思を表すように、ゴーレムは隙間なく配置されていた。


「何を企んでいるのか、全て吐いてもらうぞ…!」


「エルフのことになると冷静さを失うのは悪い癖ですよ。あなたはまだ、俺の魔術が何なのかすら理解していないのに」


パチン、とヴェルンドが指を鳴らすと影が急速に膨張した。


そこから噴き出したのは、暗い泥土だった。


暗く黒い濁流は煙を吹きながら、アルへと襲い掛かる。


「ゴーレム!」


それを見てアルは、ゴーレムを目の前に生成した。


巨体をそのまま壁代わりにして、濁流を防がせる。


(何だ…?)


闇のように暗い泥に触れた部分からゴーレムが変色していく。


泥の染み込んだ部分からまるで齧られるように、削り取られた。


(水属性の魔術…? いや、違う。コレは溶けていると言うより、消滅している…?)


「このまま嬲り殺しにしても良いんですけど、俺には時間が無いんですよ」


泥の上を滑るようにヴェルンドはアルへと迫る。


既に形を失ったゴーレムを完全に崩し、泥に塗れた腕を振り上げた。


(この泥に触れるのは、マズイ…!)


咄嗟にアルは生成した槍を突き出した。


槍による反撃に気付きながらも、ヴェルンドは止まらない。


僅かに笑みさえ浮かべ、ヴェルンドはそれを胸で受けた。


「………忘れたんですか?」


左胸を貫いた槍が、何か硬い物に触れる。


内臓にそぐわぬ硬度を持つそれは、石の槍を容易く受け止めていた。


「俺の心臓ハートは作り物なんですよ」


「しまっ…!」


ヴェルンドの腕が振り下ろされる。


飛び散った泥はアルの左肩に触れ、その腕を斬り飛ばした。


「が、ああああああああ!」


左肩を抑え、アルが絶叫する。


泥に触れて腐り落ちた肩から血が零れる。


それを見下ろし、ヴェルンドは息を吐いた。


「人間は身体に刻まれた陣を使って魔術を使用する。片腕一本でも失えば、もうまともに魔術は使えないでしょう………ん?」


「ヴェルンドォ…!」


激痛を堪えながら、アルは残った右腕で大地に触れる。


その怒りに応えるように、大地から槍が飛び出し、ヴェルンドの頭部を狙った。


「っと、危ない危ない」


しかし、槍はヴェルンドの帽子を打ち抜いたが、ヴェルンド自身に傷を負わせることはなかった。


最後の一撃が不発に終わった悔しさにアルは歯を噛む。


「何でだ…! 何で、お前がこんなことをする!」


「『ユグドラシル計画』を完遂する為ですよ」


「お前も、アンドヴァリのように人類をエルフに変えるつもり………なッ!」


怒りながらヴェルンドの顔を見上げたアルは思わず絶句した。


アルの槍に壊された帽子が地面に落ちる。


今まで抑え付けられていた黒い髪が、隠されていた『耳』が露出する。


「おかしなことを言いますねェ。何故、俺が人間なんかの為に行動しなければならないんですかァ?」


その耳は、アルファルと同じ。


特徴的な尖った形をしていた。


「お前、は…エルフ…?」


「俺の目的は初めから、この地上からお前達人間を駆除することですよ。その理由は、あなたには語るまでもないですよねェ?」


自身の耳を撫でながらヴェルンドは嗤った。


その耳が全てを表していた。


現代まで生き残ったエルフ。


それだけで、人類を憎む理由は十分だ。


「…ああ、そうだ。きっと最後だからコレも言っておかないと」


思い出したようにヴェルンドは呟いた。


「俺、なんですよ」


何でもないことのように、真実を告げる。


「森のエルフの仕業に見せかけて、あなたの故郷を滅ぼしたのは」


「…ヴェ、ルンド…」


血を失ったアルの身体が力なく、地面に倒れる。


最後までヴェルンドを睨みながら、アルの意識は闇に落ちていった。








そこは暗い暗い、死の世界。


深海のように冷たく、光のない空間。


天地の感覚すら歪みそうな闇の中で、アルファルは目を覚ました。


「…ここは?」


「気が付いたようですねェ」


暗闇の中から声が聞こえた。


姿は見えないが、声の主が誰かは理解できた。


「ヴェルンド…?」


「はい。質問ですが、どこまで覚えていますかァ?」


「………」


ヴェルンドに促されて、アルファルは記憶を振り返る。


アルと二人で歩いていた時にヴェルンドが現れたこと。


そのヴェルンドが突然、見たことのない魔術を使用したこと。


「あなたは、一体…?」


「俺はエルフです」


簡潔に、ヴェルンドはその問いに答えた。


あまりにもあっさりと、長年の秘密を明かした。


「エルフ…? それは、おかしいです。私はあなたを知りません」


「まあ、色々と事情がありましてねェ。少しばかりあなた方とは『生まれ』が違うのですよ」


姿の見えないヴェルンドが言葉を濁す。


まるでそのことには触れて欲しくない、と言った態度だった。


「俺があなたに望むのは一つだけ。同じエルフとして、俺の計画に協力して下さい」


「計画?」


「ええ、ユグドラシル計画を正しい形で達成させる。それが俺の望みです」


「正しい、形…?」


言葉の意味は分からないが、アルファルは不穏な気配を感じた。


「アンドヴァリが考えた計画は人類を魔力に変換し、その後で分配することで人類を再生させる計画」


ヴェルンドは淡々と言葉を続ける。


それがアンドヴァリの計画だった。


人の心を失ったアンドヴァリが歪んでいるなりに人類の救済を望んだ結果だ。


「それに対して、俺の計画はもっとシンプルです」


僅かに明るい声でヴェルンドは言った。


「人類を全て魔力に変換し、それを使ってアールヴの森を再生させる。大樹を復活させる計画です」


「大樹を…復活…?」


「ええ、大戦で大樹は枯れてしまいましたが、膨大な魔力さえあれば再生できる」


暗闇の中に松明が灯され、ヴェルンドの姿がぼんやりと浮かび上がる。


「元より、ユグドラシルの種子とはその為に作られた物。創世術式『ニドヘグ』を使用すれば、三日と掛からずに帝国中の人間を魔力に変換することが可能です」


希望に満ちたような表情で、ヴェルンドは自身の目的を告げる。


表情とは裏腹に、血に塗れた暗い夢を語る。


「大樹が再生すれば、いずれ新たなエルフが生まれてくる。全ては『元通り』になる。その為には、あなたの協力が必要なんですよ」


「…人間は」


「はい?」


キョトンとした表情でヴェルンドは聞き返した。


「人間は、どうなるんですか?」


「………………………………」


ヴェルンドは興が冷めたような表情を浮かべた。


心底呆れたような目をアルファルへ向ける。


「あなたもつくづくお人よしですねェ。エルフが復活するんですよ? 森も、大樹も、全てが戻ってくるんですよ? だと言うのに、それを奪った人間のことを考えてどうするのですかァ?」


「大樹を再生する為に、人類を皆殺しにすると言うのですか? 今生きている命なんですよ!」


「―――ハ。そもそも、それが間違いなんですよ」


ヴェルンドは聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように、言葉を続ける。


「『始まり』が既に間違いだったのですよ。あの蛆虫共は、本来この地上に存在しない生物なのです。そんな物の為に、あなたが悩む必要はない」


「どう言う、意味ですか?」


「人間はですね………」


侮蔑の表情を浮かべながらヴェルンドは、ある真実を口にした。

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