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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
最終章 リグレット
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第九十四話


「………」


翌日。


レヴァンは騎士団長室で資料整理をしていた。


アンドヴァリの遺した様々な研究成果。


大戦時代の実験結果に始まり、エルフの涙に関する資料、人類をエルフ化する計画資料など、公には公開できないような物ばかりだ。


目を通した物から次々と焼却していく。


コレは全て、後の時代に残してはならない物だ。


「………」


資料を読む程に、コレを作成したアンドヴァリの心情が伝わってくる。


騎士達の理想であることを目指し、現実に打ちのめされ、手段を選ばなくなっていったこと。


どれだけ努力しても救えない人間が消えない絶望。


完璧であることに拘るあまり、人間をやめる決意をしたこと。


「…ん? コレは、魔術実験の計画書か」


手にした紙束は、レヴァンにとって最も馴染み深い物だった。


実験結果は記されていない為、コレはまだ実行に移される前に作成された物だろう。


「ヨルズの遺体に刻まれた陣を調べ、エルフの陣を解析。当初は難航したが、協力者を得たことで一気に実行段階まで進めることに成功…?」


読み進めながら、レヴァンは訝し気な顔をした。


「…協力者?」


その資料に記された日付を見て、改めて他の資料にも目を通した。


「コレも十三年前。コレも、コレもだ…!」


資料に目を通す度に、段々とレヴァンの顔色が悪くなっていく。


最後の資料に見た後、焦ったようにそれを地面に叩き付けた。


「全部だ。十三年前をきっかけに、全部の研究が著しい成果を上げている…?」


十三年前。


エルフ大戦の始まる一年前。


この時、アンドヴァリは『協力者』を得た。


その人物はアンドヴァリに膨大な知識を授け、その助けを得てアンドヴァリは魔術実験を成功させた。


「コレは…」


そもそも、どれだけアンドヴァリが優秀でも人類が魔術を得るには早すぎた。


これまで千年間、エルフが独占していた魔術をたった数年で解明出来たのはおかしい。


何かが味方していたとしか言い様がない。


「――――ッ」


その時、レヴァンは背後に気配を感じた。


背筋が凍りつく程の重圧。


咄嗟に炎を生み出しながら振り返る。


「な…」


その姿を見て、レヴァンは思わず目を疑った。


二メートルを優に超える体躯。


骨格自体は人間に近いが、強靭な手足には肉食獣のような爪があり、皮膚は黄金の鱗に覆われている。


平らな顔には目も鼻もなく、無貌の下には切り裂いたような巨大な口がある。


背中からは腕よりも太い大蛇が尻尾のように生えており、ゆらゆらと揺れていた。


それは、アルから聞いていた怪物の姿によく似ていた。


「馬鹿な…! アンドヴァリは、お前はもう、死んだ筈!」


この怪物は、ラプチャーで死に絶えた筈だ。


アル達の手によって、既にその命を絶たれた存在が、レヴァンの前に立っている。


「―――ハ。クハハ…」


怪物の口に嘲笑が浮かぶ。


無貌がレヴァンへと向けられる。


「この我が、誰に見えるか?」


「何…」


バチッ、と雷鳴が轟いた。


視界が光に埋め尽くされ、壁に叩き付けられて初めて、レヴァンは自身が攻撃されたことを知った。


「なっ…が、ぐう…!」


「――呆気ない。持て囃されようと、所詮は蛆虫の王か」


紫電を纏いながら怪物は呟く。


今の一撃でレヴァンに興味を失ったように、背を向けて窓の外を眺めた。


「霹靂よ、来たれ。我は怒りに燃えて蹲る者…」


怪物の腕から一筋の光が放たれる。


それは風を切り、雲を貫き、天へと昇っていく。


「その光を以て、我が怒りを示せ!」


最後の詠唱が終わった時、ノーブルから音が消えた。


天より降り注ぐのは、空を支えるような光の柱。


一本や二本ではない。


一本目の光が収まると、二射三射と断続的に光の柱が降り注ぐ。


「やめ、ろ…!」


光の柱は建物処か大地の表面すら削り取り、人も物も全て破壊する。


恐怖に震える女の悲鳴が聞こえた。


泣き叫ぶ子供の声が聞こえた。


それを聞きながら、怪物は不快そうに口を歪めた。


「耳障りな声だ。大人しく滅びを受け入れろ、蛆虫共」


その言葉に、不快以上の感情はなかった。


殺意すらない。


ただ害虫を踏み潰すような不快感だけがあった。


「侵略術式『ムスペルヘイム』…!」


雷霆を受けて重傷を負った身体を無理やり動かし、レヴァンは魔術を発動する。


例え勝てないとしても、これ以上ノーブルの人々を殺させる訳にはいかない。


相打ち覚悟で、全魔力を目の前の怪物に叩き込む。


「…チッ」


怪物は舌打ちすると、唐突に光の柱を放つことをやめた。


レヴァンが魔術を発動させたからではない。


そもそも、怪物はレヴァンに背を向けたままだ。


「この依り代ではコレが限界か」


どこか身体の不調を気にするような口調で怪物は自身の腕を見つめる。


「やはり、あの娘の魔力が必要か。致し方ない」


一方的に話すと、怪物は窓に手をかけた。


どこかへ移動しようとしている。


それに気付き、レヴァンは傷ついた身体に鞭打って走り出す。


「待て…!」


「……………………」


窓から飛び立つ寸前、怪物は一瞬だけレヴァンに顔を向けた。


再びレヴァンに関心を抱いたように、口を動かす。


「それでは、な……………レヴァン隊長」








「レヴァン騎士団長! ご無事ですか!」


扉を荒々しく破ったエイトリは、レヴァンの様子を見て悲鳴のような声を上げた。


「俺のことは、良い」


「でも…!」


「俺のことは良いと言ったんだ! それより教えろ、エイトリ! あの娘はどこにいる!」


焼け焦げた皮膚の痛みすら気にせず、レヴァンは鬼気迫る表情で叫んだ。


「あの、娘…?」


「…アルファルのことだ! あの娘は今、どこにいる!」


嫌な予感がしていた。


あの怪物は種子から生まれた存在だ。


それが求める『魔力』を持つ娘とは、一人しか考えられない。


「え、ええと、アルファルなら今朝、軍神アルヴィースと共に町を出ましたが…?」








「今、何か聞こえなかったか?」


「そうですか?」


アールヴの森へ向かう道中、アルの言葉にアルファルは訝し気な顔をした。


耳は良い方だと自負しているが、何も聞こえなかった。


「…気のせいか」


口ではそう言いながらも、アルの表情は暗かった。


その悪寒の理由は、アル自身にも分からない。


何かとんでもない物が近付いている。


そんな気がした。


「…気分が悪いなら、どこかで休憩しますか?」


「いや、大丈夫だ」


「本当ですか? 今回は別に急いでいないので少しくらい平気ですよ?」


気遣うような目で見てくるアルファルを安心させるように、アルは笑みを浮かべた。


出会ったばかりの頃は壁があったが、今ではここまで踏み込んで来てくれる。


もうアルファルは一人でも十分に生きていける。


いよいよアルはお役御免だった。


「…俺が必要なくなっても、友人と呼んでくれるかな」


「何ですって?」


思わず声に出てしまった不安に、アルファルは眉を吊り上げた。


「え、聞こえていたか、今の…?」


「ええ、エルフは耳が良いので! あなたの女々しい言葉は十分聞こえましたとも!」


「うぐっ…! ハッキリ言うね…」


「あなたがハッキリ言わないと分からないからですよ」


怒ったようにアルファルはアルに顔を近づけた。


それに怯えたように、アルは顔を背ける。


「私達は対等な友人です。何があってもそれは変わりません」


「あー、えーと…今後ともよろしく?」


「…何言っているんですか?」


気恥ずかしさから変なことを口にするアルに呆れたようにアルファルはため息をついた。


これではどっちが年上か分からない。


アルの境遇故にエルフに対する態度がぎこちないのは仕方ないが、それも限度がある。


ここまで不器用とは思わなかった。


「いやー、仲良きことは美しきかな、ですねェ」


二人の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。


不思議そうな表情で顔を見合わせた後、二人して声の方向を見る。


そこには、想像した通りの人物が立っていた。


「ヴェルンド?」


「人とエルフが手を取り合う。実に美しい光景ですねェ。いや、本当に…」


目の前の人物、ヴェルンドは満面の笑みを浮かべながら二人を見ていた。


「…もっと、早く見たかった」


その声は、表情とは裏腹に悲しみに満ちていた。


普段見ているヴェルンドとはどこか雰囲気が違う。


奇妙な違和感を感じ、アルは訝し気な顔をする。


「………」


スッとヴェルンドは指先で大気を撫でた。


まるで大気に絵でも描くように指を動かすと、それに合わせて光の軌跡が現れる。


「お前、何を…?」


「見せてあげますよ。コレが俺の『魔術』です」


反応する余裕もなく、虚空に描かれた陣が浮かび上がる。


瞬間、ヴェルンドの影が独りで動き出し、起き上がった。


「え…?」


影は勢い良く大地を駆け、アルファルを引き摺り込む。


呆然とした声と共に、アルファルの姿が影の中に消えた。


「さようなら」


ヴェルンドは残忍に表情を歪めて、そう呟いた。

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