第九十一話
「よし、完成だ」
アルは完成した物を眺めながら満足げに頷いた。
それは、等身大のレヴァンの銅像。
騎士団長就任に伴い、エイトリに作製を依頼されていたのだ。
レヴァンは最後まで嫌がっていたが。
「へえ、上手ですね。杖職人と言うのは皆こんなに器用なのでしょうか?」
「お前だって杖職人じゃないか、ヴェルンド」
「俺は仕事だから仕方なく作っているだけですよ」
アルのいる研究室の主であるヴェルンドは苦笑を浮かべた。
「俺はどっちかと言うと、こう言う物を作る方が好きなんですよ」
そう言うと、ヴェルンドは床に無造作に転がっていたぬいぐるみを手に取った。
騎士服を纏ったゴリラのようなぬいぐるみだが、どことなくレヴァンに似ているような気もする。
「好きなのか、ぬいぐるみ」
アルはヴェルンドが日頃から首に巻いている蛇のぬいぐるみを見ながら呟く。
「ぬいぐるみは良いですよー。生物と違って俺を傷付けないしー」
部屋の奥に仕舞ってあった巨大なぬいぐるみを枕にしながらヴェルンドは笑みを浮かべた。
時々、年齢の割に子供っぽい面があると思っていたが、そのリラックスした表情は子供そのものだった。
「そうだァ。エルフのイメージアップも兼ねて、アルファルさんをモデルにしたぬいぐるみでも作りましょうかァ?」
「お前、仕事が忙しいんじゃなかったのか?」
「…ああ、そうでしたァ。玉座の影響で壊れた騎士達の杖、全部作らないといけないんでしたァ」
ガクッとヴェルンドは崩れ落ちた。
普段から目の下にある隈がより濃くなったような気がする。
「技術開発部の連中、研究馬鹿ばっかだから杖作りにあんまり乗り気じゃないんですよね」
「大変そうだな」
「いえいえ、いずれ騎士団長殿に改善してもらいますよ」
「それじゃ、俺はコレをレヴァンに届けてくる。何か手伝えることがあれば教えてくれよ」
「気持ちだけで十分ですよ」
「騎士団長就任祝い、ですか…? 私達が?」
ノーブルにある宿屋の一室でアルファルは首を傾げた。
共にこの宿屋に宿泊しているヒルドは、その言葉に大きく頷く。
「そうそうー! 正直、レヴァンを祝う気はあんまりないんだけどー、折角アンドヴァリに勝ったのに祝宴もしなかったじゃない?」
「そう言うのは騎士団内であるのではないですか?」
「あー無理無理。アイツ、後輩の前では死ぬほど見栄を張るタイプだから、絶対そう言うの参加しない」
恰好つけたがりのレヴァンを思い、ヒルドは舌を出す。
「まあ、だからこの宿屋を借りてお祝いしようと思ってさー」
混乱する騎士団の手伝いなどの理由でアル達は皆、戦いが終わった後もノーブルに留まっている。
アル、ヒルド、アルファルの滞在している宿屋がこの場所だったのだ。
「折角だから私と一緒にアルファルちゃんも料理しようよー」
「…はい? 私、料理なんて出来ませんよ?」
「良いの良いの、それでも。女の子の手料理ってだけで、アルヴィースはイチコロだからー!」
「何故そこでアルの名前が出るのですか?」
心底不思議そうなアルファルに、ヒルドは悲しそうな顔をした。
「可哀想に、まだ自分の気持ちに気付いていないのね。ここはお姉さんに任せなさいー!」
「お姉さん? あなた確か、私より年下でしたよね?」
アルファルはどこまでも冷静にそう呟いた。
「ヴェルンド君、いるー?」
「いい加減、君付けは勘弁して下さい。エイトリさん」
アルが立ち去った後、ヴェルンドの研究室を訪れたのはエイトリだった。
眠そうな顔で杖を作っているヴェルンドに持っていた紙袋を渡す。
「はい、差し入れ。甘い物は大丈夫だった?」
「ありがとうございます。甘い物は結構苦手ですが、頑張って食べます」
「そこは嘘でも大好きって言いなよ。本当に空気読めないなぁ」
顔を顰めながらエイトリは溜息をついた。
以前から思っていたが、ヴェルンドは失言が多すぎる。
誰に対しても丁寧な態度を取る割に、思ったことは簡単に口に出すと言うか。
人に好かれようと思っていないと言うか。
「ん? エイトリさん。その本は?」
「コレ? レヴァン隊長…じゃなかった。騎士団長に頼まれたの」
エイトリはもう片方の手に持っていた本の表紙を見せた。
「レヴァン騎士団長に何か時間を潰せる本を探してきて欲しいって言われてさ。ついでにね」
「…なるほど。ところで失礼ですが、エイトリさん。字、読めないんでしたっけ?」
「本当に失礼ね! 字くらい読めるわよ! 田舎者だからって馬鹿にしないで!」
ドカッと怒りを表すようにエイトリは近くの机を殴った。
その音にビビり、ヴェルンドは咄嗟に距離を取る。
以前、殴られた古傷が痛む。
「ま、まあ、難しい単語は今も読めないけど、コレはおすすめって書いてあったもの!」
(…それ、恋愛小説なんですけどねェ)
これ以上喋れば殴られる、と考えヴェルンドは口を閉じた。
エイトリが大事そうに持っている本が、今若い女性の間で流行りの騎士とお嬢様の恋愛小説であることは言わない方がいいだろう。
(こう言う本を読めば、彼も少しは恋愛に興味を持ったりするのでしょうか?)
自身を慕う可愛い後輩が傍にいると言うのに、少しもそんな気配を見せないレヴァンにヴェルンドは訝し気な顔をした。
心を殺すのはともかく、あの鈍感さは罪深い。
「時に、彼は女性に興味があるのでしょうかァ?」
「唐突に何? レヴァン騎士団長だって一人の男性だから、少しは…」
「少しは? 彼の口からそんな話が出たことがありますかァ?」
悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ、ヴェルンドは言った。
「彼の口から出るのはアルさんのことばかり、なのに女性であるヒルドさんには無関心。彼って実は女性を愛せない方なので…グフッ!?」
「そ、それ以上言うと殴るわよ!」
「もう殴っているじゃないですかァ!?」
いかん、からかい過ぎた、とヴェルンドは殴られた腹部を抑える。
半泣きで拳を握るエイトリに、ヴェルンドは降参するように手を上げた。
この少女はちょっと手が速いのが欠点だ。
「そんな話、私は信じませんから!」
倒れるヴェルンドに背を向け、エイトリは慌てて部屋を飛び出した。
「レヴァン隊長!…じゃなかった、騎士団長!」
荒々しく騎士団長室を開けたエイトリは転がり込むように部屋に入った。
「扉はもう少し静かに開けた方がいいぞ」
「軍神アルヴィース!? ど、どうしてここに!」
扉を開けて最初に飛び込んできた人物に、エイトリは動揺する。
ヴェルンドの妄言のせいで、やや混乱していた。
「頼んでいた物を買ってきてくれたのだな、エイトリ」
「へえ、気が利くな。お前は女っ気ないんだから、そう言う子は大切にしろよ」
「それはお互い様だ」
邪魔をしたな、とアルはさっさと部屋から出ていった。
それを見送ってからエイトリはレヴァンに本を手渡した。
「ん? コレは…まあいい。世話をかけたな」
本のタイトルに首を傾げたが、然程気にした様子もなくレヴァンは礼を言った。
その言葉に応えることなく、エイトリは俯いたままだ。
「あ、あのあの、レヴァン騎士団長は、その…」
「恋愛、か。少しは俺も考えるべきかな」
「!?」
受け取った本を眺めながら何となく呟いたレヴァンの言葉に、エイトリは驚愕した。
(な、何故、急にそんなことを!? まさか! まさか!?)
「…冗談だ。どうも俺は、この手のジャンルが苦手でな」
苦笑して本を机の上に置くレヴァン。
買ってきて貰ったので読もうと思ったが、やはり気分が乗らなかった。
しかし、錯乱するエイトリにその言葉は届いていない。
「わ、私が、レヴァン騎士団長を正しい道に戻して見せますから! ぐすっ」
「? ああ、俺が道を間違えた時はよろしく頼む」
レヴァンはどこかズレたようにそう返した。




