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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
最終章 リグレット
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第九十話


「終わった、か」


「そう、みたいねー」


アルとヒルドは、長い戦いが終わったことを理解した。


アンドヴァリの遺体はいつの間にか、人間の姿に戻っていた。


十二年以上掛けた計画を達成できなかったと言うのに、その死に顔は驚くほど安らかな物だった。


「………」


アンドヴァリの罪は重い。


国を騙し、エルフを殺し、人間すらも虐殺した。


それらは全てアンドヴァリ自身の身勝手な独善の結果だった。


全てが明るみになれば、騎士団長アンドヴァリの名は地に落ちてしまうだろう。


人々の希望だったアンドヴァリ。


民衆は真実を知る方が幸せなのか、知らない方が幸せなのか。


「ヴェルンド。お前は…」


そう呟きながら協力者に視線を向けて、アルは言葉を失った。


「…何ですか? アルさん」


「お前、泣いているのか?」


「え…?」


アルに言われてヴェルンドは自身の眼から零れる物に初めて気づいた。


驚いたように涙を拭い、視線をアンドヴァリの遺体に向ける。


「何ででしょうね。恨んでいた筈なのに。憎んでいた筈なのに。どうしてか、悲しかった」


ヴェルンドは複雑そうな表情を浮かべていた。


「親のいない俺にとって、父親みたいな存在だったからかもしれません。殺したかったのに、死んで欲しくなかった」


「………」


「ははは、おかしいですよね」


初めから悪である人間はいない。


どんな人間だって、生まれた時は善の心を持って生まれてくるのだ。


アンドヴァリはそれが、歪んでしまった。


人間の本質が善性であると知りながらも、その善性を信じることが出来なかった。


全て自身が支配することが、最善であると勘違いしてしまった。


それは傲慢だが、決して悪意はなかった。


結末が暴君だったとしても、その始まりに一切の悪意はなかった筈だ。


それを、アルは覚えておこうと思った。


アンドヴァリに救われた者の一人として。


「ああ、もう! 何、湿っぽい顔しているのよー!」


そんなアルを元気付けるようにヒルドが強めに背を叩いた。


「私達は勝ったのよー! 互いに正義の為に戦って、それで勝ったの! なら、私達は笑わなきゃいけない! この勝利を誰よりも喜ばなきゃいけない!」


「ヒルド…」


「そうしないと、負けた者が報われないでしょ。勝者なら敗者よりも良い物を生み出さないと。それが勝者わたしたちの責任よ」


コツ、と靴を鳴らしてヒルドは笑みを浮かべた。


「さて、まずはラプチャーに生き残りがいないか探すことから始めましょうか。助けを求める者がいるなら私は誰だって助けてあげるわよー」








「ん…ここは…?」


レヴァンの騎士隊長室で目を覚ましたエイトリは首を傾げた。


何故自分はこんな所で眠っていたのか、思い出せない。


まるで長い夢を見ていたような気分だ。


「気が付きましたか」


「ッ! エルフ…!」


自分の顔を覗き込んだアルファルを見て、エイトリは慌てて距離を取った。


そんな元気そうな様子を見て、アルファルは息を吐きながら腕を振るう。


淡く輝いていた床から水が集まり、アルファルの水筒に収まった。


「それだけ動けるなら、もう治療は必要ないみたいですね。元々肉体に傷は殆どありませんでしたし」


「治療…? もしかして、君は私を治療してくれていたの?」


「はい。レヴァンに頼まれてしまったので。結界を張れば騎士も入って来れませんので」


「レヴァン隊長が…? 隊長は無事なの!?」


「無事ですよ。つい先程、玉座を破壊しました。全て終わったんです」


玉座に魔力を吸い上げられ、意識を失っていた騎士が次々と目を覚ましていく。


混乱している者が多いが、もう身体が操られる心配はない。


アンドヴァリと言う虚構の暴君は完全に崩壊した。


「えと、状況はよく分からないけど、君が私を守っていてくれたんだよね?」


エイトリは恐る恐るアルファルの様子を伺った。


一般的な知識としてエイトリはエルフの恐怖を教えられている。


しかし、目の前の少女は人間と殆ど変わらず、敵意も感じられなかった。


言葉から察するに、レヴァンに言われて気絶した自分を守っていたようでもある。


「私はエイトリ。名前を教えてくれないかな?」


「…アルファル、です」


「そう! アルファルちゃんか! 今まで守ってくれてありがとうね!」


アルファルの華奢な手を掴み、エイトリは嬉しそうな笑みを浮かべた。


エルフだから敵だ、と騎士団の言葉を鵜呑みにすることはやめた。


レヴァンが自分の身を預けたと言うなら、きっとこの少女も仲間なのだろう。


だとするなら、助けられて礼を言わないのは騎士道に反する。


「…一つだけ良いですか?」


「ん? 何かな?」


「私はこれでも二十八歳ですので、ちゃん付けはやめて下さい」


「嘘っ…! 年上だったの…ですか!」








「………」


燃え盛る玉座を眺めながらレヴァンは無言で佇む。


それはアンドヴァリの支配の象徴。


全ての騎士を縛り、正義を強制する装置。


「…フン」


完全に玉座が燃え尽きたことを確認し、レヴァンは炎を消す。


コレはもう、必要ない。


これから騎士達は自分で正義を見つけ、それを信じて突き進んでいく。


暴君も英雄も必要ない。


正義とは強制される物ではなく、自分の中に見つける物なのだから。


(三英雄と呼ばれるのも今日までかもしれないな…)


もう誰もレヴァンを隊長とは呼ばないだろう。


事情を知らない騎士達にとって、レヴァンは騎士団長を裏切った反逆者に過ぎないからだ。


(だが、それでいい。正義を語るには、俺は人を殺し過ぎた。これからは別の人間が…)


「レヴァン隊長!」


その時、荒々しい音を発てて扉が開いた。


息を荒げながら駆け込んできたのは、本部を守る為にレヴァンと戦った騎士達。


レヴァンに倒された後、玉座の力で気絶していた筈だが、意識が戻ったようだ。


元気そうな様子を見て、レヴァンは内心安堵の息を吐く。


「何故…!」


糾弾するような鬼気迫る声を聞き、レヴァンは静かに目を閉じる。


抵抗する気はない。


アルには任務達成後に合流するように言われていたが、初めからそのつもりはなかった。


彼らに捕まると言うなら、本望だった。


「何故、本当のことを話してくれなかったのですか!」


「…何?」


「あなたはたった一人で騎士団を解放する為に戦っていた! 我々は騎士団長に騙され、あなたに武器を向けたと言うのに!」


悔恨を滲ませながら叫ぶ騎士の言葉に、レヴァンは訝し気な顔をした。


何故、そのことを知っているのか。


真実は誰にも話していない筈なのに。


考え込むレヴァンの足元に、玉座の燃えカスが落ちた。


「玉座………そうか、意識を共有したことで、逆にアンドヴァリの記憶を見たのか」


玉座を破壊した影響か、目が覚める前にアンドヴァリの記憶を見た者がいたようだ。


それで真実を知り、レヴァンの下へ駆け付けたのだろう。


「私達は、私達は…!」


「何も言うな。お前達は自分の務めを果たしただけだ。それを誇ると良い」


「ッ…!」


「それに、俺は一人ではなかった。俺一人ではアンドヴァリの暴走を止められなかった」


レヴァンは窓の外を眺めながら笑みを浮かべた。


心から穏やかな笑みを浮かべるレヴァンに、騎士達は目を見開いて驚いた。


思えば、笑うことなど随分久しぶりだ。


心を殺し、ただ無感動に役目を果たし続けた日々。


愚かなことだった。


人は人にしか救えない。


心のない非人間になった所で、誰も救える筈がなかった。


「ははは…はッ…ゴホッ!? ゲホッゲホッ!?」


「あぁ!? 隊長が血を吐いた!?」


「と言うかよく見たら血塗れじゃないですか!? 救護班、早く隊長を! 隊長をー!?」








玉座によって真実を知った騎士達によって、アンドヴァリの所業は明るみとなった。


ラプチャーを独断で滅ぼしたことに加え、ヴェルンドの密告で見つかった大量のエルフの遺体。


エルフ大戦の立役者の凶行に人々は動揺し、憤った。


これまでの栄光から一転して、アンドヴァリは無慈悲な狂人と糾弾された。


新しい騎士団長は、満場一致でレヴァンとなった。


本人は騎士を降りるつもりだったが、アンドヴァリを失ったことで混乱していた騎士団を纏める為、渋々その地位を受け入れたのだった。


それは、騎士団の新生の第一歩だった。

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