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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第一章 ヒポクリシー
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第九話


ガタンガタンと揺れる客室の中でガラールとアルファルは向き合っていた。


狭い客室内には他に誰もおらず、アルファルは静かに目の前の男を見つめる。


「…懲りない人ですね」


呆れたようにアルファルは息を吐いた。


「私が、ただの無力な娘ではないことは教えた筈ですが?」


アルファルの腰に下がっている水筒で波が立つ。


人間社会と言うことでそれなりに譲歩しているつもりだが、敵意を向けられてまで大人しくしているつもりはなかった。


「あ、えーと。こんな時、何て言うんだったか…」


冷たい殺気を向けられていることに気付いていないのか、ガラールは口ごもっていた。


顔を赤くしたり青くしたりするガラールを不審そうにアルファルは見つめる。


「そ、そう! ごめんなさい、だ」


「それはどう言う…」


意味が分からずにアルファルは首を傾げた時、揺れていた馬車が止まった。


馬を操っていた御者は扉を開けると、ガラールを置き去りにして去っていく。


ますます訳が分からずにアルファルは前を見つめた時、唐突にガラールは頭を下げた。


「すまなかった。昨夜、君を誘拐したこと。今、強引な手段を取ったこと。纏めて謝罪する」


「………」


「許してくれなくても構わない。だが、せめて町を去る前に謝罪だけでも受け取って欲しかった」


心から反省するように、ガラールは言った。


言葉に高圧的な物がなく、周りには誰一人護衛を連れていなかった。


馬車を止めて扉を開けたのも、いつでもアルファルが去れるようにだろう。


「君の言葉が、胸に突き刺さったよ。今まで多くの女性を従えてきたが満たされることはなかった」


苦い顔で語るガラールの言葉を、アルファルは無言で聞いていた。


「強引に誘拐すれば抵抗することもあったが、金銭や宝石を与えれば何でも言うことを聞いた。私はそれで心まで手に入れたつもりになっていたんだ」


自分の全てを肯定する人間など、人形と変わらない。


それをどれだけ集めた所で、虚しくなる一方だ。


「…それで、何が言いたいのですか?」


「あ、と。すまない。言い訳する気はないんだ。ただその、これからはそう言うことはやめにする。今いる使用人達にも、そう言ったんだ」


言葉を選ぶようにガラールは言った。


これからは金銭だけではなく、心の繋がりを作れるように努力すると。


「だからその、強引な手段は抜きで、また君にアタックしても、良いだろうか?」


「………」


アルファルは表情を変えずに扉から外へ出ていく。


やはり駄目か、と落ち込むガラールを横目で見つめた。


「私はエルフですので、あなたの子供は産めません」


「んなっ! こ、子供ぉ!?」


「…? 人間は子供を授かる為に、異性に愛情を抱くと本で読んだのですが?」


「い、いや、間違っていない。間違っていないが、間違っている!」


頭を抱えるガラールにアルファルは首を傾げる。


「…とにかく、私があなたに愛情を抱けないのは、あなた個人が悪い訳ではないです」


フォローするように付け加えながら、アルファルはその場を去った。








「さて…」


馬車から離れながらアルファルは呟く。


あんな目に遭ったが、別にアルファルはガラールのことを特別憎んでいない。


ガラールからすれば、屈強な男達を従えて暴力で誘拐したように見えるかもしれないが、アルファルにとっては子供の遊びに付き合った程度。


アルの人となりを調べる実験にも利用した程度で、良くも悪くもガラールに興味がなかった。


人間に対して色々な悪事を働いたようだが、エルフであるアルファルにとっては正に他人事。


懺悔する対象を間違えているのだ。


アルファルが憎むとするならば、それは人類全て。


森を奪い、家族を殺し尽した人間達だ。


「どうやってアルと合流すれば…」


言いかけてアルファルは強い風を感じた。


この地方特有の風の冷たさに震える。


魔術を使えばアルの居場所もすぐに分かるかもしれないが、あまり目立つ真似はマズイだろう。


馬車で町の外れまで運ばれたようで周囲に人の気配はないが、誰に見られるか分からない。


「…おいおい、嘘だろう?」


その時、喜悦の混じった声を聞いた。


激しい風の中から一人の男が姿を現す。


女性と見間違えるような美貌の男。


派手な化粧とドレスを纏った姿。


連環するピアスのついた特徴的な尖った耳。


「まさか、今頃になって同族に会うとは思っていなかったなァ」


子供のように笑う顔に、アルファルは見覚えがあった。


「ろ、ロプトル…なんですか?」


「おお、その名前で呼ばれるのも懐かしいなァ。キヒヒ!」


握り締めた木製のナイフを弄りながらロプトルは嬉しそうに笑った。


「最近じゃ、人間共にダストデビルと呼ばれることにも慣れてしまったからねェ」


「あなたが、ダストデビル…!」


「ん? そっちの名前は知ってたか、アルファル。いやァ、すっかりボクも有名になっちゃって! 流石に殺し過ぎたかなァ? キヒヒヒヒヒ!」


楽しそうに残忍な笑みを浮かべるロプトルの顔は、アルファルの知らない物だった。


ロプトルと最後に会ったのは、十二年前。


アルファルが眠っていた十二年間は、ロプトルに何らかの変化をもたらしたようだった。


「一人、なんですか?」


「一人だよ。十二年前からずっとね。ボクはずっと、人間を殺し続けたんだ」


口には変わらず笑みを浮かべながらも、ロプトルの眼は無感動だった。


それに薄ら寒い物を感じ、アルファルは言葉を続ける。


「…それは、エルフを滅ぼした人間が憎かったから?」


「どうだろうね? 最近では殺すのが楽しくってさ! むしろ愛しちゃってるかも!」


壊れた笑みを浮かべるロプトルを見て、目の前にいる男がアルファルの知る男ではないことを知った。


「大体さ。ボクはエルフが滅びたのも、自業自得だと思っている所があるんだよね」


「…え?」


「だってさ。ボクは百年くらい前からずっと人間を滅ぼすように言ってたのに…ベイラの奴め。ボクの言うことを聞きはしない!」


「ベイラって、族長のことですか?」


「そうそう! 楽観的にも程があるっての! そのくせ、戦争が始まったら真っ先に殺されやがって! 本当に馬鹿な女だったよ!」


その言葉に、アルファルはロプトルを睨みつけた。


「…訂正して下さい。族長は私達のことをいつも考えてくれていました」


アルファルの眼に冷たい怒りを宿る。


その人物はアルファルが母と慕った人物だった。


戦争からアルファルの身を守った『石の棺』もベイラが作った物だったのだ。


「分っかんないかなァ! エルフが滅んだのも! ボクらが今、こんな町にいるのも! 元はと言えば全部あのクソ女が悪いんだよ!」


怒り狂いながらロプトルは木製のナイフをアルファルへ向けた。


無骨だが、その切れ味は生半可な鉄よりも鋭い。


「………」


凶器を向けられてもアルファルは表情を変えなかった。


意見は曲げない、と言う強い意志が感じられ、それがロプトルは非常に癇に障った。


「悲しいねェ。数少ないエルフの同胞を殺さないといけないなんてさァ!」


ナイフが動く。


それに合わせてアルファルが水筒を握り締めた所で、足音が聞こえた。


「待て! そこの奴、彼女が離れろ!」


杖を握り締めたガラールが叫んでいた。


「お前、エルフか? どうして、彼女がエルフに…」


杖を向けながら近づくガラールを見て、ロプトルは表情を変えた。


不機嫌そうだった表情から、喜悦へと。


「キヒヒ! 何だ何だ、知り合いか? しかも人間! 面白くなってきたぞ!」


ロプトルの興味がアルファルからガラールに移る。


それを見て、アルファルは不吉な物を感じた。


逃げるように声をかける前に、ガラールは庇うようにアルファルの前に立つ。


「格好良い! 恰好良いねェ! だけど、悲しいなァ。それは長続きしないんだよねェ」


ロプトルの手が風のように動き、ナイフが煌めく。


突風が吹き、ガラールは手に軽い衝撃を感じた。


その手に握り締める杖が、根元から両断されていた。


「なっ…」


「人間はこれで魔術が使えない。さて、ゲームをしようか?」


嗜虐的な笑みを浮かべ、ロプトルはナイフをアルファルへ向ける。


「これからボクはこの子を殺す。その次は君だ。君はこの子が死ぬまでに、出来るだけ遠くへ逃げるんだ」


「…!」


「この子を殺したら、すぐに君を追いかけて死ぬまで切り刻んでやる! 捕まったら、楽に死ねると思わない方が良いよ! キヒヒ!」


残忍なゲームだった。


逃げた所で、ガラールを逃がすつもりは一切ない。


アルファルを見捨てて、罪悪感を抱えながら必死で逃げ、安心しきった所を殺すのが一番楽しい。


自分だけは助かりたい、自分だけは死にたくない。


そう命乞いをする醜さを見ながら殺すことが、ロプトルは大好きだった。


「…あ?」


だからこそ、目の前の光景が理解できなかった。


折れた杖を握り締め、ガラールは立っていた。


恐怖を隠せずに震えながら、それでも逃げることなくアルファルの盾となっていた。


「…何してるんだ。お前」


「あ、愛する者を見捨ててまで、私は生きたくはない…!」


ガラールにとって、これは最後のチャンスのような気がした。


ここで逃げてしまっては、再び以前の自分に戻ってしまうような気がしていた。


もう誰も愛することなど出来なくなるような気がした。


「恐怖で揺らぐ愛は本当の愛ではない。だろう?」


「ッ!」


自分に言い聞かせるように、同時に後ろにいるアルファルに言うように、ガラールは呟いた。


アルファルに言われた言葉を自分なりに考え、出した答えだった。


それに答えようと、アルファルは口を開く。


「馬鹿じゃねえの?」


ヒュッ、と風を切るような音が響いた。


ぐらりとガラールの身体が仰向けに倒れる。


「格好つければ殺さないとでも思った? 死なないと思った? 馬鹿が」


吐き捨てながらロプトルは何かを蹴る。


それは、切り落とされたガラールの首だった。


「あぁ! 人間のくせに恰好付けてんじゃねえよ! 弱いくせに! 弱いくせに!」


錯乱したようにロプトルは首を失ったガラールの遺体を斬り付ける。


今までの遺体同様に『エルヴンダート』と刻み込んだ。


飛び散った血が顔についても気にも留めない姿は、狂気を感じた。


「………」


アルファルは何も言わずに、遺体となったガラールを見ていた。


それに気付き、苛立ちながらロプトルは舌打ちをする。


「お前も、一緒に死ね」


返り血に塗れたナイフが振るわれる。


凶刃は風のような速度で呆然とするアルファルに迫る。


「そこで何をしている」


直前で、止められた。


アルファルにも、ロプトルにも、聞き覚えのある声によって。

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