第八十三話
「アルフヘイム帝国の初代皇帝は約二百年生きたそうだ。人類には本来、それだけ生きられる機能が備わっている」
「………」
「疫病を患うことなく、死を恐れない人類」
それは最早、人間とは呼べない存在だろう。
長命で強靭な肉体を得た人類は、エルフと何も変わらない。
今までの人類を超えた、新たな人類の創造。
「それこそが私の理想。人類の救済だ」
その理想が実現すれば、それは確かに人類を救うだろう。
未だ帝国を悩ませている疫病を完全に根絶することも可能だ。
「そんな、ことが、本当に出来ると、思っているのか?」
「種子があれば実現できる。一度人類を喰い尽し、大樹内で構成を作り換える。その後で魔力を還元すれば人類は『生まれ変わる』」
新たな人類を一から作り上げる。
その為に種子を使用して、人類を一度滅ぼすと宣言しているのだ。
想像を絶する思考だった。
雑草でも間引くように、人類を殺し尽くすと言った。
その後に作り上げるので大人しく滅びろと言った。
創造と破壊は神の所業だ。
歪んでいる。
「これが人類を恒久的に救済する唯一の方法なのだ。理解したなら、種子を渡せ」
「…お前にだけは、絶対に渡せないな」
「そうか。ならば、致し方ないな」
そう言うと、アンドヴァリは自身の右腕を空へ翳した。
精巧な木製の義手が、ぼんやりと淡い光を放ち始める。
「その腕………杖か!」
「余ったエルフの骨を使って自作した物だ。ヴェルンドも、これの存在は知らん」
右腕の義手に黄金の陣が浮かび上がる。
アンドヴァリを中心に暴風が吹き荒れる。
刻まれているのは、風属性の陣。
「どうやら玉座から引き離せば私が無力化すると考えたようだが、それは間違いだ…『接続しろ』」
景色が歪み、虚空に幾つもの光の窓が展開された。
光で縁取られた窓は帝国中の様々な風景を映し出す。
「この義手は玉座と同じ物で作られている。コレを使えば、帝国のどこからでも玉座を遠隔操作出来る」
アンドヴァリは玉座から離れても、何の問題もなかった。
大戦後にアンドヴァリが一度も本部を離れなかったのは、この義手の存在を隠す為。
ヴェルンドの手も借りずに杖を自作したのは、それを誰にも知られない為。
「常に最悪を想定して切り札は幾つも用意しておく物だ」
「くっ…」
「…コレがお前達の切り札か」
光の窓を義手で操作していたアンドヴァリが、少し驚いたように呟く。
その視線の先には、窓に映し出されたレヴァンの姿があった。
「レヴァン隊長!?」
「どうして、隊長は死んだ筈では…?」
「退け! 俺は騎士団長に用があるんだ!」
アル製の馬車から顔を出し、レヴァンは叫ぶ。
本部はもう目の前だと言うのに、次々と現れる騎士達によって道を塞がれていた。
こんなことをしている時間はない。
アルとヒルドがアンドヴァリを引き付けている間に、騎士団長室に向かい、玉座を破壊する。
それがレヴァンに任せられた任務だった。
「騎士団長はラプチャーへ向かいましたが…」
「なら、騎士団長室で待たせて貰う。道を開けろ!」
今、アンドヴァリは不在なのは知っている。
混乱する騎士達を強引に押し退けて馬車を進める。
アンドヴァリがどんな切り札を用意しているかは分からないが、玉座さえ壊せばこちらの勝利だ。
そうすれば、エイトリが救われる。
『驚いたよ。レヴァン』
その時、馬車の前方からアンドヴァリの声が響いた。
馬車を止めるように前に出た少女の姿に、レヴァンは言葉を失う。
『まさか、君が騎士団を裏切るとは思いもしなかった。君の正義はその程度だったのか?』
酷薄な表情で笑う少女は、エイトリだった。
華奢な左手に杖を握り、右手には剣を握っている。
レヴァンに見せつけるように、エイトリは剣を自身の首に突き付けた。
『チェックメイトだよ、レヴァン。これで君は私に逆らえない。君達の作戦は失敗だ』
この距離では、レヴァンの炎よりもエイトリが首を掻っ切る方が早い。
最早、レヴァンはアンドヴァリの命令に従うしかなく、他の選択肢はない。
玉座を破壊すると言うアルの作戦は失敗。
その筈だった。
「…アンドヴァリ、俺が騎士団を裏切るとは思わなかったと言っていたな」
『それがどうした?』
「人は変わる物だ、アンドヴァリ。自分の間違いに気付き、成長する。それを教えてくれたのは、あなただった筈だ」
レヴァンは迷いのない真っ直ぐな視線をエイトリへ向けた。
その目を通し、ラプチャーにいるアンドヴァリを見る。
『何を…?』
ピチャ、とエイトリの足元から奇妙な音が聞こえた。
不思議に思ったアンドヴァリは首に剣を突き付けたまま、視線を下へ向ける。
エイトリの足元に、いつの間にか水溜りが出来ていた。
『水?………まさか!』
「『武器を捨て、平和を甘受せよ。安住の地はここに』」
馬車の中から歌うような声が響く。
エイトリの足元が青い光を放ち、その身体を包み込む。
「結界術式『ウルザブルン』」
バチン、と音が響くとエイトリの手から杖が弾かれた。
その結界の中ではあらゆる魔術が無効化される。
それが例え、人を操る魔術であったとしても。
杖を失った瞬間、ゆっくりとエイトリの身体が倒れる。
エイトリがアンドヴァリの支配から解放された瞬間だった。
「馬鹿な…あのレヴァンが、エルフと手を組むだと…!」
「人は成長する。憎しみで戦っていたレヴァンが、今は憎しみを捨ててエイトリを守る為に戦っている」
かつてのレヴァンでは考えられないことだった。
アルファルもそうだ。
アルの下を離れてレヴァンと共に騎士団本部へ向かうなど、本来なら自殺行為だ。
それでも二人はこの作戦を受け入れた。
互いの過去よりも、憎しみよりも守るべき物があると信じて。
「それがお前が求めていた人類の進化ってやつじゃないのか?」
元々アンドヴァリが求めていた『進化』とは、心の成長だった筈だ。
新たな物を求め、より良い暮らしを目指す向上心。
肉体的な変質ではなく、精神的な成長こそが何よりも尊い物だ。
「………」
アンドヴァリは視線を騎士達の方へ向けた。
最初と変わらず離れた距離から援護射撃をするだけで、騎士達は少しも近付いていない。
愚直にアンドヴァリの命令を守り続けている。
「…その程度では、足りないのだよ」
アンドヴァリは虚空に展開されていた光の窓を全て消した。
右腕を義手を頭上に掲げる。
「疫病。寿命の減少。既に滅びは近付いている。人類を存続させるには、根本的な変化が必要なのだ」
バチバチと音を発てて、義手から雷が放出された。
帯電する義手は光り輝き、アルへ向けられる。
「雷の、腕…」
「魔手術式『ヤルングレイプ』…接続した騎士達から魔力を吸い上げれば、こんなことも出来るのだよ」
義手を振り上げた構えのまま、アンドヴァリはアルへ向かって走り出した。
強化魔術の効果が切れたのか、動きは然程速くない。
アルは冷静にゴーレムを作り出して対処する。
「アルヴィース!」
突然、ヒルドが叫ぶと同時にアルの身体に衝撃が走った。
赤い光が自身を包み、高熱が身体を焼き払う。
それが騎士達の放った遠距離魔術だと気付き、身を振って炎をかき消す。
「チッ!」
視界を確保してすぐに映ったのは、目の前に迫るアンドヴァリだった。
帯電する義手がアルに向かって振り下ろされる。
「させないよ!」
それを割り込むようにヒルドが血の茨を放った。
鞭のようにしなった茨と義手が衝突し、爆発的な光が周囲を包み込んだ。
「ぐっ…くあ…」
「目が…」
至近距離で放たれた光に目を焼かれ、アルとヒルドは顔を抑える。
「何故、騎士達が単騎で突出した私を見ても動かないのか、考えておくべきだったな」
潰された視界の向こうでアンドヴァリは冷静に呟く。
玉座を遠隔操作すれば、騎士達の身体も自由に動かせる。
アンドヴァリは視認すれば、正確な位置に攻撃を加えることが出来る。
呼吸を合わせる必要も、合図も何も必要ない。
彼らは部下でも仲間でもなく、ただの道具でしかないのだから。
「コレは返してもらうぞ」
視力の戻ったアルの視界に入るアンドヴァリの手には、種子が握られていた。




