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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第五章 ヒーロー
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第八十二話


「降伏勧告は必要ない」


アンドヴァリは簡潔に告げた。


「あの町に住む人間は全てが敵だ。一人も逃がすな。迷わず殺せ」


左腕で腰の剣を抜き放ち、ゆっくりと歩を進める。


先頭を進むアンドヴァリの後に騎士達が続く。


その数は約三十人。


個々の能力はアルに遠く及ばないが、多勢に無勢ならどうなるか分からない。


自分達を正義と妄信した者は死を恐れない。


「再び戦争を始めよう。この戦いが、人類最後の戦いになる」


アンドヴァリは酷薄に嗤った。








「来たな、アンドヴァリ」


それをラプチャーから見ていたアルは静かに呟く。


未だ距離はあるが、アルの目は確かにアンドヴァリの姿を捉えていた。


「またぞろぞろと仲間を引き連れているわねー。何人か知っている顔もいるわー」


「一先ずは作戦通りだ」


種子の杖を握ったヒルドに、アルは答える。


アル達の役目はアンドヴァリの目をラプチャーに引き付けること。


目的の種子に、英雄が二人もいるのだ。


自然とアンドヴァリはこちらに集中するだろう。


その隙に前もってラプチャーを出発したレヴァンが本部に向かい、玉座を破壊する。


それさえ出来ればこちらの勝利だ。


「問題はアンドヴァリがどんな手を用意しているか、と言うことだが」


罠と理解して飛び込んできたのだ。


引き連れている騎士達以外にも何か切り札を用意していても不思議ではない。


「あの騎士達だけなら、こっちで何とかなるんだけど」


ヒルドが視線をラプチャーに入る正面門へ向ける。


そこにはグニタヘイズの残党が集まっていた。


「お前が集めたのか?」


「ちょっと騎士団が攻めてくるって情報を流したら勝手に集まったのよー。レヴァンに負けて殺気立っている奴が多かったからねー」


本当に戦いに於いては頭の回る奴だ、とアルは感心した。


実力の程は分からないが、流石に素通りは出来ないだろう。


集められた無法者達を前に、アンドヴァリはどう来るか。


「…ん?」


その時、チカッと遠くに見える騎士達から光が放たれた。


それが何か、とアルが考えるよりも先に無法者達が炎に包まれる。


攻撃を受けている。


「ッ! 火属性の魔術! もう撃ってきたか!」


アルがそう叫ぶと同時に、空から次々と炎の矢が降り注ぐ。


レヴァンの物に比べれば殺傷力は低いが、数が多い。


一体何人の騎士がこの魔術を使っているのか。


「この距離からは流石に狙えない。ヒルド、お前はどうだ?」


そう言って横にいるヒルドを振り向いたアルの顔が、血に濡れた。


思考が停止する。


目の前で、ヒルドが血を流して倒れていく。


そのヒルドの背後に立っているのは、左手で剣を握るアンドヴァリだった。


「久しぶりだな。アルヴィース」


「馬鹿な…さっきまで、あそこに」


「支援魔術と言う物を知っているかね? 自分ではなく、他者にかける魔術。それを使えば例え魔術師でなくとも風のような速度で動くことが出来る」


右腕の義手でヒルドの持っていた種子の杖を握りながら、アンドヴァリは静かに言った。


引き連れてきた騎士の一人にアンドヴァリは強化魔術をかけさせた。


そして、残った他の騎士達には出来るだけ派手に魔術を使わせて注目を集める。


後はその混乱に乗じて一気に敵を仕留める。


地力で劣るが故の奇襲戦法。


それが、アンドヴァリが立てた作戦だった。


「戦闘能力の低いアンドヴァリは前に出ないと考えていたが…間違いだったみたいだな」


「指揮官であれ、時には自分を囮にする必要がある。覚えておくといい」


バキッと音を発ててアンドヴァリは杖を折った。


先端についた深緑色の玉石を握りしめる。


「これは貰っていくぞ」


アンドヴァリの身体が淡い光を放つ。


騎士にかけられた強化魔術がまだ残っているのだろう。


走り去ろうとしているアンドヴァリに対し、アルは不敵な笑みを浮かべる。


「どうぞ。そんな偽物で良かったらくれてやるよ!」


「何…?」


カッとアンドヴァリが握っていた玉石が強い光を放った。


ヒルドが持つ杖についていた石は、アルが作り出したダミー。


外見だけ似せて作った魔力爆弾。


「チッ!」


完全に起爆する前に、アンドヴァリは急いでそれを投擲する。


強化された腕で投擲された爆弾は門の向こう側まで飛んでいき、起爆した。


アンドヴァリに外傷はない。


だが、それは明確な隙だった。


「死兵術式『エインヘリャル』」


倒れていたヒルドの身体が起き上がり、血の棘を放つ。


背中から斬り捨てられたヒルドだったが、その程度でヒルドは死なない。


こんな不意打ちで死ぬ程度なら、英雄なんて呼ばれない。


「…硬いな」


「キハハ! 私の棘は鋼鉄並みの強度よー! そんな剣で斬れる訳ないでしょー!」


棘の鎧を纏ったヒルドがアンドヴァリに接近する。


血の茨を鞭のようにしならせ、アンドヴァリに叩き込む。


それが身体に触れる寸前、アンドヴァリの姿が煙のように消えた。


「消えた…? また別の魔術を…」


「魔術では、ない」


ズン、とヒルドの胸に衝撃が走る。


ヒルドを覆う棘の鎧の隙間を縫うように、アンドヴァリの剣が心臓を貫いていた。


「お前達は魔術を重視するあまり、体術や剣術を軽視しているな。今のはフェイントの一種だ」


「…か…あ」


「なめるなよ、魔術師。私は人類が魔術を得る前から騎士として戦ってきたのだ」


冷徹な目でヒルドを見ながらアンドヴァリは告げる。


魔術師としての才能は遥かに劣るが、それだけが勝敗を決める訳ではない。


三英雄よりも以前から戦い続けてきた騎士は、冷酷に魔術師を評価する。


「き、キハハ…こ、これくらいで、私が死ぬとでも…?」


「…む」


力ない笑みを浮かべるヒルドに、アンドヴァリは顔を顰めた。


ヒルドの心臓を貫いた剣が、びくともしない。


心臓から溢れる血液が硬質化し、剣を止めている。


「アルヴィース!」


「分かっている!」


剣を奪われたアンドヴァリへアルが迫る。


その手に翡翠の槍を構え、無防備なアンドヴァリを狙った。


「チッ」


剣を引き抜くことを諦め、アンドヴァリはヒルドをアルの方へ蹴り飛ばす。


グングニルは威力が高すぎる。


ヒルドを盾にすれば、アルはそれを使用することが出来ない。


アルがヒルドを受け止めている隙に、アンドヴァリは二人から距離を取った。


「流石に英雄二人を相手にするには分が悪いな」


剣を失ったことに然程焦った様子もなく、アンドヴァリはそう呟いた。


「よく言う。魔術もまともに使わず、俺達とやり合っておいて」


「これでも緊張しているのだよ。私はまだ、死ぬ訳にはいかん」


冗談めかして言うアンドヴァリの言葉に、剣を引き抜いたヒルドは失笑を浮かべた。


「…ハッ、他者には簡単に犠牲を強いるくせに、自分は特別だから死ねないって?」


「その通りだ」


「ッ!」


あっさりと肯定したことでヒルドとアルは驚愕する。


驚く二人をアンドヴァリは冷めた目で見つめる。


「私には利己がない。個を失った私だからこそ、邪心なく人を選別出来る。ユグドラシルの種子は、私が持つべき物だ」


「…そして、帝国に不要な人間を次々と雷霆で殺していくつもりか?」


「雷霆? 殺す? 何を言っているんだ?」


アルの言葉に、アンドヴァリは訝し気な顔をした。


予想もしなかったことを聞いたような、そんな表情だった。


「お前は何か勘違いをしているようだな。種子の機能は、そんな物ではない」


「何だと…?」


「ユグドラシルの種子。かつてエルフ達が作り出したそれの本来の機能は、人の文明を終わらせること」


アンドヴァリは静かな声で言葉を続ける。


「文明を終わらせるとは、ただ破壊することではない。喰い尽した人類を魔力に変換し、大樹の養分にすることだ」


エルフは大樹から生まれる。


それはつまり、増えすぎた人類を餌にしてエルフを増やすと言うこと。


人類を疎ましく考えていた傲慢な古代エルフらしい考えだった。


「人類を滅ぼす気なのか?」


「まさか。私は人類を救いたいのだ。人類を滅ぼそうとする筈がない」


アンドヴァリは苦笑を浮かべた。


「考えたことはないか? エルフと人には殆ど違いが無いのに。どうして、ここまで寿命が違うのかと」


「………」


それは誰もが一度は考えることだった。


エルフと人間はよく似ている。


魔術的な才能を除けば、外見は殆ど変わらない。


多少耳の形や髪の色が違う程度で、身体的特徴は殆ど同一。


にも関わらず、エルフは人間の五倍以上の寿命を持つ。


「エルフ化と言う現象がある。魔術実験の影響で肉体の成長が止まってしまう現象だ」


アルの頭にファフニールと、十二年前から外見の変わらないアンドヴァリが浮かぶ。


エルフ並みの寿命を手に入れた訳ではないが、それに近い現象は既に事例がある。


「全ての人類を『進化』させること。それが私のユグドラシル計画だ」

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