第八十一話
「騎士団長だ…」
「騎士団長、本物だ…!」
エルフ大戦後、殆ど人前に出ることがなくなった騎士団長の登場に騎士達は騒めく。
集められたのは本部に残っている騎士の精鋭のみだったが、それでも騎士団長を直接見たことは皆、数える程しかない。
特に若い騎士達は憧れの存在を前に、興奮を隠せないようだった。
「鎮まれ」
騎士達の注目を浴びながらアンドヴァリは静かに呟いた。
大きな声ではなかったが、その声は響き渡り、騎士達は口を閉じる。
「突然の招集に混乱している者も多いだろうが、まずは私の話を聞いて欲しい」
アンドヴァリは落ち着いた声で騎士達に語り掛ける。
「今、帝国に危機が迫っている。かつての英雄が、悪に堕ちた」
英雄が悪に堕ちた。
不穏な言葉に、騎士達の顔に再び動揺が浮かぶ。
「その名はアルヴィース。奴はグニタヘイズと手を組み、騎士団を滅ぼそうと考えている」
「軍神アルヴィースが…!」
「それは本当ですか! 騎士団長!」
動揺する騎士達は口々に叫ぶ。
それを内心冷めた目で見ながら、アンドヴァリは言葉を続ける。
「本当だ。先日、奴のいるラプチャーへレヴァンを向かわせたが、現在は消息不明だ」
「レヴァン隊長が、ですか…!」
レヴァンが消息不明、と言う言葉を聞いた途端に動揺が大きくなった。
レヴァンとアルヴィースが親友であることは騎士団の常識だ。
英雄が親友さえも手にかけたと言う事実は、騎士達の心に大きく響いた。
冷静な思考を失わせる程に。
「我々はこれよりラプチャーへ向かう。レヴァンの安否確認とアルヴィース討伐の為にだ」
迷いのないアンドヴァリの言葉は、騎士達の心に容易く入り込む。
レヴァンが消息不明であると言う不安。
アルヴィースの裏切りと言う怒り。
不安定になった心に、アンドヴァリは命令を下すことで自由に操る。
「本当に、英雄アルヴィースを…?」
「奴は既に英雄ではない。レヴァンを殺した者を赦すな! 正義を成すのだ!」
本気で怒り、悲しんでいるような仮面を被り、アンドヴァリは叫ぶ。
それはかつてのエルフ大戦時と同じ。
アンドヴァリの言葉は、人々の善性に働きかけ、視野を狭める。
正義と言う言葉は気持ちが良い。
自分が正しいことをしていると確信すれば、人はどんな残酷なことも出来る。
それをアンドヴァリは誰よりも理解していた。
正しい道は常にアンドヴァリが示す。
愚民は何も考えず、与えられた道を歩めばいいのだ。
(…とは言え、これほど愚かだと逆に呆れてくるな)
自身の言葉で簡単に正義を塗り替える衆愚を見て、アンドヴァリの心は冷めていく。
(こんな衆愚に救う価値などあるのか?)
傲慢にも、騎士団の長はそう考える。
人類に救う価値はあるのか、と。
(…関係ないか。どれだけ愚かだろうと、私は人類を救う…そう、誓ったのだ)
救うべき命にも救った命にも何の感情も抱かず、心のない正義は思考する。
救った命に意味はなくとも、人類を救うこと自体に意味があると考えて。
(………誓った?)
それは一体、誰に対しての誓いだったか。
玉座の副作用で記憶すら摩耗し始めたアンドヴァリには思い出すことが出来なかった。
「………」
「こんな所で何をしているんだ?」
闘技場の外でぼんやりと空を見上げていたヴェルンドは、背後から声をかけられた。
「アルさんですか。いえ、少し考え事を」
もうすぐ作戦が始まる。
ヴェルンドの通信を受けたアンドヴァリは、すぐにラプチャーへ向かうと言っていた。
十中八九、アンドヴァリはこれが罠であることに気付いている。
恐らく、このラプチャーごと攻め滅ぼす戦力を揃えて来るに違いない。
「戦いが不安なのか? お前は魔術が使えないんだったな」
「…戦うことが不安な訳ではないですよ」
ヴェルンドとアルの考えた作戦では、既にヴェルンドの役目は終わっている。
ラプチャーに来たアンドヴァリを迎えるのは、アルと闘技場にいるヒルドの役目だ。
英雄二人なら、例え騎士団の全戦力が来ても問題はないだろう。
「作戦では、お二人がアンドヴァリを引き付けている内にレヴァン隊長が玉座を破壊する。それでアンドヴァリの計画は失敗に終わると言うことでしたが」
「………」
「玉座を壊したくらいでアンドヴァリが計画を諦めると思いますか?」
玉座を失えば、アンドヴァリは無力だ。
ヴェルンドとレヴァンに対する切り札も失い、騎士団長の地位も失うかもしれない。
だが、それでアンドヴァリが計画を諦めるのか。
例え何十年かかると知っても、あのアンドヴァリが諦める姿が想像できなかった。
「アレは正義そのものです。正義の味方なんかじゃない。自分の行動に何の疑問も抱かず、全て正しいことだと信じて突き進み続ける」
「…ああ、よく知っているよ」
「だとすれば、アレは止まらない。きっと死ぬことでしか止まることが出来ない」
ヴェルンドは苦々しい表情を浮かべながら吐き捨てる。
どこかそんな道を歩むアンドヴァリを憐れんでいるようでもあった。
「アンドヴァリとは親しかったのか?」
「…昔、拾われたんですよ。杖作りの才能に目をつけられ、玉座の製作を任せられた」
あの頃はまだ楽しかった。
自分の作った物でアンドヴァリが喜んでくれるのが、純粋に嬉しかった。
そして、その信頼はあっさりと裏切られた。
アンドヴァリは初めからヴェルンドの能力しか見ておらず、信用していなかったのだ。
心臓に細工されたことよりも、その事実がヴェルンドには辛かった。
「アイツに手を貸してエルフの遺体を弄んだ俺に正義を語る資格はありませんが、それでも俺はその罪を償いたいと思っています」
ヴェルンドの抱いている感情はアルと同じ物だった。
この二人は境遇がよく似ている。
共にアンドヴァリに恩があり、共にエルフに負い目がある。
だからこそ、アルと同じくらいヴェルンドもアルファルを守りたいと思っている。
「アイツは殺すべきです。例え、誰に非難されようと俺はアイツを殺してみせる」
それが贖罪になると信じて、ヴェルンドは告げる。
「…いや」
ヴェルンドの覚悟を聞きながら、アルは同じ目をして呟く。
「決着が俺がつける。アイツの為にも、そうするべきなんだ」
かつて自分の命を救った男の顔を思い浮かべながら、アルはそう断言した。




