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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第四章 アゴニー
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第七十八話


「…ここは」


太陽が完全に沈んだ頃、レヴァンは静かに目を覚ました。


視線だけを動かし、記憶を整理する。


自分はアンドヴァリの命令に従った結果、アルと戦うこととなり、胸を槍で貫かれた筈だ。


手だけを動かして確認するが、貫かれた胸には傷一つ残っていなかった。


まるで全てが夢だったような状況だが、それが夢でないことはレヴァンの記憶に刻まれている。


「目が覚めたようだな」


「アルヴィース、か」


視線を声の方へ向け、レヴァンはアルの姿を確認した。


「俺を助けて、何のつもりだ?」


「親友を助けるのに理由がいるかよ」


迷うことなく、アルは答えた。


レヴァンの顔が大きく苦悩に歪む。


迷いなくそう言えるアルが羨ましかった。


立場と親友を天秤にかけ、親友を選ぶことが出来るアルが妬ましかった。


自分は騎士隊長としての立場に固執して、親友に剣を向けたと言うのに。


「お前は何を悩んでいるんだ? 俺やアルファルはともかく、ラプチャーを皆殺しなんて普通じゃない………一体お前はアンドヴァリに何を言われた?」


アルは真っ直ぐレヴァンの眼を見つめて言った。


見抜かれている。


レヴァンがアンドヴァリに逆らえない理由があることに。


何らかの弱みをアンドヴァリに握られていることに。


「…ッ」


その言葉に、レヴァンは急に身体を起こし、右手を自分の首に向けた。


右手から赤い炎が生み出される寸前に、横から伸びた手がそれを掴む。


「自分の首を焼き切るつもりか? そうはさせないぞ」


「…手を放せ」


「チッ! 死んでどうすんだよ! お前が死ねば、誰か救われるのかよ!」


「救われるとも!」


レヴァンは空いた左手でアルの手を振り払う。


憎悪と悔恨が込められた目でアルを睨んだ。


「俺が死ねば、少なくともエイトリだけは救われる! 俺を信じ、俺のせいで命を握られた部下だけは!」


「…ああ、くそ! 自分を見ているみたいで腹が立つ! 俺はこんな思いをアルファルにさせていたのか」


自虐するように頭を振りながら、アルは再びレヴァンへ目を向けた。


「いいかレヴァン。自己犠牲なんてのは正義ではなく、悪だ。自分を犠牲にして人を救った所で、誰一人喜ばない。自分も相手も、誰も救われねえ!」


それはかつてアルが行い、アルファルを苦しめてしまったこと。


自分の為に誰かが死んだと知って、それを喜ぶことが出来るのか。


本人は死ねて満足だろうが、助けられた人間は永遠にその十字架を背負うことになる。


「お前が死んで欲しくないと思う人間が、お前が死んで欲しいと望むと思っているのか!」


「では、どうすればいい! 俺はもうアンドヴァリに逆らうことは出来ない! どんな非道な命令だろうと従うしかない! それで、どうすれば…」


「少しは、俺を頼りやがれ!」


ガッとアルはレヴァンの胸倉を両手で掴んだ。


憤怒の表情でレヴァンを睨み付ける。


「昔からお前はそうだ! 俺やヒルドよりも年上だったことを気にしてか、俺に頼ろうとしない! 何でも一人で出来るって顔で無理をする!」


「なっ、無理をしているのはお前の方だろうが! エルフの為に騎士団全てを敵に回すなど、無理に決まっているだろうが!」


「出来るか出来ねえかじゃねえよ! 正しいか正しくないかだ! エルフ大戦が陰謀だと分かった今、俺は何があってもアルファルの味方をするぞ!」


「それは確かにお前が正しいが…それでも方法が!」


いつの間にか言葉だけではなく、拳すら飛び交いながら二人の争いは激化する。


今まで立場の違い故に口に出来なかった本音を吐き、互いに罵り合う。


まだ英雄と呼ばれる前の二人に戻ったように、子供の喧嘩をしている。


「はぁ…はぁ…それで、これからどうするつもりだ?」


呼吸を乱しながら、レヴァンは疲れ切った表情で尋ねる。


「はぁ…はぁ…全部、助けてやるさ。レヴァンも、エイトリも、全部な」


同じく息を荒げながら、アルははっきりと答える。


「アンドヴァリに、勝てるのか?」


「勝算はある。三英雄が全て揃えば、勝てない奴なんていないさ」


暗に、レヴァンにも協力して貰うとアルは告げた。


それに気付き、レヴァンは苦笑を浮かべる。


「…エイトリを救い、アンドヴァリの間違いを正すことが出来るなら、従おう」


レヴァンはゆっくりと右手を上げる。


「当然。初めからそのつもりだ」


パァンと音を発ててアルはその手を握った。


握手は友好の証。


込められた意味は対等。


この瞬間、アルは最強の味方を手に入れたのだった。


「…さて、話が纏まったなら飯でも食うか。腹、減ってるだろう?」


「空いているが…俺が外に出たらマズイだろう」


「だから、アルファル達に料理を任せているんだよ。行こうぜ」


そう言うとアルはレヴァンの手を引き、部屋の外へ引っ張っていった。








レヴァンの寝ていた部屋の隣では、既に殆ど料理が出来ていた。


昼間にアル達が調達した素材で作られた夕食。


焦げ目を僅かにつけたステーキに、ふわふわに焼かれたパン。


付け合わせのサラダに、湯気を発てるスープ。


大きめのテーブルに彩られた料理の数々から漂う匂いが二人の腹を刺激した。


「おおー。想像以上に美味しそうだな」


「確かに。エルフの料理と言ったから野菜のみをイメージしていたが…」


「ああ、そう言えば」


アルはアルファルがベジタリアンだったことを思い出し、料理を配膳していたアルファルへ目を向けた。


「アルファルって肉嫌いな割に、肉料理も作れたんだな」


丁度今置かれた肉料理を指差しながらアルは言う。


それに対し、アルファルは不思議そうに首を傾げた。


「私ですか? 私は精々薬を調合するぐらいで、料理は出来ませんよ」


「え? それじゃ、これは?」


「はいはーい! 最後の料理出来たよー! もう食べちゃっていいからねー!」


ゴトン、と荒っぽく新たな料理を置きながらヒルドは元気よく言った。


「お、お前、料理出来たのか…!」


「ん? まあ、人並みには。そんなに意外?」


「失礼だが、お前にそんな女性染みた特技があるとは夢にも思わなかった」


「本当に失礼ねー! レヴァンのそう言う無駄に素直な所、やっぱり嫌いだわー!」


驚く二人に憤慨するヒルド。


普段が普段だけに、ヒルドにそんな穏やかな一面があるとは考えなかった。


恐る恐る料理を口にし、その味にまた驚いていた。


「うわっ、美味ッ…女将の料理より美味いぞ」


「ふふーん。私だって女の子なんだからこれくらいは出来るのよー」


アルに褒められてすぐに機嫌を直したヒルドが得意げに笑う。


「女の『子』ではないと思うが…確かに美味い」


「本当に一言余計ねー。レヴァンは」


根本的に相性が悪いのか度々喧嘩腰になっていたが、険悪な雰囲気になることはなかった。


今までのことがなかったことになる訳ではないが、アルが受け入れた以上、ヒルドもレヴァンと争う気はないのだ。


「…どうやら、説得は上手くいったようですね」


サラダだけを次々と口に運びながらアルファルはレヴァンにだけ聞こえる様に呟いた。


「アルファル、と言ったか…すまない。俺は、お前達エルフを…」


「謝らないで下さい。そんな謝罪、何の意味もない」


氷のような表情のまま、アルファルは言葉を続ける。


「…事情はアルから聞きました。あの戦争を引き起こしたのはアンドヴァリだと」


「………」


「恨むべき相手は戦争で戦った兵士ではなく、戦争を始めた指揮官でしょう。あなた方は、あなた方の正義に従って行動しただけなのだから」


戦争で人が死ぬのは仕方がない。


敵も味方も己の信じる者の為に戦った結果なのだから、どちらも悪ではない。


だが、そもそもその戦いを始めた者だけは許せない。


信じる者の為に戦った両者を利用し、戦争で利益を得た者だけは許せない。


「…アンドヴァリを滅ぼすことでエルフを殺した償いをしろと?」


「勘違いをしないで下さい。命を奪った償いなんて出来ませんよ。出来るのはただ、それを背負って生き続けることだけ」


奪った命以上の人々を救っても、罪は消えない。


レヴァンに出来るのはその罪を戒めとして背負い、正しい道を歩み続けることだけ。


自殺して楽になることなど許さない。


罪に苦しみながらも生き続けることこそが、命を奪った者の罰なのだ。


「…厳しいな。それが一番、辛い罰だ」


「ええ。その苦しみを忘れず、生きて下さい」


その苦しみを忘れない限り、レヴァンは道を外れることはないだろう。


二度と、罪のない者を殺すことはない。


「ああ、分かっている」


苦い表情を浮かべながらも、レヴァンは満ち足りた顔で頷いた。

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