第七十六話
「く、そが…! 謝りながら死ぬんじゃねえ!」
意識を失ったレヴァンを抱えながらアルは叫んだ。
「ヒルド! おい、ヒルド! 早く治療を!」
「わ、分かっているよー!」
鬼気迫るアルの怒号に、呆然と様子を見守っていたヒルドが慌てて動く。
レヴァンの傷口に自身の血液を流し込み、魔術を使って傷口を塞ごうとする。
「あ、あれ? どうして? 魔術が上手く効かない…?」
「何だと?」
不穏な言葉に、アルはレヴァンを見る。
ヒルドは治療を開始していると言うのに、流れ出る血液は少しも減っていない。
レヴァンの顔色も良くなるどころか、先程より悪くなっている。
「何でか分からないけど、治療魔術が効き辛い…まるで、レヴァン自身が拒絶しているみたいに」
「…まさか、レヴァンの魔術が無意識の内に、他の魔術を打ち消してやがるのか?」
あらゆる敵性を滅ぼす魔術故に見知らぬ魔力を感じ取り、それを排除しているのだ。
レヴァンの魔術の万能性が完璧に裏目に出た。
これでは治療魔術を施すことすら出来ない。
「とりあえず、止血だけは何とかしたけど…このままじゃ」
止血を終えても既に流れ出た血液は戻らない。
ヒルドの魔術が使えれば増血することも可能だが、それも出来ない。
「くそっ…どうする。どうすればいい!」
魔術を使わない医療技術など、二人は持ち合わせていない。
医者を探すとしても、ここはラプチャーだ。
騎士であるレヴァンを助ける者がいるとは思えない。
レヴァンの魔術さえ解除することが出来れば…
「アル…?」
その時、聞き覚えのある声がアルの耳に届いた。
襲撃の混乱の中でも響き渡る澄んだ声。
アルはハッとなって、顔を上げる。
「アルファル、か?」
呆然とした顔で、アルはその少女の名前を呼んだ。
何故、と一瞬思ったが、元々アルファルはこの町に来ていたのだ。
騎士の襲撃と聞いて様子を見に来ても不思議ではない。
そこまで考えて、アルはアルファルの魔術を思い出した。
「アルファル! いきなりで悪い、頼みがあるんだ!」
アルファルの魔術は癒しと武装解除。
その能力を使えば、レヴァンの魔術を解除した上で治療を施すことが出来る。
「コイツを…レヴァンを助けてやってくれ!」
「………」
アルファルはアルとレヴァンの顔を交互に見て、複雑そうな顔をした。
何を考えているかは、何となく分かった。
アルファルはエルフだ。
騎士であるレヴァンを治療するのは気が進まないだろう。
何よりレヴァンはアールヴの森を焼き払った張本人。
憎んでいても不思議ではない。
「…こんな時だけ私の力を当てにするのですね」
アルファルは冷ややかな視線をアルに向けた。
その指摘は尤もだった。
エルフを敵と断じて滅ぼした立場でありながら、エルフの力を当てにする。
それはアルファルからすれば理不尽極まりないことだった。
「…お前が俺達を憎んでいるのは、よく分かっている…だが…!」
「心配せずとも、別に見殺しにするとは言っていませんよ」
アルファルはアルの悲痛な言葉を聞き流すと、水筒の中身をレヴァンに振りかけた。
地面を濡らす水が陣を形成し、結界を作り出す。
「結界術式『ウルザブルン』」
淡い青色の光がレヴァンの身体を包み、その傷を癒す。
失った血液までもが体内に戻り、レヴァンの顔色はみるみるうちに良くなっていった。
「凄ッ………治療魔術としては、私の魔術以上ねー」
その力を初めて目にしたヒルドが感心した様に呟いた。
「これで少なくとも命に別状はない筈です。体力が落ちているのでしばらく目は覚まさないでしょうが」
アルファルは淡々と魔術を解いて結界を消す。
既にレヴァンの身体には傷一つなく、服についた血液すら消えていた。
少し近付いてレヴァンの状態を確認した後、アルファルはアルへ視線を向ける。
「ありがとう。俺達を憎んでいるのに、お前は…」
「勘違いしないで下さい」
そう言うと、アルファルは非常に冷めた目でアルを睨んだ。
思わず気圧されるアルへ一歩近づく。
「私が憎んでいるのは、あなた一人です」
「え…?」
「言いましたよね? こんな時だけ私の力を当てにするのですね、と」
更に一歩近づき、アルファルはアルの手を掴む。
その眼は怒りと、悲しみに揺れていた。
「どうしてあの時…レヴァンと対峙した時、私を一人で逃がしたのですか?」
「それ、は…」
「どうして、私の力を頼ってくれなかったのですか…!」
逆だった。
アルファルはアルに力を当てにされることが嫌だったのではない。
こんな時は力を借りるのに、どうしてあの時は力を借りようとしなかったのか。
何故、何の相談もせずに一人きりで逃がそうとしたのか。
「…助けられるだけなんて、もう嫌なんですよ」
それは誰に向けられた言葉なのか。
自分を庇って死のうとしていたアルに対する言葉か。
自分を助ける為に石の棺に封印したベイラに対する言葉か。
「格好つけて死ぬよりも前に、残された者のことも考えて下さい」
「………」
「自分を救えない人間に、誰も救うことは出来ません」
涙を浮かべながらアルファルはそう告げた。
その言葉は、何よりも重くアルの心に響いた。
「ほ、報告します! レヴァン隊長が討死しました!」
「殺したのはアルヴィース! 軍神アルヴィースです!」
逃げる様にラプチャーを立ち去りながら騎士達は大声で叫ぶ。
彼らの役目はレヴァンの監視だ。
故に戦闘能力は高くなく、彼らだけでレヴァンの任務を続行することは出来なかった。
レヴァンが倒れると同時に全員、急いでラプチャから逃げ出した。
アンドヴァリに対して錯乱した様子で何度も報告している。
恐らく、アンドヴァリは騎士達の眼を介して盗み見ていたのでそれは無意味なのだが、それすら気付かずに叫び続ける。
背を気にしながら逃げ帰る騎士達の姿が完全に見えなくなった頃、それを眺めている影があった。
「この状況は…利用出来るかもしれないな」
特徴的な長帽子を抑えながら呟くのは、ヴェルンドだった。
薄い笑みを浮かべ、自身の胸に触れる。
「もうすぐだ。もうすぐ俺は、俺の人生を歩める」
ヴェルンドは偽りの心臓が高鳴るのを感じた。




