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アルフヘイムの杖職人  作者: 髪槍夜昼
第四章 アゴニー
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第七十五話


「敵襲だ! 敵襲だ!」


「騎士団が攻めてきたぞ! 炎使いの騎士が一人だ!」


ラプチャーは混乱の極みにあった。


長年不可侵だった騎士の侵入。


向かってくる魔術師を次々と殺しながら突き進むそれは、騎士団の侵略だった。


今まで見逃されてきた帝国の外側。


騎士団は遂に、それを刈り取ることを決めたのだ。


「炎使い…レヴァンか?」


逃げ惑う人々を眺めながら、アルは呟く。


「だとしたらかなり強引ねー。元々この場所はグレーゾーン。騎士団にとっても隠しておきたい機密が沢山眠っているから放置していた筈だけどー」


ヒルドは不思議そうに、そう答える。


ラプチャーが今まで見逃されてきたのは、慈悲ではない。


アンドヴァリの思惑に加え、この地には大戦時代の機密が山ほど存在するからだ。


人道に反した人体実験の記録に、数々の失敗例達。


それの残る地にあまり人を踏み込ませたくない、と言う理由もあった。


「機密も犯罪者も、不要な物は全部焼き払うつもりかなー? 騎士団らしい考え方」


「相手は同じ人間なんだぞ? あのレヴァンがそんな虐殺を…」


言いかけて、アルは思い出す。


多数の平和の為なら、少数の犠牲を容認する。


切り捨てると決めた命には、どこまでも冷酷になれる男を。


「まさか、アンドヴァリの奴、レヴァンに………チッ!」


苛立ちを抑えきれず、舌打ちをしながらアルは走り出した。


逃げ惑う人々の反対方向。


ラプチャーを侵略するレヴァンの下へ。








容易い任務だった。


杖を持った無法者とは言え、所詮は訓練も受けていない素人。


殺すことには慣れていても、戦うことには慣れていない人殺し。


束になってもレヴァンの敵ではない。


向かってくる敵を焼き尽くし、その死体を踏み締めて先へ進む。


逃げる者を追うことはなかった。


戦意を喪失した人間は見逃した。


アンドヴァリからはラプチャーの殲滅も命じられていたが、レヴァンはアルファルとヴェルンドの捜索だけを優先していた。


「………」


生物の焼ける臭いと、燃え盛る建物。


赤と黒の地獄を見ていると、かつての大戦を思い出した。


アンドヴァリを信じ、人間を守る為にと剣を取った大戦時代。


己の甘さ故に親友に傷を負わせてしまった悔恨の記憶。


二度と揺らぐことのないようにと心を殺した日。


全て、昨日のことのように覚えていた。


「レヴァン!」


無感動に人を焼き続けるレヴァンの耳に、懐かしい声が届いた。


「…お前か」


紅蓮に燃える炎の中で、レヴァンはアルと対峙する。


然程驚いた雰囲気はなかった。


見覚えのある槍を構えるアルを見て、どこか納得した様にレヴァンは薄く笑う。


「そうか、そうだろうな。あのエルフを狙えば、お前は必ず俺の前に現れるだろう」


「…アンドヴァリの命令でアルファルを狙っているのか?」


「ああ、そうだ。悪いが、あの娘のことは諦めて貰おうか」


冷めた笑みを浮かべてレヴァンは言う。


答えなど分かり切っていた。


アルは槍を強く握り締め、レヴァンを真っ直ぐ見つめる。


「…俺の故郷を滅ぼしたのはアンドヴァリだ。俺はもう、アイツに従うつもりはない」


「―――――」


そのことは聞かされていなかったのか、レヴァンは一瞬言葉を失う。


だが、すぐに納得した様に乾いた笑みを浮かべた。


そもそも、前提から間違っていたのだ。


人類の為を思ってエルフを滅ぼした。


しかし、その義憤すらもアンドヴァリの策略だった。


レヴァンのしてきたことは、全て偽りだった。


「お前もアイツに従うのはもうやめろ。そして、俺と…」


「…それは出来ない。俺は騎士隊長レヴァンだからな」


本当の理由は隠し、レヴァンは手の中に炎を収束させる。


「『枝の破滅』」


切り札である黒炎の剣を生み出し、レヴァンはそれを構えた。


「アンドヴァリを…帝国騎士団を潰すと言うなら、まず俺を殺していけ!」


血を吐くように叫びながらレヴァンは大地を駆ける。


右手に持った黒炎の剣を振り上げ、一直線にアルへ向かっていった。


「この頑固者が…!」


アルもまた、翡翠の槍を構えて油断なくレヴァンを睨む。


振り下ろされた黒炎の剣を弾くように、翡翠の槍を前に突き出した。


「…な」


向かってくるレヴァンを迎撃するように放たれた翡翠の槍は、黒炎の剣をあっさりと貫通し、レヴァンの胸を貫いていた。


あまりの手応えの無さに目を見開くアルの前で、黒炎が消えていく。


「テメエ! わざと…!」


「…これでいい」


見せかけだけの黒炎の剣を完全に消し去り、レヴァンの身体が力なく倒れる。


槍が突き破った胸の傷から零れた赤黒い血液が、大地を汚した。


「…思えば、お前の方がいつだって正しかったな。エルフのことも、騎士団のことも…俺はいつも、お前の背を追いかけるばかりで、判断が遅れてしまう…」


血溜まりに沈みながら、レヴァンは力なく笑みを浮かべた。


自虐するような痛々しい笑みだった。


「…いつだって気付いた時は、取り返しのつかない時ばかりで、俺は、誰も守れない…」


アルの時も、エイトリの時も、もう少しレヴァンの決断が早ければあんなことにはならなかった。


どれだけ高い地位を得ても、気になるのは助けた者よりも助けられなかった者の声。


レヴァンの眼がゆっくりと上がり、アルの顔を見た。


眼帯に隠された左目を見つめる。


「…すまない、アルヴィース」


そう言い残し、レヴァンの意識は闇に沈んだ。

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